第4話 謁見
謁見の間へ向かう豪奢な廊下を歩きながら、ルク(黒田律)はずっと頭を抱えていた。
水害。
北部グラント地方で川が激しく氾濫したらしい。
それについて、国王をはじめ、国の中枢を担う重臣たちが、弱冠十八歳の第二王子である自分の「お言葉」を今か今かと待ち望んでいるという。
「……知るわけねえだろ、そんな田舎の川の事情なんて」
「殿下?」
「独り言だよ」
隣を歩くマックが怪訝そうに首を傾げた。
ルクはチッと小さく舌打ちする。
ゲーム『アステリア・クロニクル』のストーリーなら熟知している。
バトルやメインシナリオのことなら、空で言えるほどだ。
だが――『北部の川が氾濫しました。どのような治水・復興指示を出しましょうか?』
知らん!!
ゲームにそんな地味すぎる内政シミュレーション要素なんてなかっただろ!!
「なあ、マック」
「はい」
「俺って今まで、こういう内政の相談も全部答えてたの?」
「もちろんでございます」
「……全部?」
「ほぼすべてにおいて、完璧なご指示を下されております」
「……マジで?」
マックはごく当然のことのように頷いた。
「殿下には《未来視》の権能がございますから」
「……あ」
ルクは一瞬、足を止めかけた。
(あ……そういや、こいつ(原作主人公)持ってたわ……未来視)
主人公ルクレインが保持する超高位チートスキルの一つ。
未来に起こる出来事を断片的な映像として読み取ることができる、文字通りの反則能力だ。
「二年前、全土を襲った大干ばつでは、殿下が三日後の降雨地点を完璧に予測されました」
「へえ……」
「東部の貯水池を即座に開放し、新たに水路を引くよう進言されたことで、三つの領地と数十万の民が救われております」
「…………」
「昨年猛威を振るった未知の疫病におきましても、発症者が増える前に感染地域を未来視でピンポイントに特定され、迅速な封鎖と治療薬の配備を指示されたことで被害を最小限に――」
「あーもういい、もういい!」
ルクは面倒くさそうに片手をヒラヒラと振った。
聞けば聞くほど、胃が痛くなってくる。
何か問題が起こればルクレインに聞く。
ルクレインが未来視で完璧な正解を提示する。
周囲はその通りに動けば100%大成功する。
……どうやら、このアステリア王国ではそれが「当たり前の日常」になっているらしい。
「なあ」
「はい」
「俺がいなかったら、この国の偉い奴らってどうしてんの? ボサッと突っ立ってるだけ?」
「……殿下という絶対の英知がいらっしゃいますので、そのようなこと、考えたことすらございません」
「……あかん」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
ルクは心底呆れたように大きなため息をついた。
まずい。
非常に、猛烈にまずいぞこれ!
前のルクレインが優秀すぎる聖人君子だったせいで、周囲の大人たちが完全に依存しきっている。
だが今、この身体の中身は引きこもり・黒田律なのだ。
未来視なんてない。
国政や復興予算の組み方なんて、もっと分からない。
こんなスカスカな状態で頼られ続ければ、遅かれ早かれボロが出るのは目に見えている。
「…………」
だったら――。
その前に、自分から全力で嫌われればいいのでは……!?
国王にも。
重臣の貴族たちにも。
城の臣下たちにも。
片っ端から最悪の悪口を叩き込んで、「あの第二王子、急に性格が破綻して終わったな」と思わせるのだ!
