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第49章 激ヤバ

◆作者からのお願い◆

自分で書いていて、本当におもしろいのかどうか迷っています。

よろしければ、ページ下部にある【広告の下】の「☆☆☆☆☆」から、作品への評価(★)やブックマーク、感想などいただけると、執筆の大きな励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします!」


 昼。


 ルクレインは、校舎裏の心地よい木陰で大の字になって寝転がっていた。


 朝のあの地獄の代表挨拶(※「まあ、みんなで頑張ろう。以上」とだけ言い捨てたらなぜか全校生徒から涙ながらのスタンディングオベーションを喰らった恐怖の勘違い事故)のあと、人目を避けてここへ逃げ込み、そのまま昼過ぎまで死んだマグロのように寝て時間を潰していたのだ。


 ぐうぅぅぅ、と情けない腹の虫が鳴り響いた。


(……空腹で死ぬ。腹減った)


 いくら引きこもりニートを志す者とはいえ、昼飯抜きは命に関わる。

 ルクレインは渋々起き上がり、重い腰を上げて食堂へと向かうことにした。


     *


 バリオン王立アカデミアには、食堂が二つ存在する。


 貴族用と、平民用だ。

 建物そのものが完全に分離しており、互いが行き来することはまずない。


 貴族用の食堂は、高級感あふれる白いシルクのテーブルクロスに燦然と輝く銀の食器。上等な服を着た給仕が至高のフルコースを順番に一皿ずつ運んでくる優雅な空間。


 一方、平民用の食堂は、無骨な長机に素朴な木の椅子。

 学食よろしく自分でトレーを持って大行列に並び、ドカンと料理を受け取るアットホームなセルフスタイルだ。


 そして――ルクレインがいるのは、当然ながら平民用の方であった!


 トレーの上には、固そうな黒パンと、豆と野菜のゴロゴロ煮込みスープ。

 それに、申し訳程度に薄く切られたチーズが一切れ。


(……くぅぅっ! こっちの方が10000倍落ち着くわ!!)


貴族用の何皿も気取って続くスカしたコース料理など、食べた気がしない。前世の学食感漂うこれくらいが一番ちょうどいいのだ!


 しかも、今座っているのは広大な食堂の最果て、一番端っこ!

人の気配が極限まで薄い壁際!

巨大な柱の完全な陰になっており、入口からは100%視認不可能な暗黒のモブポジション!


 わざわざこのドブ端の席を選んだのには、明確な生存戦略(防衛策)があった。


(あのアホほど重いヤンデレ公爵令嬢ロザリアに見つかったら最後、絶対『ルクレイン様ぁぁぁ♡ 一緒にランチをいただきましょう♡』って突撃してくるからな!!)


 朝の時点で、すでに自分の正体(第二王子)は周囲にバレている。

 これ以上、1ミリたりとも目立つ気はない!

ましてやロザリアと向かい合ってイチャイチャ食事などしようものなら、翌日の学園新聞の1面を飾ってしまう!


(公爵令嬢であるロザリアが、こんなむさ苦しい平民用の食堂なんぞに足を踏み入れるはずがねえ! ここなら絶対安全だ!! 勝った!!)


その一歩後ろには、当然のように不気味な気配を消した超有能(かつ重度M)従者のマクシミリアンが静かに控えている。


ルクレインはようやく胸を撫で下ろし、黒パンを豪快にちぎった。


……よりによって今朝、このゲーム『アステリア・クロニクル』の絶対的メインヒロイン――リリア・デイジーと物理激突してしまうという大事故を起こしてしまった。

しかもあいつも多分、あの特別選抜A組だ。同じクラスなら、今後顔を合わせずに済むはずがない。


(まあいい。校内で遭遇したところで100%ガン無視&スルーを貫けばいいだけの話だ!)


よし、と納得してパンを口へ運ぼうとした――まさにその瞬間であった!!


「いたぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


食堂全体を揺るがすような、透き通った黄色い声が響き渡った!

ルクレインの手に持った黒パンが、ピタッと固まる。


(……マ、マジで言ってる……?)


