第14話 学園祭ステージジャックと最高級シャインマスカットのクレープ
「みんな、聞いてください! 私、いじめに負けそうになったけど、司くんやみんなの愛の力で乗り越えることができましたっ!」
「くるみ……君はなんて強くて健気なんだ。僕が一生、君を守り抜くよ!」
「司くぅん……っ! 私、この学園に来て本当に良かったよぉ!」
帝都大学付属学園、秋の学園祭。
数千人の生徒が集まる後夜祭のメインステージでは、感動的なBGMが流れる中、編入生の小鳥遊くるみと一条司が熱く抱き合っていた。
ライトアップされた二人の姿に、会場の生徒たちは「くるみちゃん天使!」「麗華がいなくなって平和になったね!」と涙ぐみながら拍手喝采を送っている。
「……素晴らしい。一房数万円の最高級シャインマスカットを惜しげもなく使用し、純金箔をあしらった究極のクレープです。サクッとした生地に、弾けるような果汁と極上の生クリームが絡み合い、学園祭のチープな喧騒を完璧に忘れさせてくれますね」
ステージを見下ろす薄暗い放送室の中で、私は校門前の高級キッチンカーで買い占めた特製クレープを優雅に頬張り、至福の吐息を漏らした。
「所長! これから学園の放送設備を不法占拠してステージをジャックするという、実質的なテロ行為に及ぼうとしているのに……! なんでカフェテラスにいるみたいな優雅な顔で、生クリームを口の端につけてるんですか! 僕、絶対に共犯で捕まりますよ!」
パラリーガルの木戸くんが、放送機材のハッキング用ケーブルを握りしめたまま、半泣きで胃薬の瓶を振っている。
「失礼ですね。これは敵の甘ったれた嘘の空間を打ち破るための、糖分によるエネルギーチャージですよ」
私は指先を純白のナプキンで拭い、放送室の窓から下界のステージを見下ろした。
隣には、見事なドレスアップで本来の気高さを取り戻した、東陰院麗華様が腕を組んで立っている。
「九条院先生。あの泥棒猫が、最高に気持ち悪いスピーチを終えましたわ。……そろそろ、よろしいでしょうか?」
麗華様が、獲物を狙う雌豹のような鋭い笑みを浮かべて合図を送る。
「ええ。今こそ、承認欲求の風船が、最もパンパンに膨れ上がった最高の瞬間です。木戸くん、オペレーション・ジャックを開始しなさい」
「了解しました……。相手の女子高生、一生消えないトラウマになるだろうな。南無阿弥陀仏!」
木戸くんがパソコンのエンターキーをターンッ!と叩いた瞬間。
感動的なオーケストラのBGMが「ブブーッ!」という不快なノイズと共に強制終了し、ステージ上の巨大スクリーンが切り替わった。
「えっ……? 何?」
抱き合っていたくるみと司が、突然の静寂に戸惑い、後ろのスクリーンを振り返る。
そこに映し出されたのは、美しい二人の映像ではなく……無機質な『PDFファイルの領収書』だった。
「あー、マイクテスト、マイクテスト。帝都大学付属学園の、純真無垢で大変騙されやすい生徒の皆様、こんばんは」
放送室のマイクを通した私の冷徹な声が、夜のキャンパス全体にビリビリと響き渡る。
「なっ、なんだこの声は!? 放送部、機材トラブルか!?」
司がマイクに向かって叫ぶが、音声ラインは完全に私が掌握している。
「私は東陰院麗華様の代理人弁護士、九条院結です。今から、皆様にかけられた『魅了の魔法』の種明かしを始めましょう」
私は手元のマウスを操作し、スクリーンに映った領収書の金額部分を赤枠で拡大した。
「小鳥遊くるみ氏が『愛の力で乗り越えた』という感動的ないじめ克服の物語。大変素晴らしい。感動いたしました。……しかし、その実態は、ただの薄汚い『資本の力』です」
スクリーンにデカデカと表示される文字。
『株式会社サイバー・バズ・プロモーション御中。東陰院麗華・炎上工作および合成動画作成費用、金三百万円也』
「え……?」
「さんびゃくまん……炎上工作って、どういうこと……?」
感動の涙を流していた生徒たちが、スクリーンに映し出された生々しい金額と業者名を見て、一斉にざわめき始めた。
「や、やめて! 消して、画面を消してぇぇっ!」
くるみが顔面を蒼白にし、ステージ上でパニックに陥って叫び声を上げる。
「サイバー・バズ・プロモーションとは、愛の力ではなく、パパ活……いえ、謎の資金源で雇ったステマ業者ですね。この業者が、数万の海外ボットを使って、嘘の悪評を拡散したというわけです」
「嘘だ! くるみがいじめられていたのは事実だ! 現に、麗華が彼女を突き飛ばす動画が……っ!」
司が必死に反論しようとするが、私はクレープの最後の一口を飲み込み、フッと冷ややかに笑った。
