祝勝舞踏会
王都は朝から、祭りのような騒ぎに包まれていた。
第一王子リクター・アステリアの無事な帰還。
第二王子ルクレイン・アステリアの救出。
そして、王城内部にまで潜り込んでいた魔族を摘発した王城浄化作戦の成功。
一連の騒動がようやく一区切りついたことで、大通りには王家の紋章を染め抜いた旗が掲げられ、建物と建物の間には色鮮やかな飾り布が渡されている。
広場には屋台が並び、肉を焼く香ばしい匂いが漂い、酒場では昼間から杯が鳴っていた。
「第一王子殿下が戻られたぞ!」
「第二王子殿下もご無事だ!」
「王城に潜んでた魔族まで追い出したらしい!」
王都中が祝勝ムードに沸いていた。
そして夜。
王城では、その締めくくりとして王家主催の大規模な祝勝舞踏会が開かれることになった。
――のだが。
「行きたくねえ」
ルクレインは、自室の鏡の前で死んだ魚のような目をしていた。
今夜のために用意された王族用の正装。
濃紺を基調とした上着には銀糸の刺繍が入り、胸元には王家の紋章。
首元はきっちりと締められ、普段履き慣れない硬い靴まで履かされている。
「首苦しい」
「我慢してください」
「靴硬い」
「我慢してください」
「腹減った」
「会場に料理がございます」
「ケータリングしてくれよ」
「ケータ……何です?」
ルクレインは盛大にため息をついた。
「王子って、なんでこんな面倒くせえんだよ……」
ぶつぶつ言いながら扉へ向かう。
その時だった。
『おい!』
壁際から声が飛んだ。
『忘れ物じゃ! わしを忘れておるぞ!』
ルクレインが振り返る。
壁に掛けられている短剣姿のアークが、ぶらぶらと揺れていた。
「舞踏会に短剣なんか持っていけるわけねえだろ」
『な、なんじゃと!?』
「武器持って踊る馬鹿がどこにいるんだよ」
『……』
アークが黙った。
しばらくして。
『……わしは武器ではない』
「は?」
『飾りじゃ』
ルクレインは目を細めた。
「お前とうとう自分で飾りって言ったな」
『飾り上等、わしも行きたい!行きたいのじゃ!』
「聖剣としてのプライド、どこに捨ててきたんだよ」
結局、アークは腰の装飾品ということにされ、ルクレインとともに舞踏会へ参加することになった。
◇
王城の横に立つ迎賓館の大広間。
巨大なシャンデリアが煌々と輝き、磨き上げられた床には何百という貴族たちが集まっていた。
楽団の演奏が止まる。
「王族の方々のご入場です」
司会の男が恭しく告げ、ざわめきが静まる。
そして、大階段の上に王家の一族が姿を現した。
国王アルヴァリオン。
その隣には王妃セレスティア。
第一王子リクター。
第二王子ルクレイン。
そして第三王子トーマス。
会場から一斉に視線が注がれる。
リクターは完璧だった。
立ち姿も、表情も、王子として一分の隙もない。
その隣でルクレインだけが、
――帰りてえ。
腰には短剣姿のアーク。
片手をポケットに突っ込み、全身で「この場にいたくありません」とアピールしていた。
王家の一行が階段を下り、壇上へ並ぶ。
アルヴァリオンが前へ出た。
「今宵、こうして皆と喜びを分かち合えることを、王として心から嬉しく思う」
重みのある声が広間に響いた。
「我が国はこの短い間に、幾度となく大きな危機に見舞われた。第一王子リクターの拉致。黒の迷宮。そして、王城内部にまで入り込んでいた魔族たち」
会場の空気が引き締まる。
「フェレリア公爵を名乗っていた者も、すでに本物の公爵ではなかった。魔族がその姿を奪い、我が国の中枢へ入り込んでいたのだ」
貴族たちの間に低いざわめきが走った。
「だが、その魔族はすでに討たれた。そして王城内部に潜んでいた者たちについても、先日の浄化作戦によって大きく排除することができた」
アルヴァリオンは一度言葉を切った。
「また、側妃ウェンディについても、この場で申し伝えておく」
広間が静まった。
「ウェンディは魔族の企みに加担していたわけではない。フェレリア公爵を名乗る魔族に欺かれ、その思惑を利用されたものと判断している」
会場のあちこちで視線が交わされる。
「ゆえに、魔族による陰謀そのものについて、彼女に罪を問うつもりはない」
だが、とアルヴァリオンは続けた。
