第6章 婚約者
あの北部水害の電撃解決から数日。
ルクレイン(黒田)の評判は、本人の切実な望みとは完全に真逆の方向へ爆走し続けていた。
『自らの地位を賭して国王へ忠言した第二王子』
『民のためなら父王にすら物申す勇気ある王子』
『臣下に易々と答えを与えるのではなく、自ら考える力を授けた真の賢人』
「……誰だよ、この完璧超人。キモすぎんだろ」
ルクレインはソファに寝転んだまま、手にしていた回覧紙を死んだ目で投げ捨てた。
落ちた紙を、控えていたマックがさらりと宙で受け止める。
「殿下でございます」
「俺じゃねえよ」
「ですが、ルクレイン・アステリア殿下と」
「名前の話をしてねえんだよ!」
ルクレインは大きく息を吐き出した。
嫌われたい。
第二王子の立場を捨てたい。
どこか遠くの平和な田舎へ飛ばされたい。
そして、そのままニートとして引きこもりたい。
ただそれだけなのに。
国王アルヴァリオンからの信頼は跳ね上がった。
王妃セレスティアからは「優しい子」と愛おしそうに撫で回された。
重臣たちはルクレインを見るたびに九十度折れ曲がって頭を下げる。
騎士団長ケンタに至っては、キラキラとした尊敬の眼差しで敬礼を送ってくる始末だ。
「……全然うまくいかねえ……っ!」
『お前がそのくだらん引きこもり願望を諦めれば済む話だろうが』
腰のベルトに差した短剣が呆れたように喋った。
聖剣アーク。普段は邪魔にならないよう、ルクレインの「煽り」によって短剣ほどの大きさに変形させられている。
「うるせえ、鉄くず」
『誰が鉄くずだ!』
「お前も何で普通に馴染んでんだよ」
『お前が肌身離さず持ち歩きたいと言ったのだろうが!』
「護身用の果物ナイフ代わりとしてな」
『もっとありがたがれ! わしは聖剣だぞ!』
「三本目のくせに?」
『三本目と言うな!!』
ピコンッ!
【☠ HIT】
『ぐはぁっ!?』
その時、部屋の扉がトントンと叩かれた。
「殿下」
「今度は何だよ……」
「お客様がお見えです」
「帰ってもらって。俺今、現実逃避で忙しいから」
「まだどなたか申し上げておりません」
「誰でもいい。居留守使え」
「ロザリア・ローゼンベルク公爵令嬢です」
ルクレインの身体がピクッと止まった。
「…………誰?」
マックがすんとした真顔になる。
「殿下」
「分かってます! ゲーマーとして確認しただけです!」
ルクレインは重い体をゆっくり起こした。
ロザリア・ローゼンベルク。
国内屈指の名門、ローゼンベルク公爵家の高飛車な令嬢。
そして『アステリア・クロニエル』における、ルクレインの婚約者にして言わずと知れた【悪役令嬢】。
だが、ルクレインにとって本当の絶望はそこではない。
この婚約は、ゲームに存在する隠しルート――【国王ルート】の最重要条件の一つだった。
通常ルートでは、ルクレインは学園で聖女となるヒロインたちと出会い、六人の勇者パーティーの一人として魔王と戦う。
だが、裏の隠し条件を満たすと話が一変する。
・王族内での評価:高
・有力貴族からの支持:高
・ローゼンベルク公爵家との婚約維持:確定
それらが一定以上まで積み上がった先にだけ開く惨劇のシナリオ。
――それが【国王ルート】。
このルートに入ると、ルクレイン自身が国王に即位する。
そして本来ともに戦うはずだった五人の勇者を配下に置き、国家そのものを率いて魔王軍と全面戦争を展開するのだ。
勇者として前線で戦うどころの騒ぎではない。
国全体の命運を背負わされて泥沼の戦争指揮をさせられる。
(絶対に嫌だ!!)
ルクレインは顔を盛大にしかめた。
ただでさえ最近、王からも臣下からも妙に評価が爆上がりしているのだ。
ここでローゼンベルク公爵家まで本格的な後ろ盾になったら、自ら【国王ルート】のデスロードへ全力疾走していくようなものである。
なら、やるべきことは一つ。
(こいつに全力で嫌われる……!)
