第46章 入学式 (第2部 学園編)
この章から「学園編」です。やっと、書きたかったところにたどりつきました。
ここから怒涛の勢いで話が進みます。
朝。
ルクレインは布団を頭まですっぽりかぶり、完全なる芋虫と化していた。
「行きたくなァァァいッッ!!」
暗い寝室に、魂の底からの絶叫が虚しく響き渡る。
「本日はアカデミアの入学式でございます、ルクレイン様」
ベッドのすぐ横から、冷徹で淡々とした声が返ってきた。
マクシミリアン・レイフォード。通称マック。
背が高く、モデル顔負けのすらりとした体躯。冷酷なまでに端正な顔立ちと、感情を一切映さない氷の瞳。王都の令嬢たちの視線を独占する爆絶美貌の持ち主だが、本人はそんなものにミジンコほどの興味もない。
代わりに、主君からの暴言には狂喜乱舞する――重度の変態M元暗殺者である。
今日も寸分の乱れもない漆黒の従者服を身にまとい、目の前の情けない布団の塊を静かに見下ろしていた。
「知ってるッ!!」
「では、さっさとご支度を」
ルクレインは布団をさらに深くかぶり直し、みのむしスタイルで固まった。
(マジで!! 行きたくない!! 死んでも家から出たくない!!)
(ただの学校ならまだしも、行き先はあのバリオン王立アカデミアなんだぞ!? 原作ゲーム『アステリア・クロニクル』のメインストーリーが怒涛の勢いで動き始める場所……俺にとっちゃ、足を踏み入れた瞬間に詰むレベルの死地! 超・危険地帯!)
ルクレインは布団の中で、前世のゲーム知識を必死に手繰り寄せた。
原作ゲームにおいて、主人公ルクレインは学園へ爽やかに入学。持ち前の圧倒的チート能力で優秀な成績を叩き出し、一瞬で学年のカリスマ的中心人物へと君臨する。
そこで選りすぐりの優秀な仲間を順調に囲い込み。
平民出身のメインヒロイン・リリアと運命的な出会いを果たし。
気づけば六人の勇者パーティーを結成。
学園に隠された《勇者覚醒の大魔法陣》で輝かしい覚醒の儀式を受け、正式な『世界を救う勇者』へと破竹の勢いで就任するのだ。
その後は隣国の共和国と面倒な外交・同盟を結び、世界中に散らばる三本の聖剣を集める命がけの旅へ繰り出し――。
そしてクライマックスには、ラスボス・魔王率いる魔王軍との地獄の最終決戦がドカンと待ち受けている!
「……嫌すぎるだろォォォォッ!!」
ルクレインは布団の中でガタガタと恐怖に身震いした。
(無理無理無理! 俺、まともな攻撃魔法も伝説の剣術スキルも一切持ってねえんだぞ!? あるのは、脳内ファンファーレと共に不条理に発動する《悪口》と《褒める》の謎スキルだけ!! しかも発動条件すらさっぱり分からんときてる!!)
「こんな欠陥仕様で世界救えとか、サービス終了レベルの無理ゲーにもほどがあるだろ!!」
「殿下? どなたとお話しで?」
「独り言だよ、ほっとけ!!」
思い返せば、あの『不合格ゲット作戦(テストでふざけ倒す)』は見事に大失敗に終わった。
(まさか、あの答案に『150点(特別神聖加点)』なんて意味不明すぎる超高得点をつけられて、首席合格させられるとは……!)
「おのれ運営えええええッ! ゲームのシナリオ修正力を舐めていた……ッ!」
布団の中でギリッと歯ぎしりしながら、ルクレインは生存のための悪魔的IQ対策を急速に練り上げた。
(とにかく!! 勇者にならなければいいんだ!!
そのためには、まず仲間を絶対に作らない!
特に、フラグの塊であるヒロインのリリアには1000%近づかない!!
万が一、バグか何かで勇者パーティーが勝手に揃っちまったとしても、覚醒の大魔法陣には絶対に近寄らない! 踏まない! 跨がない!
共和国にも絶対に行かない! 聖剣探しの旅なんて1ミリも行かない!
魔王なんてもんは、そのへんの血気盛んな強い奴が勝手に倒せばいい!!)
(よし……完璧だ。この鉄壁の【防衛計画】でいく!!)
(これからの二年間。
誰の視界にも入らず、気配を消し、空気のように影薄く過ごす。
そして無事に卒業したら、即座に王位継承権をポイッとドブに捨てて、辺境の超ド田舎に引きこもり、一生ニート生活を送る!!)
これぞ、フラグというフラグを全方位から物理でへし折る絶対防御計画であった!