「見つけましたわぁぁぁッ!!」


満面のひまわりのような超絶キュートな笑顔で、爆走してきたのは――リリア・デイジーであった!!


ふわりと舞う柔らかなピンクブロンドの髪!

光をそのまま閉じ込めたような大きなルビー色の瞳!

駆けるたびに、可憐な制服のスカートの裾が軽やかにひらひらと跳ねる!


そして何より――その銀河を破壊するレベルの可憐な笑顔!!


一瞬にして、平民食堂の中にいた数百人の男子生徒たちがガタッと一斉に顔を跳ね上げた!


スープを口へ運びかけていた者は、スプーンを口前で止めたまま硬直!

黒パンをかじっていた者は、アゴが外れたように口を開けたまま放心!

友人と話の最中だった者は、言葉の続きを忘れて目がハートマーク!


食堂中の全員が、吸い寄せられる磁石のようにリリアの可憐な姿を目で追っていた!


「……な、なんだあの子……天の使いか……!?」

「可愛すぎるだろ……国宝か……!?」


あちこちから、魂が抜け出たような吐息と感嘆の声が漏れ出す。


笑顔ひとつで、泥臭い食堂の空気全体を可憐なピンク色に塗り替えてしまう。

さすがはゲーム『アステリア・クロニクル』の絶対的メインヒロイン……!


そして――男子生徒たちの視線は、リリアの全速力での突撃先を追って――。


当然のように、柱の陰のルクレインへ一斉に集中したァァァァッ!!


((((((((やめろぉぉぉぉッ!! こっち来るなバカぁぁぁぁぁッ!!))))))))


わざわざ選んだ平民食堂!

その一番の端っこ!

柱の完全な陰!

ロザリアのヤンデレレーダーからすら隠れるつもりだったのに!


(なんで一瞬で見つけられるんだよおおおッ!? どんな超高性能探知スキル持ってんだよこの女ぁぁぁッ!!)


……と、そこでルクレインの脳内に雷が落ちた。


(……あ。そうだ……こいつ、平民だったわ……)


平民用の食堂に、平民のヒロインがいる。

当たり前すぎる物理の法則であった!


ロザリアから逃げて逃げ込んだ先は、まさかのリリアの完全なる本拠地(縄張り)だったのだ!!


リリアは1ミリの迷いもなく、ターゲット補獲モードでまっすぐルクレインへ向かって突進してくる!


その突進軌道の前へ、マクシミリアンが静かにスッと割り込んだ。


「お待ちください」

「はい?」

「ルクレイン殿下は現在、お食事中でございます。ご用件がおありでしたら、まずはこの私が――」

「あ! さっきの本なんですけどぉっ!」


リリアはマクシミリアンの高い身幅の横から、ぬっと可憐な顔を覗かせた!


「ちゃんと無事でした! ほらぁ!」

「…………」


マクシミリアンが冷ややかな視線でリリアを見下ろす。


「ですから、まずは従者である私を通していただけないと――」

「それと! さっきお名前を教えてくれませんでしたよね!?」

「私の話を――」

「でも分かりましたっ!!」


リリアは止まらない! マクシミリアンの制止などミジンコほども耳に入っていない!


マクシミリアンが右へ動けば、リリアも右からひょっこり顔を出す!

左へブロックすれば、今度は左からすばやく覗き込む!


「ルクレイン殿下ですよね!?」

「違う!!」

「やっぱりぃぃぃッ!」

「今『違う』って言っただろバカぁッ!!」

「でも、びっくりしました! まさか噂の王子様だったなんてぇ!」


マクシミリアンがもう一度、ロボットのように二人の間へ壁として入ろうとした。


「失礼ですが、殿下に対する非礼は――」

「さっきクラスの友達に教えてもらったんです!」

「…………」

「『金髪で青い目で、髪は爆発した寝癖で伸ばしっぱなしで、シャツがヨレヨレで、ネクタイが変な方向に折れ曲がってる人を探してる』って言ったら、一発で『あ、それルクレイン殿下だよ』って分かりました!」

「はい?」

「一発でしたよ! 完璧な目印でした!」

「なんでだよぉぉぉぉぉッ……!!」


王子に見えないように徹底してダサくした格好が、まさかの完全なる『指名手配写真の目印』と化していた!


