3ー3 誰かの景色
迷走?してました
「そういえば、その刀どうしたの?」
朝食を食べ終え、アルトが熱めの珈琲を傾けていると不意にリアが言った。
店などが開くにはまだ余裕がある、回るにしても先にどこに行くか決めようという事で、食休みをしていたのだ。
因みに、ハルカは自室で準備中。
アルトはリアの言葉を聞くと、何時も通りの気怠げな動作でコーヒーカップを置いた。
木製テーブルの上には白いカップが三つ。白い湯気は行き場を探すように、天井近くにまで昇っている。
アルトは湯気の向こうで問い掛けるリアを見た。
やはり、その目には純粋すぎる好奇心が映っている。
アルトは嘆息すると、
「趣味だ」
そう言い切った。
今となってはそれ以上でも以下でもない、確かにそう思っている。
「聞いちゃダメな事?」
「聞いても面白く無い事だ」
「そっか」
リアはティーカップに手を伸ばし、聞くのを止めた。
好奇心は人一倍、だが話したく無い事を無理に聞き出すつもりは無い。
アルトは少なからず、リアのそういった部分に好感を持っていた。
「二人共お待たせ」
リアがカップを置くのと同時に、ハルカが部屋に入って来た。
何時も通りの黒い魔導士制服を着込み、肩掛けの鞄を提げている。
「結構掛かったな」
「うん、持ってく物が見つからなくて」
ハルカは鞄を見ながら言った。
「それより、行く場所は決まった?」
「ああ、とりあえず白護外壁に行く」
「その後は王都街道をたどって王城に」
リアはそう言いながら、机に置かれた地図を指差す。王都の淵をなぞり、今度は中心に向かう複雑な道を器用にたどっていく。
「うん、良いルートだね」
ハルカはそれを見て言った。
観光にしろ何にしろ、効率的に回るのは大事だ。
「じゃ決定だな、そろそろ時間だし、行くぞ」
アルトは懐中時計をしまい、立ち上がると扉を開いた。眩い光が室内に入りこんだ。
○
白護外壁
大陸平和の記念碑と呼ばれるこの街に、敵を隔てる外壁は不要だ。
なら、白い石造りの堅牢な壁は何のためにあるのか?
何の意味があるのか。
それを知る者はいない。
ただ、アルナス王国の歴史に、戦争というモノは只の一つも存在していない。
それは多くの記録と、戦いによる傷を知らない壁が物語っている。
リアはその外壁の上から、王都の外を眺めた。近くを流れる大河、平原を通る街道、蒸気機関車の音と共に、柔らかな風が吹き抜ける。
空との境が曖昧になってしまいそうになる。
「ふぁ……」
「凄いな」
「うん、凄い」
外壁に手を掛けるリアは息を吐き、アルトとハルカも思い思いの感想を漏らした。
周囲のざわめきも気にならなくなる程だ。
「見惚れちやうな……」
「もしかして、見た事無かったの?」
「うん、執務室の窓からじゃ時計搭で遮られてたし、自室でもこんなに綺麗には映らなかったか……わ!」
リアが声を漏らした。
ハルカが物憂げに話すリアの頭を突然撫でたのだ。髪を乱さないように意識しているが、出来る限り乱雑に。
リアが手を見上げると、ハルカは軽くウィンクをした。
「今は精一杯楽しまなくちゃ」
「……うん」
リアは少し熱くなった頬を押さえ、頷いた。
ハルカはそれを見て微笑むと、そのままアルトを見て言った。
「まずは、手始めにアイスかな」
アルトはそれに苦笑し。
「はあ……そんな気がした、で?何が良い?」
「私はバニラ、リアは?」
「うーん、チョコレート」
「分かった」
アルトは取り出してあった財布を手に、屋台の方に向かった。
景色から意識を逸らすと、屋台の周りに随分と人が多い事に気付く。
屋台から離れて行く人が片手にソフトクリームを持っているのを確認して、屋台に近づいた。
色とりどりの装飾が施された屋台。それはアルフィールでは人気のケーキ屋の物だ。
ここのチーズケーキはハルカのお気に入りで、良く買っている。
「アイスなんて売ってたんだな……」
アルトは至極どうでも良い感想を呟き、屋台の中を覗いた。
店員が此方に気付き、目が合う。
「はい、ご注文は……」
其処まで言って店員が凍り付いた。
「……何やってんだ?アレク」
魔導士協会事務員、アレク・カルハース、彼はアイスを片手に硬直していた。
「おい……、アレク」
「ち、違う!これは副業じゃなくて、ボランティアで!」
アルトが声を掛けると、アレクは急にまくし立てる。
アイスが零れるだろ。
「話を聞け」
「本当に善意からで、決して副業じゃ!」
「聞けって言ってるだろうが」
「がっ……!」
アルトはまくし立てるアレクの脳天に、刀を振り下ろした。
糸が切れた人形のように、膝から崩れ落ちるアレク。
視線が痛いが気にしない事にする。
「落ち着いたか?」
「御陰様でな……」
アレクは頭をさすりながら起き上がる。思いの外冷静だ。
「で……、何だ?アイスか?」
「ああ、バニラが二つ、チョコレートが一つだ」
「三人分?もしかしてハルカさんも!?」
アイスを取り出しながら、一気に興奮気味になるアレク、まあ、好意を寄せている相手なら当たり前……なのか?
「まあ、来てはいるけどな」
「?けど、何だ?」
「お前の出る幕は無いって事だ」
「おい!」
アレクから三人分のアイスを受け止り、代金を放った。
「じゃあな、協会に見つかってクビになるなよ」
「余計なお世話だ、それより」
「ん?」
アルトが振り返ると、アレクは少し真剣な顔で言った。
「騎士団が動いてる」
「それが?」
「本気で聞いてるのか?」
アルトは怪訝そうな視線を避け、空を見た。
俺が見てる世界だ。
「ああ、何せハルカが信じてるんでね」
「……そうかい、なら仕方ないな」
「全くだ」
二人は離れ際に、
『今度飲みにでも行くか』
そう言った。




