第11話 魅了の魔法と艶やかなミラーケーキ
新章(第3章)のスタートです!
前章までをお読みいただいた皆様、ありがとうございます。本作はオムニバス形式ですので、この章から読んでも全く問題なくお楽しみいただけます。
今回のテーマは、異世界テンプレでおなじみ「ヒロインの魅了の魔法(洗脳)」です。現代のネット社会にはびこる同調圧力と悪意を、魔王弁護士が現行法で物理的に包囲します!
「東陰院麗華! 君のような陰湿で底意地の悪い女とは、今この瞬間に婚約を破棄させてもらう!」
「そして、僕が愛するこの小鳥遊くるみに対する数々のいじめについて、全校生徒の前で謝罪してもらうぞ!」
シャンデリアが眩い光を放つ、政財界の御曹司や令嬢が集う名門・帝都大学付属学園の大ホール。
華やかな学園パーティーのど真ん中で、マイクを握りしめた学園の王子様こと一条司が、声高に断罪の言葉を叩きつけた。
「……司様。急に何を仰るのですか? 私がその編入生をいじめたなど、一体何の根拠があって……」
東陰院麗華は、見えないハンマーで殴られたかのような衝撃を受けながらも、生徒会長としての気丈さを保って反論した。
「とぼけるな! 証拠ならいくらでもある! 今、学園中の裏掲示板やSNSで拡散されているこの動画を見ろ!」
司が掲げた最新型のスマートフォン。そこの画面には、薄暗い旧校舎の裏で、麗華が編入生のくるみを突き飛ばしている映像が映し出されていた。
「嘘ですわ! 私は今日、ずっと生徒会室で明日の学園祭の準備をしていました! そんな場所には行っておりません!」
「まだ見苦しい嘘をつく気か! 映像という動かぬ証拠があるんだぞ!」
司の背中に隠れるようにして、編入生の小鳥遊くるみが「ひぐっ、怖いよぉ……司くん……」と、わざとらしく涙を拭う仕草を見せた。
その瞬間、大ホールにいた数十人の生徒たちから、一斉に敵意に満ちた声が上がり始めた。
「くるみちゃん、可哀想……」「やっぱり東陰院さんが犯人だったんだ」「性格悪すぎ」「生徒会長の権力で隠蔽しようとしてる」
「違う……違いますわ! 皆様、どうか冷静になってください! その映像は偽物です!」
麗華が必死に叫ぶが、幼い頃から共に学んできた友人たちでさえ、まるで何かに取り憑かれたように冷たい軽蔑の視線を向けてくる。
「もう遅い。学園の総意は決まった。君は生徒会長を下り、この学園から去るべきだ!」
司が冷酷に言い放つと、全校生徒から「出ていけ!」「謝れ!」という怒号が地鳴りのように響き渡った。
くるみは司の胸に顔を埋めながら、麗華にだけ見えるように、口角を吊り上げてニタリと醜悪に嗤った。
「あ……ああ……っ」
圧倒的な同調圧力と、作られた嘘の空間。
才色兼備を謳われ、誰よりも学園のために尽くしてきた東陰院麗華は、たった一人の編入生によって、すべてを奪われ完全に孤立したのだった。
◇ ◇ ◇
……という、まるで三流の乙女ゲームのような「悪役令嬢の断罪イベント」から数日後。
「――というわけで、あの女は間違いなく『魅了の魔法』か何かを使っているのですわ! そうでなければ、あんなにも簡単に、学園中が私を敵視するはずがありません!」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
ブランド物の制服を身にまとった東陰院麗華様は、ソファに座りながら、悔し涙を拭って力説した。
「なるほど。突然現れたヒロインによって周囲の人間が次々と洗脳され、気付けば自分が孤立している……。ファンタジー小説で最近流行りの『魅了の魔法テンプレ』ですね」
私は、表面が鏡のようにツヤツヤと輝く、宇宙の星雲を模した特製ミラーケーキに銀色のナイフを入れた。
ゼラチンと水飴で作られた美しいグラサージュの下から、濃厚なチョコレートムースと甘酸っぱいフランボワーズの層が顔を覗かせる。
「所長。未成年の女子高生が、学校中からいじめを受けて絶望している前で、一個一万円もするホールのミラーケーキを切り分けるのはやめてください。絵面が完全に悪の女帝ですよ」
パラリーガルの木戸くんが、私のデスクに山積みにされたSNSのプリントアウト資料を整理しながら胃を押さえた。
「失礼ですね。この鏡のように周囲の景色を反射するケーキは、ネット社会の『見たいものしか見ない』というエコーチェンバー現象を解き明かすための重要なインスピレーション源ですよ」
私は星空を切り取ったようなケーキを口に運び、極上のカカオの香りとベリーの酸味を堪能した。
「さて、麗華様。残酷な事実をお伝えしますが、この現代日本において、人の心を操る『魅了の魔法』などというオカルトは存在しません」
「で、ですが! 司様も、長年のご友人たちも、皆あの女の言葉を疑いもしないのです! あんなのおかしいですわ!」
麗華様が身を乗り出して反論する。彼女の目には、理不尽な現実に対する恐怖と混乱が渦巻いていた。