婚約破棄。
公爵家の後ろ盾消滅。
王位継承権の暴落。
完璧だ。ルクレインのニート計画にとって、これ以上ない絶好のチャンス到来である。
「……今日、絶対嫌われて婚約切らせる」
「はい?」
「なんでもねえよ」
『またろくでもない企みを顔に出しておるな』
「黙ってろ、鉄くず」
しばらくして、扉がバアンと豪快に開いた。
「ルクレイン様ぁぁぁ!」
次の瞬間。
ルクレインの胸へ、柔らかく華やかな芳香を纏った物体が勢いよく衝突した。
「ぐえっ!?」
「お会いしたかったですわ!」
「近い近い近い! 離れろッ!」
ルクレインは慌ててロザリアを引き離した。
目の前に立つ少女。
腰まで伸びた煌びやかな金髪。毛先はこれでもかというほど大きく巻かれた縦巻きドリル。
真紅の豪華なドレス。
胸元にはジャラジャラとした宝石。耳にも宝石。手首にも宝石。
美人ではある。かなりの美少女だ。
ただし――ルクレインの最も嫌いなタイプだった。
派手。気が強そう。金持ちオーラ全開。
しかも「私って最高に可愛いでしょ?」という意識が顔全面から溢れ出している。
(無理だわ、こういう女)
ルクレインは先日の謁見の間にいた側妃ウェンディの姿を思い出した。
「……歩く宝石箱二号」
「はい?」
「なんでもない」
マックがさりげなく部屋の中央へ手を向けた。
「ロザリア様。どうぞこちらへ」
部屋の中央には、彫刻の施された低いテーブルを挟み、二脚の大きなソファが向かい合う豪華な応接セットが置かれている。
ルクレインは面倒そうに片側へ腰を下ろし、ロザリアもその正面へ座った。
ルクレインの背後にはマック。
ロザリアの背後にはメイ。
それぞれ主人から半歩ほど離れた位置に、二人の従者が静かに控える。
「ルクレイン様、聞きましたわ!」
「何を」
「北部水害のことです!」
「ああ……」
「陛下にあれほどのご忠言を! ご自身の地位を失う覚悟までなさったとか!」
「してねえよ」
「なんてお立派なのでしょう! わたくし、ますます惚れ直してしまいましたわ!」
「惚れ直すな」
ロザリアは身を乗り出し、当然のようにテーブル越しにルクレインへ距離を詰める。
「婚約者ですもの!」
「だから近ぇって!」
「いずれ結婚するのですから同じですわ!」
「全然違うわ!」
ロザリアは嬉しそうに微笑んだ。
ルクレインは内心で冷や汗をかく。
予想以上にベタ惚れ状態だった。多少冷たくあしらう程度では、このドリル令嬢にはノーダメージだ。
(なら、本気でいくしかねえ)
「なあ」
「何ですの?」
「その髪、何?」
ロザリアが自慢げに金髪のドリルへ手を触れた。
「王都一と評判の美容師に整えさせましたの」
「縦巻きすぎだろ」
「…………え?」
「頭にバネ何本仕込んでんの? 潰したらビヨンって跳ねるタイプ?」
ピコンッ!
【スキル《悪口》発動】
【☠ HIT】
ロザリアの笑顔がピキッと固まった。
「ば、バネ……!?」
「あと服」
「服?」
「派手。目が痛い」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「なっ……!」
「胸元ジャラジャラ、腰もキラキラ。お前、服着てんのか貴金属店背負ってんのか分かんねえぞ」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「ル、ルクレイン様……!?」
「しかも胸元開けて腰まで絞って、どこ見ろって言ってんの?」
「なっ……!」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「そんな格好しといて、見たら怒るタイプだろ。めんどくせえ女だな」
ピコンッ!
【☠ CRITICAL】
「な、何を見ておりますの!」
「ほらな」
「ほら、ではありませんわ!」
「歩く宝石箱二号」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「二号!?」
「一号は親父の側妃。見た目も頭悪そうな派手さもそっくり」
「…………ッ!!」
ロザリアのこめかみに青筋が浮かび、震え出した。
ルクレインは心の中でガッツポーズを作る。
(効いてる……! 猛烈に効いてるぞ!)