その時である。
ベッド脇のサイドテーブルに転がされていた短剣が、ガタガタガタッと派手な音を立てて震え出した。
『お主、いつまで情けない格好で寝ておるつもりじゃッ!』
三聖剣の一振り、聖剣アーク。
普段は持ち運びに便利な短剣サイズへと身を縮め、ルクレインの腰元にちゃっかり居座っている老害剣である。
「うるさい、静かにしろ鉄くず」
『若者が尊い学び舎へ赴くことの何が不満なのじゃ! 青春じゃろうが!』
「黙れ、三本目」
『誰が三本目じゃァァァッ!?』
「お前だよ」
『三聖剣に上も下も序列などないわッ!』
「じゃあ三本目って呼ばれても何も問題ないだろ」
『その狂った理屈はおかしいじゃろうがッ!』
アークが鞘の中でキーキーと情けなく激振動する。
『わしは三聖剣の中でも、最も悠久なる歴史を持つ伝説の最古剣ぞ!?』
「要するに一番の老害ってことね。頭コチコチの骨董品」
『貴様ぁぁぁぁぁぁぁッッ!! 聖剣に対する暴言のキレが留まることを知らんぞ!!』
ちなみに、残り二本の聖剣の名は《クイーン》と《ナイト》。
原作ゲームでは、勇者として覚醒した後の過酷な冒険イベントで手に入れることになる超強力な武器だ。
三本すべてが揃った瞬間、魔王討伐ルートの扉がガシャンと開き、怒涛の死闘へと突入する――悪夢のフラグシステム!
(つまり――自分から探しに行きさえしなければ、永久に揃わねえってことだ!)
(向こうから勝手に足生やして歩いてくるわけでもねえしな! 勝ったな!)
『今、絶対に何かろくでもないことを考えたじゃろお主!!』
「別に」
そこへ、マクシミリアンが冷ややかな声でスッと割って入った。
「ルクレイン様。そろそろ本当にお起きにならなければ、入学式に遅刻いたします」
「……遅刻したらどうなる?」
「新入生代表の挨拶に穴が開きます」
「……」
ルクレインの顔が、一瞬で「うげぇぇぇ」と激しく歪んだ。
(そうだった……。あのふざけ倒した答案に『150点』なんて頭の悪い点数を叩きつけられたせいで、俺は「不本意すぎる首席合格者」になっちまったんだ)
しかもアカデミアには、首席合格者が全生徒・全教職員の前で「新入生代表挨拶」をバシッとキメなければならないという、地獄の伝統が存在する。
(……クソがっ! なんで俺が、そんな目立つ場所で大喜利みたいな挨拶しなきゃならんのだ!)
「なあマック……行かなくてもいいか?」
「いけません」
「代わりにマックが俺のフリして挨拶してこいよ。顔がいいからバレねえって」
「私が新入生代表になるわけにはまいりません」
「じゃあ、そのへんの鉄くずに喋らせろ」
『誰がやるかバカ者! 喋る短剣として大騒ぎになるわ!』
「ちっ、使えない役立たずどもめ……」
「ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません(※ご褒美の暴言にうっとり)」
『なぜわしまで巻き添えで謝る必要があるのじゃぁぁッ!?』
「……分かったよ! 行きゃいいんだろ、行けば!!」
ルクレインはヤケクソで布団をバサッと蹴飛ばし、重い腰を上げたのであった。
しばらくして。
ようやく支度を終えたルクレインが、死んだ魚の目で自室からノソノソと姿を現した。
一応、バリオン王立アカデミアの高級感あふれる制服を身につけてはいる。
だが――その着こなしは、目も当てられないほど酷い有様であった。
シャツの襟元はだらしなくヨレヨレ。
ネクタイはわざと斜めに歪ませ。
上着のボタンはたった一箇所しか留めておらず、隙間から下着が丸見え。
ズボンに至っては、召使いがピシッと当てたセンタープレスを、わざわざくしゃくしゃに揉み潰してある。
美しく光り輝くはずの金髪には猛烈な寝癖が残り、あちこちへ爆発するように跳ね狂っていた。
「……殿下」
「何だよ」
「ネクタイが凄まじく曲がっております」
「曲がってるんじゃねえ。曲げてんだよ」
「左様でございますか」
「『だらしなさ』をアピールするための、高度なアバンギャルド・ファッションなの」
「承知いたしました(無駄に納得)」
マクシミリアンはそれ以上、一切口を出さなかった。
ルクレインは、ゲーミングカラー(※前夜の研究結果)に無駄に光る短剣姿のアークを、腰元にガチャガチャと下げた。
『……お主、マジでそのドブネズミのような格好で式典へ行くつもりか』
「悪いかよ」
『王族の威厳ゼロじゃぞ。王子というより、ただの酷い寝坊をしたヤンキー不良学生じゃな』
「フハハハ! 狙い通りだバカめ!!」
『……何?』
「俺は今日から『品格ゼロ・清潔感ゼロ・やる気ゼロ』の最悪な男として、全員からドン引きされて生きていくんだよ! 嫌われれば誰も近づいてこねえ! ぼっちスローライフ確定だ!!」
『いや……その酷い格好と爆発した寝癖は、逆に目立ちまくると思うがの……』
「黙れ、三本目」
ルクレインは両手をズボンのポケットへ突っ込み、背中を盛大に丸めた。
「よし、マック! 爆死しに行くぞ!」
「かしこまりました。お供いたします」
先をのそのそと歩くのは、高級制服をゴミのように着崩し、猫背のガニ股で進む第二王子。
その半歩後ろには、背筋を鋼鉄の槍のごとく伸ばし、寸分の隙もない所作で随行する超絶イケメン従者・マクシミリアン。
そしてルクレインの腰元には、意味不明に明滅する短剣姿の聖剣アーク。
誰がどう見ても「ヤバい奴」にしか見えない男とその一味が、死地に乗り出した。
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