「王家の一員として異変を見抜けず、結果として混乱の一端を作った責任まで消えるものではない。そのため現在、ウェンディには一定期間の謹慎を命じている。今宵、この場にいないのもそのためだ」
そしてアルヴァリオンは、後方に立つトーマスへ視線を向けた。
「なお、第三王子トーマスについても明言しておく」
幼いトーマスが少し背筋を伸ばす。
「トーマスは今回の件には何ら関与していない。まだ幼く、魔族の企みについて知る立場にもなかった」
アルヴァリオンは広間全体を見渡した。
「母であるウェンディが謹慎となったことを理由に、息子まで責を負わせるつもりはない」
一拍置き、はっきりと言い切る。
「第三王子トーマス・アステリア。王位継承順位第三位。その地位は、これまで通りである」
一瞬の静寂。
やがて貴族たちの間から、感嘆の声が漏れ始めた。
「素晴らしい……」
「さすが陛下だ」
「罪ある者と、罪なき者をきちんと分けておられる」
「賢明なご判断だ」
ざわめきは次第に大きくなり、会場全体が国王の決断を称える空気に包まれていった。
アルヴァリオンは静かに頷いた。
「そして、この危機を乗り越えるために尽力したすべての者へ、王として心から感謝する」
騎士、魔法師、救出部隊。
多くの功労者の名が挙げられていく。
その横でセレスティアは、無事に帰ってきた二人の息子を見ながら、終始嬉しそうに微笑んでいた。
「今宵は難しい話はここまでにしよう。皆、大いに楽しんでほしい」
拍手が起こった。
ところが。
「その前に」
アルヴァリオンが続ける。
「今回、とりわけ大きな功績を挙げた者から、一言ずつ言葉をもらいたい」
嫌な予感がした。
ルクレインの頬が引きつる。
「まずは第一王子リクター――」
「父上」
リクターが口を挟んだ。
「その順番は違うかと」
「む?」
「今回最大の功労者は、私ではありません」
リクターが隣を見る。
ルクレインと目が合った。
「ルクレインです」
「は?」
会場中の視線が一斉に突き刺さった。
「おい」
「行け、ルクレイン」
「なんでだよ」
「お前が先だ」
「いらねえよ、その順番」
小声で抵抗したが、逃げられる空気ではない。
ルクレインは心底嫌そうな顔のまま前へ出た。
何百人もの貴族が自分を見ている。
期待。
尊敬。
好奇心。
全部いらない。
ルクレインは前に立った。
「……ども」
軽く片手を上げる。
そのまま、くるりと後ろを向いた。
そして何事もなかったように元の位置へ戻っていく。
「……え?」
「終わり……?」
「今のでご挨拶なのか……?」
会場に戸惑いのざわめきが広がった。
そんな中。
「か、かっこいい……!」
後ろで、トーマスだけが目をキラッキラに輝かせていた。
――こういう時は、長々と喋らず、すかすのがかっこいいんだ。
トーマスは脳内メモリーにしっかりと刻み込んだ。
ルクレインは元の位置へ戻りながら、トーマスの顔を見た。
トーマスは、じっとルクレインを見つめていた。
「……お前、何て目してんだよ」
そしてリクターの横を通り過ぎる際、小さく呟く。
「……あとは兄貴に譲るよ」
リクターの目がわずかに見開かれた。
自分の功績を誇ることなく、兄である自分を立てる。
そう受け取ったらしい。
リクターはルクレインに向かって軽くうなずくと、前へ出た。
そして、静かに語り始めた。
「今回、我々王家はかつてない危機に直面しました」
会場が再び静まる。
「私自身、敵の手に落ちました。そして王城内部にまで魔族の侵入を許した」
リクターは一度言葉を切った。
「私はこれまで、王たる者は冷徹であるべきだと考えていました」
父である国王を見る。
「過ちを許さず、情に流されず、常に正しい判断を選び続ける。それこそが国を率いる者の姿なのだと」
そして。
「ですが今回、その考えを改めさせられました」
ちらり。
ルクレインを見る。
「……見るな」
ルクレインが小声で呟く。
「人を動かすのは、正しさだけではない」
また見る。
「時に、誰かのために危険へ踏み込み」
「おい」
「時に、愚かに見えるほど真っ直ぐに手を差し伸べる」
「こっち見るなって」
「その姿を見た者たちが、また立ち上がる」
完全にこっちを見ている。
「国を導く者とは――」