「今日のルクレイン様、少々お口が悪くありませんこと……!?」
「今日だけじゃねえ。これが俺の素だ」
『左様。こやつの性格の悪さは元からだぞ』
「鉄くずは黙ってろ」
『誰が鉄くずだ!』
ロザリアがルクレインの腰に目を留めた。
「まあ。アーク様をそのように可愛らしく小さくなさったのですか?」
「邪魔だから縮めた」
『邪魔ではないと言っておろうが!』
「うるせえ」
ロザリアが一瞬きょとんとしたあと、うふふと上品に笑った。
「相変わらず、アーク様とお仲がよろしいのね」
「どこを見てそう思った!?」
『どこをどう観察したらその結論になるのだ!?』
「あら、息ぴったりではありませんか」
「最悪だ」
『反吐が出るほど同感だ』
「そこだけ波長合わせるな。キモい」
ロザリアはふと思い出したように後ろを振り返った。
「そうですわ。今日はルクレイン様にぜひ召し上がっていただきたい紅茶を持ってまいりましたの」
「紅茶?」
「ええ。王都でもほとんど出回らない珍しい茶葉を特別に取り寄せましたの。せっかくですから、ルクレイン様とご一緒にと思いまして」
「わざわざ?」
「当然ですわ。婚約者ですもの」
「その言葉便利に使いすぎだろ」
「メイ」
「はい、お嬢様」
「お願い」
「かしこまりました」
ロザリアの背後に控えていた侍女が静かに一歩進み出た。
ロザリアより少し背が高い。
すらりと伸びた美しい脚。細身で均整の取れたしなやかな身体。胸元は控えめで、きつめの目元をしたクールな極上美人。
表情はほとんど動かない。
――メイ。
十年以上、ロザリアに仕えている専属侍女。
そして表向きはメイドだが、実際には護衛を兼ねる凄腕の戦闘メイドだった。
メイは持参した茶葉と茶器をテーブル脇へ並べる。
この部屋であれば本来、主人であるルクレイン付きのマックが茶を用意するところだが、今日はロザリアが特別に取り寄せた茶葉を持参している。
そのため、淹れるのも当然メイの役目だった。
マックとメイは初対面ではない。
婚約者同士の側近として、これまで何度も顔を合わせている。
だが――メイは昔から、マックの視線が嫌いだった。
会うたびに、あの男は自分を見る。
顔ではない。
手。足。重心。腰の位置。ロザリアとの距離。
まるで、いつでも斬り合えるように間合いを測っているような冷徹な目だった。
しかもマックは、国の暗部組織――夜行の出身だと聞いている。
表情は読めない。剣も魔術も異常に強いと聞く。
(絶対、ただの従者じゃない……)
一方でマックも、メイをただの侍女としては見ていない。
主人の半歩後ろ。
利き手を自由にした立ち方。
周囲への隙のない視線。
何かあれば一瞬でロザリアの前へ割り込める完璧な位置取り。
(護衛。しかも、相当な修羅場を潜っているな)
表面上は穏やかな茶会。
だが従者二人の間だけには、目に見えない剣呑な空気が流れていた。
「メイ。温度は?」
「最適な温度に調整しております」
「ならお願い」
「はい」
メイは淀みない洗練された動作でカップを並べ、銀のポットを傾ける。
その瞬間――視線を感じた。
見るまでもない。
ルクレインの背後に立つマックだ。
(また見ている……)
思わず目線を向ける。
案の定、無表情のままこちらを注視していた。
ほんの一瞬。コンマ数秒。
意識が手元から逸れた。
ぽつ。
一滴だけ。
琥珀色の紅茶が、受け皿の白い縁へポツリと落ちた。
メイの瞳が僅かに揺れる。
プロとして、絶対にあってはならない初歩的な不覚だった。
「メイ」
「……申し訳ございません、お嬢様」
「あなた、何年わたくしに仕えていると思っていらっしゃいますの?」
「十一年でございます」
「十一年も仕えていて、まだこのような失敗を?」
「申し訳ございません」
「やり直しなさい。不快ですわ」
(チャンス来た! ここで一気に行く!)
メイがカップへ手を伸ばす。
「いやいやいや」
ルクレインが呆れたように割って入った。
ロザリアが振り返る。
「何ですの、ルクレイン様?」
「今の?」
「はい?」
「一滴だぞ?」
「一滴でも失敗は失敗ですわ! わたくしは完璧を求めておりますの!」
「お前、性格細っけえなぁ……」
ピコンッ!
