第18話 違法金利のカラクリと極上フルーツのミルクレープ
「終わった……終わりましたよ、所長……! 過去五年分、全六十回に及ぶ複雑怪奇な返済履歴とコンサル料の『引き直し計算』、すべてエクセルに叩き込みました……っ!」
朝陽が眩しく差し込む、帝都の一等地『九条院法律事務所』の所長室。
パラリーガルの木戸くんが、目の下にクッキリと濃いクマを作りながら、ノートパソコンのエンターキーをターンッ!と叩き、歓喜と絶望の入り混じった雄叫びを上げた。
「お疲れ様ですわ、木戸先輩! わたくし、先輩のキーボードを叩く真剣な横顔を見て、少しだけ感動いたしましたわ!」
「麗華お嬢様、僕がエクセルの関数と徹夜で死闘を繰り広げている横で、優雅にカモミールティーを飲んで美容の仮眠を取っていただけじゃないですか……」
武闘派助手こと東陰院麗華様が、一片の疲れも見せない完璧な巻き髪で、徹夜明けの先輩を労っている。
「……素晴らしい。この一枚一枚、極薄に焼き上げられたクレープ生地と、北海道産の極上生クリームが織りなす、完璧な地層の美しさ」
二人の騒がしいやり取りをBGMに、私は有名フルーツパーラーから取り寄せた、色鮮やかな『特製フルーツ・ミルクレープ』に銀色のフォークを入れた。
何十枚にも重なるクレープ生地の間には、完熟メロン、甘酸っぱい苺、そしてジューシーな黄金桃が、まるで宝石のように敷き詰められている。
それを口に運べば、もっちりとした生地の食感と共に、果実の瑞々しい甘さとクリームのコクが、徹夜明けの脳髄に心地よい刺激を与えてくれた。
「所長! 僕が徹夜で数字の地層を発掘していたのに、なんで一人でフルーツの地層を幸せそうに採掘してるんですか! 僕のHPはもうゼロですよ!」
木戸くんがフラフラと立ち上がりながらツッコミを入れるが、私はフルーツの余韻を楽しみながら、優雅にダージリンティーを傾けた。
「失礼ですね。この複雑に重なり合うミルクレープの構造は、闇金業者が仕掛ける『表の契約書と裏の手数料』という多重債務のカラクリを解き明かすための、重要なインスピレーション源ですよ」
私は指先を純白のナプキンで拭い、事務所の仮眠室でシャワーを借り、私の予備のスーツを着崩してソワソワとしている白銀紫苑様に向き直った。
「さて、紫苑様。昨夜はよく眠れましたか? 木戸くんの尊い犠牲のおかげで、貴女を縛り付けていた鎖の正体が、完全に判明しましたよ」
「は、はい……! その……私の家の借金は、一体どうなっているのでしょうか?」
紫苑様が、不安と期待の入り混じった瞳で、木戸くんのパソコン画面を覗き込む。
「麗華様、木戸くん。徹夜の成果を、紫苑様に分かりやすく解説して下さい」
「お任せくださいませ、結お姉様!」
麗華様がバシッと扇子を広げ、ホワイトボードの前に立って、講師のように胸を張った。
「紫苑さんのご両親は、郷田金蔵から『五千万円』を借りたと思い込んでいらっしゃいました。表向きの借用書には、法定金利スレスレの年利十五パーセントと書かれています」
「は、はい」
「しかし、郷田はそれとは別に『経営コンサルティング業務委託契約書』というものを結ばせ、毎月『百万円』もの高額なコンサル料を白銀家から引き落としていましたの!」
麗華様の鋭い指摘に、紫苑様がハッと息を呑む。
「百万円……! お父様は、郷田社長の投資アドバイスのお礼だと言っていましたが……」
「完全に騙されていますわ。何の役にも立たないアドバイスを名目に、実質的な『利息』を搾り取っていただけです」
麗華様がホワイトボードにデカデカと『違法金利』と書き殴る。
「木戸先輩、このコンサル料を『利息』として計算した場合、郷田が白銀家から取っていた実質的な年利はいくらになりますの?」
「……驚愕の、年利三十九パーセントです。出資法違反の刑事罰ラインすら超えている、完全な闇金レベルの暴利ですよ」
木戸くんがエクセルの集計表を指差しながら、呆れたようにため息をついた。
「なっ……さんじゅうきゅう……!?」
紫苑様の口から驚きの声がもれた。
「最初に紫苑様に言ったことを思い出して下さい。利息制限法では、元本が百万円以上の場合、年利十五パーセントを超える利息はすべて無効となります」
私はミルクレープの苺をパクリと飲み込み、黒縁メガネを中指でクイッと押し上げた。
「つまり、白銀家が過去五年間にわたって郷田に支払い続けてきた『コンサル料』という名の違法金利は、すべて法律上、払う必要のなかったお金なのです」
「払う必要のないお金……。じゃあ、その分はどうなるんですか?」
「そこで『引き直し計算』という魔法を使います。本来払う必要のなかった利息分を、すべて『元本の返済』に回したとして計算し直すのです」
私が微笑みかけると、木戸くんがドヤ顔でノートパソコンの画面を紫苑様に向けた。
「紫苑さん、これを見てください。毎月毎月、過剰に搾り取られていたコンサル料をこうして元本に充当していくと……」
木戸くんがエクセルのセルをスクロールしていく。最初は五千万円あった数字が、凄まじい勢いで減っていく。
「なんと、三年前の時点で、五千万円の借金は『ゼロ』になっています」
「ゼ、ゼロ……!? じゃあ、ウチにはもう、郷田社長への借金は残っていないということですか!?」