リクターは静かに笑った。
「あるいは、そういう男なのかもしれません」
会場の視線がまた全部ルクレインへ向いた。
「おいやめろ」
大きな拍手が巻き起こった。
その横では、セレスティアが二人の息子を見ながら嬉しそうに目を細めている。
拍手の中、ルクレインが後ろを見る。
トーマスは首を縦にガクンガクンと振りながら、手が砕けんばかりに拍手していた。
「お前は何にそんな感動してんだよ……」
◇
王家の挨拶が終わり、一行が広間へ降りていく。
その途端、待ち構えていた貴族たちが、わっと王族の周囲へ集まってきた。
国王アルヴァリオンと王妃セレスティアの周囲には、有力貴族や重臣たちが次々と集まり、その傍らにはトーマスも控えている。
第一王子リクターの周囲にも、同じように挨拶を求める者たちの列ができていた。
そして、そのリクターのすぐ後ろ。
一人の男が、まるで影のように立っていた。
ゾラン。
第一王子付きの護衛剣従者。
確かにそこにいるはずなのに、意識しなければ存在そのものを見落としてしまいそうなほど、気配が薄い。
そんなリクターのもとへ、リンデール公爵がロザリアを伴ってやって来た。
そのさらに後ろには、専属メイドのメイも静かに付き従っている。
「リクター殿下。このたびはご無事で何よりでございました」
「ありがとう、リンデール公爵」
公爵とロザリアがリクターへ挨拶をしている間。
後ろに控えていたゾランの視線が、ふとメイへ向いた。
二人の目が合う。
ゾランが、口の端を吊り上げた。
「よう、姉ちゃん。あん時以来だな」
メイの眉が、ぴくりと動いた。
「メイです」
「ああ、だったな。メイ」
ゾランは悪びれもせず、さらに笑みを深める。
「で、奥様の採点どうだった?」
その瞬間。
メイのこめかみが、びきびきっと引きつった。
「……あなたには関係ありません」
氷のように冷たい声だった。
「こりゃあ、つれねえなぁ」
ゾランは肩をすくめる。
そして。
「ほれ」
親指を、くいっと横へ向けた。
「お目当てのやつも来てるぜ」
「……っ」
見ない。
気にしない。
そう決めていたはずなのに。
メイの視線が、ついそちらへ流れる。
ルクレインの後ろ。
いつもの無表情で立つマクシミリアン。
その横顔を見た瞬間。
メイの耳が、ほんのり赤く染まった。
「な、何を……」
「まあ、頑張んな」
「……殺しますよ」
ゾランが、面白そうに、にやりと笑った。
◇
ルクレインの前にも、あっという間に長い列ができた。
「ルクレイン殿下、このたびのご活躍、まことに――」
「ども」
「第二王子殿下の勇気には感服いたしました」
「ども」
「ぜひ一度、我が領地にも――」
「ども」
三人ほど相手をしたところで、ルクレインの魂はもう半分抜けていた。
「マック」
「はい」
「俺、急に腹痛くなってきた」
「そうですか」
「帰っていい?」
「薬でしたら常備しております」
マクシミリアンが即座に懐から小瓶を取り出した。
「なんで持ってんだよ」
「殿下は腹痛を訴えられることが多いので」
「俺は正露丸じゃないと効かねえんだよ」
「セイロガン……?」
「そこ食いつくな! もういい!」
逃亡計画は一秒で潰された。
そこへ、リクターへの挨拶を終えたリンデール公爵とロザリアがやって来た。
その後ろには、メイも静かに控えている。
ルクレインは思わずロザリアを見る。
淡い色合いの華やかなドレス。
丁寧にまとめられた金色の髪には、小さな宝石が散りばめられている。
潤んだように澄んだ緑の瞳。
そしてロザリアがにっこり笑った瞬間。
目元の小さな泣きぼくろに、ルクレインの視線が釘付けになった。
(……あれ反則だろ)
駄目だ。
意識するな。
(こいつはブス!)
(こいつは丸太!)
(こいつは丸太ブス!)
――駄目だ。
それでも可愛い。
こういう時は、ばあちゃんだ。
ばあちゃんの顔を思い出せ。
……よし、浮かんだ。
縁側で入れ歯を外し、ふがふがと茶をすするばあちゃん。
(……よし、落ち着いた。ありがとう、ばあちゃん)
ルクレインは心の中で、そっと合掌した。
「ルクレイン様?」
その声に顔を上げる。
ロザリアが、すぐ目の前でにっこり笑っていた。
――やっぱり可愛い。
(駄目だ、ばあちゃん!!)