リリアは改めて、ルクレインをキラキラした瞳で見つめた。


伸ばしっぱなしの爆発金髪。

だらしなく緩んだシャツの襟元。

斜めに曲がったネクタイ。


朝ぶつかったときも、まさか雲の上の王族だとは思いもしなかったのだ。


「でも……だからだったんですね!」

「何がだよ!」

「そのお格好です!」

「これ!?」

「はいっ!」


リリアは嬉しそうに、はちきれんばかりの笑顔で大きく頷いた。


「私みたいな平民の生徒でも、話しかけやすいようにあえて身なりを崩してくれてるんですよね!?」

「………………は?」

「王子様らしい威圧感のある格好をされてたら、私、怖くて話しかけられなかったと思います!」

「いや、チガ――」

「わざと普通の生徒みたいにして親しみやすくしてくれてるんですね!」

「してねえよ!! ただのズボラだよ!!」

「やっぱりすっごく優しいんですねぇぇッ!」

「だから違うって言ってんだろ話を聞けぇぇぇッ!!」


リリアはますます感極まったように「えへへ♡」と嬉しそうに笑った!


そのすぐ後ろで、ブロックを諦めたマクシミリアンが静かにコクリと頷いた。


「ルクレイン殿下がそのようなお見汚い身なりをなさるのには、何か深遠なるご深謀があるに違いないと、思っておりましたが……」


マクシミリアンは、一人で大いに得心がいったように満足げに目を伏せた。


「やはり、そういう崇高なお考えでしたか」

「違ぇよ!!」

「私、なんだかすごく安心しました!」

 リリアが嬉しそうに微笑む。

「勝手に安心すんな!!」


ルクレインは両手で頭を激しく抱え込んだ。


(なんでこの世界の奴らは、誰も俺の言った暴言をそのまま受け取らねえんだよぉぉぉッ……!!)


ただ誰にも近づいてほしくなかった!

友達もいらない! ぼっちでいたい!

それだけなのに!!


リリアの頭の中では、「平民にも気さくに接するための心優しい変装」と脳内変換されていた。


(真逆じゃねえか……真逆すぎるだろ……!!)


「それで! ルク様って呼んでもいいですか!?」

「駄目!!」

「分かりました、ルク様ぁ♡」

「なんで今聞いたんだよッ!?」

「よろしくお願いします、ルク様!」

「話を聞けよ!! 頼むから人類の言語を解してくれ!!」

「はいっ!」

「返事だけじゃねえかぁぁぁッ!!」


リリアは楽しそうに「うふふ」と笑った。


超有能従者のマクシミリアンが、珍しく完全に口を挟むタイミングを喪失して佇んでいた。


「……殿下」

「なんだよ……」

「このお方は……常にこの調子の台風のような方なのでしょうか」

「今日会ったばっかりだよチクショウ!」

「左様でしたか……」


マクシミリアンは一瞬だけ沈黙した。


「……なるほど」

「何が『なるほど』なんだよ気味が悪いなッ!」


リリアはそんな二人の漫才のようなやり取りなどお構いなしに、大事そうに本を抱きしめた。


「とにかく! さっきは本当にありがとうございました!」

「水たまりから本をひょいと拾っただけだって!」

「でも、あの本、私にとっては命の次に大事な本なんです!」

「なら余計に落として滑らせてんじゃねえよ!」

「はいっ!」

「返事だけは元気だな!!」

「えへへ♡」


リリアが可憐に笑う。


その後ろで、マクシミリアンは静かに彼女を凝視していた。


熟練の剣士なら、筋肉の動きで次の斬撃を読むのは容易い。

上級の魔導士なら、発動前に空気の揺らぎで術式を見抜ける。


だが――。


このピンク髪の少女が次に何を喋るのかだけは、暗殺者としての直感をもってしても1ミリも読めなかった!