「おかしくなどありません。魔法よりもはるかに悪質で、現代的で、そして『金で買えるシステム』が使われているだけのことです」
私はダージリンティーで喉を潤し、手元のタブレット端末を麗華様に向けて滑らせた。
「これは木戸くんに指示して、貴女を誹謗中傷している学園の裏掲示板とSNSのアカウント群を解析させた結果です」
画面には、膨大な数のアカウントのIPアドレスと、投稿時間のグラフが表示されている。
「貴女を叩き、編入生を賛美しているアカウントの約七割。これらは深夜三時から五時の間に、全く同じハッシュタグといくつかの定型文で一斉に投稿を行っています」
「同じ時間に、ほぼ同じ文章……? そんな時間に起きている学園の生徒なんて、何人いるか」
「ええ。これらはすべて、海外サーバーを経由して自動制御されている『ボット(プログラム)』です」
私はケーキの二口目を優雅に掬い上げながら、ネットの闇の構造を解説し始めた。
「編入生のくるみ氏は、裏で悪質な『SNSのステマ(ステルスマーケティング)業者』を大金で雇っているとみて間違いないでしょう」
「業者、ですか……?」
「その通り。彼らは数万の架空アカウントを使い、『くるみは可哀想な被害者』『麗華は極悪人』という嘘の世論をネット上に人工的に作り上げました」
私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、冷たい笑みを浮かべた。
「学園の生徒たちは魔法にかけられたわけではありません。ネットを開けば貴女の悪口ばかりが目に入る『作られたトレンド』に、ただ同調圧力で流され、洗脳されただけなのです」
「そんな……お金で、人の心を……学園の世論を操作したというのですか!?」
「そして、一条司様が全校生徒の前で得意げに見せびらかしていた、貴女のいじめ動画。あれも業者が作成した『ディープフェイク』です」
私は資料の中から、動画の不自然なコマ送りの解析画像を指差した。
「生成AIを使って、貴女の顔を別人の映像に合成しただけの粗悪品ですよ。専門家が少し見れば、影の動きや輪郭の違和感ですぐに偽物だと判明します」
「……あ、ああ……っ」
麗華様は、自分が得体の知れない魔法ではなく、極めて物理的で悪意に満ちた『ネット工作』によって社会的に殺されかけたのだと理解し、ワナワナと肩を震わせた。
「なんて卑劣な……! 自分の承認欲求のために、業者を雇って他人を貶めるなんて! でも、匿名のアカウントなんて、誰がやっているか証明できないのでは……!」
「おや。麗華様は、ネットの匿名性が『絶対の盾』だとでもお思いですか?」
私は立ち上がり、壁のホワイトボードに赤ペンでデカデカと『プロバイダ責任制限法』と書き殴った。
「匿名という安全圏から石を投げているつもりの愚か者たちを、現行法という名の首輪で縛り上げ、白日の下に引きずり出すチート魔法が存在します」
「ちーと、まほう……?」
「『発信者情報開示請求』です。プロバイダ(通信会社)に対し、嘘の悪評を流したアカウントの『本名と住所』を強制的に開示させる法的手続きです」
私はデスクの引き出しから、真新しい申立書の束を取り出してトントンと揃えた。
「魔法の正体が『業者』だと分かれば、あとは簡単です。彼らのIPアドレスをたどり、オフィスのドアを物理的に蹴り破ってやればいいのですから」
「しょ、所長。また内容証明郵便をすっ飛ばして、直接相手の会社にカチコミに行く気ですね。相手、反社寄りのヤバいIT業者かもしれないんですよ?」
木戸くんが胃薬の瓶を振る音が響くが、私のリーガル・タコ殴りへの欲望は止まらない。
「偽計業務妨害罪、名誉毀損罪、そして肖像権の侵害。これらはすべて、三年以下の懲役刑も視野に入る立派な犯罪行為です」
私は艶やかなミラーケーキの最後の一口を飲み込み、優雅に微笑んだ。
「麗華様。貴女から学園の居場所を奪った、自称・愛されヒロインと悪徳業者。彼らが作っていた嘘の鏡を、木端微塵に叩き割って差し上げましょう」
「九条院先生……!」
麗華様の瞳に、絶望の涙はもうなかった。そこにあるのは、名門・東陰院家の令嬢としての誇りと、自分を陥れた者たちへの冷徹な怒りの炎だ。
「やりますわ。私を愚仮面な工作で貶めた者たちに、東陰院の、そして法律の恐ろしさを骨の髄まで刻み込んでやります!」
「素晴らしい覚悟です。さあ、木戸くん。直ちに裁判所へ走り、IPアドレス保存と情報開示の仮処分を叩きつけて下さい」
地味な令嬢の姿をした魔王が、嬉々として三度目の宣戦布告の法螺貝を吹く。
「痛快なリーガル・タコ殴り劇、第三幕の開廷です」
お読みいただきありがとうございます!
「魅了の魔法」の正体は、金で雇われたステマ業者とボットによる世論操作でした。
次回、匿名という安全圏から石を投げる卑劣な業者を、現行法のチート魔法が白日の下に引きずり出します。
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