第45章 入学前夜
王城の自室。
ベッドの上に大の字で転がり、ルクレインは死んだ魚の目で天井を睨みつけた。
明日は、王都学園の入学日だった。
「なんでなんだぁぁぁぁ!! なんでこんなことになるんだよぉぉ!!」
机の上には合格証書。部屋はお祝いの花束で埋め尽くされている。
全力で不合格を勝ち取りにいったのに、謎の150点という前代未聞の点数を叩き出し、有無を言わせず学園への入学が決まっていた。
『まあ、諦めることじゃな』
ソファに投げ出された短剣姿のアークが、おもしろそうに言った。
「うるせえよ! 死地なんだよ、あそこは!」
ルクレインはゴロゴロと、芋虫のように身悶えした。
「……勇者パーティー」
『ん?』
「ゲームじゃ、俺は学園で五人の仲間を集めることになる」
『げーむ?』
ルクレインはむくりと起き上がり、指を折りながら嫌な記憶を反芻した。
学園で出会う、一癖も二癖もある五人の異才。
彼らは様々なイベントを経て主人公に惹かれ、やがて強固な絆で結ばれたパーティーを結成する。
ルクレインを含めた六人。
その六人が、学園内に存在する《勇者覚醒の大魔法陣》で覚醒の儀式を受け、正式な勇者パーティーとなる。
そこから王国を離れ、魔王を倒すための地獄の放浪旅に出るのだ。
旅の途中では各地で凄惨な事件に遭遇し、強敵と戦い、アークを含めた三本の聖剣を集め――最後に待ち受けるのが、悪夢の魔王。
「つまりだ!」
ルクレインはニヤリと、悪代官のように口角を吊り上げた。
「学園に入るってことは、その『勇者奴隷ルート』の入口に立つってことなんだよ!」
『何を言っておるのかよくわからんが……お主、勇者になるのか?』
「死んでもならねぇよ! 世界なんか救えるほどの器が俺にあると思うか」
『ないな』
「だろ!」
ルクレインは拳を握った。
「こうなったら、勇者になるための条件を元からすべて潰す! 二重の絶対防衛線だ!」
『ほう』
「第一!」
人差し指をピンと立てる。
「絶対に勇者パーティーを組まない! 仲間を作らず、話しかけられても『あ、どうも』で流して『孤高のぼっち』を貫き通す!」
『ふむ』
「第二!」
中指を立てる。
「万が一、何かのバグでメンバーとやらが勝手に揃っちまったとしても――絶対に《勇者覚醒の大魔法陣》には近づかない! 踏まない! 上を通らない!」
『なるほど』
「この完璧な二本立てだ!! よし、勝てる! 勝てるぞこれ!」
完璧。まさに完璧なリスクマネジメント。
ルクレインはふふんと胸を張った。
だが、回避すべき障害はそれだけではない。
ゲーム本来のルクレインは、学園へ入学すると凄まじい速度で周囲の人間を無自覚に攻略・魅了していくのだ。
王族。容姿端麗。高い戦闘能力。圧倒的なカリスマ性。
気づけば誰からも尊敬され、憧れられ、学園の中心人物となって勝手に勇者に祭り上げられてしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
「友達は作らない!」
『うむ』
「まあ、前世どおりにやってりゃ、友達なんて普通にできねえだろ!」
『そこだけ妙に説得力があるの……』
「絶対に目立たない!」
『うむ』
「絶対に人望を集めない!」
『うむ』
「困ってる奴がいても『へー大変だね』で素通りする!」
『……お主、試験のときもそんなこと言っておらんかったか?』
「今回は違う!!」
『何がじゃ』
「俺は学んだ! 『余計な親切と、かっこいい正論は身を滅ぼす』とな!」
『お主がいつ親切と正論を実行したのじゃ……』
「うるせえ!」
『……お主とおると退屈せんの!』
*
同じ頃――リンデール公爵邸。
「……ふぅ」
ロザリアは自室で明日の入学式の準備を終えると、うっとりと目を閉じた。
「これなら、大丈夫ですわね♡」
満足そうに頷いたロザリアは、机に向かい、引き出しを開けた。
奥から一枚の怪しげな石板を取り出す。
ルクレインの居場所をリアルタイムで追跡する、愛の求導石板(※高性能GPS)。
表面に浮かんだ小さな光は、今この瞬間も王城の自室を示していた。
「今日も、王城にいらっしゃいますのね……うふふ♡」
ロザリアは嬉しそうに、その光を指先でねっとりと撫でまわした。
「もうすぐですわ……もうすぐ、ずっと一緒に学園へ通えますのね……ルクレイン様♡」
