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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第260話 対等な相棒

 紙の破片がテーブルの表面に静止する。

 レオニスの視線が、紙の破片から私の顔へと移動する。

 彼の喉仏が動き、声帯を震わせる音が空間に押し出された。


 「……何のつもりだ」

 「文字通りよ」

 私はテーブルの縁から手を離す。

 「雇い主と部下の関係は、今この瞬間に終了したわ」


 コートの深いポケットに手を差し込み、折り畳まれた別の紙を引き出す。

 指の腹で折り目を開き、レオニスの前へ向けて天板の上を滑らせる。

 紙の裏面が木材を擦る乾いた摩擦音が鳴り、彼の指先の手前で止まった。


 「これからは、発生する利益と経費を完全に等分する対等なビジネスパートナーとして再契約するわ。これが新しい条件よ」

 レオニスが紙の端を親指と人差し指で挟み、目の高さまで持ち上げる。

 彼の視線が、紙面に並列された文字の列を横へ追っていく。

 換気ダクトから吹き出す空気の低い稼働音が、室内の空白を埋めている。


 「……業務の範囲が指定されていない」

 レオニスが視線を紙に落としたまま口を開く。

 「それに、生活拠点の共有と、維持費の共同負担という項目があるが」


 「当然でしょ」

 私は肩に掛けた鞄の紐を握り直す。

 革が擦れる音が微かに鳴る。

 「別々の場所に拠点を持てば、部屋の賃料も暖房費も余分に掛かるわ。固定費の削減は利益を最大化するための基本よ。次の資金回収に向かう際の移動経費もまとめることができる」


 レオニスの口から、短く息が吐き出される音が聞こえた。

 彼は紙をテーブルの表面に置き直す。

 自身のコートの内ポケットに手を入れ、金属製の筆記具を取り出した。

 先端のキャップを外し、ペンの先を紙の末尾の空欄に押し当てる。

 金属が紙の繊維を引っ掻く硬い音が、連続して室内に響き始めた。


 彼が筆記具を離し、紙をテーブルの中央へ押し戻す。

 私はポケットから鉛筆を取り出し、彼が記した文字の隣に自身の名前を書き込む。

 芯が紙の表面を削る音が鳴り、削りカスが微かに散る。


 私は紙を折り畳み、コートのポケットに収めた。

 レオニスが筆記具をしまい、テーブルに置かれた革張りのトランクの取っ手を握る。

 腕の筋肉が隆起し、持ち上げられたトランクの重量で革が軋む音が鳴った。


 「次の回収先は決まっているのか」

 彼は部屋の扉の方へ体を向ける。


 「ええ」

 私はコートのボタンの掛け合わせを確認する。

 「債権のリストはまだ手帳のページに残っているわ。出張の準備をして。でもその前に、今日の昼食を済ませるわよ」


 「昼食の代金も経費から落とすのか」

 「もちろんよ。契約直後の顔合わせの会食だもの。私が店を選ぶわ」


 レオニスが扉の金属の取っ手を押し下げ、内側へ引く。

 蝶番が動き、廊下の空気が部屋の中へ流れ込んでくる。

 私たちは部屋を出て、足元の絨毯を踏みしめながら廊下を進む。

 昇降機で下の階層へ下り、建物の回転扉を抜けて外の通りへ出た。


 冷たい風がコートの裾を叩く。

 馬車の車輪が路面の土を掘る音、荷物を運ぶ荷車の金属音が空気を振動させている。

 大通りを行き交う群衆の足音が、建物の壁にぶつかって反響を繰り返していた。


 私たちは歩幅を合わせ、大通りの人波の中へ歩き出す。

 私の靴底が地面を打つ音と、レオニスの重い靴音が、等しい間隔で路面に鳴り響き続けていた。

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