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12話

「可偉さんが原因で泣いてるんですよ」


ひっくひっくとするだけで、言葉が出ない私に代わってすみれちゃんがどこか意地悪な声でそう言ってくれた。


「は?」


そんなすみれちゃんの言葉の意味が理解できない可偉は、驚いた声で私とすみれちゃんを交互に見た。


「未乃さんと廉さんを会わせるのなら、紫も同席させなきゃいけないでしょ。

紫は未乃さん達の事を本当に気にかけてたのに、紫の知らないところで楽しそうに会ってるなんて」


一気に呟くすみれちゃんに、茫然としたような顔をむける可偉。

言葉も出ないってこういう事なのかな。


「は……そうなのか?もしそうなら、結局、俺が紫を泣かせてしまったんだな」


可偉はふっと息を吐くと、椅子に体を預けて苦笑した。

すみれちゃんの言葉に驚きつつも、どこかそれを楽しんでいるような様子も見え隠れしている。

そして、可偉はゆったりとした仕草で私の肩を抱き寄せると


「悪かった」


私の顔を覗きこんだその優しい声に、余計に泣きたくなる。

そして、あまりにも近くにある可偉の顔に、思わず目を見開いてしまう私。

まるでここは家のように、周囲を気にせずに抱き寄せる可偉に驚くしかなくて。

まるでここは家なのかと勘違いしそうになる焦る気持ちのせいか、気付けば私の涙は止まっていて。

肩に感じる可偉の体温が少しずつ私の体に染み入ってくる。


ゆっくりと可偉の胸に押し付けられた顔をどうにか動かして、見上げるとそこには。

苦笑いを隠さないままに私を見つめる可偉。


「可偉……?」

「悪かったな。紫の為にと思ってたんだけどな」

「……?」


何も言えない私とすみれちゃんは、周りのお客さんの視線も気にならないまま、ぼんやりと可偉を見てる。


「え……と」


はっとしたすみれちゃんが、どうにか可偉に声をかけたと同時に。



「可偉は私よりも紫ちゃんの方が大切なんだって」


くすくす笑う声。

そっと視線を動かすと、未乃さんが私達を呆れたように見下ろしていた。

その傍らには廉さんが笑いをこらえて立っている。


どうしてこんな展開になっているのか、どうしてみんな笑っているのか…どうして?

三人が仲良く笑う様子を見て、私があんなにあんなにショックを受けて泣いていたのに。

どうして当の三人は笑っているの?


「あの……」


よくわからないこの状況に、一体私はどう対処すればいい?

相変わらず私を抱く力を緩めない可偉の腕の中で、何もわからず戸惑う私って一体……?

