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彼女の「腹ドン」がエッチすぎるので、俺たちの高校生活はカオスになります。  作者: 阿井川シャワイエ
1章 霧島優羽

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番外編1 「ヒヤヤッコ」、そのあだ名の誕生に迫る!

今回は番外編でなおかつ過去編ということで、普段と書き方が違います。

「ヒヤヤッコ思うんだけどさ、マコトといっしょにゲーセン行きたい!」


「……いきなりどうしたんだよ、ナオ。ヒヤヤッコってなに?」


 とある小学校。

 クラスメイトが続々と帰っていく、放課後の教室。

 机の前まで歩いてきたかと思うと、いつものようによく分からないことを言い始めた桐生ナオに、田坂マコトは聞き返した。


 ナオはその質問を待ってましたとばかりにニコニコの笑顔だ。


「この前おれね、豆腐を使ったギャグを言って失敗したことがあったんだ。マコトはもう、おぼえてないだろうけど」


「いや、おぼえてる。『冷たい奴、つまりヒヤヤッコってことですか!』って叫んで、女子連中をだまらせたあれだろ。あれ忘れるのは、かなりむずかしいぞ」


「くう……忘れててほしかったのに……。まあ、いいや。おれはこの前、ヒヤヤッコギャグでスベった! たしかにそれはそう! でも、悪いのはヒヤヤッコじゃない。おれがわるい! だから、めいわくをかけたヒヤヤッコの代わりに、おれがしばらくヒヤヤッコになってあげるの!」


