第43章 合格発表
入学試験から数日後。
今日は、バリオン王立アカデミアの合格発表日だった。
「絶対落ちてる。1000%不合格だ。俺は勝った」
王城の自室で、ルクレインは腕を組み、ドヤ顔で言い切った。
『本当かのう。フラグにしか聞こえんのじゃが』
「本当だ。自信しかない」
『なら、わしにもその無惨な不合格とやらを確認させろ』
「いいぜ。拝みに来いよ」
『よし』
「俺の完璧な不合格を見せてやる」
『不合格を自慢する王子など初めて見たわ』
「うるせえ」
ルクレインは短剣姿のアークをひっ掴み、腰に下げた。
バリオン王立アカデミア。
王国最高峰の高等教育機関。
基本的に十八歳で入学し、修学期間は二年間。
学科は《騎士科》《普通科》《魔法科》の三つに分かれている。
特徴的なのは、貴族だけの学院ではないということだった。
入学試験を突破する実力さえあれば、平民にも広く門戸が開かれている。
優秀な平民に人生を変える機会を与える。
同時に、将来王国を支える貴族と平民を若いうちから交流させ、身分にかかわらず優秀な人材を国家が拾い上げる。
それが、王立アカデミアの基本方針だった。
卒業実績そのものが大きな価値を持ち、騎士、魔術師、官僚、軍人など、王国の中枢へ進む者も多い。
王国中の若者が憧れる場所。
だが! ルクレインにとっては違う!
ここはゲーム『アステリア・クロニクル』において、主人公が覚醒し、勇者パーティーを結成する恐怖のデスフラグ地帯!
絶対に入りたくない、近づきたくもない、関わりたくもない呪いのエリアなのだ!
*
アカデミアへ向かう馬車の中。
向かいには超有能(かつ重度の変態M)従者のマクシミリアン。腰には老害聖剣アーク。
ルクレインは人目を避けるため、装飾ゼロ、刺繍ゼロ、宝飾品ゼロの、そこらへんの素朴な町人風ファッションに身を包んでいた。
「マック」
「はい、ルクレイン様」
「学院の前には停めるなよ」
「承知しております」
「かなり手前でいいからな」
「王家の馬車だと分からない程度に、でございますね」
「そう。それ」
合格発表の日に王家の紋章入り豪華馬車で乗りつけるなど、自爆行為以外の何物でもない。目立ったら即終了だ。
やがて、馬車はアカデミアから遠く離れた寂れた裏通りでストップした。
「よし、ここでいい」
ルクレインが降り、マクシミリアンが後に続く。
広場へ向かって歩き出すと、周囲には緊張で青ざめた受験生たちが増えてきた。
そんな中、ルクレインだけは徹底した「潜入工作員」の動きを見せていた。
大通りの真ん中は歩かない。壁際ギリギリ。建物の陰。
橋を渡る時は欄干に張り付き、顔を両手で覆って伏せる。
前から人が来れば、すささっとマクシミリアンの背中に完全隠蔽!
「……殿下」
「なんだ」
「そこまでなさらずとも、堂々と歩かれてはいかがでしょうか」
ルクレインは即座に振り返り、声を殺してブチ切れた。
「馬鹿野郎!!」
「……」
「ここで目立ってどうすんだよ! 王子が不合格確認しに来たなんてバレたら、有象無象が集まってくるだろ! 今日はコッソリ結果だけ見て『やーい不合格!』って喜んで速攻で家で寝るんだよ! 人とかかわりたくないんだよ!」
『相変わらず逃亡スキルだけはプロ級じゃのう』
「うるせえ!」
忍び足でコソコソと歩く王子と、その後ろを異様な威圧感と美貌で堂々と歩くクソ従者。シュールな二人が、ついに正門前の広場へと到達した。
*
王立アカデミアの正門をくぐると、正面広場にはすでに大勢の受験生が集まっていた。
その中心。
ひときわ目立つ場所に、大きな掲示板が設置されている。
「……フフフ、来たな」
ルクレインは人混みの後方から、ニヤリと死神の笑みを浮かべた。
合格者の名前が成績順に並べられている。
だが、ルクレインには圧倒的な勝算(不合格への確信)があった。
あの回答で点数がつくわけがない。白紙による再試験を回避し、完璧にふざけ倒した『なめプ答案』を提出したのだから!
(当然、見る場所は決まってる……最下位からだ!!)
ルクレインは掲示板の一番下へ視線を叩きつけた。
――ない。
その上。
――ない。
「……ん?」
さらに上。やはりない。
(よっしゃーーーッ!! 名前がない!! 不合格だぁぁぁッ!!)
一瞬、脳内でファンファーレが鳴り響いた!
(やったぞ! 入学失敗! 学園編回避! 死亡フラグ叩き折った!! 勝った、俺の完全勝利だーッ!!)