しばらく石板を舐めるように眺めたあと、ロザリアはさらに引き出しの奥深くへ手を伸ばした。
「そうですわ♡」
取り出したのは、重厚な装飾箱だった。
机の上へ置き、蓋を開ける。
中に入っていたのは――。
「……」
分厚い。とにかく異常なほど分厚い。
腕輪――と呼ぶには、あまりにも存在感がありすぎる。どう見ても巨大な鋼鉄の手枷、もとい拘束具だった。
母エメラルダ(※元・狂乱の魔女)にねだって特注で作ってもらった逸品である。
内部には強力無比な【絶対捕縛超呪術式】がびっしりと狂おしく刻み込まれ、拘束具の周囲の空間そのものが、どろどろとうごめいていた。
「これを……♡」
ロザリアは至高の宝物のように、両手でそれを持ち上げた。
「ルクレイン様に、どうやって着けていただけばよろしいのでしょうか……うふふ……♡」
ロザリアの脳内は、明日から始まるヤンデレ全開のキャンパスライフ(と愛の拘束構想)で満開になっていた。
*
同じ頃。
メイは自室へ戻り、ようやく小さく息を吐いた。
明日から始まるロザリアの学園生活に備え、制服、教材、身の回りの品、護衛に必要な暗器や煙幕まで、ひと通りの準備は終えている。
「……これで問題ありません」
確認表へ完璧なチェックをつける。あとは明日の入学式を待つだけだ。
メイは椅子の背にもたれ、わずかに肩の力を抜いた。
そして……ふと思った。
ルクレイン殿下が学園へ通う。ということは、当然――あの男も来る。
マクシミリアン・レイフォード。
「……」
無表情な、あまりにも美しい顔が脳裏に浮かぶ。
黒い髪。冷たい目。圧倒的な剣技。戦場でも一切乱れない、静謐な立ち居振る舞い。
「……」
メイの頬が、ほんの少しだけぽっと赤らんだ。
「……はっ!?」
我に返り、ぶんぶんと猛烈に首を振る。
「何を考えているのです、私は!」
別に気になっているわけではない。同じ護衛として、ライバルとして多少意識しているだけだ。そう、それだけ。
ところが――最悪のトラウマ記憶が鮮やかに蘇った。
以前、戦いの中で高く開脚ハイキックを放った時。
マクシミリアンが、何の感情もない冷徹な目で告げたあの言葉。
『……見えてましたよ』
「……っ!?」
メイの身体が完全に硬直した。
そうだ。自分は戦闘になれば、当然また高く蹴る。
学園でマクシミリアンと背中合わせで戦うことになれば、また――。
「……見える……?」
メイはぽつりと呟いた。
しばらく沈黙。
「……どうせ見られてしまうのであれば……!」
メイは至って真剣な顔になった。
「少しでも……印象の悪くない、エレガントなものを……!」
「……せめて、マクシミリアンの好きな色でも分かれば……!」
(赤。黒。純白……いや、奴の捻じれた性格なら紫が正解か……)
頭の中に、勝負下着のバリエーションが次々と浮かんでいく。
「……形は、どんなものが……!」
大真面目にそう呟いた、その瞬間。
机の上に、見覚えのない一通の高級封筒があることに気づいた。
「……?」
メイの眉が寄る。こんなものは、さっきまで絶対になかった。
「……いつの間に……」
差出人を見た瞬間、メイの顔からさあっと血の気が引いた。
差出人――エメラルダ・リンデール。
メイはガクガクと指を震わせながら封を開き、中身を確認した。
『メイへ
学園でも、ロザリアのことをよろしくお願いしますね。
P.S. 下着のチョイスも含めて、常に採点は継続しています』
「………………ッッ!!!!」
メイは石のように固まった。
赤。黒。その他もろもろ。
ついさっきまで頭の中を賑やかに彩っていた乙女の色という色が、絶対的な『お義母様からの死の通告』によって、一瞬で真っ白に吹き飛ばされたのだった。
*
王城。
マクシミリアンは、自室の暗闇の中で剣の手入れをしていた。
妖刀《焔》。
刀身を拭き上げ、刃の鋭利さを確かめ、鞘へ戻す。
明日、ルクレインは王都学園の入学式に臨む。当然、自分も影となり日向となって付き従う。
「学園……」
マクシミリアンにとって、学園生活そのものに興味はない。
友人。青春。恋愛。どうでもいい、ゴミ同然だ。
重要なのはただ一つ。ルクレインのそばに留まること。
そして。
学園へ入れば、また新たな事件やトラブルが頻発するだろう。
殿下のお役に立つ機会も、飛躍的に増えるはずだ。
そうなれば――。
ルクレインから浴びせられた、数々の至高のご褒美(悪口)が脳裏に蘇る。