「そうか。意味がわからん」


「ヒヤヤッコになったおれが良いことをしたら、ヒヤヤッコのイメージが良くなるでしょ?」


「そう……か?」


 一瞬、それはどうだろうかと考え込みそうになるマコトだったが、すぐにその必要はないと気付いた。


 ナオがわけの分からないことを言い出すのはいつものことで、そこに深い意味がないのもいつものことだった。


 だからマコトは適当に頷き、話を進める。


「べつにゲーセンに行くのはいいけどさ、ゲーセンでどんな良いことするつもりだよ」


「え……?」


「……いや、『え?』じゃなくて。ヒヤヤッコとしてゲーセンに行って良いことするんだろ? それでヒヤヤッコのイメージを良くする、そういう話じゃないのか?」


「も、もちろんそういう話だよ。ゲーセンにはただ行きたいだけ、なんて、そんなことあるわけないじゃん!」


「うんうん、そうだな、あるわけないな。で? どんな良いことをするんだ?」


「それはもちろんゲーセンだから、ゲームをたくさんして……」


「うん、それで?」


「それで、その……」


「どんないいことをするんだ?」


「……く、くそー、マコトが追い込んでくる! おに! あくま!」


「なんだよ、それ。ナオが自分から行き止まりにつっこんで行っただけじゃん。あとを追いかけただけのおれに、なんてひどい言い草だ」


 マコトとしては適当に返事をしただけだったが、ナオはその言葉に納得したようだ。

 一瞬動きが止まったあと、何度も頷いていた。


「……はあー、そっかあ、たしかにそうかも。ごめんねマコト。ヒヤヤッコ、あやまります」


 ぺこりと頭を下げてくるナオ、もといヒヤヤッコ。

 それは清々しさすら感じる見事な謝罪で、だからマコトは思わず唸る。


「うーむ、なるほど……。ヒヤヤッコのイメージが良くなった気がする。いや、もともと悪いイメージも無かったけど」


 まんまとナオの思惑に乗せられたことに気付いたマコトは少し悔しく思ったが、ナオは特に気にしなかったようで、テンション高くガッツポーズをしていた。


「やったあ! 大成功だ! おれ、これからしばらくヒヤヤッコとして生きるね!」


「お、おう、がんばれ」


「うん! ヒヤヤッコ、がんばります!」


 それは短い言葉ではあったが清々しさを感じる見事な決意表明で、だからマコトは再度唸る。


「うーむ、やっぱりなんかイメージがいいなあ。不思議だ」


 そうやってマコトが感心していると。


「だ、だったら!」


 背後から声が聞こえ、マコトは振り向いた。

 そこに立っていたのはクラスメイトの少女、玲香だ。

 青っぽいロングヘアに、シンプルでありながらどこか上品な白いワンピース。

 深窓の令嬢といった雰囲気の玲香はいつもの通り恥ずかしそうに目を伏せながら、けれど彼女にしては大きな声で自己主張していた。


「あのね、だったらわたしも自分のことヒヤヤッコって呼ぶ! わたしも、ヒヤヤッコになりたい!」


「……なんで?」


 キョトンと聞き返すナオ。

 玲香は梯子を外されたかのように、慌てている。


「え、え、だ、だってナオ君がそうするって言うから……。じゃあ、私もしたいなって……」


「……よーするに、なんも考えてないんだろ、お前バカだから」


「う、うぐう、そうかも」


 マコトの言葉にショックを受けたのか、悲し気にうつむく玲香。

 そんな彼女を見てマコトは自身の中にあるモヤモヤとした感情に気付いた……のだが次の瞬間、笑顔のナオが目に入ったので、そんなことはすぐに忘れてしまった。


 ナオはにこやかに玲香に近付いている。

 そして玲香に向けてグッと親指を立てていた。


「レーカちゃん大丈夫だよ! おれだってバカだから!」


「それ、大丈夫なのか……?」


「だから、おれといっしょにヒヤヤッコになろう!」


「う、うん!」


「マジで2人ともバカじゃねえか……」


 窓際へと歩いていくナオ。

 その姿は堂々としているだけに、バカの王様といった風格があるとマコトは思った。

 そして窓枠に手を掛けたナオは、雲ひとつない青空をキッと見上げ、叫ぶ。


「ヒヤヤッコ思うんだけど、しょうゆをかけずにそのまま食べてください! 味には、自信があります!」


「なぜ急に豆腐目線なんだ……?」


「しかたないじゃん、今のおれはヒヤヤッコとして生きてるんだから! 自然とお豆腐の気持ちになっちゃうんだ! さ、こんどはレーカちゃんがヒヤヤッコになる番だよ!」


「う、うん……」


 ナオに促された玲香は、窓に近付く。

 そして叫ぶ――つもりはあったのだろうが、実際には蚊の鳴くような声を出していた。


「ひ、ヒヤヤッコ思うんだけど……あの……。わたしは、おしょうゆをかけたほうがすきです……。おいしいから……」


「……そうか……。なら、かけて食え」


 なんと言っていいか分からず、思わず優しい言葉を掛けたマコト。

 一方のナオは、もじもじしている玲香を見て目を輝かせていた。


「…………かわいい」


「ふぇ?」


「レーカちゃんが自分のことヒヤヤッコって呼ぶの、すごくカワイイ!」


「え、え、え? か、かわいい……?」


「うん、そう! レーカちゃんカワイイ! お願い、またヒヤヤッコって言って! もう一回、ヒヤヤッコになって!」


 玲香はその言葉を受け、さらにもじもじとしていたが、ナオの顔を上目づかいで見たあとコックリと頷く。


「う、うん。……ヒヤヤッコ思うんだけど……あの、その……ヒヤヤッコは……冷たいからすきです……」


「あーいいなー、やっぱりすごくカワイイ! もう一回言って!」


「え!? もう一回!? えっと……。ひ、ヒヤヤッコ思うんだけど……思うんだけど……」


 呟きながら玲香の顔がだんだんと上を向いて行き、ついに真上を向いた。

 かと思った瞬間、ガクリと頭を下げ、地面を悲しそうに見つめる。


「もうなにも思いつかない……」


「思いつかないレーカちゃんもかわいい! もう一回言って!」


「鬼か」


「あ、あのね、ナオ君……かわいいっていうの、やめて……恥ずかしい……」


「…………」


「だまって見てくるのも、だめえ……」


「分かった! じゃあ、たくさんしゃべりながら目を閉じてるね!」


 ナオはテンション高くそう言いながら、両手で顔をバッと隠した。


「あ、でも、目をつぶってても、まぶたの裏にレーカちゃんが出てきた! このレーカちゃんもカワイイ!」


「ナオは無敵だな」


「でもこのレーカちゃん、ぜんぜんしゃべってくれない! ね、ホンモノのレーカちゃん! もう一回ヒヤヤッコって言ってよ! 目は閉じてるから! 耳でたのしむだけだから!」


「もう、むりだよお……。ホントに、はずかしい……」


「ダメ? ダメなの?」


 ナオは顔を隠したままだったが、声が明らかにしょぼくれていた。

 ハッとする玲香。


「……だ、ダメじゃない……よ」


「え! ホント?」


「う、うん。でも、もう一回だけだからね……はずかしいから」


「うん! わかった!」


 ナオの元気な返事を聞いて、玲香はゆっくりと口を開いた――のだが。


「ヒ……ヒ……あ、あれ?」


「どーしたの? レーカちゃん?」


「ヒ……ヒ……」


「レーカちゃん……?」


「……い、言えなくなっちゃった……」


 一瞬なにを言ってるのか理解できなかったマコトだが、玲香の青ざめた顔を見て不意に気付く。


「お、おい、まさか……。ヒヤヤッコって言えなくなったってことか……?」


「ヒ……ヒ……」


「言えてない! レーカちゃん、言えてないよ! 『ヒ』しか言えなくなっちゃった! 『ヤヤッコ』が言えなくなってる!」


「そ、そんなことあんのかよ……」


「ヒ、ヒ……。や、やっぱり、言えない! うー、うー」


 あるいはなんらかの病気だろうかと慌てたマコトだったが、恥ずかしそうに頭を振りながらチラチラとナオの顔を見ている玲香の仕草に気付き、なんとなく声が出ない原因を察した。


 ――これ、照れてるだけじゃねーの?


