2ー3 はた迷惑な依頼人
少し軽くなります
二人は事務所の中に入ると、ハルカが言っていた「決めなくてはいけない事」をアルトとアリスを交えて話した。
とは言っても、事務所の構造や、外に出る時は必ず誰かが付き添う、と言った基本的な事ばかりで、三十分も経つ頃には大体の事に目処が立っていた。
「じゃあ、リアは私と一緒に事務所に泊まるって事でいいよね?」
「ええ、それで構わないわ」
「私の所でも良かったのに〜」
「アリスは魔導士じゃないでしょ」
ハルカはアルトが淹れた紅茶を飲みながら、リアが一週間の間、どこに泊まるかを決め終えると満足げに軽く息を吐く。
そして、対照的にアルトはそれを見ると、溜め息をついた。
「これで、決める事は大体決めたのか?」
アルトは半眼で楽しそうに談笑するリアとハルカ、そして茶化すアリスを見て−何時も以上に疲れたのか、彼の周りの空気が重い−言った。
余談だが、女性ばかりの空間でアルトが男である事を恨んだのはコレが初めてだった。
「うん、後は買い物かな」
「買い物?」
「リアが王女だって事を偽装しなくちゃいけなかったから、私物が殆ど無いからね」
事もなげに言うハルカ。
確かにリアの私物はジークが置いていった肩掛けの鞄が一つだけだった。
それにアルトは怪訝そうに表情を歪めると、
「参考までに聞くぞ……何を買うんだ?」
彼の額を汗が一筋流れた。
「ん?取り敢えず、服とか下着……」
「帰る」
アルトはハルカが言い切る前に椅子から立ち上がると踵を返し扉に向かった。
「え、ちょっと!」
ハルカは慌てアルトの腕を掴む。
「止めるな!俺の事は良いから先に行け!」
「何で!?置いて行ってるのそっちだよ!?恥ずかしいの?大人なのに?」
「大人だからだ!」
アルトは必死にハルカを振り払おうとする。
女性の買い物に付き合うというのは苦手だ。
待つのが苦手なのでは無い。
あの空気が苦手なんだ。
前に勘違いで憲兵に捕まりそうになった事を思い出し、心の中で言い訳がましく呟きながら、現実でも言い訳を並べる。
「俺が居なくても大丈夫だろ!」
「駄目だよ!」
「駄目です」
「駄目ね」
見事な三重奏。
その後、ハルカと、加勢したアリスとリアを相手に粘るが……。
三十分後。
「……分かったよ、店の前で待ってるから」
「約束だよ、勝手にどっか行ったらダメだよ!」
「アルトさん!もし居なかったらデザート奢りです、あれ?居ない方が良いかも?」
「アルト、魔導士として私に忠義を尽くしなさい」
「はいはい……」
結局根負けしてしまった。
苦労人、彼を適切に表す言葉はこれだろう。
初対面のリアにも良いように扱われるとは、俺一体何なんだ?
