第34話 合流
黄金の光が通路を一直線に駆け抜け、鉄の扉を紙切れのように吹き飛ばした。
光はそのまま扉の向こうの地下通路をぶち抜き、暗闇の奥の奥まで突っ走っていく。
迷宮が揺れ、パラパラと小石が降り……やがて、静寂が戻った。
「……すげえ。向こうまで穴が開いてる」
迷宮に、新しい直通ルートが一本、開通していた。
ルクレインは手元を見下ろした。さっきまで神々しく輝いていたアークは、いつもの白銀の姿に戻っている。
「あれ。もう金ピカじゃなくなったな」
『限界を超えた形態じゃ! 常時保てるわけなかろう!』
「なんだ、一発屋かよ」
『誰が一発屋じゃ!! 見た目は戻っても、エネルギーは満タンじゃぞ!』
「あ、そう。じゃあいいや」
『リアクション薄っ!! もっと感動せんか!!』
黄金の光は、ドラコとカメオを跡形もなく消し飛ばした。だが不思議なことに、リクターには傷一つつけなかった。
リクターは自分の身体を確かめ、それから弟を見つめていた。
傷を一瞬で癒やす力。迷宮の壁を何枚もまとめてぶち抜く一撃。
もはや、魔法の域ではない。
(あれは神力……そして今の一撃こそ、神法……。ルクレイン、お前はやはり、神にも等しい存在なのか……?)
「兄貴、何ぼーっとしてんだよ。行くぞ」
「あ、ああ……」
ルクレインはアークをひょいと肩に担ぎ、開いたばかりの穴へ向かって走り出した。
「今度こそ帰るぞ!」
『その台詞、何度目じゃ!』
「数えてんじゃねえよ!」
ずんずん進む弟の背中を追いながら、リクターはごくりと喉を鳴らす。
(道がなければ作る……迷宮の構造そのものを否定して進むというのか……。やはり、神の領域……)
違う。ただ早く帰りたいだけである。
こうしてリクターは、またひとつ、弟への理解を明後日の方向へ深めていくのだった。
*
同じころ。黒の迷宮、別ルート。
ロザリアたちは、【愛の求導者】が示す緑の光を追って、迷宮の奥へと進んでいた。
――ズウウゥゥン……!
突然、迷宮全体が大きく揺れた。奥から轟音が響き、天井からサラサラと砂埃が降ってくる。
「今の揺れ……ルクレイン様ですわ!」
「なぜ断言できるんですか……」
「愛ですわ!」
ゾランのツッコミが終わるより早く、ロザリアは走り出していた。
マクシミリアンとメイがすぐに続き、ゾランが「待ってください!」と追いかける。
通信兵と治癒役、護衛の騎士たちも必死でついていくが、先頭の四人との距離は開く一方だった。
「ちょ……あの人たち……足……速……」
やがて、マクシミリアンがぴたりと足を止めた。
通路の先に、人影が二つ。
身構える一同。だが、ロザリアの瞳に映る緑の光は、そのうちの一人へまっすぐ伸びていた。
「ルクレイン様ですわーーっ!!」
「うおッ!?」
ドンッ!!
ロザリアが、ほぼタックルの勢いでルクレインの胸に飛び込んだ。
「ご無事で……本当に、本当によかったですわ……!」
ギュウウウウウッ!!
(――っ!? ロザリア!)
その瞬間、ルクレインの脳がフリーズした。
ふわっと香る、花みたいないい匂い。
伝わってくる、あったかい体温。
頭の中が、ぽわわ~んと白くなっていく。
(ち、近い近い近い! 当たってる当たってる!! っていうか――意外とデカ……)
(いや違う違う違う!! 絶対違う、そうじゃない!!)
ルクレインはブンブンと首を振り、心の中で全力の自己暗示を始めた。
(落ち着け俺! こいつはブス! こいつはブスだ!!)
(これは当たってない! 体の一部じゃない! 大根だ! 大根が当たってるだけ!!)