紫苑様が驚愕のあまり立ち上がり、両手で口元を覆った。
「『借金が残っていない』どころではありません。借金がゼロになった後も、ご両親は郷田に毎月お金を払い続けていたんです」
木戸くんはエクセルの最終行を指差し、決定的な真実を口にした。
「つまり、払いすぎたお金……『過払い金』が発生しています。その額、実に二千五百万円! 逆に郷田の方から、数千万円の現金を取り返せるんです!」
「にせんごひゃくまんえん……返してもらえる……!?」
紫苑様は、あまりの衝撃的な事実に、膝の力が抜けたようにソファにへたり込んだ。
五千万円の借金のカタとして、五十代の醜悪なオークに無理やり嫁がされそうになっていたというのに。
法律のフィルターを通せば、借金など最初から存在せず、逆に数千万円の財産を受け取る権利があったのだ。
「そんな……お父様たちは、この五年間、一体何のために、ペコペコ郷田に頭を下げて……私を売ろうとまでしたの……?」
紫苑様の目から、安堵と、両親への深い絶望の涙が溢れ出した。
私は彼女の肩にそっと手を置く。
「紫苑様。……無知は罪です。当人だけでなく、周囲の人間までも不幸に突き落とす。そして、無知な人間から搾取する下劣な成金は、さらに万死に値する大罪です」
私はミルクレープの最後の一口を優雅に味わいながら、冷酷な魔王の瞳で虚空を見据えた。
「郷田金蔵。名家の血を金で買おうとした成虫には、現行法という殺虫剤を致死量まで浴びせてあげなければなりません」
「結お姉様! わたくし、あの成金虫を叩き潰すのが楽しみでなりませんわ!」
麗華様が武闘派の血を騒がせ、扇子をバシバシと手のひらに打ち付けている。
「さて、麗華様。貴女の『お茶会ネットワーク』に、郷田の現在の居場所を探らせておきましたが、成果は?」
私が問うと、麗華様は得意げにスマートフォンを掲げた。
「完璧ですわ。昨日の結婚式が紫苑さんの逃亡で中止になった後、郷田は激怒して、白銀家のご両親を赤坂の高級料亭に呼び出しているそうです」
麗華様が画面をスワイプすると、料亭の個室で郷田が怒鳴り散らしているという、仲居さん経由のタレコミ情報がバッチリと表示された。
「『娘が逃げた落とし前をどうつけてくれるんだ』と、ご両親を恐喝している真っ最中のようですわね」
「素晴らしい情報収集能力です。さすがは東陰院の令嬢、そのネットワークはそこらの探偵よりよっぽど優秀ですね」
「オホホホッ! 名家のお茶会を甘く見てはいけませんわ! 帝都のゴシップはすべて私たちの手のひらの上ですのよ!」
麗華様の高笑いが所長室に響き渡る中、木戸くんが「お嬢様ネットワーク、恐ろしすぎる……」と胃薬を水なしで飲み込んでいる。
「紫苑様。貴女のご両親は、いまだに自分たちが郷田に五千万円の借金をしていると思い込み、恐怖で震えているはずです」
私は立ち上がり、壁のコート掛けから最高級のトレンチコートを手に取った。
「今から、その高級料亭に直接乗り込みます。親の呪縛を断ち切り、あの成金の醜い化けの皮を、貴女自身の目の前で引き剥がすのです」
「私……私が、直接あの男と……?」
紫苑様が怯えたように肩を震わせるが、私は彼女の手を取り、優しく、しかし力強く微笑みかけた。
「ご安心ください。貴女の隣には、日本の法律と、私という最強の魔王がついています。それに加えて……」
「ええ! この東陰院麗華が『名家の格』というものを、あの下品なオークに骨の髄まで叩き込んでやりますわ!」
麗華様が、紫苑様のもう片方の手をしっかりと握りしめ、頼もしい笑みを浮かべた。
「麗華様……九条院先生……っ! はい……私、行きます! もう、親の言いなりにはなりません!」
紫苑様の瞳から恐怖が消え、自立への決意という、凛とした光が宿った。
その表情の変化を見て、私は満足げに頷き、事務所の重厚な扉を開け放った。
「さあ、木戸くん。徹夜明けで辛いでしょうが、引き直し計算書と過払い金請求の内容証明を抱えてついてきなさい」
「ひぃっ、休ませてはくれないんですね! 分かりました、僕の作ったエクセルの威力を、あの闇金野郎に思い知らせてやりますよ! その後、たっぷり眠らせてもらいます!!」
木戸くんが涙目で分厚いファイルの束を抱え、フラフラと後に続く。
借金という幻想の鎖は断ち切られ、反撃のリーガル・ウェポンはすべて出揃った。
相手は、日本国憲法と民法を舐め腐り、令嬢を金で買おうとした醜悪な成金オジサンである。
密室の料亭で彼が最も有頂天になっている瞬間に、過払い金という名のギロチンを落としてやるのだ。
最高のリーガル・タコ殴り劇のクライマックスに向けて、私たちは意気揚々と赤坂の街へ出撃したのだった。
お読みいただきありがとうございます!
徹夜の引き直し計算により、借金ゼロどころか「二千五百万円の過払い金」という名の特大ギロチンが錬成されました! 木戸くん、よく頑張りました。
いよいよ明日。成金オジサンと毒親が密談する高級料亭へ、最強トリオが正面から殴り込みます。麗華様の「本物のお嬢様の威圧感」が炸裂する明日のスカッと展開が楽しみな方は、ぜひ下部から【星評価】と【ブックマーク】で応援をお願いいたします!




