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第23話 戦闘

 マクシミリアンが一歩前へ出た。


 ゾランも、その横へ並ぶ。


 その先には、大広間へ続く暗い通路。


 奥から、複数の魔族の気配が漂ってくる。


 マクシミリアンの右手が、妖刀《焔》の柄へ触れた。


「参ります」


「じゃあ、俺も付き合うぜ」


 二人が大広間へ踏み込む。


 そこは円形に近い、広い石造りの空間だった。


 壁際には赤橙色の松明が並び、薄暗い炎が揺れている。


 その中央。


 十体の魔族兵が、一斉に振り向いた。


 人間より一回り大きな身体。


 緑や灰褐色の硬い鱗。


 爬虫類じみた顔。


 胸や肩には簡素な鉄鎧をまとい、その手には分厚い長剣が握られている。


「侵入者だ!」


「囲め!」


「殺せッ!」


 十本の剣が、一斉に抜かれる。


 その後方。


 メイが静かにロザリアの前へ出た。


 両のガントレットを軽く打ち合わせる。


 ガンッ。


「前方はお二人にお任せください」


 切れ長の瞳が、冷たく細められる。


「ロザリア様は、私がお守りします」


 そして、マクシミリアンとゾランへ告げた。


「どうぞ、ご存分になさってください」


「承知しました」


「じゃあ、遠慮なく」


 次の瞬間。


 マクシミリアンの姿が消えた。


 ――スキル《抜刀》。


 白刃が閃く。


「がッ――!?」


 一体目の魔族兵の身体に、赤い線が走る。


 線に沿って上体がずるりと滑り、石の床へどちゃりと崩れ落ちた。


 下半身は、まだその場に立っている。


「な――」


 二体目が振り向く。


 遅い。


 一歩。


 斬撃。


 二体目は、頭から股まで真っ二つに両断された。


 三体目が長剣を振り上げた。


 その懐へ、マクシミリアンが滑り込む。


 一閃。


 剣ごと、首が刎ね飛んだ。


 マクシミリアンの剣速はあまりに速すぎて、《焔》の刃が鞘から抜かれたことすら見えない。


 四体目と五体目が、左右から同時に襲いかかる。


 マクシミリアンの身体がブレたように見えた瞬間――左右の魔族兵はバラバラの肉塊となり、床に散らばった。


「……久しぶりの本気ですが、少し、鈍りましたか」


 マクシミリアンが静かに呟く。


「化け物かよ……」


 ゾランが苦笑する。


「なら、こっちは三体もらうぞ」


 一体の魔族兵が、ゾランへ斬りかかる。


 ゾランはゆらりと身体を捻って剣をかわし、散歩でもするように前へ進んだ。


 魔族兵の右目に指を突き入れ、同時に反対の手のレイピアを喉元へ正確に突き立てる。


 一体目。


 二体目が、横から斬り込んでくる。


 ゾランはゆらゆらと身体を揺らしながら、それに向かい合った。


 剣が顔を割ろうとする瞬間、わずかに顔を引く。


 剣先が、ゾランの鼻先を掠めた。


「なっ!」


 神業のような見切りに魔族兵が驚いた、その瞬間。


 自分の胸が、レイピアに貫かれていることに気づいた。


 レイピアが抜かれる。


 魔族兵は血を噴き出して倒れた。


「悪いな」


 三体目が、背後から剣を振り上げる。


 ゾランは振り向かない。


 半身をずらして剣をかわしざま、腰のもう一本を抜き放つ。


 両手に、二本のレイピア。


「急いでるんだ」


 二本の切先が豪雨のように降り注ぎ、魔族兵の急所を何百回と正確に貫いた。


 三体目は、泥のように崩れ落ちた。


 残る二体。


「くそッ!」


「前は無理だ!」


 魔族兵たちはマクシミリアンとゾランを避け、大広間の端を回り込んだ。


 視線の先。


 ロザリア。


「女を狙え!」


「捕らえろ!」


「ロザリア様!」


 盾騎士たちが前へ出ようとする。


 だが。


「不要です」


 メイが静かに告げた。


 一体目の魔族兵が、長剣を大きく振り上げる。


 メイは、軽く腕を振った。


 ガンッ!


 右のガントレットが、剣を弾き飛ばす。


 メイはその細い腰を十分に捻り、左の拳を魔族兵の顔面へ叩き込んだ。


「ぐぼッ!?」


 巨体が床から浮き、そのまま数メートル後方へ吹き飛んで、石壁へ激突した。


「な……ッ!?」


 最後の一体が、思わず足を止める。


 その一瞬。


 メイが踏み込んだ。


 身体が鋭く回転する。


 メイド服の裾が大きく翻る。


 すらりと伸びた長い脚が、美しい弧を描いた。


 銀の装甲を備えたロングブーツが、魔族兵の側頭部へ炸裂する。


 バゴォンッ!!