口元がニヤニヤとだらしなく緩みまくる。
『おいルクレイン、まだ上を見ておらんぞ』
「ハッ! 俺のあの不敬答案で上位にいるわけねえだろ!」
『せっかく来たのじゃ、天辺までしっかり確認していけ』
「はいはい、消化試合な」
ルクレインはだるそうに視線を上げていった。
五十位……三十位……二十位……十位。
このあたりから、上位合格者の名前が並び始める。
「……あ」
見覚えのある名前があった。
――ドラン・ゴディヴァール。
(舞踏会で会った、ゲームの勇者パーティー候補の脳筋だ)
さらに上を見る。
――リリア・デイジー。
(げっ! メインヒロイン!!)
そこからは、ゲームで見た主要キャラ、勇者候補たちの名前がずらりと並んでいた。
(……うわ、マジで大集合してんじゃねえか。危ねえ危ねえ、落ちて大正解だわ)
胸を撫で下ろしながら、さらに視線を最頂点へ。
……そして、堂々の第一位!
――ロザリア・リンデール(百点/百点満点)
「……満点かよ! あいつマジで頭の構造どうなってんだ……」
ルクレインが心底引きつつ感心した、まさにその瞬間であった!
後ろの人混みが、突如としてザワザワと激しく割れ始めた!
「……?」
ルクレインが振り返ると、受験生たちがモーセが海を割るがごとく左右へ割れていく。
その中央を、一人の少女が優雅に歩いてきた。
ロザリア・リンデール。
上品で可憐なワンピドレス。陽の光を浴びてキラキラと輝く美しい金髪。
澄み切った緑の瞳、そして目元にちょこんと佇む、凶悪な破壊力を秘めた泣きぼくろ。
(……相変わらず、あの泣きぼくろの威力は反則だろ)
理性が揺らぎそうになるのを必死で耐えるルクレイン。
ロザリアは周囲の「うわぁ、綺麗……」「リンデール公爵家のお嬢様だ!」という騒ぎなどミジンコほども気に留めず、人混みに潜んでいたルクレインを一瞬で捕捉した!
カチッとヤンデレレーダーが反応し、ぱあぁぁっと顔を輝かせる!
「ルクレイン様ぁぁぁ♡♡」
「げぇぇぇっ!?」
一直線に弾丸のごとく猛ダッシュで突進してくる!
そのまま両手を広げ、抱きつかんばかりの勢いで手を伸ばしてきた!
「ちょっ、待っ……!」
ルクレインは間一髪で半歩バック!
「どうなさいましたのぉ?(潤んだ瞳)」
「いや、距離感が狂ってる! 近い近い近い!!」
「まあ……残念ですわ♡」
ロザリアは可愛らしく唇を尖らせたが――時すでに遅し。
「今……ルクレイン様って……?」
「えっ、じゃああの地味な格好の人……」
「第二王子ルクレイン殿下ーーー!?」
「あの方が、あの魔族を粉砕した伝説の第二王子様!?」
「ロザリア様の婚約者様だーーーーッ!!」
(((((バレたぁぁぁぁぁぁぁッ!!)))))
ルクレインの顔面が血の気を失って蒼白になった。
馬車を遠くに隠し、地味な服を着て、壁際を這い、橋の上で顔を伏せてまで守り抜いた俺の隠密努力が!
ロザリアが降臨したせいで、わずか十秒で完膚なきまでに粉砕された!!
(全部台無しじゃねえかこの女ぁぁぁぁッ!!)
ルクレインの内心の絶叫など知る由もなく、ロザリアは幸せそうに微笑んだ。
「ところでルクレイン様♡ 何をご覧になっていましたの?」
「俺の名前だよ! ……でも残念だったな! 落ちたよ! 名前なかったから今すぐ帰るところだ!」
「まあ、お戯れを。落ちてなどおりませんわ♡」
「は?」
「もう少し……『上』をご覧になって?」
「上ぁ?」
ルクレインは怪訝そうに眉をひそめた。
第一位はロザリアで、百点満点の百点だ。それより上など存在するはずが――。
「……ん?」
第一位・ロザリアの名前の、さらに上。
枠外の天井部分に、ひときわ巨大な金色の文字で、不吉な枠がドカンと追加されていた。
【――特別神聖評価(規格外)――】
ルクレイン・アステリア
評価点:百五十点/百点満点
「………………!?」
ルクレインは激しく瞬きをした。
ゴシゴシと目を擦り、三度見した。
【百五十点】
「………………は?????」
ルクレインはロボットのように首をギギギとロザリアへ向けた。
「なあ、ロザリア」
「何ですの、ルクレイン様♡」
「これ……百点満点のテストだよな?」
「百点満点ですわ」
「お前、満点で百点だよな?」
「ええ、満点ですわ♡」
「じゃあ……」
ルクレインは引きつった指で掲示板の天井を指さした。
「この『百点満点で百五十点』って何!? どっから存在しないはずの五十点が湧いて出てきてんだよぉぉぉぉッ!!??」
周囲の受験生たちが一斉に「ひっ……!」と悲鳴をあげて振り返った。
「ルクレイン様、お声が大きいですわ♡」
「声も大きくなるわ! おかしいだろ、算数が崩壊してんだよ!!」
ルクレインは掲示板を狂ったように睨みつける。
何度見ても、燦然と輝く『百五十点』。
「俺、あのボケ倒したふざけきった答案書いたんだぞ!???」
『ふぉっふぉっふぉっ! やはり失敗しておったではないか! お見事じゃ!!』
腰元でアークが爆笑する。
