第259話 破り捨てた雇用契約書
傾斜のついた地下通路を上りきり、外気に触れる。
風がコートの裾を揺らす。
靴底がコンクリートから未舗装の地面へ移り、土を踏み固める鈍い音が鳴り始める。
大通りに出ると、馬車の車輪が土を掘る音と、人々の靴音が重なり合って空気を振動させている。
私たちは人波の端を歩き、高い建物の正面に設けられたガラスの回転扉の前に到着する。
金属の枠を押し込み、施設の内側へ入る。
外部の騒音が遮断され、床に敷かれた厚い絨毯が靴底の衝撃を吸収する。
昇降機の箱に乗り込み、上の階層へ向かう。
金属のワイヤーが擦れる重い音が縦穴に響く。
箱が停止し、扉が横へスライドする。
廊下を進み、木製の扉の前に立つ。
レオニスが金属の鍵をシリンダーに差し込み、回転させる。
扉が内側へ開いた。
部屋の中央にある巨大な木製のテーブル。
私は肩から鞄を下ろし、天板に置く。
鞄の底が木材に当たる低い音が響く。
留め金を弾き、革の蓋を持ち上げる。
中から手帳と、束ねた領収書の紙片を取り出す。
テーブルの端に置かれていた機械式の計算機を手元に引き寄せる。
底面のゴムが木材を擦る音が鳴る。
コートのボタンを外し、袖から腕を抜いて椅子の背もたれに掛ける。
レオニスも同様に外套を脱ぐ。
厚い布地が擦れる重い音が続く。
私は椅子に腰を下ろす。
手帳のページを開き、回収した手数料と立て替えた経費の項目を目で追う。
計算機の金属ボタンを指の腹で押し込む。
カチャリという機械音が鳴り、内部の歯車が動く。
別のボタンを叩き、さらに別のボタンを押し込む。
物理的な打鍵音が、連続して室内に響き始める。
「交通費、情報収集のための支払い、施設の破損に対する補填」
私はボタンを叩く指を止めずに口を開く。
「教団の施設から持ち出した資金の分配も終わった。残りは私たちが受け取る正当な経費と手数料の計算ね。危険手当と、耳の酷使に対する慰謝料も全て計算機に打ち込んでいくわ」
レオニスは部屋の奥へ向かい、給湯の設備から陶器のカップを取り出す。
カップの底が木材の天板に触れ、硬い音が鳴る。
「計算の合間に休息をとれ。水を入れた」
彼はテーブルの反対側に立ち、私の方へ視線を向ける。
「休息は計算の処理が終わってからよ。請求額の確定は急ぐ必要があるわ」
私は計算機のボタンをさらに押し込む。
彼は自身の衣服の内ポケットに手を差し込んだ。
布地が擦れる音がする。
折り畳まれた厚手の紙を引き出し、テーブルの表面に置く。
指先で折り目を開き、私の手元へ向けて紙を滑らせる。
紙の裏面が木材を擦る乾いた摩擦音が鳴り、計算機の横で止まった。
視線を紙の表面に落とす。
並んだ文字の列と、末尾の署名。
私が調査員として働く条件を記した、彼との雇用契約書。
レオニスが紙の端から手を離し、姿勢を正す。
「対象者の拘束と資金の回収が完了した」
彼の声が、計算機の歯車の回転音に重なる。
「全ての任務は終了した。お前はもう自由だ」
私は計算機のボタンから指を離す。
機械の側面から印字された紙の帯が押し出され、テーブルの端から垂れ下がっている。
手帳を閉じ、テーブルの上に置かれた契約書へ手を伸ばす。
両手で紙の両端を掴む。
紙の厚みと、乾燥した表面の感触が皮膚に伝わる。
手首の関節を返し、左右に力を込める。
紙の繊維が中央から裂ける高い音が、静まり返った部屋の空気を切った。
引き裂かれた紙片が空中で離れる。
私は両手に持った紙片を重ね、再び力を込めて裂く。
紙が裂ける音が連続して室内に鳴り響く。
細かくなった紙の破片を、テーブルの上に落とす。
紙片が木材に触れる乾いた音が鳴り、天板の表面を滑って散らばった。




