第19話 高級料亭への殴り込みと極上和牛の雲丹乗せ握り
「おうっ!! どう落とし前をつけてくれるんだ、白銀の当主さまよぉ! 俺の顔に泥を塗りやがって!」
「ひぃっ! も、申し訳ございません、郷田社長! あの馬鹿娘は必ず見つけ出して、這いつくばってでも貴方の元へ……!」
赤坂の路地裏にひっそりと佇む、完全紹介制の超高級料亭『松月』の特別個室。
畳に額を擦り付けて土下座する白銀夫妻を見下ろし、郷田金蔵はギラギラと光るロレックスの腕時計を揺らしながら吠えていた。
「当たり前だ! 俺が貸してやってる五千万円、明日までに全額一括で返せるアテがあるなら別だがなぁ!」
「そ、それは……! どうかご猶予を! 娘は必ず、社長の寝室へとお届けいたしますから!」
実の娘を借金のカタとして差し出す最低の親。
郷田は醜く肥え太った腹を揺らし、下品な笑い声を上げた。
「グヘヘ、分かればいいんだよ。あの小娘、ウェディングドレスのまま逃げやがって。次は絶対に逃がさねえように鎖で繋いで……」
ピシャァァァンッ!!
郷田の卑猥な妄想を断ち切るように、高級な総檜造りの襖が、枠ごと吹き飛ぶほどの勢いで開け放たれた。
「な、なんだぁ!? ここは俺の貸し切りだぞ!」
郷田が怒鳴り声を上げると、そこには彼が血眼になって探していたウェディングドレス……ではなく、私服姿の白銀紫苑が立っていた。
「し、紫苑!? お前、一体どこをほっつき歩いて……早く郷田社長に土下座して謝りなさい!」
父親が血相を変えて怒鳴るが、紫苑の前に、一人の美しき令嬢がスッと立ち塞がった。
「黙りなさいな、誇りを失った没落貴族。実の娘を豚の餌にするなど、名家の風上にも置けませんわ!」
東陰院麗華が、最高級の絹で仕立てられた扇子をバサァッと広げ、圧倒的な威圧感を放って室内を睨みつけた。
「て、てめえは誰だ!? ガキが偉そうに、大人の取引に口出ししてんじゃねえぞ!」
郷田が顔を真っ赤にして立ち上がるが、その後ろから、私は静かに個室へと足を踏み入れた。
「……素晴らしい。口の中でとろけるA5ランク松阪牛の霜降り肉と、北海道産バフンウニの濃厚な甘み」
私は、郷田の席に運ばれていたばかりの料亭の看板メニュー『極上和牛の雲丹乗せ炙り握り』を優雅に指でつまみ上げ、パクリと口に運んだ。
赤酢の効いたシャリと、肉の脂、ウニの磯の香りが三位一体となり、舌の上で至福のオーケストラを奏でる。
「所長! なんで敵の陣地に乗り込んだ瞬間に、相手の超高級お通しを横取りして満面の笑みを浮かべてるんですか! 僕の胃は徹夜のエクセル作業でボロボロなのに、所長だけ和牛とウニの痛風セットをキメるなんてズルいですよ!」
パラリーガルの木戸くんが、分厚いファイルの束を抱えながら涙目で抗議してくる。
「失礼ですね。これは無知な人間から搾取した汚いお金で注文された、哀れなお寿司の救済措置ですよ」
私は指先を純白のおしぼりで丁寧に拭い、冷徹な魔王の視線を郷田へと向けた。
「初めまして、郷田社長。私は白銀紫苑様の代理人弁護士、九条院結と申します」
「べ、弁護士だぁ……?」
郷田の小さな目が、胡散臭そうに私と麗華、そして木戸くんをギロリと睨みつけた。
「ふんっ、紫苑のヤツ、逃げた先で弁護士なんぞ雇いやがったのか。だが無駄だぜ!」
郷田は懐から、分厚い契約書の束を取り出して畳に叩きつけた。
「こいつの親はな、俺に五千万円の借金があるんだよ! 立派な契約書に実印も押してある! 法律のプロなら、借金返せって親を説得しろや!」
「紫苑! お前、弁護士を連れてくるなんて、家を潰す気か! 早く社長に謝りなさい!」
毒親たちが郷田に加勢し、自分たちの保身のために娘を責め立てる。
紫苑は一瞬ビクッと肩を震わせたが、もう逃げ出さなかった。彼女の隣には、最強の盾である東陰院麗華が立っているのだ。
「……本当に、救いようのない馬鹿親ですわね」
麗華が、氷のように冷たい声で吐き捨てた。
「東陰院の名において、貴方たち白銀家の腐りきった性根を、ここで完全にへし折って差し上げますわ」
「と、とういんいん……!? まさか、あの旧華族のトップに君臨する、あの東陰院グループのご令嬢!?」
白銀の父親が、信じられないものを見るように目を丸くして震え上がった。
「いかにも。貴方たちのような、見栄と借金にまみれた没落家系とは、住む世界も格も違いますのよ」
麗華は扇子をパチンと閉じ、その先端で、脂汗を流す郷田の鼻先をピタリと指し示した。
「そして、そこの醜悪なオーク。貴方、自分が何をしているのか分かっていらっしゃって?」
「オ、オークだとぉ!? 俺は郷田ファンドの社長だぞ! 金なら腐るほど持って……」
「その汚い金で、名家の『血』を買えるとでもお思いですか? 身の程を知りなさい、成金趣味の成虫!」
