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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第237話 最高指導者の正体

 金属板を叩く靴底の音が、暗い通路を前へ進んでいく。

 壁面を這う配管の継ぎ目から、熱を持った空気が定期的に吐き出される摩擦音が鳴る。

 通路の突き当たりで、金属の床が削り出された岩の表面に置き換わった。

 壁の材質がコンクリートから、古い建築様式のレンガを重ねたアーチへ変化する。

 レオニスが足の運びを緩め、周囲の壁面構造に視線を向ける。


 「旧王国の地下遺跡をそのまま流用しているわね」

 私は鞄の紐を肩で掛け直す。内部に詰め込まれた書類の重さが筋肉に食い込む。

 「内装の施工費用を節約しているつもりでしょうけど、これまでに集めた未払い賃金と横領金の総額には遠く及ばないわ。建物の権利ごと差し押さえる手続きが必要ね」

 「証拠となる書類は手元にある。相手の支払い能力を物理的に確認するだけだ」

 レオニスは腰のホルスターの留め金を外し、革が擦れる音を響かせる。


 前方にある高い木製の扉。

 表面には装飾的な金属の鋲が規則的に打ち込まれている。

 レオニスが取っ手を掴み、体重を掛けて扉を押し開く。

 金属の蝶番が重い摩擦音を立て、内部の乾燥した空気が通路へ流れ込んでくる。

 私たちは部屋の中へ足を踏み入れた。


 広大な空間が広がる。

 天井の梁から吊るされたランプが、床に敷かれた赤い絨毯を照らしている。

 部屋の最奥部。

 床が階段状に高くなり、その頂上に背の高い木製の椅子が据えられている。

 表面に複雑な彫刻が施された椅子の座面に、男が腰を下ろしていた。


 仕立ての整った厚手の服。

 色の抜けた髪が綺麗に撫で付けられ、目尻に深い皺が刻まれている。

 王都の戦後管理局の執務室で、かつて指示を出していた長官の顔の造作。


 男は椅子から立ち上がらず、肘掛けに両手を置いている。

 「統制と管理」

 長官の喉が動き、声帯を震わせた音が部屋の壁に反響する。

 「不要な争いを局所的に発生させ、全体の秩序を保つ。その仕組みを回すための必要な資金だ」

 彼は指先で木製の肘掛けを軽く叩く。

 木材の鳴る低い音が響く。

 「個人的な蓄財ではない。大局的な平和を維持するための経費だ」


 私はレオニスの横を通り抜け、階段状になった床の前に歩み寄る。

 肩から鞄を下ろし、留め金を外す。

 鞄の中に手を入れ、底に詰め込んでいた革表紙のファイルや、束ねた書類の山を掴み出す。

 砂漠の要塞、海都の金庫、帝国の時計塔から回収してきた記録の束。


 腕を振り上げ、床の段差の角に向かって書類の束を叩きつける。

 紙の束が硬い岩の表面に激突し、重い衝突音を立てた。

 革表紙が反り返り、束ねていた紐が切れ、多数の紙片が絨毯の上に散乱する。

 紙が互いに擦れ合う乾いた音が部屋の中に広がる。


 「大義名分を盾にした横領と脱税の弁明。それなら別の債務者たちから既に何度も聞かされたわ」

 私は散らばった書類の束を靴の先端で指し示す。

 「他人の資産と労働力を搾取した証拠がそこに並んでいる。言い訳を並べる前に、記載された負債の全額をまとめて払いなさい」


 長官の顔の筋肉が微かに動く。

 彼は肘掛けに置いた手を滑らせ、木材の裏側に隠された金属の突起に指を掛ける。

 指の腹が突起を押し込む硬い音が、私の鼓膜に届いた。


 直後、椅子の背後にある壁の奥から、重い機械が駆動を開始する低い摩擦音が鳴り始める。

 歯車が噛み合い、蒸気が配管を通り抜ける唸り音が、床の岩を通して私の靴底を振動させていた。

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