幸いにも、人に嫌われることに関してはプロフェッショナルだ。
前の世界では、何もしていなくても勝手に人が離れていくレベルの嫌われ才能を発揮していた。
そうやって評価をドン底まで叩き落とせば、そのうち「こんな愚かな王子に国政を任せられるか!」と第二王子としての権限を根こそぎ剥奪されるはずだ。
面倒な政治会議にも二度と呼ばれなくなる。
うまくいけば、王都を追放されてどこか平和な田舎の領地にでも放り出されるかもしれない。
小さな屋敷をあてがわれて引きこもる。
毎日美味しい飯は勝手に出てくる。
働かなくていい。
魔王討伐も国家運営も、全部ほかの真面目な誰かに丸投げする。
「……最高すぎるだろ、そのニートプラン……!」
「殿下?」
「なんでもねえよ」
ルクの口元が、ニヤリと吊り上がった。
「まずは……手始めにあの親父からだ」
「……陛下でございます」
「もういいよ面倒くさい。親父で」
「よくありません」
『わしもマックと同意見だぞ。国王陛下に対して無礼が過ぎる』
腰の短剣アークまで、小賢しく口を挟んできた。
「三本目は黙ってろ」
『三本目と呼ぶなと言っておろうがぁぁ!』
ピコンッ!
【☠ HIT】
「お、また出た」
『ぐぬぬ……! なぜわしにばかり当たりが強いのだ……!』
そんな不毛なやり取りをしているうちに、一歩前に出たマックがピタリと足を止めた。
「ルクレイン殿下。到着いたしました」
ルクの目の前に、城の中でも群を抜いて巨大で荘厳な装飾が施された両開きの扉がそびえ立っていた。
「……なあ、今からお腹痛いフリして帰っていい?」
「いけません」
「即答すんなよ」
重厚な扉が、低く軋む音を立てて左右に開かれていく。
扉の向こうには、高い天井と巨大な石柱に囲まれた、息をのむほど広大な『謁見の間』が広がっていた。
正面の一段高くなった黄金の壇上には、国王アルヴァリオンと王妃セレスティアが並んで豪華な玉座に腰掛けている。
そして、そのすぐ脇にはもう一人。
無駄に派手なドレスに身を包んだ、美しくもどこか意地の悪そうな女性が立っていた。
「……あ」
ルクのゲーマーとしての記憶が、即座に反応した。
――側妃ウェンディ。
(あー……そういや、こんなババアもいたな)
原作ゲームでは、王家の内部で泥沼の派閥争いが繰り広げられていたのだ。
(側妃の派閥もあったな)
この時点ですでにそのドロドロした権力闘争は始まっているらしい。
(だから、こういう公式な場にもしゃしゃり出てきてアピールしてんのか。ウザ)
ルクは一人で勝手に納得した。
壇下の右手には、国を動かす三人の重臣たちが威厳を漂わせて並んでいる。
白い髭をたくわえた厳格そうな老人――宰相ロッテル・アルディアス。
ロマンスグレーの髪に金縁眼鏡をかけた、恰幅のいい男――財務長モス・グランフェル。
そして、身体中に傷跡を持つ強面の剣士――騎士団長ケンタ・ヴァルグレイン。
全員が、待ち望んでいた救世主を見るような熱い視線でルクを見つめていた。
(うわぁ……偉そうな奴らが勢揃いしてんな。胃が痛ぇ……)
ルクは溜息を呑み込むと、そのまま歩き出した。
スタスタスタ。
「……ん?」
宰相ロッテルの眉根が不審そうに動いた。
財務長モスがパチパチと目を瞬く。
騎士団長ケンタも、違和感を覚えて目を細めた。
本来なら、国王の御前に出た者はしかるべき位置で足を止め、貴族の礼を取るのが絶対の作法だ。
少なくとも昨日までのルクレインであれば、臣下たちの模範となる完璧な所作で礼をして見せたはずだった。
だが、今のルクにそんな面倒な作法や知識などあるはずがない。
仮にあったとしても、絶対にやらない。
ルクは所定の停止位置を豪快にオーバーし、壇上の目と鼻の先まで歩いていき、ようやく足を止めた。
「…………」
謁見の間全体に、ピンと張り詰めた、なんとも言えない不穏な沈黙が落ちた。
後ろから慌ててついてきたマックが、こめかみを指で押さえながら、絞り出すような低い声で囁いた。
「ルクレイン殿下……」
「あん?」
「……まず、陛下にご挨拶を……」
「ああ、挨拶ね」
ルクはだるそうに首の後ろを掻きながら、玉座に座る国王をじろじろと見上げた。
「どうもー」
「………………」
今度こそ、謁見の間の時間が完全に停止した。