(そうだ大根! いや丸太! 丸太が二本入った袋が、俺の胸に押し付けられてるだけだ!! ただの木材!! 建築資材――っ!!)
「……ルクレイン様?」
硬直したまま微動だにしないルクレインを、ロザリアが不思議そうに見上げた。
「どうなさいましたの……?」
再会の嬉しさと安堵で、その瞳には今にもこぼれそうな涙がたまっていた。
うるうるの瞳。ちょっとだけ赤くなった鼻先。
そして――目元にちょこんと乗った、泣きぼくろ。
ドクンッ!!
(やっっっば……!!)
涙目×泣きぼくろの合わせ技が、ルクレインの理性にクリティカルヒットした。
うっかり「ロザリア~!」と抱き返しかけた両腕を、全力で空中に固定する。結果、謎のバンザイ姿勢が完成した。
「な、なんでもない!!」
真っ赤な顔で、ルクレインは叫んだ。
「っていうか、なんでお前がここにいんだよ!?」
「もちろん!」
ロザリアが、さらにぎゅぎゅーっと締め上げてくる。
「ルクレイン様をお助けするためですわ! もう二度と、絶対に、離しませんわ!」
「離せって! 丸太が! 丸太が締め付けてくる!! 怖えよ!!」
そこへ。
「失礼いたします」
すっと現れたマクシミリアンが、ロザリアの肩をつかみ――
ベリッ。
シールでも剥がすように、あっさり引き剥がした。
「ちょっと、マクシミリアン!?」
抗議の声は、完全スルー。マクシミリアンは何事もなかったかのように、ルクレインの前へ進み出る。
「ルクレイン様、お怪我はございませんか」
「ああ。今は大丈夫だ」
「念のため、確認いたします」
マクシミリアンの手が、そっとルクレインの頭へ伸びる。
「触んな」
ぴたり。
「野郎に頭なんか撫でられたくねえんだよ。キモイだろ、この変態従者」
その瞬間。
【☠ 悪口スキル発動】
「…………」
ルクレインの目が、点になった。
(……は?)
出た。
(いやいやいや、なんで今!?)
ついさっき、ドラコ相手に「トカゲ野郎」だの「顔面爬虫類」だの、あれだけ罵りまくったときは、うんともすんとも言わなかったくせに。
よりによって、マックに「変態従者」と言った瞬間、あっさり発動。
(このスキル、マジで発動条件どうなってんだよ……!)
一方、そんなルクレインの混乱をよそに、マクシミリアンは頬を緩めてうっとりしていた。
「……ありがとうございます」
「はっ? なんで!?」
ルクレインが叫んだ。
「今のどこに礼を言う要素があった!?」
「久しぶりのご褒美でしたので」
「!?」
マクシミリアンは、温泉にでも浸かったかのように、満ち足りた顔で目を細めた。
「……やはり、いい」
「やめろ!!」
「…………」
ゾランが、すっ……と一歩下がった。
ロザリアも、さりげなくマクシミリアンから半歩離れた。
そしてメイは、無表情のまま、じっとマクシミリアンを見つめていた。
つい先ほど、妖刀《焔》を手に、あの怪物グロガリを一人で圧倒した男。
強くて、冷静で、圧倒的で。
その背中を見たとき、確かに、ほんの少しだけ胸が高鳴った。
その男が今。
主人から「汚え」「変態従者」と罵られて、ほっこりしている。
「…………」
メイの無表情が、ピキッと引きつった。
(……私、この方を、お慕いして……)
もう一度、マクシミリアンを見る。
まだ、ほっこりしている。
(本当に……大丈夫なのかしら……)
「どうした、メイ?」
隣から、ゾランが小声で聞いてきた。
「……いえ」
メイは静かに首を振る。
「少し、自分の将来が不安になっただけです」
「……?」
首をかしげたゾランは、そこでようやく、もう一人の男に気づいた。
「…………!」
表情が、一変する。
「リクター様!」
「……ゾラン」
リクターも、目を見開いた。
「お前も来てくれていたのか」
「当然でしょう!」
ゾランがリクターの前へ駆け寄る。