「うるせえええええッ!」
『ふぉーっほっほっほ!』
「笑うな鉄くず! 叩き折るぞ!!」
『誰が鉄くずじゃ!』
だが――この狂気の「百五十点」には、ちゃんと理由があった。
*
数日前。
バリオン王立アカデミア。
入学試験の採点室。
数人の教師たちが。
一枚の答案を囲んでいた。
「……これは」
一人の教師が眉間を押さえる。
答案には。
【第一問:魔法理論における魔力回路の展開式を述べよ】
回答:『知らんけど。フォースと共にあらんことを』
【第二問:アステリア王国建国史における三大戦術について解説せよ】
回答:『それってあなたの感想ですよね? LINEやってます?』
【第三問:情報収集術について論述せよ】
回答:『知るか。ググれ』
意味の分からない回答が並んでいた。
普通なら。
零点。
それで終わる。
だが。
答案の一番上に書かれている名前が問題だった。
――ルクレイン・アステリア。
第二王子。
黒の迷宮から第一王子を救出し。
王城へ潜り込んでいた魔族たちを暴き。
聖剣に認められ。
常識外れの結果を、次々と残してきた王国の麒麟児。
そんな人間が。
王立アカデミアの入学試験で。
何の意味もなく。
こんな回答を書くのだろうか。
「では、この『フォース』とは?」
一人の教師が答案を指した。
別の教師が腕を組む。
「おそらく、未知の魔力概念でしょう」
「未知の魔力概念?」
「『共にあらんことを』と続いている以上、術者の外部に存在する力ではなく、常に術者と共存する何らかの力を指しているのでは?」
「なるほど……」
教師たちの表情が。
次第に真剣になっていく。
「では、こちらの『ググる』は?」
沈黙。
「問題は情報収集術についてです」
一人が口を開く。
「となれば、探索系の術式では?」
「しかし殿下は『知るか。ググれ』としか書かれていないぞ」
「そこです」
「何?」
「つまり――知る必要すらないのでは?」
「……どういう意味だ?」
「術者自身が知識を持つ必要がない。必要になった瞬間に、『ググる』ことで情報を取り出せる」
「……!」
「そういう術式なのではないでしょうか」
教師たちが顔を見合わせる。
「まさか……遠隔地に存在する知識まで?」
「それどころか」
一人の教師が、ごくりと喉を鳴らした。
「世界中に存在する情報そのものへ接続できる術式なのかもしれません」
「そんな魔法が……」
空気が変わった。
そして。
「しかし」
別の教師が答案の隅を指した。
「問題はこれだ」
そこには。
文字と記号だけで描かれた。
奇妙な図形があった。
∧_∧
( ´・ω・)
( つ旦O
と_)_)
「…………」
「…………」
長い沈黙。
「これは……何だ?」
「分かりません」
「獣人……でしょうか」
「何か持っているな」
「杯?」
また。
沈黙。
そして。
一人の教師が、はっと息を呑んだ。
「まさか……」
「どうした?」
「これが『フォース』なのでは?」
「……何?」
全員が答案へ顔を近づけた。
「この獣人が?」
「いや。『フォース』を行使する者を図示しているのかもしれません」
「では、この杯は?」
「……魔力を蓄える器?」
「待ってください」
別の教師が。
『知るか。ググれ』
という一文と。
謎の図形を交互に見た。
「これそのものが、『ググる』ための術式図という可能性は?」
「……!」
教師たちが一斉に息を呑む。
「文字と記号だけで構成されている……」
「既存の魔法陣とは根本から思想が違う」
「この二つの三角形は?」
「魔力を集束させる器官かもしれん」
「では、この『旦』は?」
「……」
「魔力炉?」
「あり得る」
「写しを取れ」
「え?」
「全員で解析する。この配列にも必ず意味があるはずだ」
こうして。
ルクレインが暇つぶしに描いた落書きを前に。
王国でも有数の魔法学者たちによる。
本気の解析が始まった。
もちろん。
意味などない。
「……待て」
その時。
最年長の教授が静かに口を開いた。
「我々が知らないからといって、存在しないとは限らん」
教師たちが黙る。
老教授は答案へ目を落とした。
「ルクレイン殿下ほどの人物が、入学試験で意味のないことを書くはずがない」
「……」
「理解できないのは、殿下ではない」
一拍。
「我々の方だ」
教師たちの表情が引き締まる。
「我々の学識が、殿下に追いついていないのだ」
「……なるほど」
「確かに……」
誰か一人くらい。
違うと言えばよかった。
だが。
誰も言わなかった。
結果。
通常評価――百点。
独創性――二十点。
未知の魔法理論――二十点。
将来的な魔法学への貢献――十点。
合計。
百五十点。
*
こうして。
ルクレインの学院入学が決定した。
しかも――ぶっちぎりの首席合格で!
アスキーアートがちゃんと表示できているかちょっと心配です。
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