【☠ HIT】
ロザリアの眉がピキッと動いた。
「公爵家の使用人には完璧を求めるのは当然ですわ!」
「なんで?」
「なんで、と言われましても……」
「じゃあお前自身は完璧なのかよ?」
「当然ですわ! ローゼンベルク公爵家の令嬢ですもの!」
「じゃあお前、自分で紅茶淹れられんの?」
「それはメイの仕事ですわ」
「料理は?」
「使用人が……」
「洗濯は?」
「使用人が……」
「掃除は?」
「……使用人が……」
ルクレインは鼻でフッと嘲笑った。
「お前、自分じゃ何一つできねえじゃん」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「そ、それとこれとは話が別ですわ――」
「服も着せてもらって、髪もやってもらって、飯も作ってもらって、掃除もしてもらってさ」
「……」
「逆に何なら自分でできんの? ただの置物かよ」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「わ、わたくしは公爵令嬢ですもの。そのために使用人が――」
「使用人だからって人間を道具みたいに扱っていいと思ってんの? お前、人間として終わってんな」
ピコンッ!
【スキル《悪口》発動】
【☠ CRITICAL】
「っ……!?」
【ロザリア:精神耐久値 72/100】
(いいぞ、この調子)
「ローゼンベルクの名前取って、宝石取って、メイもいなくなったら、お前に何が残るんだよ?」
ピコンッ!
【☠ CRITICAL】
ロザリアの顔が真っ青に強張った。
「そ、そのような言い方……!」
「自分じゃ何もできねえくせに、他人のミスだけ一丁前に数えてドヤ顔してんの、普通にダサすぎだろ」
ピコンッ!
【☠ CRITICAL】
【ロザリア:精神耐久値 48/100】
(よし! もうひと押し)
メイが僅かに目を見開く。
ルクレインは止めない。
ゲームのロザリアは、この性格のまま学園へ入り、自分より身分の低いヒロインを見下し、泥沼の嫌がらせを繰り返すのだ。
どうせ嫌われるなら、今のうちに全部叩き込んでやればいい。
「お前さ、公爵令嬢だから偉いと思ってるだろ」
「そのようなことは――」
「思ってるね。顔に『私が一番偉い』って書いてあるわ」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「自分より下だと思ってるやつには、何言ってもいいと思ってんだろ」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「……」
「俺が嫌いなの、別にそのバネ頭とか派手な服だけじゃねえんだよ」
ロザリアが震える瞳でルクレインを見つめる。
「何でもやってもらって当然って顔してるところ」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「ちょっと失敗したら偉そうに説教して威張ってるところ」
ピコンッ!
【☠ HIT】
「そういう性格の悪さ、マジで反吐が出るほど嫌いなんだよ」
ピコンッ!
【☠ CRITICAL】
【ロザリア:精神耐久値 19/100】
ロザリアの唇が激しく震えた。
「それに」
ルクレインはロザリアを上から下まで冷たく見下ろす。
「その髪も、その服も、俺の好みじゃねえ。二度と俺の前にその格好で現れるな」
ピコンッ!
【☠ CRITICAL】
【ロザリア:精神耐久値 0/100】
(よっしゃぁ!!)
ロザリアが完全にフリーズした。
メイが息を呑む。
腰のアークすら黙り込んだ。
ルクレインは心の中で豪快にガッツポーズを決めた。
(勝った……! 完璧だ!! これで婚約破棄確定!!)
これだけ言われれば、さすがにプライドの高い悪役令嬢なら激怒して席を立ち、捨て台詞を残して帰るだろう。
婚約破棄。公爵家の後ろ盾消滅。
【国王ルート】から一歩遠ざかる。
完璧なシナリオだ。
だが。
ロザリアは立ち上がらなかった。
「……?」
ルクレインが眉をひそめる。
彼女の大きな瞳に、じわりと大粒の涙が浮かんでいた。
ロザリアは唇をきゅっと強く噛み、俯く。
必死に泣くまいと耐えているのが、見ているだけで伝わってきた。
けれど、一粒。
堪えきれなかった透明な涙が頬を静かに伝った。
(……あれ?)
