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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第236話 赤い石の心臓

 レオニスは防爆扉の横に設置された電子錠の操作盤に工具の先端を差し込んだ。

 金属のカバーを固定するネジを回す。

 外れたカバーが床に落ち、コンクリートを叩く高い音が鳴る。

 彼は内部の配線を囲む樹脂を削り取り、導線の束を引き出した。

 二本の導線を接触させる。

 青白い火花が散り、焦げた匂いが通路の空気に混ざった。

 操作盤の赤い警告灯が消滅し、扉の内部から重いシリンダーが回転する機械音が響いた。


 防爆扉の隙間が広がり、乾燥した空気とともに、くすんだ赤い光が通路に漏れ出してくる。

 レオニスが扉の縁に両手を掛け、体重を乗せて横に押し開いた。

 車輪がレールを擦る低い摩擦音が鳴り、人間が通れる幅の空間が確保される。


 扉の奥には、巨大な吹き抜けの空間が広がっていた。

 コンクリートの柱が等間隔に並び、天井には無数の太い配管が這っている。

 空間の中央に、金属の骨組みで補強された巨大な透明の円柱容器が設置されている。

 容器の内部には、採掘場で見たものと同じ赤黒い鉱石が、床から天井近くまで積み上げられていた。

 鉱石の表面が内側から明滅し、空間全体を不規則な赤い光で照らし出している。


 私が扉の敷居を越え、その空間に足を踏み入れた瞬間だった。


 鼓膜を直接殴りつけるような物理的な衝撃が、耳の奥を貫いた。

 換気扇の回転音でも、機械の稼働音でもない。

 積み上げられた赤い鉱石の塊から、人間の声が噴出している。

 声帯を引き裂くような叫び声。

 息を吸い込む摩擦音。

 壁を爪で引っ掻く硬い音。

 異なる声質のノイズが重なり合い、空間の反響を埋め尽くして私に向かって叩きつけられた。


 視界が揺れる。

 私の両膝から力が抜け、床のコンクリートに膝を打ち付けた。

 鈍い痛みが足の骨を伝わるが、耳の奥から脳の中心へ向かって突き進む圧迫感に比べれば僅かな感覚だった。

 私は右手のひらで耳を塞ぐ。

 指先が耳の裏側に触れた時、生温かい液体の感触があった。

 指を離して視線を落とすと、革手袋の表面に赤い血が付着している。


 「レティ」

 レオニスが私の横に膝をつき、コートの肩を掴む。

 彼の手の力が厚い布地越しに伝わってくる。

 彼の口の動きが見えるが、声は鉱石から発せられる絶叫の層に遮られて鼓膜に届かない。


 私は床に手をつき、首を振った。

 コートのポケットから手帳を取り出す。

 鉛筆を握り、ページを開く。

 耳を塞ぐのをやめ、顔を上げて中央の赤い鉱石の山を睨みつけた。


 「騒音のボリュームを下げなさい」

 私は鉛筆の芯を、白紙のページに強く押し当てる。

 芯の先が紙の繊維を削る音が、私の意識の中で鉱石のノイズと衝突する。

 「無秩序に叫んでも、要求は通らないわ」

 私は手帳の背表紙を指で弾いた。

 「未払い金と慰謝料の請求なら、順番待ちの列を作りなさい。証拠書類を持たない要求は全て却下するわ」


 鉛筆の芯が折れ、短い木片が床に落ちる。

 私は残った芯の断面を再び紙に押し当て、太い線を引いた。


 頭蓋骨を圧迫していた悲鳴の束が、私の発声と鉛筆の摩擦音の前に衝突し、後退していく。

 要求と絶望の叫びが、単なる環境音のノイズへと変換される。

 意味を持っていた声が、ただの風切り音や配管の唸り声と同じ背景音の層へ押し込まれた。


 私は手帳を閉じ、立ち上がる。

 レオニスがポケットから清潔な布を取り出し、私の耳の裏側に当てる。

 布が皮膚を擦る感触。

 彼が布を離すと、白い繊維の一部が赤く染まっていた。


 「処理は終わったわ」

 私は手帳をコートのポケットに戻し、鞄の紐を握り直す。

 「ここはただの動力源の保管庫よ。責任者の執務室は、この施設のさらに奥に配置されているはず」


 レオニスは血の付いた布を丸めて自身のポケットに収め、ホルスターの留め金を外した。

 銃のグリップに手を添え、金属の足場が組まれた奥の通路へ視線を向ける。

 私たちは赤い光が明滅する円柱の横を通り抜け、奥の暗がりへと続く鉄格子の通路へ歩みを進めた。

 軍靴とブーツの靴底が金属の板を叩く音が、背後の鉱石のノイズを切り裂いて前に進んでいく。

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