「どうかなさいました?」
「なんでもねえ」
「そうですか?」
ロザリアはさらに嬉しそうに微笑んだ。
「今夜、一番最初のダンスのお相手は、ぜひ私にお願いいたします」
期待に満ちた目で見つめてくる。
ルクレインは一歩引いた。
「なんで引くんですの?」
「いや、なんとなく」
ルクレインはふと、リンデール公爵の隣を見た。
「あれ? ご夫人は?」
「妻でございますか。今は研究室に籠もっております」
「研究室?」
「はい。妻は研究に没頭すると、半年近く出てこないこともございまして」
「半年!?」
「ええ。今回も舞踏会には出席できぬことを詫び、皆様によろしくと申しておりました」
「こんな日まで研究かよ……」
ルクレインが呆れていると、リンデール公爵は穏やかに微笑んだ。
「ですが殿下。私は、いつでも妻と一緒でございます」
「……はい?」
「こちらをご覧ください」
そう言って、リンデール公爵はどこか誇らしげに両袖をまくった。
右腕に三つ。
左腕にも三つ。
合計六つのブレスレットが、ずらりと並んでいる。
増えていた。
細かな魔術式が刻まれ、それぞれがピコ、ピコ、と淡い光を放っている。
ルクレインはしばらく無言で眺めた。
「……手錠?」
「ブレスレットでございます」
「六個も?」
「はい」
リンデール公爵は、一つ目のブレスレットを指差した。
「こちらは位置確認用でございます」
「うっ……GPS!」
「二つ目は、心拍と体温の監視用でございます」
「感情、ダダ漏れ!」
「三つ目は、対女性結界でございます」
「ん? 対女性?」
「浮気防止でございます」
「堂々と言うなよ……」
「四つ目は、周囲の会話記録用でございます」
「盗聴器!」
「五つ目は、妻が必要と判断した場合の強制帰還用でございます」
「帰還って何だよ!?」
「妻の元へ連れ戻されます」
「首輪!」
「そして六つ目が――」
リンデール公爵が最後の一本へ手を添えた。
「予備でございます」
「予備!?」
「どれか一つが壊れても安心です」
「何の安心だよ!」
ルクレインが思わず一歩引く。
だがリンデール公爵は、まったく気にした様子もなく、六つのブレスレットを愛おしそうに撫でた。
「妻の愛が、たっぷり詰まっております」
その顔は、心底嬉しそうだった。
「……」
ルクレインは、そっともう一歩引いた。
(やばいな、この親父)
「妻は、ロザリアが嫁ぐ際には、たくさん持たせるつもりのようでございます」
「いらねえよ!」
反射的に叫んでから、ルクレインの動きが止まった。
「……待てよ」
自分の腕を見る。
そこには以前、ロザリアから贈られたブレスレットがある。
「……まさかな」
恐る恐るロザリアを見る。
ロザリアは何も言わず。
にっこり。
「……」
ぞくり。
ルクレインの背筋を冷たいものが走った。
「いや待て。これ普通のやつだよな?」
「ふふふ」
ロザリアは楽しそうに笑っていた。
◇
その間、メイは「マクシミリアンなど別に気にしてなどいない」という体で立っていた。
意識しないように背筋をピンと伸ばし、肩に力を込め、表情を完璧に固定する。
結果。
プロの刺客も引くレベルの、謎の威圧感がメイから立ちのぼる。
その姿に、マクシミリアンは心の中で警戒する。
(微動だにしない……! 一体、何を企んでいるのでしょうか……?)
