第48章 ヒロイン遭遇
入学式が終わった。
新入生たちは、それぞれ指定された教室へと移動を始め、大講堂からワラワラとハケていく。
ルクレインが振り分けられたのは、特別選抜クラス・A組。
入学試験で頭のおかしい超優秀な成績を収めた者だけが集められる、学園最高峰にして最難関のエリートクラスである。
当然、首席(150点)のルクレインも、その筆頭として組み込まれていた。
(……冗談じゃねえぞマジで)
入学式では、ただの「まあ……みんなで頑張ろう。以上」というやる気ゼロの一言挨拶が、なぜか「無駄を極限まで削ぎ落とした王者の名演説」として勝手に変換され、全員から涙ながらのスタンディングオベーションを食らうという悪夢を味わったばかりだ。
これ以上、人目の集まる場所に出て注目を浴びるなど、命が幾つあっても足りない!
しかも、この後に教室へ行けば「担任の挨拶」やら「自己紹介タイム」やらが待ち構えているらしい。
(自己紹介なんかしてみろ! 何を言っても『さすがはルクレイン殿下!』って深読みされてドツボにハマるに決まってんだろ!!)
ならば、導き出される答えはただ一つ。
(サボろう。速攻でトンズラだ)
ルクレインは、ゾロゾロと移動する生徒たちの波から、すささっと忍び足で脱出!
付き従おうとする超有能従者マクシミリアンには「ちょっとトイレ(大)」と適当な嘘を吐いて、別行動に成功。
目指すは、人っこ一人いない静寂のスポット――校舎裏の物陰である。
(とりあえず、昼飯は食いたいからな。昼までここで寝て、時間を潰すとするか)
壁に背中を預け、フッと安堵のため息をつきながら、ルクレインは前世のゲーム知識を反芻した。
この学園生活において、最も警戒すべき危険人物。
それこそが、メインヒロインの『リリア・デイジー』であった。
平民出身の貧しい身分でありながら、持ち前の特異な才能で学園へと特待入学してきた少女。
本来のゲームシナリオでは、高慢な貴族令嬢である婚約者ロザリアから凄惨ないじめを受け、そこへ主人公であるルクレインが颯爽と助けに入る。
それをきっかけに二人は急接近し、やがて彼女を中心に勇者パーティーの仲間たちが次々と集まり始めるのだ。
(でもな……ロザリアはもう改心(※ただの重度ヤンデレ化)したからな!)
あの王城での事件以来、ロザリアの矢印は1000%ルクレイン一人へと固定されている。
リリアをいじめるヒマなどミジンコほどもないはずだ。
(つまり! 俺がリリアと関わる正史のイベント理由は、この世界から完全に消滅したってことだ!!)
それでも、ルクレインは最大の警戒をもって行動するつもりだった。
――直後。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
曲がり角から弾丸のごとく飛び出してきた誰かと、真正面からドカンと大激突!!
宙を舞う何冊もの教科書! 石畳の上に豪快に尻もちをつく少女!
「いたた……」
「悪い、大丈夫か?」
「は、はいっ! ごめんなさい! 私がちゃんと前を見ていなくて――」
少女がハッと顔を上げた。
ふわりと揺れる柔らかなピンク色の髪。長い睫毛に彩られた大きな瞳、白く透き通るような肌。
絵画から飛び出してきたかのような、破壊的レベルの可憐な美少女。
ルクレインの脳内で、サイレンがアホほど大音量で鳴り響いた!
((((((((((((リリア・デイジーだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!))))))))))))
心臓が止まるどころか、肺と腎臓まで一瞬で機能を停止した!!
ゲーム『アステリア・クロニクル』の絶対的メインヒロイン!
勇者パーティーの中核! 魔王決戦まで付き合わされるデスフラグの塊!
関わったら即・勇者就任!! 絶対に関わってはいけない人間界の兵器!!
(なんでだよおおおおおッ!? なんでここにいるんだよバカぁぁぁぁッ!?)
冷や汗が滝のように全身から吹き出す!
ついさっき! わずか五秒前に「リリアとは関わらない」と心に誓ったばかりだぞ!?
ロザリアはいじめない! イベントも起きない! 俺が助ける理由もない!
(俺から逃げてんのに、なんで向こうからミサイルみたいに物理でぶつかってくるんだよおおおおおッ!!??)
フラグの物理的引き寄せ能力が狂っている!
(危険! 危険! 警報発令! こいつと親しくなったらパーティー結成! 結成したら勇者覚醒! 魔王とバトルで俺即死!!)
「あの……?」
ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせるリリア。超絶可愛い。天使。
だが、今のルクレインには魔王軍総攻撃の宣戦布告より10000倍恐ろしい!
(落ち着け俺! 事故だ! ただの物損事故だ! まだ名前も名乗ってねえ!)
ルクレインはガタガタ震える膝を必死で抑え、表情を鉄仮面のごとく引き締めると、大マジな真顔で言い放った。
「人違いです」
「……え?」
少女がポカンと目を丸くした。
ルクレインはコンマ0秒の超高速で踵を返し、音速でダッシュしようとした!