 玲香が「ヒヤヤッコ」と言えば間違いなくナオは「カワイイ」と連呼するだろう。

 それを想像して恥ずかしくなり、うまく言葉が出てこないだけ。

 少し時間をおいて気持ちが落ち着けば、また普通に言えるようになるだろう。

 つまり結論としては、放置。

 それが一番いい。


「……ガンバレ、レーカちゃん! レーカちゃんなら、ゼッタイ言えるよ!」


 しかし、ナオは応援を始めていた。


 ナオの性格上、放っておくという選択は取れないだろうが、恐らくこれは逆効果になってしまう。

 玲香がどうなろうと知ったことではないが、自分のせいで玲香の症状が悪化したと気付けばナオは落ち込むかもしれない。

 そう考えたマコトは、一応ナオを止めることにした。


「おいナオ、もうこれ無理だって。べつにいいじゃん『ヒヤヤッコ』が言えないくらい。どうせこいつが『ヒヤヤッコ』なんて言う機会、もう無いだろ。むしろ良かったじゃん、言えなくなったのが『ヒヤヤッコ』で」


 なんとなく、意地の悪い言い方をしてしまった。

 玲香がシュンとしているのが分かる。


「いやだ! おれ、玲香ちゃんにもう一回ヒヤヤッコって言ってもらいたい! ヒヤヤッコに、なってもらいたい!」


「ナオ……?」


「だってレーカちゃんからなりたいって言ってくれたんだ! ヒヤヤッコになりたいってレーカちゃんから言ってくれた! こんなに積極的なレーカちゃん、おれ、はじめてみたよ。だから、レーカちゃんにはヒヤヤッコになって欲しいんだ! こんな形でレーカちゃんがヒヤヤッコになれなくなるの、おれ、イヤだ!」


「……ナオ」


「……な、ナオ君……」


 やたらと玲香に対して「ヒヤヤッコになって」と連呼しているとは思っていたが、ナオとしては応援のつもりだったのかもしれない。


 ……まあ、ナオがそこまで言うのなら仕方が無いか。

 しばらく時間がたてば問題は無いはずと2人に伝えよう。

 マコトがそう思っていると。


「うー、うー」


 先ほどと同じように唸りだす玲香。

 しかし先ほどとは様子が違うことにマコトは気付いた。

 いつも気弱そうにしょぼくれている玲香の目に、今は僅かばかりだが決意の光が見えるのだ。


「うー、うー。……ヒ、ヒヤ……」


「……!」


 玲香の口からヒヤヤッコが出かかっている。

 そう気付いたマコトは、ナオと顔を見合わせた。


「ヒ、ヒヤ……」


「がんばってレーカちゃん! ヒヤまで言えてるよ! あとはヤッコだけ!」


「い、いや、ムリだろ。こいつに、できるわけがない」


 そうだ。

 こいつは金持ちの令嬢で。

 お高くとまったイヤな奴で。

 だからこういう苦しい状況を、がんばって乗り越えるなんてできるわけが無いのだ。


「ヒ、ヒヤヤ……」


「あともう一息! がんばってレーカちゃん!」


「……む、ムリさ。こいつに……そんな根性あるわけ……」


「ヒ……ヒ……」


 やはり思った通りだ。

 「ヒヤヤ」まで言えていたのに、また「ヒ」に逆戻り。

 ナオがどれほど応援しようと、所詮これが現実。

 もう終わりだ。


 ――そのはずなのに。


「ヒ……ヒヤ……ヒヤヤ……」


 苦しそうな表情で、それでも玲香は止まらない。

 また盛り返している。


「レーカちゃん大丈夫! おれたちがついてるよ!」


 ナオが叫ぶ。

 少し前のマコトなら「おれたち」と言われたことに内心抗議の声を上げただろう。

 だが……。

 今のマコトは、違う。


「がん……ばれ……」


 自分でもよく分からない感情に突き動かされ、思わず声が出ていた。

 いつのまにか、拳も握っている。


「ヒヤヤ……ヒヤ……ヒヤヤ……」


「レーカちゃん、がんばれー! あともう少し! ほんのちょっと!」


「ヒヤ……ヒヤ……ヒヤ……」


 しかし無情にもまた逆戻り。

 それでも玲香の目に諦めの色はない。


「……がん……ば……」


 マコトもそんな玲香を見て再び口を開いたのだが――

 ふと思う。

 応援は、すでにナオがやっている。

 おれがやるべきことはなんだ?