メイはただ、緊張で顔の筋肉が固まっていただけだった。
◇
その後も挨拶は続いた。
「ルクレイン、少しいいか」
今度はリクターが声をかけてきた。
「紹介したい方がいる」
その後ろに立っていたのは、ガーナベル公爵だった。
「こちらはガーナベル公爵。長く私を支持してくださっている方だ」
「ガーナベルです」
公爵は丁寧に一礼した。
「このたびはリクター殿下をお救いいただき、まことにありがとうございました」
「いや、まあ……」
「第二王子殿下ほどの英雄に、こうして直接ご挨拶できるとは光栄です」
「英雄はやめてくれ」
「ご謙遜を」
「謙遜じゃねえんだけど」
ガーナベル公爵が隣へ視線を向けた。
「ガーベラ。殿下にご挨拶しなさい」
その隣から、小さな少女が一歩前へ出た。
年はトーマスと同じくらい。まだ六歳だという。
少し癖のある黒髪はふわりと柔らかく揺れ、そこには小さな可愛らしいリボンがいくつも飾られている。
ぱっちりとした大きな瞳。
小さな鼻に、柔らかな頬。
まるで人形をそのまま動かしたような愛らしい顔立ちだった。
身にまとっているのは、淡いピンク色のドレス。
幼い可愛らしさの中に、公爵令嬢らしい品の良さが漂っている。
「ガーナベル公爵家三女、ガーベラ・ガーナベルと申します。お見知りおきのほど、よろしくお願いいたします」
ガーベラは淡いピンクのドレスの裾を両手でちょこんとつまみ、膝を折って上品にカーテシーをした。
六歳とは思えないほど綺麗な所作だったが、緊張しているのか、頬だけはほんのり赤い。
ルクレインは思わず見つめた。
――妹がいたら、こんな感じなのかな。
「……かわいいな」
【スキル《褒める》が発動しました】
ピコン【♥ HIT】
「……は?」
ガーベラの顔が一瞬で真っ赤になった。
【好感度 ↑↑↑】
「いや待て待て待て!」
ルクレインは慌てて両手を振った。
「違うぞ!? 妹みたいでかわいいって意味だからな!?」
「俺はロリコンじゃねえ!!」
ルクレインは顔を真っ赤にしたまま後ろを振り返る。
少し離れた場所に、王妃とトーマスがいるのが見えた。
「おい、トーマス。こっち」
「はい、兄上!」
「ここにお前と同じくらいの歳の子いるだろ。ちょっと一緒に話してこい」
「分かりました!」
「よし。任せた」
ほとんど押し付けるように、二人を少し離れたところへ送り出した。
◇
幼い二人は、壁際に移動した。
そこで改めて、ガーベラがトーマスへ向き直る。
「ガーナベル公爵家三女、ガーベラ・ガーナベルと申します。お見知りおきのほど、よろしくお願いいたします」
淡いピンクのドレスの裾をちょこんとつまみ、もう一度きれいなカーテシー。
それを正面から見たトーマスの胸が、どきんと鳴った。
(か、かわいい……)
急に顔が熱くなる。
何を言えばいいのか分からない。
でも、ここはいいところを見せなければならない。
トーマスの頭に、さっきのルクレインの姿が浮かんだ。
大勢の貴族を前にしても動じず。
たった一言。
――ども。
トーマスは片手をポケットに突っ込んだ。
少し身体を斜めに傾ける。
そして、斜め下からちらりとガーベラを見た。
「……ども。トーマスです」
「……え?」
ガーベラがぱちぱちと目を瞬いた。
トーマスは内心、満足げにうなずいた。
――決まった。
――兄上みたいに、すかした。
しかしガーベラの表情は、どこか困惑している。
少し間が空いたあと、ガーベラがおずおずと尋ねた。
「……あの、ルクレイン様って、どんな方なんですか?」
その瞬間。
トーマスの目が、ぱあっと輝いた。
「僕の憧れの人だよ!」
「憧れ?」
「うん! すごく強くて、怖いものがなくて、言いたいことを何でも言えるんだ!」
トーマスは胸を張った。
「僕もいつか、兄上みたいになりたい!」
「……そうなんだ」
ガーベラは遠くにいるルクレインをちらりと見た。
一方、そのルクレインはなぜか背筋に嫌なものを感じていた。
「……あいつ、何吹き込んでんだ?」
◇
そして次に現れたのは、いまや三大公爵家の一角を占める中立派のゴディヴァール公爵だった。
「第二王子殿下。このたびは――」
ひと通り挨拶を終えると、公爵が隣を示した。
「本日は、息子も連れて参りました」
一人の少年が前へ出る。
髪はきっちり七三に分けられ、背筋は真っ直ぐ。
仕立ての良い礼装を隙なく着こなした、いかにも名門貴族の坊ちゃんといった端正な美少年だった。
「ドラン・ゴディヴァールと申します」
ルクレインはその顔を見た瞬間、固まった。
――あ。
知ってる。
こいつ、ゲームにいた。
学園編で俺のライバルになる男だ。
しかも、勇者パーティーの一人。
確か頭脳明晰で、戦闘では防御に特化したスキルを持っていたはずだ。
(関わり合いになっちゃダメなやつリスト、追加)
「ども」
それだけ返す。
ドランの眉が、ほんの少し動いた。
「……来月からは、殿下と同じ学園に通うことになります」
「ども」
「その際は、どうぞよろしくお願いいたします」
学園。
その言葉を聞いた瞬間、ルクレインはふと思い出した。
――そうだった。
ゲームでは、王族まわりのゴタゴタを一通りクリアすると、次は学園編が始まるんだった。
となると、俺も来月になれば王都の学園に入学することになる。
そしてそこから、勇者パーティーの仲間たちが次々と集まり、本格的にゲームの物語が動き始める。
「……まずいな」
ルクレインは小さく呟いた。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
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