「がッ!?」


 魔族兵の身体が真横へ吹き飛ぶ。


 石壁へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


 メイは静かに脚を下ろした。


「…………」


 少し離れた場所。


 マクシミリアンが、何気なくメイを見る。


「……一つ、よろしいですか」


「何です?」


「見えていましたよ」


「…………」


 メイの動きが止まった。


「…………何がですか?」


「先ほどの蹴りの際に」


「…………」


 メイの頬が、ほんのわずかに引きつる。


「どこを見ているのです、この馬鹿者ッ!」


「見えたものを言っただけですが」


「言わなくて結構です!」


「そうですか」


「そうです!」


 マクシミリアンは、本当に興味がないらしい。


 何事もなかったように、《焔》の鞘を撫でた。


「…………」


 メイが無表情のまま睨む。


 だが。


 耳だけが、ほんの少し赤い。


 ゾランが二人を見て、眉を上げた。


「……何やってんだ、お前ら」


「何でもありません」


 メイが即答する。


 そして何事もなかったように、ロザリアの前へ戻った。


「お嬢様。ご無事ですか?」


「ええ。さすがですわ、メイ」


「ありがとうございます」


 広間に静寂が落ちた。


 十体いた魔族兵は、もう一体も立っていない。


 その中で、一番早く我に返ったのは通信役だった。


「ほ、本営! こちら第一突入部隊!」


 慌てて腰の通信魔導具を起動する。


「前方大広間を制圧!」


「敵性反応十、全て排除!」


「安全地点として確保します!」


『了解! 新規安全地点として記録する!』


「後続部隊、進出可能です!」


 通信役が真面目に報告を続ける横で。


「…………」


 残った騎士たちは、完全に固まっていた。


 一人が、大広間に転がる魔族兵を見る。


 マクシミリアンを見る。


 ゾランを見る。


 最後に、メイを見る。


「……なあ」


「何だ」


「俺たち……」


 一拍。


「いらなくないか?」


「言うな」


「俺も今、同じこと考えてた」


「盾構える前に全部終わったぞ……」


 治癒術師まで、小さく呟いた。


「私も……治療する暇がありませんでした」


 その声を聞いたロザリアが、ふわりと振り返った。


「そんなことはありませんわ」


「え?」


 ロザリアは可憐に微笑んだ。


 場違いなほど美しい笑顔だった。


 澄んだ緑の瞳に吸い込まれそうだった。目元の泣きぼくろが妙に色っぽい。

 騎士たちの顔が一斉にぽうっと緩む。


「皆様も、ちゃんと必要です」


「この先、何が起こるか分かりませんもの。最後まで、どうかお力を貸してくださいませ」


(いざという時、ルクレイン様の肉の盾になっていただかなくては困りますもの)


「は、はい……!」


「もちろんです!」


「どこまでもお供いたします!」


 ゾランが冷めた目でそれを眺めた。


「……単純でいいな、お前ら」


*


 その後も、第一突入部隊の進撃は止まらなかった。


「左です!」


「次の階段は使わないでくださいませ!」


「正面、毒矢です!」


「次の角に敵が二体!」


 ロザリアの指示が飛ぶたび。


 罠が避けられ。


 敵が排除され。


 安全な経路が次々と確保されていく。


 通信役の報告も止まらない。


「本営! 第三安全地点を確保!」


『了解!』


「さらに前進します!」


『速すぎるぞ! 本当に安全確認は取れているのか!?』


「取れています!」


 通信役が叫ぶ。


「理由は説明できませんが、完全に取れています!」


     ◇


 地上の本営。


「もうそこまで進んだのか?」


 リンデール公爵が眉を上げた。


「はっ! 第一突入部隊、想定を大きく上回る速度で進行中です!」


「…………」


 公爵が顎へ手を当てる。


 そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「ロザリアめ……」


「公爵閣下?」


「いや」


 すぐに厳しい表情へ戻る。


「何でもない」


 だが、その声にはわずかに誇らしげな響きが混じっていた。


     ◇


「お待ちくださいませ」


 ロザリアが突然、足を止めた。


「どうされました?」


 マクシミリアンが振り返る。


 ロザリアは、手元の魔導石板を見つめていた。


 青い光点。


 ルクレインの位置。


 それが、先ほどよりさらに迷宮の中央寄りへ移動している。


「……ルクレイン様」


 ロザリアの瞳が見開かれた。


「どうした?」


 ゾランが横から石板を覗き込む。


「ルクレイン様が……移動されていますわ」


「ご無事ということですか」


「ええ。ですが……」


 ロザリアが息を呑む。


「この方向……」


 青い光点は、地上へ向かっていない。


 むしろ。


 迷宮のさらに深い場所へ。


「まさか……」


 ロザリアの表情が変わる。


「敵の中枢へ向かわれている……?」


「…………」


 マクシミリアンが静かに目を細めた。


「殿下ならば、あり得ます」


「いやいやいや」


 ゾランが即座に口を挟む。


「普通こういう時は逃げるだろ」


「いいえ」


 ロザリアは、きっぱりと言った。


「きっとルクレイン様は、ご自分が囚われている状況でありながら、敵の首魁を自ら討とうとなさっているのですわ!」


「さすが殿下です」


 マクシミリアンが真顔で頷く。


「お前も即納得すんな!」


「ルクレイン様……」


 ロザリアは胸元の石板を抱き締めた。


「なんという勇気……!」


「いや、だから……」


 ゾランが二人を見る。


「お前ら、なんでそんな確信あるんだよ……」


     ◇


 その頃。


「兄貴ぃぃぃッ!!」


 黒の迷宮のさらに奥。


 ルクレインの絶叫が、薄暗い石造りの通路へ響き渡った。


「ここどこだぁぁぁッ!!」


 敵の中枢を目指しているどころか。


 本人は、盛大に迷っていた。


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