2ー1 はた迷惑な依頼人
「営業停止処分?」
クロアが母親と再会し、王都から発った次の日。
ハルカは事務所に届けられた書簡の内容を読み上げたアルトに確認するように言った。
「そう書いてあるな」
昨日の時点−魔導士法で規制されている大規模魔法を無許可で使った−でこうなる事はある程度予想が出来ていた。
その為か、アルトは普段とあまり変わった様子を見せる事は無く、終始落ち着いた様子を見せていた。まあ、例えこれが彼にとって予想外の事態であったとしても、彼は大抵の事で驚いたり、狼狽したりはしないのだから結果は変わらなかっただろうが。
「どうしょう?」
ハルカはそれにうわ事のように呟く。
「今更だな……まあ、普段から開いてるのか閉まっているのか分からないような事務所だしな、それに営業停止と言ってもたかが一週間だ、一応アレクに感謝しとけよ」
営業停止を伝える書簡が届いたのは今朝だった。
本来は魔導士協会直属の配達員が各事務所に報告書や、書簡の類を届ける事になっているのだが、ウェイアーズ魔導士事務所では違う。
ハルカの友人であり、協会の事務員であるアレクが、世話焼き女房よろしく、報告や厄介事が起きる度に出向いて来るからだ。
これ以上事件を起こされると迷惑だから、と言っていたが、彼が事務所に来る目的の八割は、所長と書かれたプレートが乗った机で思案する少女だと言うことをアルトは知っていた。
「今度、夕飯でもご馳走しょうかな?」
「アイツなら飛んで喜ぶだろうよ」
アレクが顔を真っ赤にして何事かをハルカに伝えようとする場面を想像しながら、アルトは溜め息をついた。
概ね何時もと変わらないやり取り、ただ違うのはこれから一週間は仕事が入らないという事のみ。
実際、一週間後も仕事が入るかどうか怪しいのだが。
「さて、一週間どうするかな……」
「あ、それならルミリア劇場に行かない?今面白い演目がやってて」
「どうせ魔法使いモノだろ……」
どんなに断ろうと、無理に彼女は自分を連れて行こうとするだろう。
アルトは気怠げに答えると、
「噂をすれば影だな」
不意に言った。
「え?」
「遅くなりましたぁ!」
次の瞬間、事務所の扉が何かに叩き付けられたかのように開かれる。
小麦色の肌に銀色の髪、動きやすそうな衣服に身を包んだ少女が快活な笑みを浮かべて其処に立っていた。
「ごめんね!昨日休み貰ったのに今日まで遅れちゃって」
ウェイアーズ魔導士事務所の事務作業担当、アリス・ルミリアは笑いながらそう言った。
王都最大の演劇集団、ルミリア劇団の娘である彼女は、ハルカの幼なじみであり、その縁から劇団の練習時間の合間や休みの日に事務所に働きにきていた。
「それは気にしない約束でしょ、それよりアリス?今やってる舞台のチケットって無い?」
「ん?ルファールのやつ?それなら確か一週間後のが……」
「なあ」
「はい?」
盛り上がる二人にアルトは扉の方を指さして言った。
「さっきからお前の後ろにいるのは誰だ?」
「……」
其処には二人の男女が扉の前で何やら思案顔でこちらを伺っているのが見えた。
「あっ!ごめんなさい!ハルカに会ったのが嬉しくて、すっかり忘れてました」
「おいおい……」
アルトはすっかり呆れ顔だ。
いなかったらいなかったで疲れるが。
いても精神的に疲れるな。
彼の気苦労が耐えないのはこのせいかも知れない。
「何でも、事務所に依頼がしたいそうなので、此処までお連れしたのですが」
事務員の顔になったアリスがアルトに答えた。
普段は快活な少女だが未熟でも女優、空気に合わせ、自らの性質を変化させるのは得意らしい。
ハルカはそれを聞くと興奮気味に席を立ち、嬉しそうに声を上げる。
「本当?本当に依頼!?1ヶ月ぶりの!?」
「落ち着け、その事何だがアリス、今うちの事務所は……」
「営業停止中だと言うのでしょう?」
アルトが事情を説明しょうとした瞬間、唐突に扉の方から澄んだ声が割り込んだ。
先程アリスが依頼人だと紹介した二人、その内の少女が得意気に事務所の中に足を踏み入れる。
美しい少女だ。
プラチナブロンドの髪に、きめ細かな白い肌、自信に満ちる緑玉石のような瞳。
誰が見ても美しいと評するだろう。
それに、思わずアルトは目を細めた。
営業停止の通達が来たのは今朝だ、幾ら昨日の魔法を知っていても、魔導士協会の書類は基本機密扱いとされる。
カマをかけられたか?アルトはそう考えるがすぐに放棄する、大規模な事務所なら体裁が崩れ、信用を失うのは死活問題だが、こんな月に一人も訪れない事務所を強請ろうという人間は居まい、特にこのような少女は。
ここは……、
「……どこで聞いたかは知りませんがその通りです。恐縮ですが依頼は」
「受けられ無いと?」
「その通りです」
魔導士協会に背けば流石に面倒は避けられ無い。
断るのが無難だ。
「残念ですが、お引きとり……」
「ちょっ!待って!せっかく来てくれたのに!」
「運が悪かったんだよ、主に此方のな」
アルトは留めようとするハルカを制する、これ以上長引くと面倒だ。
そう思い始めた頃。
「心配は無用だ」
少女の後ろに控えていた男が言った。
厳格、そんな一語を連想させる男だ。
見るからに上等な衣服、単に生地や装飾が良いのでは無い。
機能性に優れ、その中で様式美が損なわれていない、ある種の戦闘服を連想されるデザインの衣服を身に纏った男は、腰にさしてある剣に手を掛けた。
「一週間の営業停止は姫様の為に魔導士協会に掛け合ったものだ、君らに拒否権は無い」
「掛け合った?その娘がリークスフィア・フォン・アルナスとでも言うのか?」
「そうだ」
男は頷いた。
リークスフィア・フォン・アルナス。
現国王ルードゥス・フォン・アルナスの娘、若干十三歳にして既に優秀な外交手腕を発揮するアルナス美貌の第一王女。
この国で知らない者は居ないほどの有名人だ。
「なら……、仮にその娘が王女だとして何でここに?」
最もな疑問。
それに男は言った。
「彼女を守って貰いたい」
「それは近衛騎士の仕事だ、俺達は魔導士であって騎士じゃない」
「相手が魔法使いを名乗っていてもか?」
「!」
ハルカが机を揺らした。
魔法使い、あらゆる奇跡を起こす者。
仮に魔導士がそう名乗っていたとしてもそれが脅威である事に変わりはない。
魔法は戦闘の技術として優秀すぎるからだ。
絶対数の少ない魔導士、当然それを犯罪に使おうと考える者もいる、誰もが正しく技術を用いるというのは有り得ない。
「王宮勤めの魔導士が居るだろ?」
「彼らでは駄目だ、少なくとも第一級魔導士でなければな」
第一級魔導士、魔導士人口の中で一割以下の人間。
ハルカはそれを聞くと表情を浮かべずに問う。
「……つまり、これは国からの依頼、そうですね?」
「そうだ」
ハルカは確認するように思案すると。
「ならば、この依頼、お請けしましょう」
「助かる、詳細は……」
男は社交事例のように礼を言うと、今回の依頼について話し出した。




