消えた御者
城塞都市より数キロ離れた街道でその荷馬車はみつかった。
馬は首から上がなくなっており、御者の姿も見受けられない。
なにより異常性を際立たせているのは荷馬車自体は傷一つないところだ。
怪物に襲われたのなら襲撃の際跡形もなく大破させられているはず。
野党に襲われたのだとしたら積荷が手付かずなのが説明できない。
「どういうことなんだろうな……これは………」
違和感を拭うようにドラド・リドルは額の汗を拭った。
この荷馬車が発見されたのは今朝方のことだ。
城塞都市から出立した行商人がこの馬車をみつけ、踵を返し城塞都市の門番に報告したのだ。
最初は〈怪物に襲われたような荷馬車がある〉という報告であったが…
(まぁ、そう思っても無理はないか。馬の首は明らかに捩じ切られているものな……)
荷馬車の馬はなにやら強い力で無理矢理捩じ切られており、その首は近くの茂みに転がっていた。
馬の額もなにやら強い力で握りつぶされたようになっており、額を持って首を引きちぎったのは間違いないと推測できる。
(これが怪物の仕業だとすると、問題は襲われた御者はいったい何処に消えたかだな。)
怪物は好んで人間を襲う。
近くに人間の死体らしきものがないところを見るに御者は命からがら逃げ出して何処かに隠れたか?
それならば手付かずの積荷や馬車にも納得がいく。
逃げる人間の方を優先して襲いに行ったのだろう。
怪物は人間の手の入ったものも狙いやすい傾向がある。
戻ってきて馬車を破壊していないところを鑑みると、御者の男は逃げ延びたのか?城塞都市に来ていないことを考えると何処かの洞穴にでも隠れているのかもしれない。
そうこう考えていると城塞都市方面から馬を走らせ、エレノア・ヴァルセルクがやってきた。
後ろにエレノアの使役獣、ルカ・オルテガを乗っけている。
「どんな状態だ、ドラド」
エレノアは素早く馬から降りると、ドラドに近づいていく。
エレノアの後ろではなにやらルカが馬に向かって独り言を呟いているようだった。
「かなり不可解な状況ですね、怪物の仕業にしては馬車が綺麗すぎるし、野党の仕業にしては積荷が手付かずなのが説明できない。」
まさにお手上げだ。
肩をすくめる仕草をするドラドの肩越しにエレノアは荷馬車の中を確認する。
「あれはなんだ?一つだけ木箱が空いているように見えるのだが?」
エレノアの指さす先には蓋のあいた木箱が転がっていた。
「ああ、アレは荒らされたわけではないです。無理矢理こじ開けた痕跡はありませんから。」
エレノアはドラドから積荷の目録を受け取る。
どうやら空いている積荷は隣国バサラーシャからの物のようだ。
エレノア・ヴァルセルクの眉間に皺がよる。
隣国バサラーシャといえば、この中央国家ウォラノスとは犬猿の仲で、400年前までは両国間での戦争も度々起きていた。
しかしながら、現在就任している外交官のおかげでなんとか交易をするまでに関係を改善してきたところであるのだ。
「この木箱の中身は………貴金属?」
「ええ、目録にはそう記載されていますね。」
エレノアは首を傾げる。
「怪物が貴金属を持っていくか?」
「いえ、考えられませんね。ですから御者が逃げる際に持っていったものだと思います。」
「怪物に襲われて、自分の命が危ういときにか?」
「いえ、だからこそではないでしょうか?怪物に襲われたのならどうせこの馬車はダメになる…ですからやり直すための元金として持っていったのかもしれません。」
一応筋は通る……しかしその瞬間生きるか死ぬかな瀬戸際でそのような余裕などあるだろうか?
