3ー2 誰かの景色
戦います。高校生なのに中二病です。
扉を開く、何て事は無い動作だ。
目の前のドアノブに手を掛けて、軽く捻れば良い、何の技術もいらない。
確かに、事務所の扉は建て付けが悪いが、それを加味しても簡単な動作の筈だ。
木目調の中に混じって、幾何学的な光の軌跡が走ってさえいなければの話だが。
午前八時、商工街が賑わい始めたのを肌で感じながら、アルトは事務所の木製扉を見て顔をしかめる。
「……トラップか?」
術式から見るに、単純な対象拘束型。
ドアノブに触れた瞬間、光の網が自由を奪うという物だ。
しかし……、
「ハルカが仕掛けたにしては程度が低いが……」
アルトはとりあえず腕組みをして解除法を考えると、以前ハルカが遊びで仕掛けたトラップを思い出す。
あの時は気付く事も出来なかったし、思い出したくも無い目にもあった。
今回はリアの護衛がある為、遊びではないのだろうが、何故程度が低い?
アルトは扉に触れると、指先に魔力を集め、光の軌跡を幾つか絶つ。
魔法は一つの事象を起こすために多くのプロセスを踏む場合がある。特にトラップ系はそれが多い。
今回の場合は、ドアノブに触れたという情報を中心術式に集め、その後、扉に仕掛けられた各術式に伝達、魔法を起動させるという物だ。
「つまり、伝達線を幾つか切れば効力を無くす」
ダミーが無いとは限らないが、少なくとも今回は大丈夫そうに見える。
知識が半分、勘が半分の判断だ。
さっさと開けるか……。
アルトは一度だけ目を閉じると、すぐに指を走らせ数本の光を絶つ、すると、静かな音と同時に扉そのものに宿っていた光が消滅する。
開いた。
アルトは溜め息をつきながら、軽くドアノブを捻る。
若干の軋みを生じながら、扉が開かれ、外の光が室内を淡く照らした。扉を変えるべきか?アルトはそんな事を考えながら、中を伺うように首を伸ばした。
その瞬間、
「危ない!」
ハルカの声と共に無数の光の弾丸が爆ぜた。
爆発的な音が響き、無秩序な軌道を描きながら弾丸が迫る。
「っ!」
だが、アルトは声を漏らしながらも反射的に腰に挿していた刀を抜き放つ。
黒檀の鞘から生じた銀閃が尾を引くように空気を絶ち、迫る光の弾丸を一太刀で消滅させる。
魔法が余韻を残すように空気を震わせた。
「音速弾丸か?」
圧縮した空気を対象に打ち出し、内部で爆発させる戦術魔法。
高い殺傷力が特徴で、おおよそハルカが使う魔法だとは思えなかった。
……敵か?
アルトは目を細めると、刀をもう一度振るった。
衝撃が走る、空気が揺れ、薄暗かった室内が光に満たされる。
魔導共振だ。
魔法は魔力と、その素となる物質、気やマナと呼ばれるものを消費する、そして、その素となる物質は特定の状況下において発光するという特性があるのだ。
アルトは単純にそれを利用した。
周囲を見回す、光に満たされた室内は何時も以上に明るい。
アルトは少し怪訝そうな表情で周りを確認する。音速弾丸が放たれたにも関わらず、内部の物が壊れた様子も、荒らさた様子も無い。
不自然な気がする。
だが、その考えはすぐに消えた。
ハルカが部屋の隅で立ち竦んでいるのを見つけたからだ。アルトは思わず駆け寄り、肩を揺すり呼び掛けた。
「ハルカ」
長い髪と魔導士制服の裾が揺れる。
「……アルト」
ハルカは声に応じながら、酷くゆっくりと顔を上げた、その顔は……、
悪戯をした子供の表情。
ハルカが口元を歪めた。
「詰めが甘いよ」
「!」
油断した。
足下の光が陣を形成し、形無き格子が出現する。
複雑に絡み合う光がアルトを包み込もうと広がり、収束し、拡散する。
絶対防御圏外部との干渉その物を遮断する防御魔法。
裏を返せば絶対の牢獄だ。
だが、構成前なら……!
「はっ!」
アルトは体を翻すように刀を払い格子を絶つと、飛び退き、事務所の扉の前に着地した。
あまりに常人離れした動きだ、しかし、
「まだだよ!」
ハルカはそれすらも予想通りとばかりに、予め準備しておいた魔法を発動する。
「重圧拘束!」
「なっ……!」
一瞬で形成された光の陣が力を発揮し、アルトの体を重力という名のナイフが地面に縫い付ける。
アルトは呻き声を上げ、思わず膝をついた。
自らの数倍の質量を上乗せする拘束魔法だ、普通では動く事はおろか、立つことすら出来ない。
「終わり?」
ハルカは楽しそうに笑いながら言った。相変わらず悪戯をした子供の表情で。
アルトは苦笑を浮かべ、それを見上げた。
「いや……終わってないさ」
ロスタイムの悪あがきだ。
次の瞬間、アルトの刀が発光した。術式が崩壊し、重力に生じた変化を破壊する。
呪文破壊
あらゆる呪文に用意された対抗術式をぶつけ魔法の力を喪失させる反魔法。
「あ」
ハルカの声と澄んだ音と共に魔法が霧散し、光が散った。
アルトはその隙を見逃さずに踏み込み、鞘をハルカに向け、言った。
「ゲームセットだ」
「うん、私の勝ち」
「ん?」
アルトは怪訝そうに顔を歪める。何だ?
ハルカは微笑むと、軽く指を鳴らした、花火のような小さな力がアルトの前で爆ぜる。
アルトはぼんやりとそれを見て言った。
「……みたいだな」
「でしょ?」
二人は互いに目を合わせると楽しそうに笑った。
○
ウェイアーズ魔導士事務所、室内。
「随分、周りくどい事をするんだな」
刀を手で弄びながら、アルトは半眼で言った。
頬には絆創膏、今まで気付かなかったが、消しきれなかった音速弾丸が掠っていたのだ。
「ごめんなさい、確かめたかったの」
謝ったのはリア。
「ごめんね、アルト」
ハルカも同じように頭を下げ謝る。
何でも、先程のあれはリアが言い出した事らしい。
二人の力を見てみたい。
疑いではなく、好奇心から来るものだったそれを、ハルカはあっさり快諾し、準備していたらしい。
ちなみに、最初の音速弾丸も絶対防御圏も手加減済みだったらしく、たとえ当たってもかすり傷程度の威力しか無かったらしい。
それでも、アルトからすれば良い迷惑だったのだが。
アルトはまた溜め息をつく。
「ま、良いさ、で?」
「ん?」
「今日はどうするんだ?」
ハルカはアルトの言葉に頷くと言った。
「王都観光」
「理由は?」
「私が行きたいって頼んだから」
リアが笑う。
それなら十分な理由だ。
「そうか、じゃあ……」
「待って!」
「何だ?」
ハルカは席を立つアルトを呼び止める、
「その前に朝ご飯」
笑いながら言った。




