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異形の檻  作者: koenig
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道中にて

月明りのない新月の夜、城塞都市ウォーラデミントンへと続く街道に荷馬車が通っていた。


「はぁ…本当なら今頃、都市について一杯ひっかけてるとこなのによぉ………」


荷馬車にいる御者の男はそうぼやきながら手綱を握る。

夜中の街道を御者が一人で通るのは危険極まりない。

怪物は勿論のこと、野党などに襲われる危険もあるからだ。

しかし男はそれなりに御者として生活して長く、このような長旅にも慣れていた。

故に男は多少無理をしてでも今日中に城塞都市に着くつもりで荷馬車を走らせているのだ。


「だいたいいつもの道を通れたら日暮前には着いてたんだ……」


男は水筒の中の水をグビリと飲み込む。

これが酒であったならどれだけいいだろうか。

男の荷馬車が遅れたのには理由がある。

城塞都市ウォーラデミントンと隣国との国境にある街ジュミサスを最短距離で繋ぐ街道。

その街道の中腹には川があり、その上を橋が通っている。

あろうことかその橋で他の馬車が怪物に襲われた様子で大破しており、男は自身が襲われないよう来た道を戻り、大回りして来たのである。


「城塞都市についたら、まず区庁舎で馬車が街道で怪物に襲われていたことを報告して……それから商会に荷物をおろして………今日寝れるか怪しいもんだな……」


街道で怪物の出現や野党の出没など異変を目撃した者は報告義務があり、報告すれば少なくない謝礼金が支給される。

最も、男のような御者にとって街道の異変は命に直結する事案であるため、謝礼金などなくても真っ先に報告するのだが………


「はぁ…まぁ、荷物を下ろすのは明日でいいか。今日はもう報告だけして、いつもの宿で休もう。」


男のいういつもの宿というのは城塞都市にある平均的な値段の宿、〈泊まり木亭〉のことである。

この宿屋主人の性分なのか、他の宿と差別化するためにやっているのか、都市内にある同価格帯の宿屋に比べるとサービスがいいのである。

メニューを頼めばスープはお代わりし放題だし、パンは3個までおかわり自由。

水はお通しででてきてなんと無料(ただ)

おまけに部屋は新築かと見紛うほどにいつ泊まっても掃除が行き届いているのである。

男にとって〈泊まり木亭〉に泊まることは城塞都市でのささやかな楽しみになっていたのである。


「今日は何を食べようか…久々に温かい飯に辿り着けるな…」


多少無理をしてこのまま荷馬車を走らせればまだ夕食にありつけるはずだ。男はすっかり暗記してしまったメニューから何を頼もうか考える。


「そういや、あの娘はもう区庁舎に就職できたのかな?」


一週間前に城塞都市に滞在していた頃、区庁舎への就職試験のために〈泊まり木亭〉に泊まっていた少女のことを思い出す。

どうせ区庁舎によるのだ。もしかしたらばったり会うかもしれない。

あれこれ考え孤独を紛らわせながら街道を走っていると、急にゴトリという音に男は不意をつかれビクリと肩を震わせる。


「なんだ?」


荷馬車を止め、振り返ってみてもなにも見えない。

荷馬車の中を確認してみると一つの積荷がもともと積んでいた位置から大きくズレているのがわかる。


「おいおい勘弁してくれよ。中のものに傷とかついてないだろうな?」


男はそんな独り言を言いながら積荷の目録を確認する。

どうやら国境街ジュミサスで乗っけてきた積荷のようだった。


「やばいな……隣国の希少な荷物だったらどうしよう」


隣国バサラーシャとこの国はあまり仲がよろしくない。

そのあまり仲がよろしくない国とようやく最近取引ができるようになったのだから、変なところで難癖をつけられ、足元を見られるわけにはいかない。


「確認するか………」


男は恐る恐る木箱の蓋を開け…………

意識を手放したのであった。





「これで荷物は全部だな」


城塞都市ウォーラデミントンの中間区。

その一角に位置する〈泊まり木亭〉の前には3人の人影があった。

一つはこの宿の主人のもの。

口髭が立派でその頭は太陽の光を凛々しく反射している。

もう一つはエレノア・ヴァルセルク。

彼女は赤い髪が風でなびくのを抑えながら宿屋の主人と目の前の獣とのやり取りを黙ってみている。

そして最後の一つがルカ・オルテガ。

彼女がもともと持っていた荷物を受け取りに来たのと、ここ一週間分の宿屋の未払いを警備隊の経費で建て替えてもらっていたところであった。


「はい、間違いございません……ご迷惑をおかけしました……」


ルカ・オルテガはアタッシュケースに収まる荷物を受け取ると宿屋の主人に対して深々と頭を下げる。


「もういい……それより、怪物に店の前に居座られちゃ客足が遠のいちまう……。もうそろそろ帰ってくんな……。」


主人のそっけない別れの挨拶に促され、ルカはとぼとぼとエレノアのもとに戻っていく。

宿屋を利用していたときは良くしてもらった分、余計に辛い。


「……でもやっとまともな服が着られます…。」


なんとか声を振り絞りながらアタッシュケースを見つめる。

今現在ルカ・オルテガは警備隊室にあったボロ布を2枚貰い、それを前と後ろで繋げたような、服とは呼べない代物を羽織っている。


「心配なのはズボンか?」


「はい……たしか大半はズボンだったと思うので獣舎の中で少しずつ縫い直していきます」


ルカの後ろ脚は今現在狼のようなものになっているため普通のズボンを履くことができない。

なので半ズボンのように縫い直してしまおうとしているのである。


「………言っておくけど針は武器になるから貸し出せんぞ?腕の拘束も解くわけにはいかないからな?」


エレノアの不意な言葉にルカは目を丸くする。


「え??それじゃあどうやってズボンを直せば………」


エレノアはその言葉にイタズラっぽく返す。


「引きちぎれば?」


唖然としているルカをよそに一人の警備隊員がエレノアに駆け寄ってくる。


「なんだ?急な案件か?」


「はいお察しの通りです。なにやら街道にて異変があったようで……」


警備隊員の言葉にエレノアは頷き、ルカのリードを引っ張る。


「ズボンの直しはあとだ、仕事に行くぞ。」


「え?ちょっとまってください!せめて上だけ!上だけ着させてーーーーー!!!」


ルカの叫びも虚しく、ズルズルと現場に引き摺られていくのであった。

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