「その動画の『メイキング映像』を、特別に公開して差し上げましょう。木戸くん、再生を」
巨大スクリーンが切り替わり、今度はグリーンバック(合成用の緑色の背景)の前に立つ、くるみの姿が映し出された。
『……ん、もうカメラ回ってる? オッケー。……ひぐっ、麗華さんひどいっ! 痛いよぉ……っ!』
画面の中のくるみは、台本を片手に嘘泣きの演技を披露している。
そして演技が終わった瞬間、彼女は真顔になり、カメラマンに向かって下品に笑った。
『こんな感じでいいっしょ? あとは私の顔を、いじめられっ子っぽく弱々しくCG加工しといて。麗華の顔は死ぬほど悪人顔に合成してよね。あの女、マジでムカつくから』
『……あっ、この後パパと焼肉だから、撮影、巻きでお願いねー』
ピィー、という電子音と共に動画が終了し、メインステージは水を打ったような、恐ろしいほどの静寂に包まれた。
「あ……あ……っ」
くるみはマイクを落とし、ガクガクと膝を震わせながらその場にへたり込んだ。
「これこそが、皆様が信じ込まされていた『天使』の正体であり、ディープフェイク動画の真実です」
私の声が、静まり返った学園に冷酷に降り注ぐ。
「ご存知でしょうか。嘘の世論を金で買い、他人の名誉を傷つける行為は、偽計業務妨害および名誉毀損という立派な犯罪です。魔法などというロマンチックなものではありませんよ」
「な……なんだよこれ……」
「私たち、騙されてたの……? 業者のボットに踊らされて、生徒会長を追い出したってこと……?」
「サイテー……あの涙、全部嘘だったんだ。パパ活って言ってたぞ今の……」
数千人の生徒たちの中で、パキンッ、と音を立てて『同調圧力の洗脳』が解ける音がした。
「くるみちゃん可哀想」という熱狂は、一瞬にして「ふざけるな、騙しやがって」という凄まじい怒りと軽蔑の刃に反転し、ステージ上のくるみへと突き刺さる。
「ち、違うの! これはAIで作られた嘘の映像で……っ! 司くん、信じて! 私、何も知らない!」
くるみがすがりつこうとするが、司はまるで汚物でも見るかのような目で彼女の手を振り払った。
「触るなっ! 君は……君は、なんて恐ろしい女なんだ! 僕は君の嘘に騙されて、麗華を……!」
自分がピエロのように踊らされていたことに気づいた愚かな王子様が、頭を抱えて絶叫する。
「……さあ、麗華様。これにて魔法は完全に解けました。あとは、貴女自身でトドメを刺して下さい」
私が放送室のドアを開けると、麗華様は「はいっ!」と力強く頷き、王者のような足取りでステージへと向かっていった。
数分後。ざわめきと怒号が飛び交うメインステージの階段を、東陰院麗華がゆっくりと上っていく。
彼女の姿が見えた瞬間、群衆はまるでモーセの十戒のようにサッと道を空け、息を呑んでその美しさと威厳を見つめた。
「麗華……! 麗華、すまなかった! 僕は騙されていたんだ!」
司が情けなく涙を流しながら、麗華様の足元に駆け寄ろうとする。
だが麗華様は、彼を一瞥することもなく、氷のように冷たい声で言い放った。
「近寄らないでくださいませ。偽物の数字と真実の区別もつかない無能は、私の視界に入るだけで不愉快です」
「れ、麗華……っ!」
司の心が完全にへし折れる音をBGMに、麗華様はへたり込むくるみを見下ろした。
その瞳には、かつての絶望も怒りもなく、ただ圧倒的な勝者としての絶対零度の冷笑が浮かんでいた。
「所長。マジでえげつない公開処刑ですね。あの女子高生、もう二度と表を歩けないんじゃないですか?」
放送室から高みの見物を決め込む木戸くんが、ドン引きしながら呟く。
「他人の人生をゲーム感覚で壊そうとしたのです。これくらいのリスクは当然支払っていただかないと」
私はシャインマスカットの最後の一粒を味わいながら、最高に痛快な法廷の幕引きを楽しんでいた。
魅了の魔法など存在しない。あるのは現行法の前で震える、哀れな犯罪者だけである。
極上のエンターテインメントの余韻に浸りながら、私は事後処理という名の『損害賠償請求』の計算に、嬉々として取り掛かるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
スクリーンに映し出された領収書と、メイキング(嘘泣き)映像。数千人の前で「魅了の魔法」が強制解除された、最高に痛快なリーガル・チェックメイトでした!
次回、いよいよ第3章の最終話! 偽ヒロインの末路と、どん底から這い上がった麗華の「驚きの決断」をお届けします。
(※第3章・最終話は明日19時過ぎ更新です!)