エレノアは手元のリードを引っ張る。
すると、「ゔっ」という声とともにルカ・オルテガがエレノア・ヴァルセルクの方へとやってきた。
「呼ぶなら普通に声をかけてくださいよ……」
ルカの泣き言をよそにエレノアは指示を出す。
「お前、あの木箱の中を嗅いでどういう臭いがするか報告しろ。」
その命令を聞くと、ルカ・オルテガはとぼとぼと荷台に上がり唯一開いている木箱に鼻を近づける……
「おぇっ!くっっさっ!!!」
鼻を近づけた瞬間、ルカは自身の鼻を摘み、身体を近づけて悶絶した。
「どうした?どんな臭いだった?」
エレノアの問いにルカは悶絶しながら信じられないという顔をエレノアに向けている。
「うっそ!この臭い少しもしないんですか??ものっっすごく臭いですよ!?」
「私はどんな臭いだったと聞いているんだ。」
「ゲボです!ゲボ!!!ゲボの臭いです!!!ゔっ………」
貴金属が入っていたであろう木箱からゲボの臭いなどするはずがない。
しかし、ルカのあの青ざめた表情と今まさに嗚咽をしている様子からして嘘ではないのだろう。
「これで、御者が木箱の中身を持ち去った線は消えたな。」
エレノアはドラドに話しかけるが、それは疑問が一つ増えたことでもある。
「……であるならば木箱の中身はいったい何で、それは何処にいったんだ……?」
ドラド・リドルはさらに頭を悩ませる。
「木箱の中身については後を探るしかないだろう。」
そう言いながらまたエレノアはリードを引っ張る。
「やめて……今ほんとにやめてください……ほんとに吐きそうなんです私……」
そう訴えるも、エレノア・ヴァルセルクは意にとめず、周囲の警備隊に御者の捜索を指示する。
「さて、私たちは別の仕事だ………ルカ?おまえそのゲボの臭い辿れるか?」
エレノアはルカににっこりと微笑みながら尋ねてくる。
ルカは首を横にふりたかったが、この笑顔の時のエレノアは「やれ」と言っているに等しいとわかってきていたルカは渋々頷くと、荷馬車をおりた。
「ドラドはどうする?」
エレノアの問いかけにドラドは首を振る。
「確かに気になるが、御者の捜索の支持をうけた隊員たちの方に行こう。」
「わかったくれぐれも無茶はしないようにな。」
互いに顔を見合わせて頷きあうと、それぞれ別れ出した。
街道の脇、鬱蒼とした茂みを歩き始めてかれこれ30分は経過した。
「本当にこの先であっているのか?」
エレノアは自身の先頭を歩いていくルカに再度問いかける。
この質問は何回目になるだろう、一向に草木しか見えないことに若干苛立ちを覚える。
「間違いないはずです、このきつい臭い……間違えようがありませんよ。」
反対にルカは道が見えているかの如く、ずんずんと歩いていく。
ルカはここ数日で二足歩行が格段に上手くなった。
多少ふらつくことはあるが、数歩進んでは転んでいた頃と比べると段違いだ。
そんなことを考えながら歩いていると不意にルカ・オルテガは歩みをとめる。
「なんだ?どうした?」
エレノアの問いかけにルカは指を刺しながら答えた。
「あれ、人影じゃないですかね?」
ルカの指さす方向に目を凝らすと、確かにうっすらと人影が立っているように見える。
「よく見つけたな。その身体になって視力まで上がったとみえる。」
「うぅ……嬉しくないです……」
エレノア的には賛辞のつもりだったが、ようは怪物になってよかったなという言葉に過ぎないためルカは肩を落としながら答える。
「それはそうと、あの人が例の御者なら早く保護しないとじゃないですか?」
ルカの言う通りだ。
どうやら警備隊の一員という自意識が出てきたらしい。
「お、言うようになったじゃないか….そのとおりだ。さっさと連れ帰って詳しい話を聞くぞ」
エレノアとルカは人影に向かって歩き始める。
「そこにいるあなた!街道にある荷馬車の持ち主とお見受けする!我々は城塞都市所属の警備隊だ!安心して欲しい!あなたを保護しにきたんだ!」
エレノアが声をはりあげて呼びかけるが、反応を示さない。
ルカが不審に思っているとエレノアが再度よびかける。
「ここにいる怪物は私の使役している獣だ!危険性はない!安心してくれていい!」
ルカがとなりで「ひどい!」と言っているようだが、無視する。
どうもおかしい、この距離で聞こえていないわけないし、そもそもこの鬱蒼とした場所でただ棒立ちしていること自体不審だ。
そんなとき
男がゆっくりとこちらに振り返った。
その顔には巨大な芋虫が口から顔を覗かせ、ギチギチと音を立てていた。