『触んな。汚えんだよ、このクソ従者』
『気安く呼ぶんじゃねえよ』
『見るな』
「……フフッ……クックック……」
マクシミリアンの口元が、じわじわと気味が悪いくらいに緩んだ。
普段ほとんど表情を変えない冷血漢が、うっとりと、心底幸せそうな恍惚の表情を浮かべている。
「殿下から……汚物を見るような冷たい目で見つめられ、また最高のご褒美を賜ることができる……っ」
忠誠心の方向性が、修復不可能なレベルまで狂い咲いていた。
*
第一王子リクターの執務室。
夜も深いというのに、机の上には何枚もの羊皮紙と全土の地図が広げられていた。
その一番上。表題には堂々とこう書かれている。
――《第二王子ルクレインを王に据えるための国家改造計画書(案)》。
組織図や役割分担、資金や情報の流れ、貴族派閥の買収と切り崩しなどが、恐ろしい精度で細かく書き込まれていた。
「……ここは法務省の派閥を脅迫――いや、内応させた方が確実か」
リクターは真剣な顔で線を引き直す。
書いて。消して。また書き直す。
大マジだった。
その光景を、少し後ろに立つ近衛騎士ゾランが白目で眺めていた。
「……殿下」
「なんだ」
「何をなさっているのですか?」
ゾランが肩越しに机の上を覗き込む。
「……第二王子ルクレインを王に据えるための計画書」
「そうだ」
「……そのまんまですね」
「分かりやすいだろう」
「まあ……分かりやすいですけど」
ゾランは紙の束へ目を落とした。
「しかし、ずいぶん本格的ですね」
「当然だ」
リクターは即答する。
「ルクレインが学園を卒業するまでに、裏の基盤をすべて完璧に準備しておく」
「本気なんですね」
「当たり前だ。あいつが卒業した時には、王位継承順位第一位をあいつに譲る。資金、人脈、暗部組織……すべての権限をな」
ゾランは頭を抱えた。
「俺から言わせてもらうとですね……ルクレイン殿下って、本当に殿下が思ってるような『深謀遠慮の神聖な英傑』なんですかね」
ピキッ。
リクターの手が止まった。室内の温度が極低温まで急降下する。
「ゾラン」
リクターが冷酷な目で睨みつける。
「いくら長年の側近であるお前でも……ルクレインを悪く言うことは許さんぞ」
「へいへい、了解です」
ゾランはぼそりと呟き、肩をすくめて深く溜息をついた。
これ以上言うと本気で処刑されそうだったので、黙ることにした。
そして――この時リクターが作り始めた小さな秘密組織こそが。
後に《ミルク(MILK=Make It Luclein King)》と呼ばれ、王国の裏側に巨大な影響力を持つ闇の国家組織へと成長していくことになるのだった。
*
『ふぬぬぬぬぬ……!!』
ルクレインの部屋。
「……何やってんだ、お前」
『静かにせい! 今、集中しておるのじゃ!』
机の上で、短剣姿のアークがガタガタと打ち震えていた。
次の瞬間。刃が、ぱっと鮮烈な赤に光る。
『赤!』
『青!』
『緑!』
『金!』
『紫!』
「……」
ルクレインは引きつった顔でそれを見ていた。
「完全に味しめてんじゃねえか」
『何を言うか!』
「舞踏会のあれだよ!」
『あれは実に楽しかったからの!』
「聖剣が言う台詞じゃねえだろ!」
『学園でも、またあの「戦舞」とやらを披露する機会があるやもしれんからの!』
「絶対やらねえよ!」
『分からんぞ! その時に備えて、光り方を研究しておるのじゃ!』
「備えなくていい!」
『次は七色ゲーミングレインボーじゃ!』
「やめろ!」
『もっと激しく輝けるようにしておかねばな!』
「お前、何しに学園行くつもりだよ!!」
アークは得意げに、刃をぴかっとゲーミング色に光らせた。
すっかり、ルクレイン専用ペンライト(サイリウム)としてのアイデンティティに目覚めていた。
*
夜が更けた。
ルクレインはベッドへ潜り込む。
勇者パーティーは組まない。
大魔法陣には絶対に入らない。
学園では絶対に目立たない。
ルクレインは不安を押し隠すように布団をかぶった。
勇者になんかならない。学園の人気者にもならない。
面倒な波乱万丈の物語なんて、絶対に突っぱねてやる。
――フラグを全力でバッキバキに折り砕くつもりのルクレインは、秒で爆睡したのだった。
第1部 「王国編」 完
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