41話 そして、俺たちのカオスな生活が始まる
「じゃあナオ君……ここで」
「うん。また明日、優羽さん」
夕方、お互いの家の前。
学校から一緒に帰ってきたが、ここで別れる。
……彼女の呼び方は『優羽』から『優羽さん』に戻っていた。
残念だが仕方がない。
もう呼び捨てにするような関係ではないのだ。
「あ……」
優羽さんの声が聞こえた気がして、振り返る。
夕日に照らされた優羽さんは、どこか不安そうな顔をしていた。
「なに?」
「う、ううん。彼女さんに、よろしくね」
そう言うと優羽さんは自分の家に入っていった。
「よろしく……か」
優羽さんはどんな気持ちでその言葉を言っているのだろう。
想像は難しい。
いや……そうでもないか……?
そんなことを思いながらも、すぐに着替えを済ませ、家から出る。
――あの告白の日から数日がたった。
俺は優羽さんが勧めてきた通り、すぐさま恋人を作っていた。
もちろん優羽さんの許可は得ているし、なにより将来的に優羽さんと付き合うためなのだから後ろ暗いところはなにもない。
今日はそんな新しくできた恋人とデートの日。
別に約束なんてしていない。
恋人になってから毎日デートをしているので、自然とお互いに今日もデートだと思っている、ただそれだけだ。
……俺に新しくできた彼女は、とても可愛らしい人だった。
恋人ではなく浮気相手と言うべき存在なのに、優羽さんより好きになりそうで驚くこともある。
いや、さすがにそれは言い過ぎた。
「優羽さんと同じくらい好きになりそう」。
こっちのほうが正確だ。
そんな彼女の家の階段を、ウキウキと笑顔で上がりながら。
俺は人生で初めての恋人ができた、あの告白の日のことを思い出していた。
◆◆◆◆◆
「…………」
その写真を見た瞬間、スマホを操作する手が止まった。
「ナオ君? どうかした?」
ゴスロリメイド服を着た優羽は、猫のような可愛いポーズをやめ、不思議そうにこちらを見ている。
優羽のカオスを受け入れた俺。
告白は失敗してしまったが、念願叶い彼女にニーソックスを履かせることができた。
その記念として彼女の写真を撮らせてもらっていたのだが……。
「ナオ君……?」
優羽の声は聞こえていた。
けれど、反応ができない。
撮った写真を確認するため、呼び出した撮影済みのフォルダ。
そこで俺の目にフッと入ってきたのが――
――タワーの写真。
こちらに戻ってきて最初に撮ったあの写真だ。
見ただけで俺の心を晴れやかにしてくれる、そんな爽やかな写真。
けれど今は……。
……顔が強張るのが自分でも分かった。
画面を操作する手も動かない。
……思い返せば俺は子供の頃からメンタルが弱く、ちょっとしたことですぐ落ち込むタイプだった。
それでも小学校高学年の頃になるとだいぶ改善された気がしていたのだが……。
中学に上がる直前の引越しは俺のメンタルになかなかのダメージを与えてくれた。
そして、高校でもまた引越し。
故郷に戻ると言えば聞こえがいいが、3年も経っている。
皆が昔のように仲良くしてくれるとも限らない。
高校生活は落ち込むことも多いはずで、だから俺の心を癒してくれるタワーの写真をできるだけ早く手に入れたかったのだ。
でも――そんな心配はいらなかった。
マコトが変わったのは見た目だけで、中身は昔のまま。
ヒヤヤッコは見た目すらたいして変わらないし、新しくできた友人の九条さんも仲良くしてくれる。
ユキさんは相変わらず優しい女神のような人で、健治さんも俺を温かく迎え入れてくれた。
そしてなにより――優羽。
優羽は「好き」という気持ちを驚くほど直接的に伝えてくるものだから、彼女と一緒にいるとどれだけ落ち込んでいても、テンションが跳ね上がってしまう。
こちらに来てから別に落ち込まなかったわけではない。
気持ちが沈んでも俺のテンションをグイグイと引っ張り上げてくれる人たちがいて、だからタワーの写真を撮ったことすら正直忘れていた。
なのにこうしてタワーの写真を見た俺は――じんわりと心が癒されていくことに気付いてしまった。
――俺は、落ち込んでいたのだ。
優羽が――大好きな人が目の前にいるのに……。
……でも、気落ちするのもむしろ当然ではないだろうか……。
考えてみれば、俺はどうして笑顔でいられたんだろう……?
マコトに背中を押され、ユキさんから真実を聞き、健治さんには告白の応援までしてもらった。
そんな俺が勇気を出して告白。
その結果、手に入れたものはなんだ?
……なにも無い。
一日で2回も告白したのに2回とも優羽に振られた、ただそれだけ。
優羽には新しい恋人を作るよう言われてしまった。
これでは、告白をする前より状況が悪くなっている。
マコトにユキさんに、そして健治さんに俺はなんて報告すればいい?
