第197話 関節の軋み音
レオニスの背中を追って扉へ向かう途中、私は歩みの向きを変えた。
奥の寝室の扉の前に立つ。
耳を木製の扉に近づける。
部屋の中から、規則的で深い呼吸音が聞こえてくる。
時折、寝返りを打つ際にシーツと分厚い包帯が擦れる音が混ざる。
塔から引きずり出してきた男は、薬で眠っている。
私はコートのポケットから、先ほど闇医者が置いていった紙の束を取り出した。
薬品の代金と深夜の往診料が記された請求書だ。
私はそれを手帳のページに挟み込み、鉛筆で男の借金の欄に線を引いて枠を拡張した。
「目覚めたら、請求書の束が枕元にあるわよ。しっかり働いて返してもらうんだから」
私は手帳をポケットに戻し、扉から離れる。
廊下で待っていたレオニスが、部屋の鍵を回してラッチを下ろした。
*
海から吹き付ける風が、雪を真横に飛ばしている。
錆びたトタン板が波打つ音と、岸壁に波がぶつかる音が連続して鳴る。
私は木箱の陰にしゃがみ込み、コートの襟を立てた。
隣でレオニスが息を殺している。
彼の視線の先には、南洋の国旗を掲げた輸送船が停泊している。
船へ続く桟橋の手前に、私が置いた革の鞄が雪を被り始めていた。
風の音が弱まる瞬間に、別の音が混じる。
雪を踏みしめる足音。
布が擦れる音。
金属の部品がぶつかる音。
「来たわ」
私はレオニスの肩を軽く叩いた。
「武装している。歩幅が揃っているわ。ホテルの部屋にいたあの男も混ざっている」
レオニスが小さく頷く。
彼は手袋の指先を動かし、関節を鳴らした。
暗がりから、厚手の外套を着た男たちが姿を現した。
彼らは無言のまま、桟橋の手前に置かれた鞄へ向かって歩み寄る。
先頭の男がしゃがみ込み、鞄の留め金に手をかけた。
レオニスが木箱の陰から飛び出す。
靴底が雪を蹴る音の直後、彼の手が先頭の男の首の後ろを掴む。
そのまま男の顔を雪に覆われた地面へ叩きつけた。
鈍い音が鳴り、男の動きが止まる。
周囲の男たちが反応し、外套の内側へ手を伸ばす。
レオニスは低く身を沈め、次の男の膝の関節を横から蹴り抜いた。
骨が外れる音と、男のくぐもった悲鳴が同時に上がる。
レオニスは倒れ込んだ男の腕を掴み、その体を盾にするように引き寄せる。
別の男が抜いた金属の棒が、盾にされた男の背中を打つ。
レオニスが腕を放し、棒を振った男の顎の下へ拳を突き上げる。
歯が激しくぶつかる音が響き、男の体が後ろへ仰け反って雪の上に倒れた。
短い時間の間に、立っているのは通信機を持っていた若い男だけになった。
彼は後ずさりし、懐から通信機を取り出そうとする。
レオニスが歩み寄り、男の手首を掴んで捻り上げる。
プラスチックの通信機が雪の上に落ちる。
レオニスが男の膝裏を蹴り、強制的に雪の上に膝をつかせた。
私は木箱の陰から歩き出し、男の前に立った。
地面に落ちていた鞄を拾い上げる。
留め金を外し、中から革表紙のファイルを取り出す。
「輸送船の金庫に預けると言ったけれど、気が変わったの」
私はファイルを開き、中身の白紙の便箋の束を男の顔の前に突きつけた。
男の目が大きく見開かれる。
彼の胸の奥で、心拍が暴走する音が鳴り響く。
「偽物……」
男の口から声が漏れる。
「商品の中身を確認せずに飛びつくからよ」
私は便箋の束をファイルに戻し、鞄へ放り込んだ。
「あなたが流した偽情報の手間賃、誰が払うのかしら。軍務大臣の指示だと、あなたの口から証言してもらえば、少しは割引してあげるわ」
男が口を閉ざす。
レオニスが男の腕をさらに強く捻る。
肩の関節が軋む音が鳴る。
男の口から、空気が漏れる音が漏れ出る。
「痛いわよ」
私はしゃがみ込み、男の顔を覗き込んだ。
「未払いのツケを抱えたまま、凍えた雪の上で関節を外されるか。それとも、暖かい部屋で供述書にサインするか。選ばせてあげる」
男の喉が上下に動く。
雪が彼の髪と肩に降り積もっていく。
私は立ち上がり、コートのポケットの中で手帳の硬い表紙に触れた。