可偉がこうして私に触れる事には慣れているけれど、どうして今?って思わずにはいられない。

これまでも、大勢の人がいる場所でも構わず私をその腕に包み込む事はしょっちゅうだった。

私も今では恥ずかしさを抱えつつも慣れてしまって、可偉の懐で安らぐ事もできるようになったけど。


今は、違う。


「私を大切に思うならどうして内緒にしてたのよ」


相変わらずの涙声と拗ねたような口ぶりで可偉を責めながら睨みつける。

未乃さんと廉さんが会う段取りをつけた事、どうして私に何も言わなかったのか。

三人が内緒で会った事を知れば、私が悲しむってわかっていたはずなのに。


「泣かせる事になるのが嫌で黙ってたのにな」


不意に聞こえる苦しそうな可偉の声。


「結局俺が泣かせてるな。……ごめんな、紫」


優しく頭を撫でながら、不安げな瞳で私を見つめる可偉。

傍らの未乃さんと廉さんは、顔を見合わせて笑ってる。


「ねえ、紫ちゃんは可偉と一緒にいて幸せ?」

「え……?」

「可偉ね、紫ちゃんが悲しむ事はしないように頑張ってるんだよ」

「……?」


訳が分からない事を言っている未乃さんにどう答えていいのかわからない。

ぼんやりと視線をさまよわせた後、可偉の顔をじっと見ていると。


「俺は、笑って紫が側にいてくれればそれだけで、幸せだ」


低くて小さな声だけど、はっきりと言ってくれる可偉に、思わず照れてしまう。

普段から感情をしっかりと口にしてくれるけれど、こうして周りに人がいる中で言われるとどうしていいやらわからなくなる。


「姉貴と廉の事は、二人を会わせてうまくいくかわからなかったから、黙ってたんだ。

もしうまくいかなかったら、紫が責任を感じて悩むだろうと思ってたからな」


可偉が苦笑しながら教えてくれたのは、私の想像とは全く違うもの。

考えてみればわかるのに、可偉が私の心を読み違える事も、置き去りにする事もある訳ないのに。


「……で、二人はうまくいったんでしょ?」


ゆっくりと聞く私に。


「ふふ。紫ちゃんが廉に偶然会わなかったらこうはいかなかったけどね」


安心させるような未乃さんの声に、私もようやく落ち着く。

どんな話をして、二人が再び寄り添う事になったのかはわからないけれど、幸せならそれでいい。


「良かった……」


可偉からそっと体を離して、少し意地悪な気持ちを込めて。


「私は可偉が一緒なら何があっても立ち直れるんだから、これからは内緒は嫌だからね。

私と可偉は、身内ってわけじゃないけど、一番近くいるんだから」


いつもより強気にそう言った。

もう、可偉との距離を感じて切なくなるのは絶対に嫌だから。


「ああ。気をつける。それと、まだあるんだ。内緒にしてる事」


にやり。

可偉の口ぶりはどこか甘くて怪しくて、私には再び戸惑いばかりが襲ってきた。




   *  *  *



茫然としながら成り行きを見守ってくれていたすみれちゃんとはその場で別れた。


『泣かせるなよ』


とすみれちゃん自身がうれし泣きにむせびながら可偉に凄みをきかせてそう言ってくれた。

私の事を心配し過ぎるくらいに心配してくれる彼女は、私がちゃんと可偉に大切にされていると納得してくれた。


『そろそろ私も一人に絞るかな』


結構もてるすみれちゃんは、明るくそう呟いて帰って行った。


そして。


私と可偉は、二人してまったりとした雰囲気で家に帰った。

さっき可偉から言われた言葉の真意がわからないままに、どきどきしながら。

とりあえずお風呂の準備をしようかなと一息ついていると、可偉が改まった顔でやってきた。

ソファに並んで座って、見る事もなく流れてるテレビに視線を泳がせていると。


「とっとと書いてしまえ」


私の目の前に現れたのは。


「え、婚姻届?」


既に可偉のサインまで終わっている婚姻届が目の前に。

私の書くべきスペースだけ空いていて。

お兄ちゃんと未乃さんのサインまで既に終わっている。


「あの……」


驚きを隠せずに、可偉を見上げると、やけに神妙な、それでいて確固たる意志を持った瞳とぶつかった。

拒むなんて許さないとでもいうように、ただ私を見つめている。


「私……」


「だから、無理。拒否なんて無理だから、とっとと書け。

何を悩んでるかなんてわかってる。

籍を入れても入れてなくても一緒にいられればいいって思ってるってわかってる。

それでも、紫が俺のもんだって周りみんなに知らせたい。

俺がそれで満足するんだから、とっとと書け」


「何度もとっとと書けなんて言わないでよ。プロポーズもされてないのに。

書いて欲しかったらとっととプロポーズしてよ」


ほら、ほら、と視線で促す。

プロポーズくらい一生に一度、しっかり言って欲しいもん。

可偉の事が大好きだから、心に残るプロポーズをして欲しい。


でも、いざとなったらやっぱり照れくさいんだろうな。

いつも何でも想いを言い切ってくれる可偉だけど、さすがにプロポーズには二の足を踏むんだろうな。


なんて事を軽く思いつつ。

いつも驚かされるばかりの私だから、たまには可偉がぐぐっとつまる様子を見たい気持ちもあって。

ちょっとからかい気味に言ったんだけど。


……やっぱり可偉は可偉だった。


甘かった。


すっと表情を真面目なものに切り替えた可偉は、私の足元に腰をおろして、膝の上の私の手をぐっと掴んだ。


「俺と結婚しろ。

それで俺が幸せになるんだ。

俺が幸せなら紫だって幸せになる。

紫を愛し続ける。

紫を裏切らない。

紫を見つめ続ける。

紫を泣かせる事があっても、何度も何度もこの気持ちを伝える。

二人で幸せになれる事なら、何でも何度でも繰り返してやる。

だから、俺と結婚しろ」


平然と、何の照れくささもない声で私に言い聞かせた可偉。

その言葉に洗脳されたかのように身動きもとれない私。

思いがけない言葉に、ひたすら驚くばかりだ。


本当に、可偉はどこまで私の事が、好きなんだろう。

あまりにもまっすぐ気持ちを注ぎ込まれて、涙も出てこない。


でも、必死で言葉を探して。


「……可偉、愛してる。お嫁さんに、なるよ」


可偉に比べれば少ない私の言葉だけど、可偉に負けないくらいに愛してる。

そして、ほっとしたような表情を見せた可偉と自然に抱き合えば、二人の鼓動が重なる。


私をだめにするくらいに愛してくれる、くくっと笑うこの男。


どこまでいっても愛すべき。


手に負えない男。




fin









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