第24話 迷子
薄暗く不気味な石造りの通路を、ルクレインとリクターは並んで歩いていた。
どこまで進んでも、目に入るのは漆黒の殺風景な石壁。
角をいくつ曲がっても、壁に掛けられた赤橙色の松明が揺らめいているばかり。
右へ折れても、左へ折れても、代わり映えのしない暗闇が延々と続いていた。
『だから先ほど! わしが大技を使っておれば一発で解決しておったと言っておるだろうが!』
ルクレインの手に握られた聖剣アークが、懲りずにまた同じ文句を蒸し返した。
「何言ってんだよ!」
ルクレインは、長剣状態のアークの刀身を睨みつける。
「そんな大技ぶっ放したら、お前またセミの抜け殻みたいに動かなくなるだろうが!」
『誰がセミの抜け殻だ!』
「前に大技使ったあと、光も消えてピクリとも動かなかったじゃねえか!」
『あれは全魔力を使い果たし、一時的に深き休息へ入っていただけだ!』
「それを世間では『抜け殻』って言うんだよ!」
『言わんわ!』
「じゃあ実際のところ、今のお前、あとどれくらい魔力が残ってんだよ?」
『…………』
アークが急に不自然な沈黙を決め込んだ。
「おい」
『……半分くらいだ』
「減り早ッ!!」
ルクレインは思わず足を止めた。
「お前、さっきまでほぼ満タンだっただろ! 老朽化したバッテリーかよ!」
『やかましいわ! 今までとは根本的に条件が違うのだ!』
「何が違うんだよ!」
『今までは貴様が、常時わしへ潤沢な魔力を垂れ流すように注いでおっただろうが!』
「……あ」
『今の貴様には魔力がない! だから今は、わしが自前の魔力を切り崩して動いておるのだ!』
「自家発電かよ」
『言い方!』
アークがキンキンと刀身を震わせて怒鳴る。
『わしが自分自身の魔力だけで動くなど、一体何百年ぶりだと思っておるのだ!』
「知るかよ!」
『わしにも分からん!』
「お前も分かってねえのかよ!」
『とにかく途方もなく久しぶりなのだ! 全然慣れておらん!』
「聖剣のくせに燃費悪すぎだろ……」
『貴様が普段から贅沢に魔力を寄越すから、節約という概念を忘れておったのだ!』
「金持ちのボンボンかよ」
『誰がボンボンだ! 偉大なる伝説の聖剣だ!』
「で、半分しか残ってねえんだろ?」
『…………半分“も”あるのだ!』
「言い方変えても容量は増えねえよ!」
ルクレインは深々とため息を吐いた。
そして今度は、隣で気難しい顔をして歩くリクターへ視線を向ける。
「兄貴」
「何だ」
「兄貴の方は? もう一回いける?」
「無理だ」
「こっちも即答ッ!?」
リクターは心底疲弊した様子で、重い息を吐いた。
「先ほど、アークに魔力をほとんど注ぎ込んだ」
「……あ」
「私の方もしばらくは、すっからかんだ」
「ポタ電使えないのかよ……」
「無理だ」
「終わったぁぁぁッ!!」
ルクレインの悲痛な絶叫が、暗い迷宮の奥まで虚しくこだました。
『やかましいわ! まだこのわしがおるだろうが!』
「半分しか残ってねえ奴が威張るな!」
『半分“も”残っておるのだ!』
「だから言い換えても残量は増えねえって!」
ルクレインは半ばヤケクソで再び歩き出した。
だが数歩進んだところで、剣の重みに耐えかねてまた顔をしかめる。
「……つーかさ、お前マジで重いんだよ」
『何だと?』
「ずっと長剣の状態で持たせやがって。腕がパンパンなんだよ」
『偉大なる聖剣を携える名誉なのだぞ。その程度の重み、気合で耐えろ』
「嫌だよ。あと何時間迷うか分かんねえのに」
『迷うと言うな!』
「現に迷ってんだろうが!」
『これは戦略的な広域経路探索だ!』
「言い換えただけじゃねえか!」
ルクレインはアークを目の前へ持ち上げた。
「おい、短剣に戻れ」
『断る』
「なんでだよ!」
『せっかく本来の神聖なる威容を取り戻したというのに、なぜまたあの惨めな短剣姿へ戻らねばならんのだ!』
「重いからだよ!」
『貴様の鍛錬不足だ!』
「知るか!」
『断じて戻らん!』
「じゃあ、ここに置いてくぞ」
『…………何?』
「三」
『待て』
「二」
『本気でカウントするな!』
「一」
『分かった! 分かったから戻るわぁぁぁッ!!』
白銀の眩い光が、アークの刀身を一瞬で包み込んだ。
長大で重厚だった刀身がみるみる縮んでいき、やがてルクレインの手の中には、見慣れた手のひらサイズの短剣が収まった。
「よし。軽い」
『屈辱だ……このような小枝のごとき姿に……』
ルクレインはアークの愚痴を無視し、腰のベルトへ無造作に差し込んだ。
『ああ……』
「今度は何だよ」
『この小さな姿になると……どうも腰と節々が痛むのだ……』
「剣に足腰なんかねえだろ!」
『感覚的な話だ!』
「知るかよ!」
『年寄りはいたわれと教わらなかったのか!』
「聖剣だろ、お前は!」
『聖剣にだって手厚いいたわりは必要なのだ!』
「面倒くせえジジイだな!」
『誰がジジイだ!』
「お前以外に誰がいんだよ!」
一人と一振りは、そんな不毛な口喧嘩を延々と繰り広げながら、暗い迷宮の中をズカズカと進んでいく。
その横で、リクターは無言のまま二人のやり取りを見つめていた。
(……待てよ)
つい先ほどまで、自分はルクレインという男を過剰に深読みしていたのではないか。
魔族の壮大な陰謀をあらかじめ見抜き、未知の固有スキルを覚醒させ、すべてを完璧な計算のもとに進めている――。
だが、目の前の弟はどうだ。
「右だって!」
『左だと言っておろうが!』
「兄貴、どっちだ!?」
「……私に聞くな」
リクターの眉間に、深い皺が刻まれる。
(……もしかすると)
(私の考えは、根本的に間違っていたのではないか……?)
こいつはただ、何も考えずに動いているだけなのではないか。
思考の霧が晴れかけている。今なら、まだ正常な判断力を取り戻せるはずだった。
――しかし。
「……兄貴」
「何だ」
ルクレインが暗い通路の先を怪訝そうに見つめながら、ぽつりと零した。
「なんかさ……このまま進んだら、また元いた場所に戻りそうじゃね?」
「…………」
リクターの瞳が、カッと見開かれた。
(元いた場所……)
黒の牢獄。
敵の最深部。
魔族の将ドラコたちが陣取る、まさに敵の本拠地。
(まさか――)
リクターの脳内で、再び『過剰な深読み』のギアが絶望的な音を立てて噛み合った。
(やはりこいつ……この土壇場で、脱出などという甘い考えは端から持っていないのか!?)
(罠や追撃を嫌い、あえて敵の油断を突いて本拠地へ逆戻りし――首魁の首を直接討ち取る気なのか……!?)
ルクレインが頭をガシガシと掻いて進んでいく。
「ぁ、腹減った。」ボソリと呟く。
リクターが、目を見開いた。
(今……『腹を括った』と言ったのか!?)
(なんという胆力……! 最悪の死闘になると承知の上で、なお進むというのか……!)
こうして、リクターが正気へ戻る絶好の機会は――。
虚しくも、永久に失われた。




