休息
城塞都市ウォーラデミントン。
その北東に位置する王都。
その王都にある王城、ヴァルラムの廊下を赤毛の人物が通っていく。
「これは、エレノア・ヴァルセルク様。どうぞ、こちらへ………」
部屋の前にいる門兵に案内されると、中には初老の男性が椅子に腰掛けていた。
「よくぞ来たヴァルセルク、では早速報告を聞かせてもらおうじゃないか。」
彼の名はマルデム・クルドール。
この城、ヴァルラムの警備部門の長であり、この国ウォラノスの軍隊トップ3に入る実力の持ち主である。
「早急じゃないかクルドール、王城まではるばる来たんだ。少し落ち着かせてくれないか?」
エレノアの言葉にマルデムは冗談混じりに言う
「王城まではるばるだと?ここはお前の実家のようなものだろ。腰を据えて話していたら王太子殿が飛んできてしまうぞ?」
「それは困るな、ではさっさと報告を済ませてお暇するとしよう。」
エレノアは肩をすくめながら報告書を取り出す。
思えばこの城に来るのは何年ぶりだろうか……父親と喧嘩別れした時のことを思い出す。
「簡単な報告はこいつにしたためておいた、確認してくれ。」
マルデムはエレノアからその報告書を受け取る。
「あと、これは私見なんだが……【神隠し事件】と今回の【水路の大量発生】、何者かが手を引いてる可能性がある。王城側も充分警戒していてくれ。」
エレノアの忠告にマルデムは眉間に皺をよせる。
「ああ、了解だ。ここが襲われたんじゃ、俺の沽券に関わるからな。」
エレノアは呆れたように言う
「おい、それは大工言葉じゃないか。一国の警備の長が使うような言葉じゃないだろ?」
マルデムは大いに笑う
「何も大工職だけじゃないさ!男には誰にでも沽券があるんだよ!示しがつかないんじゃ信用まで無くなっちまう!」
ガハハハハと笑うマルデムにエレノアは肩をすくめる。
もともと庶民の出であったマルデムは実力だけでこの地位まで上り詰めた逸材だ。
粗雑だが、その性格から民衆からの信頼は厚い。
「確かに信用は大切だな……ところでクルドール、私の使役した怪物の信用の方はどんな感じだ?」
マルデム・クルドールの笑いがぴたりと止まる。
「お前が打診していた件か。厳しいところだな……今回の手柄もあり、使えることは証明できるだろうがなにぶん教会の連中が五月蝿くてなぁ……」
教会………この国の医療関係や城塞都市の壁を白魔術により、怪物の脅威から遠ざけ、守っている重要な組織。
政治から独立してはいるものの、無視はできない相手だ。
「安全性が保証できない以上、協会としては危険因子を認めるわけにはいかないとさ……怪物がらみとなるとアイツらは頑固だからなぁ…」
マルデムはため息を漏らす。
怪物を使役している者たちはそう少なくはない、しかし多くもない。
その理由が教会による認可の手続きの長さと検討の長さだ。
一回の検討の期間が長い上になかなか許可が降りない。
爪を切り落としたり、猿轡をさせることを義務付けたり、危険性をできるだけ排除しないと認めてもらえないのだ。
その手間さえなければ怪物を大量に使役して軍事利用…………という案もないことはないのだが………
「彼らは彼らで国を守ることに芯を置いているだけだ………しかし安全性か、その点は実際あってもらえればなんとかなるかもしれないな。」
エレノアの言葉にマルデムは返す。
「お言葉だがよぉ、教会は怪物に際してはなかなか認めてくれないぞ?そこまでして使役したい怪物なのか?」
エレノアは部屋のドアに手をかけながら答える。
「そうだな。事件被害者を守らないとなると、私の沽券に関わるのでな。」
そう言い残し、エレノアは部屋を後にする。
ぽかんとしたマルデム・クルドールを部屋に残したまま……
「へぇぇっぷちっ!!」
獣舎のなかにくしゃみがこだまする。