ルクレインの勢いが、少しだけ鈍る。
(言いすぎたか……?)
いや。嫌われるために言ったんだから、これで正解のはずだ。
正解のはずなのに――目の前で必死に泣くのをこらえている姿は、想定していた反応とあまりにも違いすぎた。
「ルクレイン様……」
「何だよ」
声まで小さく震えていた。
「わたくしのことが……そんなに、お嫌いなのですか……?」
ルクレインは一瞬だけ言葉に詰まった。
だが、ここで日和ったら全てが台無しになる。
「……うん。大嫌い」
ロザリアの肩が小さく揺れた。
それでも泣き崩れない。袖で涙を拭うこともしない。
ただ唇を噛み締めたまま、真っ直ぐにルクレインを見つめてくる。
「少なくとも、今のお前とは絶対結婚したくない」
「…………今の、わたくしとは?」
「ん?」
ロザリアは涙をいっぱいに溜めたまま、深く呼吸を整えた。
「では……」
頬をもう一粒、涙が伝う。
「わたくしが変われば……よろしいのですね!?」
「…………は?」
「髪型も!」
「いや」
「服装も!」
「待て」
「メイや使用人への接し方も!」
「話が違う」
「性格も!」
「全部変えなくていい!!」
「いいえ!」
ロザリアは震える声で、それでもはっきりと叫んだ。
「変わりますわ!」
「いや、だから」
「わたくし、変わってみせますわ!!」
またボロボロと涙がこぼれ落ちる。
けれど今度は、泣いているというより、強い決意を秘めた瞳だった。
「今まで誰も……わたくしにそんな本当のことを言ってくださいませんでした……!」
「……」
「公爵家の娘だから……わたくしがどれほど間違っていても、高飛車でも、皆、ペコペコ頭を下げて黙っていました……!」
ロザリアは後ろのメイを見る。
「でも! ルクレイン様だけは違いますわ!」
「違う意味でな!」
「わたくしに嫌われることすら恐れず――」
「嫌われたいから言ったんだよ!!」
「――わたくしの悪いところを、全部真正面から教えてくださったのですわね……!」
「だから違うって言ってるだろ!!」
ロザリアは涙を指で拭い、小さく笑った。
目元は真っ赤だった。
それでも、どこか心底嬉しそうだった。
「……ありがとうございます、ルクレイン様……!」
「なんでお礼言われてんだよ、おかしいだろ!?」
メイが静かにルクレインを見つめる。
その瞳には、明らかな驚きと感銘が宿っていた。
ロザリアに対し、ここまで真正面から現実を突きつけた人間を、メイは他に知らない。
ロザリアがメイを見た。
少しの間があった。
「……メイ」
「はい、お嬢様」
「……先ほどは言い過ぎましたわ。たった一滴こぼしただけですものね。淹れ直さなくていいわ。そのままで十分ですわ」
メイの目が僅かに見開かれた。
「……はい。ありがとうございます、お嬢様」
「……ごめんなさいね」
メイが完全に固まった。
ルクレインも固まった。
「なんで今ここで急に改心すんだよ……少女漫画かよ……」
『ふむ、見事な人間教育ではないか! さすがはわしの主だ!』
「三本目は黙ってろ」
『三本目と呼ぶな!!』
ロザリアがルクレインを見る。
目元はまだ赤いが、その瞳は澄み切っていた。
「ルクレイン様」
「何だよ」
「覚えておいてくださいませ」
「何を」
「わたくし、必ずあなたに相応しい、最高の女性になってみせますわ!」
「ならなくていい!」
「なります!」
「なるな!」
「なりますわぁぁぁ!!」
「頑固かよ!!」
ロザリアは涙の跡を残したまま、少し誇らしげに胸を張った。
「べ、別にあなたに好かれたいからだけではありませんからね!」
「今自分で好かれたいって言ったじゃん」
「うるさいですわーーーっ!!」
ルクレインは深いため息をついた。
これ。
失敗した。
完全に大失敗した。
ピコンッ!
ルクレインの目の前に、絶望のシステムウィンドウが出現する。
【ロザリアからの好感度が上昇しました】
【好感度 82 → 96(カンスト間近)】
「………………」
ルクレインはそっと両手で顔を覆った。
「なんで好感度上がってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