ルクレインは、リリアが大切そうに抱えた本にちらりと目をやった。


表紙の角は丸くすり減り、背表紙の金文字はすっかり掠れている。

ページの端は、何度も何度も繰り返しめくられた跡が波のように刻まれていた。


「……その本、端までボロボロじゃねえか」

「え?」

「どんだけ読み込んでんだよ。暇人かよ」


リリアの動きが、ピタリと止まった。


「……気づいて、くれたんですか?」

「は?」

「みんな、『そんな汚い古本捨てなよ』って笑うだけだったのに……ちゃんと使い込むほど読み込んでるって分かってくれたの……ルク様が初めてですっ……!」


その瞬間――!!


ルクレインの脳内に、恐ろしいほど無機質なシステムボイスが直接響き渡った!


――スキル《褒める》が規定値に到達しました。


「……は?????」


ルクレインの思考回路が完全フリーズした。


(規定値……??? 待て待て待て!! 俺、今、褒めたか……!??)


暇人って言ったんだぞ!?

古くてボロボロじゃねえかってけなしたんだぞ!?

どこをどう逆立ちして切り取っても100%の悪口だろ!!


(褒めた覚えなんか人生で一回もねえぞ!? なんでそんな簡単に規定値に達するんだよぉぉぉッ!?)


――スキル《褒める》が進化します。


「ちょっと待てぇぇぇぇぇッ!!」


ガタタッ!! と爆音が響き、椅子が倒れそうになった。

ルクレインは思わず中腰で立ち上がっていた!


(進化!? 何に!? え、何これ!? どういうシステム事故!??)


「おい止めろ! キャンセル! キャンセルボタン連打だ! キャンセルしろぉぉぉッ!」


――上位スキル《即落ち》を獲得しました。


「《即落ち》ぁぁぁぁぁッ!???」


(なんだその名前ぇぇぇッ!? スキル名じゃねえだろそれ!! 完全にギャルゲーの俗称だろ!!)


(何が落ちるんだよ! 誰が落ちるんだよ! 怖えよこのスキルぅぅぅッ!)


――以後、好感度の上昇を「☺☺☺☺」で通知します。


「通知すんじゃねえぇぇぇッ!!」

「ルク様……!?」

「お前じゃない!!」

「私、何も言ってませんけどぉ!?」


ルクレインは、ガタガタ震える膝を抑えてゆっくりと椅子に座り直した。

心臓がバックバク言っている。


(落ち着け……落ち着け俺……!!)


(今のが褒め言葉扱い……だと……!?)


暇人だと言った。

絶対に貶めたはずだ。


(だったら……もっと直接的で言い逃れのできねえ、完璧な悪口を叩きつけてやる!!)


ルクレインはリリアを鬼の首を取ったような顔で睨みつけた!


「いいか、勘違いすんじゃねえぞお前!!」

「はいっ?」

「お前、さっきここに来るとき、周りの男どもから穴があくほど見られてたのに気づかなかったろ!」

「え、私見られてました?」

「鈍すぎなんだよ!! お前、自分の顔、鏡でまじまじと見たことあんのか!?」


言ってやった!!

自分の顔の無防備さを糾弾する完璧な攻撃!!

これで少しは嫌われて――。


☺☺☺☺


次の瞬間!! リリアのピンクブロンドの頭上で、巨大な好感度ゲージがドカンと跳ね上がった!!


【リリア好感度 ■■■■■■□□□□ Lv.1】


「………………」


ルクレインが石のように固まる。


リリアの白い頬が、みるみるうちに爆発したような真っ赤な桜色に染まっていった!


「えっ……それって……それってぇ……ッ!」


リリアは持っていた本で、顔の下半分を恥ずかしそうに隠した。


「『顔が可愛すぎて男たちがみんな見惚れてるんだから自覚を持ちなさい』ってことですかぁぁぁッ!?」

「言ってねええええええええッ!!」


☺☺☺☺


【リリア好感度 ■■■■■■■■□□ Lv.1】


「なんで上がってんだよぉぉぉぉッ!?」

「何がですかぁぁぁッ!?」

「今のはどう見ても悪口だろ!!」

「どこがですかぁぁ♡」


☺☺☺☺


【リリア好感度 ■■■■■■■■■□ Lv.1】


「また上がったぁぁぁぁぁッ!!」

「ルク様、顔色が凄いですけど大丈夫ですか!?」

「お前が心配すんじゃねええええッ!!」

「でもすっごく心配ですっ!」


☺☺☺☺


【リリア好感度 ■■■■■■■■■■ Lv.1】


「埋まったぁぁぁぁぁぁぁぁッ(絶望)!!!」


ルクレインは両手で頭を抱えて卓上に沈没した。


(おかしいだろ……おかしいだろこの世界……!!)