麗華の圧倒的な気迫と、腹の底から響くような本物のお嬢様の怒声に、郷田はビクッと体をすくませた。
「成虫って……カブトムシか何かですか、あのオッサン」
木戸くんが小声で突っ込むが、麗華の言葉の往復ビンタは止まらない。
「教養も品性もない貴方が、札束で令嬢の顔を叩けば、名家の一員になれるとでも? 笑わせないでくださいませ」
麗華は郷田を見下し、ゴミを見るような絶対零度の視線を放った。
「貴方のような下品な男が白銀家に入り込めば、白銀のブランドは地に落ちる。社交界の誰一人として、貴方を相手にいたしませんわ」
「な、なんだと……っ!」
「貴方が手に入れようとしていたのは、ただの『金で買ったという見栄』だけ。そんなくだらない虚栄心のために、紫苑様の人生を壊そうとしたこと、万死に値します!」
麗華の言葉に、郷田の顔は怒りと屈辱で真っ赤に染まり、額の血管が今にも切れそうにドクドクと脈打っていた。
「だ、黙れぇぇっ! ガキの分際で偉そうに! 俺は五千万円の債権者だ! 嫌なら今すぐここに現ナマで五千万積んでみろやぁ!」
郷田が唾を飛ばしながら喚き散らし、白銀の両親も恐怖でガタガタと震えながら平伏している。
「紫苑! お前たち、もうやめてくれ! 郷田社長をこれ以上怒らせたら、ウチは本当に破産してしまう!」
父親の情けない悲鳴を聞き、紫苑はついに、自分の足で一歩前に踏み出した。
「お父様……お母様。私はもう、貴方たちの犠牲にはなりません」
紫苑の声は震えていたが、そこには確かな決意が宿っていた。
「私は、この郷田という男とは絶対に結婚しません。不受理申出も出しました」
「なっ……ふ、不受理申出だと!? どうりで役所から電話がかかってきたわけだ……このアマぁっ!」
郷田が立ち上がり、紫苑に向かって太い腕を振り上げようとした、その瞬間。
「お座りなさい、下劣な豚」
私の氷のような声が、高級料亭の個室の空気を一瞬で凍てつかせた。
「……ひっ!?」
私が放った魔王の威圧感に、郷田は本能的な恐怖を感じ、振り上げた腕を空中で止めた。
「暴力に訴えるとは、実に知能の低い生き物ですね。だから貴方は、いつまで経っても三流の闇金崩れなのですよ」
私はウニの余韻が残る唇に、極上の嘲笑を浮かべ、郷田の目の前へと歩み寄った。
「さて、郷田社長。貴方は先ほどから『五千万円の借金』と連呼していますね」
「あ、ああ、そうだ! 契約書もある! 法律家なら、借金は返さなきゃならねえってことくらい分かるだろ!」
郷田が、すがるように畳の上の契約書を指差す。
「おかしなことを仰る。……木戸くん、彼に現実を教えてあげなさい」
私が指を鳴らすと、木戸くんは待ってましたとばかりに、徹夜で仕上げた分厚いエクセルのプリントアウト資料を取り出した。
「郷田社長! 貴方が白銀家から『コンサル料』という名目で毎月巻き上げていた百万円! あれは実質的な『違法金利』です!」
木戸くんが、バサァッ!と集計表を郷田の顔面に突きつける。
「利息制限法に基づく引き直し計算の結果……五千万円の元本は、三年前の時点ですでに『完済』されています!」
「か、完済……!? 何言ってやがる、俺は毎月……」
「ええ! 貴方は借金がゼロになった後も、白銀家から違法にお金を搾り取り続けていたんです!」
木戸くんの声が、料亭の個室に雷のように響き渡った。
「現在、白銀家に借金は一円もありません。それどころか……貴方の方が、白銀家に『二千五百万円の過払い金』を返還する義務があるんです!」
「なっ……に、にせんごひゃくまん……!?」
郷田の小さな目が、信じられないほど限界まで見開かれた。
白銀の両親も、木戸くんの言葉の意味が理解できず、ポカンと口を開けて呆然としている。
「ふふふ、借金のカタ? 笑わせないでください」
私は、郷田の顔のすぐ近くまで顔を寄せ、悪魔のように甘く、そして冷酷に囁いた。
「貴方は白銀家に二千五百万円の借金をしている、ただの『哀れな債務者』なのですよ」
絶対的な優位に立っていたと思い込んでいた成金オジサンが、現行法という名の落とし穴に真っ逆さまに突き落とされた瞬間だった。
「さあ、痛快なリーガル・タコ殴り劇のクライマックス(過払い金請求)を始めましょうか」
私が極上の笑みを浮かべると、郷田の顔からサーッとすべての血の気が引いていった。
お読みいただきありがとうございます。
麗華様の圧倒的な「格の違い」を見せつける往復ビンタからの、木戸くんのエクセル攻撃、そして魔王からの「過払い金」の突きつけ。最高に痛快な料亭でのタコ殴りでした!
次回、いよいよ第4章の最終話! 成金オジサンの末路と、呪縛から解き放たれた令嬢の旅立ちをお届けします。
(※第4章・最終話は明日19時過ぎ更新です!)