そのくしゃみに呼応するように馬達がいななき始める。
「ああ!ごめんなさい!びっくりしちゃいますよね!?ごめんなさい!」
馬と自身を隔たる壁に謝る一匹の獣、ルカ・オルテガの姿がそこにはあった。
首は鎖に繋がれ、腕は拘束されており、口にはマズルガードが嵌められている。
馬がまたいななく。
「はい、すみません……気をつけます………」
そのいななきに呼応するかのように返事を返すルカ・オルテガ
この獣舎で生活するようになってからわかったのだが、どうやら警備隊の馬は人と喋れるらしい。
これも何かの魔道具なのだろうかと疑問に思いつつも、話し相手がいると言うのはルカ・オルテガにとってはありがたい限りだった。
「ですけど私、この前の一件で服が完璧にダメになってしまって……寒いんですよ……」
そう言いながらルカは鼻を啜る。
水路での一件のあと、結局服は臭いがとれず、ボロボロなのもあって捨てられてしまった。
今現在ルカは大事なところを藁で隠すように抱える状態で過ごしている。
馬がまたブルルと返答をする。
「嫌ですって!そもそもこの毛だってお腹とかその…胸とか全然隠れてないですから!そもそも暖かい寒い関係なく恥ずかしいものは恥ずかしいですって!」
馬がまた嘶く。
「え!?そりゃ、まぁ、ルドルフさんもそうでしょうけど、私はやっぱり羞恥心を覚えます……」
馬がまた嘶く。
「そりゃ皆さんからしたら人が服着るのはわからないでしょうけど………あ!ほら!ルドルフさんにとってのサドルみたい感じですよ!」
馬がまた嘶く
「あ、いや、私たちは勝手に着けられてるわけじゃ……すみません……」
など、他愛もない会話をしていると、獣舎の入り口に人影が現れる。
馬ルドルフも、獣ルカ・オルテガもご飯はさっき運ばれてきたし、なんだろうと疑問をうかべた。
「お前、なに一人でぶつぶつ喋ってるんだ?」
現れたのはエレノア・ヴァルセルクであった。
どうやら先程までの会話を聞かれていたらしい。
ルカは少し赤面しながらもこれはいい機会だと思い、打診していたことを尋ねてみた。
「あの、エレノアさん…その替えの服の件なんですけど………」
エレノアはルカをまじまじとみる。
藁をかかえて隠している様はなんともみっともない。
エレノアはため息をつきながら
「容易させてる、だが期待はするなよ。」
と答えておいた。
ルカ・オルテガは後ろ脚が狼のようになっているため、はけそうなものが少ない。
せいぜいスカートぐらいだろう。
しかし、服屋で仕入れたとしても、街に連れ出した際、その服屋が自分がしたためた服を怪物が着ているのをみていい気はしないだろう。
もしかしたらクレームに発展するかもしれない。
そんな面倒を考えると、服を用意するのにも腰が重くなってしまっていた。
馬がブルルと唸る。
それに答えるようにルカが馬に返答する
「いやですよ!ルドルフさん!エレノアさんは良くしてくれてますから!」
その返答にエレノアは目をぱちくりさせる。
「………ルカ、お前、この馬の名前誰から聞いたんだ?」
エレノアの記憶上ではまず間違いなく自分では教えていない。
加えて怪物であるルカと好んで話をしようとするものなどおらず、獣舎の担当でもルカには必要最低限の接触しかしていないと聞いている。
「え?誰って……ルドルフさんから直接自己紹介してもらいましたけど……」
エレノアが面をくらったのは言うまでもない。
「それにしても警備隊ってほんと色々な魔道具を持ってますね。動物と意思疎通できる魔道具だなんて」
エレノアが呆れてものを言えなくなっていると、とうの馬、ルドルフが代わりにとばかりにいなないた。
「ええ!?ルドルフさん魔道具つけてないんですか!!!???……………え?じゃあどうして私……………」
ルカ・オルテガがまた落ち込んだのは言うまでもない。