首席を避けた。

→ 150点になった。


新入生代表を避けた。

→ 伝説の名演説になった。


ヒロインを避けた。

→ 向こうから物理衝突してきた。


悪口を言った。

→ 好感度が満タンになった。


しかも――。


(スキルまで《即落ち》とかいう謎の怪物に進化しやがった……!!)


「ルク様ぁ?」

「…………」

「大丈夫ですかぁ?」


ルクレインは机に額をゴツンと擦り付けた。


「……お家帰りたい……お布団へ帰りたい……」


    *


「じゃあ、私もここで食べますね!」

「なんでだよッ!!」


ガバッと顔を上げる。


リリアは、すでに当然のような顔でルクレインの真隣の椅子を引いていた。


「一緒に食べた方が絶対に美味しいじゃないですか!」

「一人で食べても味なんか1ミリも変わらん!!」

「変わりますよ! 心の味が!」

「変わらん!」

「変わります!」

「じゃあ一人で食え!」

「嫌ですッ!」

「自我が強いな、お前!!」


リリアはルクレインの拒絶など風の音程度にしか気にせず、当然のように隣の椅子へお尻をすっぽり落とした。


「よいしょっと♡」

「いや、座るなよ!!」

「もう座っちゃいました♡」

「じゃあなんで最初に許可聞いたんだよッ!?」

「一応です!」

「一応って本当に便利な言葉だなコノヤロー!!」


リリアは嬉しそうに、自分の質素なお弁当をテーブルへ広げ始めた。


ルクレインは死んだ目で横目を見る。

ピンクブロンドの頭の上で、最大までメラメラと燃え上がる好感度ゲージが嫌でも視界に飛び込んでくる。


【リリア好感度 ■■■■■■■■■■ Lv.1】


(なんで初対面の昼飯の時点で好感度最大なんだよ……バグだろこれ……)


しかも《褒める》が《即落ち》へと進化してしまった以上、下手に口を開くこと自体が自殺行為だ。


これ以上、余計なことは一切口にしない方がいい。


褒めない。

優しくしない。

絶対に目を合わせない。

可能なら息以外喋らない!


ルクレインは黙りこくり、無言で黒パンをモグモグとかじり始めた。


一口。

二口。

隣でリリアが「ルク様、スープ美味しいですか?」とか何かキャッキャと喋っているが、絶対に聞かない。見ない。意識しない。


スープを静かにすすったところで、何気なく視線がリリアの頭上へ向かった。


【リリア好感度 □□□□□□□□□□】


「………………」


ルクレインのスープを持つ手が、ピタッと止まった。


(……え? 空になってる……?)


もう一度、目を擦って凝視する。

間違いない。

さっきまでド派手に黒く満タンだったゲージが、綺麗さっぱり真っ白な空っぽになっているのだ!


(下がった……!? ゲージがリセットされた……!?)


ルクレインの死んでいた顔に、サーッと希望の光が差し込んだ!


(なんだよ! 上がるだけじゃなくて、無視し続ければちゃんと下がるシステムじゃねえか!!)


これなら勝てる! まだ修復可能だ!

むしろ、俺の完璧な『沈黙のガン無視作戦』が劇的に効いたのだ!


(よしっ! このまま卒業まで喋らんぞ!!)


――その奇跡の瞬間であった!!


視界の真ん中に、血のように赤いシステム文字がデカデカと浮かび上がった。


――好感度ゲージが上限(カンスト)に到達しました。


「ん?」


――ゲージレベルを一段階上昇させ、再表示します。


「……は?????」


【リリア好感度 □□□□□□□□□□ Lv.2】


「………………」


ルクレインの全思考が、音を立てて停止した。


(レベル……2……???)


