11話
私のどうしようもなく沈んだ気持ちは、明るい笑顔を作っていても心の一部にしっかりと根付いてしまって、絶えず重くしがみついている。
可偉との超えられない壁が、たとえ透明な物だとしても壁は壁で。
変わらない日々を過ごしていても、毎晩可偉の腕に抱かれて眠っていても、どこかで可偉との距離を保っている。
そんなの、寂しいと思うけれど、可偉が私を一途に愛してくれている事はわかるから。
私はただ可偉を愛するだけで。
それは幸せと寂しさが紙一重。
「可偉さんって、これからどうするつもりなんだろね」
「どうするって?」
仕事の後、すみれちゃんと買い物に出かけた。
二人して人ごみに疲れ果ててカフェで休憩していた時、思いついたように呟くすみれちゃん。
甥っ子や姪っ子の為に買ったクリスマスプレゼントを足元に置いて温かいコーヒーを飲んでいた。
メインストリートに面したカフェからは、私達と同じようにプレゼントを買いに来たらしい大勢の人たちが見える。
そんな中でのすみれちゃんの言葉は、私をびくっとさせるのには十分。
「可偉さんが紫を大切にしてるってのはわかりすぎるくらいだけど、これからどうするんだろね」
「……」
それは、私もわからない。
「可偉さん、何も言わないの?」
「何を……?」
「ん。結婚とか。結婚とか。結婚とか」
「……何それ、何度も言わなくてもわかるよ」
くすくす笑ってしまうくらいに軽く言ってくれるすみれちゃんだけど、聞かれた内容は私には答えにくいもので。
可偉とそんな話をした事もないし、自分からした事もない。
「可偉は、結婚の話した事なんてないよ。私も言ってないし」
「そうなんだ。同棲してるだけで満足なの?結婚したいって思わないの?」
やっぱり、そういう流れになるよね。
同棲してたらゴールは結婚だってそう周りは思うだろうし。
期待もするだろうし。
「私が、その話題を避けてるの、可偉は気付いてたのかな」
「え?」
「うん、そうなんだ。今までは私がその話題を避けてたんだ。でもね、今はちょっと揺れてる」
そう。
可偉じゃない。
私が敢えて避けてた結婚の話題。可偉は、私の気持ちをわかりすぎるくらいにすぐわかってしまうから、そんな私の気持ちなんてきっと御見通しだと思う。
私の気持ちをいつも優先してくれて愛情だけを注いでくれるから。
可偉にとっては納得しにくい事でも、きっと受け入れて、私のそんな気持ちを優先させてくれて。
「可偉は、私の望む事しかしないから……」
でも。
「それじゃ、諦めなきゃいけない事もあるって気が付いたから、揺れてる」
揺れ幅が大きくて、戸惑うけれど、もう、気持ちはかたまりつつある。
自分の気持ちをどうにか探るように。
落ち着かせるように。
そっと覗いてみると。
一番に浮かぶのは、可偉と離れたくないってこと。
側にいたいってこと。
それが叶うならどんな形でも構わない。
強がりなんかじゃなくて本当にそう思う。
紙切れ一枚の保証よりも、可偉が側にいて笑ってくれる毎日の方が大切だし。
私のそんな思いは、きっと突然死んでしまった両親の事が原因だと思うけれど。
どんなに愛し合っていても、何があるのかわからない人生だから、二人で笑っていられればそれでいい。
本心からそう思っている。
けれど、そんな私の気持ちが揺れているのも確かだ。
紙切れ一枚のつながりの重さ故の権利を手にしないままに暮らすのにも、限界を感じている。
私の今の立場では、決して踏み込めない可偉の心情がある事に気づいて。
身内にならなきゃ手にできないものもあるって気づいて。
妙に焦っている自分にも気付く。
そんな私の複雑な想いに、きっと可偉は気付いてるんだろうと思う。
ふうっとため息も出てしまう。私よりも可偉の方が悩んでると思うのに。
可偉は、きっと結婚したがってる。
子供も欲しいって思ってる。
可偉が私の事を全て見透かしているように、私にも可偉の事がよくわかるから。
そんな自分の考えにため息を吐いて、ふっと視線を上げてみると。
お店に入ってきたお客さんが目に入った。
どこか見覚えのある姿。
「あ、可偉さん……」
驚いたすみれちゃんの呟きどおり、可偉と未乃さんと、そして廉さん……。
親しげに笑顔を浮かべている三人が私たちの席からちょっと離れた席に座った。
何で…?
私、可偉から何も聞いてないのに。
私に背を向けて座る可偉。
その向かい側に並んで座る未乃さんと廉さんは、ずっとそうであったかのように親しい距離感で温かい雰囲気の中話し込んでいて。
時々照れたように視線を下に向ける未乃さんを、本当に大切そうに慈しむように見つめる廉さん。
三人に漂う穏やかな空気感は、少し離れている私にも伝わってくる。
幼馴染の可偉と廉さんの付き合いは相当長いものだろうし、可偉と未乃さんだって兄妹なんだから親しくて当たり前。
分かっているけど……三人の付き合いの長さに比べれば、ほんの少ししか可偉の側にいない私の存在なんてちっぽけなものだってわかりすぎるくらいだけど。
やっぱり、つらいよ。
私だって未乃さんと廉さんの幸せを願っていて、そんな私の気持ちはちゃんと可偉だって理解していたのに。
何度も未乃さんと廉さんを会わせてほしいって言ってたのは私なのに。
どうして私は何も知らないの?
どうして私を無視して三人で会ってるの?
家族でもない私には、関係ない事なのかな。
単純に愛されてるだけじゃ、愛してるだけじゃ、家族の中に入る事は無理なのかな?
可偉の事を、ちゃんとわかってるつもりでいたのに、初めて可偉を遠くに感じてしまって。
溢れてくる涙を止める事はできない。
涙で揺れる可偉の背中は、なんだか私自身からも背を向けてるみたいで、苦しくてたまらない。
「ちょっ……紫っどうしたの。泣いてる?」
思いがけず流れる涙を止める事はできなくて、すみれちゃんの前だというのに、ううん。
お店の中だというのに、人目も関係なしに涙は頬をつたっていく。
「ううっ、どうしよう……私。可偉が大好きなのに……」
慌てるすみれちゃんから差し出されたハンカチを目に押し当てて、ぐすんぐすんと止まらない。
可偉が好きでたまらない気持ちも、大切に思う気持ちも誰にも負けないのに、どうして?
どうして私は今可偉達と一緒のテーブルにいないんだろう。
やっぱり家族ってそんなに大事なのかな。
どうしようもない感情を抱えて、その波が落ち着くのを待ちながら目元をハンカチで覆っていると。
「なんで、泣いてる?」
普段から私を包んで離さない声が聞こえる。
「何かあったのか?」
そっとハンカチを外して、目を開けるとそこには。
可偉が、かなり心配している様子で私を見つめている。
空いている私の隣の席に座り、私の肩を抱き寄せると、今にもくっつきそうな距離のまま視線を合わせてくる。
「紫……なんで泣いてるんだ。その子供みたいな泣き方、可愛すぎるから他の男には見せるな」
普段と同じような私を縛る甘い声が落とされて、私の涙は更に溢れた。