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「急いでるんで!!」
「でも、思いっきり正面衝突しましたよね!?」
「気のせいだ! 衝撃の残像だ!」
「そんなわけないですよ!?」
関わるな! 逃げろ! 影になれ!
必死で自分に言い聞かせ、足早に立ち去ろうとした――その瞬間であった。
ヒュッ……ポトン。
石畳に散らばった本の一冊がコロコロと転がり、ゆるやかな傾斜を滑って小さな水たまりへダイブしようとしていた!
――ッ!!
身体が! 勝手に! 動いたァァァッ!!
サッ!!
水たまりへ落ちる寸前、ルクレインの手が驚異的な超反応で本をひょいとキャッチしていた。
(((((しまったぁぁぁぁぁぁぁッ!! 何やってんだ俺のバカ身体ぇぇぇッ!!)))))
前世の「困っている美少女を反射で助けてしまうゲーマー特有の悲しき習性」が暴走した!
だがキャッチしてしまった以上、水たまりに投げ捨てるわけにもいかない!
ルクレインは死んでも目を合わせまいと、あさっての方向(校舎の屋根あたり)を向いたまま、本をぐいぐい突き出した。
「……ほら」
「え?」
「ほらっ!! 持ってけ!!」
半ば脅すように、胸元へ本をバシッと押し付ける!
「あ、ありがとうございます!」
リリアは慌てて両手で受け取り、目の前の少年を見上げた。
寝癖ボサボサの金髪、だらしなく崩した制服。
こちらを見ようともせず、なぜか苦虫を100匹噛み潰したような顔で天を仰いでいる。
リリアはふと不思議に思った。
今まで、男の子たちはみんな親切にしてくれた。頼んでもいないのに荷物を持ったり、鼻の下を伸ばして話しかけてきたり。下心を隠そうともしない者ばかりだった。
だが、目の前の少年は違う。
本をわざわざ拾ってくれたのに、感謝されることすら激しく迷惑そうに嫌がっているのだ!
リリアの口元に、ぽっと可憐な笑みが浮かんだ。
「優しいんですね!」
(((((違う! 違うぞ! 親切心じゃねえ! 反射だ! 脊髄反射だ!!)))))
声に出せない悲鳴を噛み殺し、ルクレインはますます顔を背けてズカズカ歩き出した。
今度こそ振り返らない! 絶対に!!
「あのっ!」
(頼むから追ってくんな! 影の薄いモブ平民として生きていかせてくれ!)
背中を向けたまま、不機嫌MAXの声で答える。
「何だよ!」
「あの、本当にありがとうございました! お名前だけでも教えていただけませんか!?」
ルクレインは舌打ちしそうになった。
(名前!? 教えるわけねえだろ! 「ルクレインです」なんて言った瞬間に『まあ、噂の第二王子様!?』ってなってイベント大進行だわ!)
だが、ただ無視するだけでは「ツンデレ」と勘違いされて付きまとわれる可能性がある。
ここは一発、女子が一番傷つく『最低最悪の暴言』を叩き込んで、完全に嫌われなければならない!
ルクレインはバッと振り返り、顔面を凶悪なヤンキーのごとく歪めた!
「なあ、お前さぁ」
「はい?」
「顔がちょっと可愛いからって、男が誰でもお前に鼻の下伸ばして優しくすると思うなよ?」
「……え?」
「俺はお前のツラなんかミジンコほども興味ねえんだよ! 二度と俺に話しかけてくんな!!」
――ピコンッ。
【スキル《悪口》が発動しました
【☠ HIT】
ゲス顔で言い捨てると、ルクレインは今度こそ爆速でその場を立ち去った!
(よしっ!! 完璧だ!! 最低最悪のクソ男!! これで嫌われた! フラグ即死完了ッ!!)
自分の完璧な暴言に満足し、高笑いしながら走り去るルクレイン。
――しかし。
残されたリリアは、ぽかんとその背中を見つめていた。
確かに、あんな酷い言われ方をしたのは人生で初めてだった。
だが……幼い頃から、男子たちの「優しさ」の裏にある『容姿への下心』に密かに傷つき、疲れ果てていたリリアにとって――。
あの少年は、違った。
自分の顔などどうでもいいと言い放ちながら。
誰よりも素早く、大切な本が汚れるのを防いでくれた。
お礼を言われても一切見返りを求めず、格好つけることもなく、名乗りもせずに走り去っていった。
(……私の顔なんか、どうでもいい)
リリアは胸に抱えた本をぎゅっと抱きしめた。
不思議だった。ひどい暴言を吐かれたはずなのに、嫌な気持ちが1ミリもしない。
むしろ、胸の奥がぽかぽかと温かかった。
(外見なんか関係なく……私が誰であろうと、当たり前に助けてくれたんだ……)
リリアが顔を上げると、もう少年の姿はなかった。
「……変な人」
ぽつりと呟く。
その可憐な口元には、かつてないほどキュンとときめいた甘い笑みが浮かんでいた。
「でも……すっごく、かっこよかったな♡」
フラグを折ろうとするたびに、世界が全力で好感度を爆上げしていく底なし沼。
ルクレインの「絶対ぼっち作戦」は、教室にたどり着く前に、早くも大崩壊を起こしていたのであった!
◆作者からのお願い◆
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