満タンになった。

だから終わり。

そう思っていた。


違った。


ただの『1周目のゲージ』が埋まっただけだったのだ。


「なんで2周目があんだよぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

「えっ!?」


リリアが「ひゃんっ!?」と肩を跳ね上げて驚いた!


「ど、どうしたんですかルク様!?」

「お前じゃない!!」

「じゃあ誰と喋ってるんですか空中に向かって!?」

「俺にも分からんわぁぁぁッ!!」


ルクレインは血眼でゲージを凝視した。


【リリア好感度 □□□□□□□□□□ Lv.2】


消えない。悪夢のように鎮座している。


(待てよ……待て待て待て……)


最悪すぎる可能性が脳裏をよぎる。


(これ……Lv.2が埋まったらどうなる……???)


Lv.3。

さらに埋まればLv.4。

その先は――ヤンデレ化か!? 破滅か!?


(どこまで周回システムあんだよこのクソゲームぇぇぇッ!!)


ルクレインは両手で顔を覆った。


「ルク様ぁ?」

「話しかけるな。今、人生で一番大事な構造解析をしてる」

「分かりました!」

「…………」

「ルク様って、いっつも一人でご飯食べるんですか?」

「一秒も沈黙を我慢できてねえじゃねえか!!」

「気になっちゃって!」

「気にするな!!」


リリアは楽しそうに「きゃはは♡」と笑った。


☺☺☺☺


【リリア好感度 ■□□□□□□□□□ Lv.2】


「上がったぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「何がですか!?」

「もういい!! 何でもない!!」


ルクレインはヤケクソで黒パンを口へ無理やり押し込んだ。


(喋るな……喋ったら死ぬ……!!)


これ以上は一歩も進んではいけない!


「好きな食べ物はなんですか?」

「…………(モグモグ)」

「嫌いな食べ物は?」

「…………(モグモグ)」

「午後からの授業、何取るんですか?」

「…………(モグモグ)」

「どこにお屋敷あるんですか?」

「…………(モグモグ)」

「お兄様とかご兄弟は?」

「…………(モグモグ)」


リリアが横から可愛らしく顔を覗き込んできた。


「聞いてますぅ?」

「聞いてるよ……」

「よかった!」

「答えるとは一言も言ってねえ」

「じゃあ、もう一回最初から聞きますね!」

「なんでだよぉぉぉッ!!」


一歩後ろに控え、影のように立っていたマクシミリアンが、静かに口を開いた。


「殿下」

「なんだよマック……」

「場所を移されますか」

「おお……! それだ! それがいい! 避難だ!」

「えっ、どこ行くんですかぁ?」


リリアが即座に万能の反応を見せた。


「なんでお前も一緒について来る前提なんだよ!?」

「違うんですか?」

「違うよ!! 100%別行動だよ!!」

「じゃあ私もついて行きますね!」

「論理構造が同じじゃねえかバカ野郎ッ!!」


――その時であった。


騒がしかった平民食堂の入口付近が、にわかにザワザワと妙な緊張感に包まれた。

わっと人の流れが左右へ割れていく。


本来、貴族用の豪勢な食堂へ行くべき貴族生徒が、こんな泥臭い平民用の食堂に足を踏み入れることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。


ルクレインの手が、ピクッと止まった。


(………………)


嫌な予感しかしない。

冷や汗が背中を流れる。


見ない。

絶対に見ない。

黒パンの断面だけを凝視する。


俺は今、黒パンとスープしか存在しない無菌室の世界にいるのだ。


「見つけましたわ……ルクレイン様♡」


食堂中に響き渡る、あまりにも美しく、そしてあまりにも重厚で深すぎる愛に満ちた声がした。


ルクレインはゆっくりと目を閉じた。


(……終わった……俺の学園スローライフ、初日の昼休みで完全終了だ……)


人混みを割って歩いてくるのは――金髪を輝かせた婚約者ロザリア・リンデール。

その一歩後ろには、無表情な従者のメイが静かに付き従っていた。


(((正妻(ヤンデレ)VS メインヒロイン(即落ち)、平民食堂にて開戦――ッ!!)))


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