「告白してフラれました」と?
「けれど新しい彼女を作ってその人にもフラれたら、優羽さんと付き合えるみたいなんです」と?
みんな納得しないだろう。
いや、みんなは優しいのでカオスに巻き込まれた俺を慰めてくれるかもしれない。
けれどこの結果では、俺が納得できない。
だって今のままでは俺は、一番好きな人と恋人になれないのだ。
俺だけではない。
優羽だって俺のことが好きだと言ってくれたのに。
勢い込んで告白をした結果、2人で幸せに過ごす素晴らしい未来が、かえって遠のいてしまった。
……そうだ。
二ーソックスを履かせて喜んでいる場合ではなかった。
かといって落ち込んでいる場合でもない。
俺の目的は最初から1つ。
故郷に戻ってくるときに誓った、大事な目的。
こんな状況でも今が1番のチャンスには違いない。
きちんと今日、この場で道筋をつけないと、本当に取り返しがつかないくらいカオスに飲み込まれてしまいそうだ……。
覚悟を決め、考える。
……優羽を説得する糸口。
――ある。
はっきりと、思い浮かぶ。
それは恐らく口車に乗せるような形になるだろうが。
………………。
ギラギラした内心を隠し、表面上穏やかに。
慎重に、落ち着いて。
いざ、本日3回目の告白へ――
「……ねえ優羽。やっぱり優羽の言う通りだと思う。確かに、俺、受け身すぎたね。新しい恋人を作って、リハビリした方がよさそうだ」
スマホをしまい、優羽に神妙に語りかける。
ちなみにゴスロリメイド姿の優羽の写真はとっくに撮影済みだ。
ぬかりはない。
「……うん、それがいいと思う」
「でも1つだけ認めて欲しいんだ。俺が一番好きな人は優羽だってこと。俺に新しい恋人ができても、それは将来的に優羽と恋人になるためのリハビリでしかない。そこは誤解しないで欲しい」
「……それは……」
優羽は気まずそうに、目を伏せていた。
おそらく時間がたつにつれ、彼女も落ち着いてきたのだろう。
冷静になれば当然気付くはずだ。
この他人を巻き込む形で行われる「リハビリ」は、相手にとっては迷惑でしかない。
だって俺が恋人になりたい人は優羽だけなのだ。
どう考えても最後には、相手の気持ちを踏みにじって終わるだろう。
だからこそ俺は気付かないふりをしながら、あえてそこを強調した。
「もし俺が新しい恋人と楽しそうにしてても、それは本心じゃないからね。あくまでも最終的に優羽と恋人になるためのリハビリ。単なる浮気。だから新しい恋人じゃなくて、浮気相手って言ったほうが正確かな。とにかくそこは絶対に誤解して欲しくないんだ。だってそんな急に優羽のことを諦められないよ。今日の告白も勇気をふり絞ったのに……」
心は痛むが、優羽の罪悪感も同時に煽る。
ただやりすぎると、ろくでもない人間として普通にフラれそうなので、ほどほどに抑えておこう……。
「うん……。そうだよね……それは……うん」
優羽は落ち着かない様子で、髪を撫でつけている。
恐らく、こちらの言葉に動揺しているのだろう。
だから俺は――さらに揺さぶる。
「でもだからさ、優羽にお願いしたいことがあるんだ」
「……なに?」
「新しく恋人になる相手には、きちんと事情を説明しておきたい。あくまでもあなたとのことは浮気で、リハビリで、俺が本当に付き合いたいのは優羽なんだって」
「…………」
「うん、それを言っちゃうと、なかなか納得してもらえないだろうね。でも、それを伝えるのは最低限の筋だと思うから」
俺の提案があまりにも予想外だったのか、完全に黙り込む優羽。
今回ばかりは彼女の反応を待つ気はない。
勝手に話を進める。
「だから、優羽も一緒に説得してくれない? 俺の新しい恋人候補を。――告白する相手はもう決めてるから」
「……っ!」
優羽はギョッとしたようだ。
確かに話の展開が急で驚くだろう。
でもこのくらいじゃないと、彼女のカオスに巻き込まれてしまう。
カオスにはカオスをぶつけて有耶無耶にしておくのだ。
「……そっか。決めて、るんだ。……そう、だよね」
優羽が一体誰の顔を思い浮かべたのかは分からない。
ただ、とても苦しそうに俯いている。
心が痛むが、ここが一番大事な部分。
再度確認する。
「優羽も一緒に説得してくれるよね?」
優羽はゆっくりと顔を上げると泣きそうな表情を浮かべていたが、それは一瞬のこと。
すぐに優しく微笑んでくれた。