アルトは部屋を楽しそうに出て行く彼女達を追いながら、そんな事を考えた。
一般的に、王都で買い物をするというのなら商工街か市場が定番とされている。
大抵の物はこの二カ所で揃う上に、平和の記念碑と呼ばれるこの王都では品も良く、商人に限らず総じて人柄が良い、つまり多くの場合で値引き交渉が効きやすいという利点もある。
ただ、もう少し上等な物が欲しいなら王都の中心に近い第一街区の高級店に足を延ばす、これがアルフィールで暮らす人間の一般的な認識だ。
今回の場合は。
「事務所の窓から見える範囲で事足りる……か」
「気が削がれるような事言わない」
四人は事務所を出ると、文字通り窓から見える商工街に降り立ち、周囲を見渡していた。
「でも、大抵の物は此処で揃うよね」
「それはそうだけど……折角リアもいるんだし、もっと楽しく買い物したいでしょ?」
アリスの言葉にハルカは頬を膨らませる。
身分を隠すため、一般的に見て不自然な態度を取らない。
そう決めてはいたが、ハルカは既に演技では無く、出会って数時間もしないリアと、友達のように付き合っていた。
ハルカの強さ、人を惹きつける力だ。
一週間、ハルカはリアの友達として過ごそうと、依頼を受けた瞬間からそう考えていた、だから……。
「もう楽しんでるみたいだけど」
「え?」
「ほら、そこ」
アリスが指差した先、煌びやかな水晶や、幸せになれると押し売りに囁かれそうな壺、インクが滲んで題名すら読めないような本、それらが古ぼけた絨毯の上に置かれた、見るからに怪しげな露天。
リアは瞳を輝かせそれらを眺めていた。
「こういうのに興味があるのか?」
アルトはリアに近づくと言った。
リアは振り向かないまま頷く。
「うん、本とは違う全て、こういうのは本当に見て、初めて頭じゃなくて心に焼き付くから」
「そうか」
アルトは露天商の前に腰を下ろし、適当に商品を見回す。
すると、
「あ」
「どうした?」
唐突にリアが声を上げて、絨毯の上に置かれた丸い水晶の一つを拾い上げる。
「魔法結晶か」
アルトはリアが手に乗せる水晶を見ながら言った。
本来水晶というのは石英が結晶化した物だ、紫水晶などは微量の鉄イオンが混入する事によってその色を成す。
魔法結晶と言うのは、石英が結晶化する際に周囲の魔力の影響を受け、魔法、魔力に対する伝導性を獲得した物を言う。
これに封印式を刻む事によって魔法を保存する媒体となり、魔導士以外の人間でも使い捨ての魔法が使えるようになるというものだ。
尚、同じ質量でも普通の相場だと、装飾に用いられる水晶の四〜五倍の値がつくとされている。
魔法に用いられる物は総じて高額だ。
「初めて見た」
「ま、確かに魔導士以外だと、あまりお目にかかる機会は無いだろうな、ハルカは支給品のやつを何個も持ってたが……」
アルトはそう言いながらリアに目をやると、不意に嘆息したように露天商に向き直り。
「……親父、いくらだ?」
「二万テール」
露天商はアルトを見てニヤニヤと口元を歪めた。
足元を見られている、普通の人間なら呆れて踵を返すところだ、だが。
「高いな」
「これは正規の値段でして」
「これがか?」
「ええ」
露天商のその言葉に、アルトは目を細めた。
「刻印が無いな、正規のモノには全て識別番号が刻まれている筈だ」
「な……!何の言い掛かりを!」
アルトの言葉に露天商は目に見えて狼狽した。
アルトはさらに追い討ちをかけるように。
「魔導士って言えば分かるか?」
「!?」
これで締めだ。
「二度は言わないぞ、この場は見逃してやる、五百だ」
「っ……!」
アルトは、露天商が力無く頷くのを見ると、五百テール硬貨を露天商に放り、リアの水晶を取り上げる、そして、
「商談成立だ」
勝ち誇った笑みを浮かべた。
「アルト!」
露天から離れると、ハルカは大声でアルトを呼びつけた。
「何だ?」
アルトは半眼。
「今みたいのは!」
「私達の領域じゃない、だろ、今の露天商は知らなかったみたいだが、魔導士は捜査権や逮捕権を持たないからな」
「だったら!」
アルトはハルカの言葉に溜め息をつくと。
「だから商談だっての、脅しでも強請でもない、それに……」
アルトは魔法結晶をリアに手渡した。
「心に焼き付ける思い出だけじゃなくて、形のある思い出が一個位あっても良いだろ」
自分らしくない。
そう思った、似合わないとも思う。
だが、同時にそう出来る自分を誇らしくも思える。
「……ありがとう」
リアは魔法結晶を胸に抱くと、微笑んでアルトを見上げ、そう言った。
「どう致しまして、まだ買い物があるんだ、さっさと済ませるぞ」
アルトはそう言うと、無愛想に商工街を歩いていく。
「私が悪者みたい……」
「そういう時もあるよ」
ハルカとアリスはアルトが行く方向に歩き出す。
日はまだ高いままだ。




