第235話 地下水路の反響
機関車のボイラーが発する熱から離れ、冷気を孕んだ風がコートの表面を叩く。
私たちは無人となった貨物線の終着地点で降車し、王都の郊外に広がる工業区画の裏道へ足を踏み入れた。
高い壁に挟まれた狭い路地の地面は、舗装されていない固い土で覆われている。
レオニスが手元のファイルを開き、書き込まれた座標と頭上の建物の配置を照らし合わせる。
彼は路地の中央にある円形の金属蓋の前に立ち止まった。
蓋の表面には赤茶色の錆が浮いている。
レオニスが腰のポーチから金属製の工具を取り出し、蓋の端の隙間に差し込んだ。
体重を乗せて工具の柄を押し下げる。
金属同士が激しくこすれ合う高い音が鳴り、長年放置されていた蓋が持ち上がった。
彼はそのまま蓋を横へずらし、地面に置く。
重い衝突音が周囲の壁に反響した。
開いた円形の穴から、カビと湿った土の匂いが立ち上ってくる。
レオニスが先に穴の中へ入り、壁面に固定された鉄の梯子を下りていく。
靴底が鉄の棒を叩く音が、縦穴の奥へと反響して消えていく。
私もコートの裾をまとめ、鞄を肩に掛け直して梯子に足を掛けた。
地下の空間は、地上の光が届かない暗がりに包まれていた。
レオニスが手持ちの携帯用ランプに火を灯す。
黄色い光が、レンガで組まれたアーチ状の天井と、足元の狭い通路を照らし出した。
通路の横には水路が走り、濁った水がゆっくりと流れている。
水路から発生する湿気が、コートの布地に付着していた機関車の煤を重く変えていく。
「靴が汚れるわね」
私は水たまりを避けながら歩幅を調整する。
「目的地が地下の排水路の奥だなんて、あの予算局長が好むような陰湿な立地だわ」
「機密を隠すには適した環境だ」
レオニスがランプを前方に向け、影の動きを確認しながら進む。
「ここから先は王宮の地下基盤と直接繋がっている。警備の配置に警戒しろ」
水がコンクリートの段差を落ちる音が絶え間なく響いている。
私は壁際のレンガに素手を押し当てた。
目を閉じ、水音の層を耳から排除していく。
水路を走るネズミの爪音、遠くの配管から落ちる水滴の音。
さらに奥深くの空間から伝わる、空気の動きを拾う。
重い金属の羽根が空気を切り裂く回転音。
一定の周期で低い唸りを上げている。
その回転音の下層に、硬い床を叩く規則的な摩擦音が複数重なっている。
軍靴の金具が床に触れる音。
歩調は均一で、互いの間隔を保ったまま往復を繰り返している。
私は目を開け、壁から手を離した。
「前方で水路が交差する場所の奥」
レオニスの方へ顔を向ける。
「大型の換気扇が稼働しているわ。その裏側の空間で、複数の足音が規則的に巡回している。軍靴の音よ」
レオニスがランプの光を絞り、光量を落とした。
私たちは無言で通路を進み、水路の交差点の角に背中を預ける。
角の先にある通路は行き止まりになっており、水路からの水が流れ込む巨大な排水口が口を開けていた。
その奥の壁面を、太い鉄格子が完全に塞いでいる。
鉄格子の隙間から、換気扇の回転音と、乾燥した暖かい空気が漏れ出していた。
レオニスが鉄格子の前に歩み寄る。
彼は格子の接合部をランプの弱い光で照らし出した。
金属の表面は錆に覆われているが、周囲のレンガに深く埋め込まれ、溶接されている。
彼はポーチから再び工具を取り出し、先端を格子の根元とレンガの隙間にねじ込んだ。
「静かに開けるのは無理だ」
彼が工具の柄を両手で握る。
「奥のパトロールが最も遠ざかった瞬間を教えろ」
私は鉄格子から距離を取り、耳を壁に向ける。
換気扇の唸り音の奥で、軍靴の音が折り返し地点に到達し、反転する摩擦音を拾った。
「今よ」
レオニスの腕の筋肉が膨張する。
工具の柄に全身の体重が掛けられる。
金属の接合部が限界を超え、溶接箇所が弾け飛ぶ甲高い破断音が鳴り響いた。
レンガの欠片が水路に落ち、水しぶきを上げる。
彼は工具を別の接合部に差し込み、同じ動作を繰り返す。
連続する破壊音が、換気扇の騒音に紛れて地下道に響く。
鉄格子の枠が壁から外れ、彼がそれを両手で持ち上げて通路の床に静かに置いた。
格子の向こう側には、回転する換気扇の羽根ではなく、さらに奥へと続くコンクリートの通路と、その突き当たりを塞ぐ分厚い防爆扉が存在していた。
防爆扉の表面には、赤い警告灯が点滅している。
私はコートのポケットから手帳を取り出す。
鉛筆の芯をページに押し当てた。
「施設の器物破損と侵入経路の確保。この作業費も、最終的な請求書に加算しておくわ」
鉛筆が紙を削る音が鳴る。
レオニスは工具をポーチに戻し、防爆扉の横に設置された電子錠の操作盤へ視線を向けた。