言葉に詰まる。ゾランは、深く、深く息を吐いた。
「ご無事で……何よりです」
「……ああ。心配をかけたな」
「まったくです」
ゾランが、ようやく笑った。
「帰ったら、たっぷり文句を言わせてもらいますよ」
「好きにしろ」
「言いましたね? 三時間はいきますよ」
「……一時間にしてくれ」
「却下です」
そのとき。
「はぁ……はぁ……っ!」
「よ、ようやく……追いついた……!」
後方から、通信兵と治癒役、騎士二名が、よろよろと転がり込んできた。
通信兵が膝に手をつき、顔を上げる。
そして、その視線がリクターとルクレインを捉えた。
「…………!」
ぐったりしていた顔が、一瞬でシャキッとした。
「リクター殿下……! ルクレイン殿下……!」
二人とも、生きている。
「両殿下のご無事を確認! ただちに地上本陣へ報告します!」
通信兵はバッと立ち上がり、通信魔導具を取り出した。
「こちら救出隊! 地上本陣、応答願います!」
その横で、治癒役が王子たちへ駆け寄る。
「お怪我は!? すぐに診察を――」
「俺は大丈夫。兄貴を見てやって」
「承知しました!」
治癒役がリクターのもとへ走り、騎士二名は、張り詰めていた糸が切れたように息を吐いた。
ルクレインは、ぐるりと周りを見回した。
ロザリア。マクシミリアン。メイ。ゾラン。リクター。
そして、ヘロヘロになりながらここまで来てくれた救出隊の面々。
「……まあ」
ルクレインは小さく息を吐き、アークを担ぎ直した。
「とりあえずさ。帰ろうぜ」
『うむ』
「今度こそな」
『……今度こそ、のう』
「その含みのある言い方やめろ!! フラグ立てんな!!」
*
一方、地上本陣。
「公爵閣下ッ!」
通信兵の声に、リンデール公爵が勢いよく振り返った。
「どうした!」
「救出隊より連絡です!」
「何!? 報告しろ!」
「はっ! 救出隊が、第一王子リクター殿下、第二王子ルクレイン殿下と接触! 両殿下とも、ご無事です!」
「おおおっ……!」
公爵の顔に安堵が広がり、周囲の騎士たちからも「うおおおお!」と歓声が上がる。
だが公爵は、すぐさま身を乗り出した。
「ロザリアは!? ロザリアはどうした!?」
「ロザリア様もご無事です!」
「…………そうか」
公爵の肩から、ふっと力が抜けた。
「よかった……本当に、よかった……」
王子二人、無事。
娘、無事。
最悪の事態は回避された。これでようやく、心から安心できる――
キィン……。
「…………ん?」
公爵が、自分の手首に目を落とす。
そこにはめられた、いくつかのブレスレット。そのうちの一本が、淡い光を放っていた。
「…………」
公爵の顔が、固まった。
嫌な予感がした。
ものすごく、嫌な予感がした。
具体的には、迷宮に突入する前の百倍くらい嫌な予感がした。
そして、ブレスレットから、聞き慣れた女性の声が小さく響く。
『――あなた』
「…………ッ!!」
公爵の背筋が、物差しでも入れたかのように、ピンッと伸びた。
美しく、優しく、穏やかな――聞き間違えるはずもない、愛する妻の声。
『あとで――』
一拍。
『私のお部屋へ、来てくださいね♡』
「…………」
キィン……。
光は、静かに消えた。
「閣下? どうかなさいましたか?」
「……いや……何でもない……」
リンデール公爵の額を、たらりと一筋の冷や汗が流れ落ちる。
王子二人は無事。娘も無事。救出隊も無事。
作戦は、文句なしの大成功――のはずなのに。
(……遺書、書いておいたほうがいいだろうか)
迷宮のどんな魔物よりも、愛する妻の「お部屋へ来てね」のほうが、よっぽど恐ろしい。
リンデール公爵にとって、本当の生死を賭けた戦いは、ここから始まろうとしていた。あとが
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