「……うん、もちろん。確かにナオ君の言う通りだね。私、ナオ君の気持ちも、ナオ君と恋人になる人の気持ちも、全然考えてなかった。ちゃんと事情を説明して、きちんと納得した上で恋人になってもらわないと良くないよね。でもナオ君が思ってる通りには行かないと思うよ。その人と付き合ってるうちに、私のことなんて気にならなくなると思うから。自然とその人が本命になっちゃうんじゃないかな」
「……ホントに、優羽も協力してくれるよね? 俺が付き合いたいって言った人を本気で説得してくれるんだよね?」
優羽の言葉にはあえて答えず、説得のお願いを重ねた。
優羽は俺が何度も確認するせいか、どこか寂しそうだ。
おそらく誤解しているのだろう。
今はそれで構わない。
「うん。分かってる。手を抜くことはしないよ。私にできることはなんでもして、ナオ君の恋人になってもらう。絶対に認めてもらうから。それで、相手は誰? 玲香さん? 九条さん? それとも、やっぱりユキお姉ちゃん?」
「……俺が浮気相手になってほしいのは――」
ここが、肝心なところだ。
手を伸ばし、優羽の肩にそっと触れ。
微笑みながら、優しく告げる。
「――ワルミちゃんだよ」
「…………」
優羽の反応は無い。
想像もしていなかったようで、口が軽く開いたまま、ぼんやりとこちらを見ている。
だが俺にしてみれば想定内のリアクションだ。
畳みかける。
「ねえ、優羽。俺はワルミちゃんと浮気したい。優羽が恋人になってくれるまでの間に付き合うとしたら、ワルミちゃん意外考えられないよ。優羽は応援してくれるんだよね? 一緒に説得してくれるんだよね? さっきそう言ってくれたもんね?」
「そ、それは話が違うっていうか――」
「違わない」
ピシャリと否定し、そしてまた笑顔を向ける。
「そもそも『浮気相手になって』って言って納得してくれる人なんていないよ。俺が納得してないから説得自体できないし。何回でも言うけど、俺は優羽が好きで優羽以外の人と付き合う気がないんだ。……ただ1人の、例外を除いてね」
「…………」
「俺にとって、初恋の人。そして俺のファーストキスの相手、ワルミちゃん」
「…………」
無言ではあったが、その表情から優羽が悩んでいるのが分かる。
そうだ。優羽だって本心では俺と恋人になることを望んでいるはずなんだ。
だからあとは、彼女が素直に頷ける材料を目の前に並べてあげるだけ。
大丈夫。
すでに用意はできている。
「勘違いしないで欲しいんだけどね、別に優羽が言ってたリハビリの話を無視しようってわけじゃないんだ。むしろ、ワルミちゃんに間に入ってもらうこの形がベストだと思ってる。俺はワルミちゃんという恋人相手にきちんと最後の瞬間までリードできるように、積極的になれるようにリハビリをする。優羽はワルミちゃんとしてエッチになりすぎないよう、気持ちを抑えられるようリハビリをする。どう? お互いの意見を取り入れた良い案だと思わない?」
これが、必死に考えてたどり着いた答えだ。
優羽の気持ちを尊重しつつ俺の願望も叶えられる、逆転の奇策……のはず。
どんな反応が返ってくるのか、固唾を飲んで見守る。
彼女はしばらく視線を彷徨わせていたが、やがて。
「……し」
「し?」
「しょうが……ねえなあ」
その不服そうな物言いとは裏腹に。
ワルミちゃんはとびっきりの笑顔を見せてくれた。
◇◇◇◇◇
階段を上がり、優羽さんの部屋を通り過ぎ、例の地獄のストーカー部屋に入る。
その部屋の中央であぐらをかき、上機嫌でこちらを見てくる美しい少女。
「よう、ナオ。遅かったな」
紹介しよう。
俺の新しい恋人、ワルミちゃんだ。
優羽さんとは違い態度が少し悪いが、優羽さんと同じくらい可愛らしくて、いい子だ。
ちなみに恋人と言いつつ、本人曰く「浮気相手」でしかないそうだが。
まあ俺としてもそういう説得しかできなかったし、そこは仕方がない。
そもそも俺の「恋人枠」は優羽さんが予約しているのだから、気にする意味もない。
そうなると将来的には「恋人」も「浮気相手」も優羽さんが独占する形になるわけだが……。
優羽さんが俺の恋人の立場も浮気相手の立場も欲しいというのなら、俺は全部捧げるつもりなのだ。
どう考えてもカオスが待ち受ける俺たちの未来。
それでも俺たちが互いを好きであるのなら、これからもフォローし合って幸せに過ごしていける。
俺はそう確信していた。
今回で「第一章 霧島優羽」編が完結となります。
第二章はこれから作りますので、更新再開までしばらくお待ちください。