 ほんとうに、応援がもう一人必要なのだろうか?

 ……違う。

 この状況を一番客観的に見れているおれなら、もっと違うアドバイスができるはず……。


 玲香に向かって叫ぶ。


「おい! 『ヤッコ』だ! もう『ヒヤ』は言えるようになってる! 『ヤッコ』って言ってみろ!」


「ヤッコ……?」


「ほら言えた! 『ヤッコ』だけならちゃんと言えただろ! あとは、『ヒヤ』と合体するだけ! 当然できるさ、どっちも、もう言えてるんだからな!」


 大事なことは自信だとマコトは考えていた。

 最初は照れのせいで言えなかったのだろうが、失敗を重ねるうちに原因も変わってきたように見えたのだ。

 おそらく今の玲香に足りていないのは「当然できる」という気持ち。

 つまりは成功体験。

 それさえあれば、きっと言えるはず……。


 玲香はギュッと目を閉じ、おずおずと口を開く。


「ヤッコ……ヒヤ……ヒヤヤッコ……ヒヤヤッコ!」


 ヒヤヤッコ。

 その言葉が出た瞬間、玲香はパッと目を開き、信じられないというような表情を浮かべていた。

 そんな彼女の様子を固唾を飲んで見守っていたナオとマコトは一瞬言葉を失ったが――すぐに歓声を上げた。


「うまれた……!」


 先に反応したのはナオだ。

 両手を上げ、バンザイのポーズ。


「ああ、うまれたな! ヒヤヤッコが、無事にうまれた!」


 ナオの言葉の意味はよく分からなかったが、同調するマコト。

 それだけ興奮していたのだ。


「よくがんばったね、ヒヤヤッコぉ!」


「うん……うん……。ナオ君が応援してくれたから……わたし、がんばれたの……!」


 ナオの言葉に涙ぐむ玲香、いや、ヒヤヤッコ。

 今にも泣き出しそうな表情のまま、マコトのほうを向いた。


「マコト君も、ありがとう……。マコト君のアドバイスがなかったら、わたしきっと『ヒヤヤッコ』って言えてなかった……!」


「……さあ、どうだろーな。もしかしたら、言えてたんじゃねーの」


 ぶっきらぼうなその言い方は、マコトにとって精一杯の抵抗だった。

 玲香の感謝を素直に受け止めてしまうと、目が潤むだけでは済まない気がしたのだ。


 その後も、3人で互いに称えること、約5分。


 ――はしゃぐことに疲れてきたおかげか、ようやく皆、正気を取り戻していた。


「んー……」


 先ほどまでとは違い落ち着いた様子のナオは、腕組みをして首をひねっている。


「……なんでおれ、レーカちゃんが『ヒヤヤッコ』って言えただけで、あんなにテンションがあがってたんだろー?」


「さあ、なんでだろうな……」


 マコトも2人ほどではないが、はしゃいだ自覚はあった。

 少し照れくさい。


 そしてやはり落ち着いた様子の玲香もナオと同じように首を傾げ、疑問を口にしている。


「2人ともね、『ヒヤヤッコがうまれた!』って言ってたけど、あれどういう意味だったの……?」


「そういうことを聞くな。今のおれたちに、分かるわけがないだろ。聞くのなら5分前のおれたちに聞いて来いよ」


「む、ムリだよ、そんなの……」


 ナオはそんなマコトと玲香のやり取りを眺め、満足そうに大きく頷く。


「まあ、いいや! じゃあゲーセン行こっか、マコト!」


「ん? ああ、そうだな」


「あの……えっと……」


 アワアワとしている玲香に、ナオが声を掛ける。


「レーカちゃん……ううん、ヒヤヤッコもくるでしょ?」


「えっとね……」


 そうつぶやきながら、マコトの顔色を窺ってくる玲香。

 普段なら心底イラつくその仕草も、今のマコトにとってはそこまで気になるものではなかった。


「……来たらいいんじゃねえの、ヒヤヤッコも」


「……うん!」



 ――この日以来、玲香はヒヤヤッコと呼ばれるようになった。

 3人ともこの日の出来事はだんだんと忘れていってしまったが。

 それでもヒヤヤッコというあだ名と、3人でいると楽しいという気持ちだけは、高校生となった今でも残り続けている。


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