1ー4 魔法使いの日常
第一章やっと完結です。
事務所を出てから三人は人通りの多い場所を重点的に移動した。
探査魔法でクロアの母親を捜しながら、行く先々で聞き込みをするといった作業を繰り返したが、結局成果の出ないまま一時間が経過しようとした頃。
「何でお姉さんは魔法使いなの?」
ハルカと手を繋いでいたクロアは不意に立ち止まりそんな事を聞いた。
「ん、どうしたの急に?」
「教えてほしい」
クロアは単に純粋な好奇心で聞いているようだった。
魔法が教育課程に組み込まれた現在。たとえ子供であったとしても魔法に関して一定以上のの知識を持っている。
一般的なそれによれば魔法を扱う人間は、魔を導く者であり、魔導士と定義される技術者であるとされる。
しかし、魔法使いというのはそれとは違う、杖の一振り、呪文の一言で奇跡のような事象を起こす者を表す言葉だ。
それ故に、人は魔法使いになる事は出来ない。
そう決まっていた。
だからクロアは疑問に思ったのかもしれない。
ハルカが魔法使いと名乗る事に。
「そうだなぁ、私を助けてくれた人が魔法使いって名乗ったから、かな」
ハルカはクロアの問いに茶化すように、だがどことなく真剣な表情で答えた。
「あの人が人を幸せにする魔法使いだって言ったから、私もああなりたいって思ったの、ほら、私って単純だから」
ハルカは笑いながらそう言うと、繋いだ手を少しだけ強く握った。
「お姉さんは、だから魔法使いに成りたいの?」
「うん、あの人に負けないような魔法使いにね」
ハルカは快活に答えると、
「さあ、行こっか!」
「うん」
クロアの手を引いて歩き出した。
日が落ちる前に、彼の母親を見つける。
「絶対に……」
誰にも聞こえないように呟いたハルカの言葉。
それにアルトは顔をしかめると、何も言わずに二人の背中を追い続けた。
「……」
どれくらい歩いただろうか?
ハルカは焦燥感と、それから来る疲労に苛まれながら、そんな事を思った。
あれから、王都中の人が集まりそうな場所、商店街や酒場、といった場所を休む事無く回った。
随分時間が経った筈だ。
刻限はもう、すぐそこに迫っていた。
クロアをお母さんに会わせるって約束……したのに……。
ハルカは力無く、顔を上げ、茜色に染まってゆく空を見上げる。
鐘が夕暮れの空に鳴り響いた。
アルトが取り出した懐中時計が示す時間は午後五時。
今の時期だと後三十分程で日は地平線の下に沈む。
「お姉さん……」
クロアは不安そうにハルカを見上げた。
しかし、ハルカは答えない。
茫然と空を見上げたまま。
(このまま、終わるの?)
固く、拳を握り締めて。
(そんなの……)
「ハルカ!」
「!」
気づくと、ハルカはアルトに掴みかかられていた。
衝動的にハルカに向き合い、呼びかけた彼の顔に、いつもの気怠げな色は見えなかった。
そこには、ハルカの瞳には、自分に本気で向き合う青年が映っていた。
「諦めるのか?本当に、こんな終わらせ方で良いのか?」
アルトは言い聞かせるように言った。
分かってる、彼は正しい。
諦めてる私はそう思う。
私だってこんな終わり方なんて望んでない。
こんな終わり、望む筈が無い。
だから。
「良い訳無いでしょ!!」
ハルカは次の瞬間、零れそうになった涙を払い、叫んだ。
往来の人間の何人かが振り返るのが見えたが、そんな事は既にどうでも良い。
今は目の前のコイツと話をつけなくちゃいけない。
ハルカは言葉を出そうとした、
それなのに……。
「なら、どんな結果になろうと最後まで足掻いてみろよ『魔法使い』」
「!」
先に言われてしまった、笑顔で、魔法使いって。
私が言おうと思ったのに。
悔しかった。
だから、ハルカは最後の抵抗とばかりに叫んだ。
「言われなくたって……!望まれなくったって!ハッピーエンドにして見せるよ!!私は魔法使いなんだから!!」
「お姉さん……」
「……ごめんね、弱気になってたみたい……けど、もう大丈夫!」
ハルカは微笑み、振り返ると空間に光の軌跡を走らせる。
「遠慮なんてしない!必ずクロアをお母さんに合わせてあげる!」
軌跡が理を支配し、理を変革させ、ただ一つの事象を生み出す、人が魔法と呼ぶそれを。
「我、汝が傍らに在る者、今重力の鎖を解き放ち、汝が腕に抱かれん!」
『浮遊魔術』
音と式。二つが解け合い、理は魔法を生み出した。
それと同時に、強烈な風が吹き荒れる。
クロアはそれに耐えきれず、思わず目を閉じた、浮遊感、良く分からない感覚に体を支配されながらも、自分の右手に誰かの温もりを感じて、恐る恐る目を開いた、
−−すると。
そこには一面に夕暮れの空が広がっていた、眼下には先程まで立っていた筈の王都が見える。
「僕、空飛んで……!」
クロアは思わず叫び出しそうになるのをこらえ、右手の温もりに、そこで笑うハルカに視線を向けた。
「大丈夫、落ちたりしないから」
ハルカは笑いながらそう言うと、自分達を包むように広がっているものとは違う、もう一つ術式を構築し、完成させた。
「それ……は?」
クロアが震える声で聞く。
落ちないとは言われたが、やはり恐怖はそう簡単拭えるものでは無いようだった。
「拡声魔法、術式を通した声を自らの視界に映る全てに伝える魔法、ごめんね、王都全体を視界に収めるにはこれしか思いつかなかったから」
ハルカはもう一度微笑むと、目を閉じ、最高の笑顔を浮かべて言った。
「お母さんの事を呼んで!クロア!」
王都の空に一人の少年と少女の声が響き渡った。
「ったく……余計な事したかもな」
アルトは一人苦笑を浮かべて毒づいた。
王都全体に無許可で声を広げたのだ、始末書や雑用の手伝い程度では済まないかもしれない。
だが、アルトは笑った。
後悔なんてものはアイツに出逢った時から失って久しいしな……。
「ま……そんな奴だから安月給でも一緒にいられるのかもしれないが」
声の余韻にざわめき立つ街を見ながら、アルトは明日の朝一番に魔導士協会からの小言を言いに来るであろう人間をどうやってかわすかを考え始めた。
クロアの母親は拡声魔法で指定した場所にすぐに現れた。
街中を走り回って必死にクロアを捜していたのだろう、赤い髪と装飾の多い衣服は乱れ、ひどい有り様だった。
しかし、クロアを見つけた時に見せた笑顔は、そのまま絵に描かれたとしても価値ある物に成っただろう。
「本当にありがとうございます!」
「いえ、私はそんな……」
クロアの母親はハルカが戸惑ってしまうくらいに何度も頭を下げて礼を言うと、クロアとしっかりと手を繋ぎ、夕暮れの街へと歩いていった。
「良かったな」
「うん」
「結局、報酬は貰え無い慈善事業だった訳だけどな」
「ううん、ちゃんと貰ったよ」
「え?」
『ありがとう魔法使いのお姉さん!』
「うん、ちゃんと貰った」
アルトの言葉にハルカは満足げに頷いた。
つまらない口論は必要無い。
魔導士協会の厄介事も話す必要は無い。
今はただこの余韻に浸りたい二人はそう思った。




