第14章 正体
白銀の眩い光線が、狭い路地を一直線に薙ぎ払った。
「オラァァァ!! 吹っ飛べぇぇッ!!」
ルクレインが聖剣アークを豪快に横薙ぎに振り抜く。
ガギィィンッ!!
襲撃者二人の剣がまとめて根元から弾き飛ばされ、その身体が数メートル後方へ派手に吹っ飛んだ。
「どうしたどうしたぁ!? 勢い落ちてんぞお前らーッ!!」
ルクレインが完全に調子に乗ったウザい顔で、聖剣を担いで見下ろす。
「さっきまでの威勢はどこへ行った!? んあ!?」
『おい……ルクレイン、少し落ち着け』
アークが止める。
「遅ぇ! 弱ぇ! 話にならねえ!!」
『おい! 聞けと言っているだろう!』
「次ぃ!! 誰だ!? 遠慮すんな! かかってこいよ!!」
『調子に乗るな馬鹿者が!!』
「乗るわ!! こんだけ強かったら誰でも乗るわ!!」
『強いのは私だ!! 貴様の実力ではない!!』
「今俺の手にあるんだから俺の実力だ!!」
『最低極まりないジャイアニズムだな貴様!!』
三人の刺客が死角から同時に飛び込んでくる。
『右だ!』
「分かってんだよ!」
ルクレインが右から迫る剣をアークで弾き飛ばす。
『左!』
「遅ぇ!!」
左の男へ聖剣を振り抜く。
男の剣が根元からへし折れた。
「はい次ぃ!!」
残る一人の腹へ蹴りを叩き込む。
「ぐっ!」
刺客が地面を転がった。
ルクレインは聖剣を天高く掲げた。
「見たか! これが第二王子ルクレイン様の本気だ!!」
『九割九分、私の力だ!!』
「細けえ!! 勝ってる奴が正義なんだよ!!」
『さっきまで地面を転がり回って情けなく悲鳴を上げていたくせに!!』
「過去の黒歴史を掘り返すな! 人間は常に今を生きる生き物なんだよ!!」
『わずか数十秒前の話だぞ!!』
「オラオラオラァ!! 全員まとめて来いよ! 一分で全員片づけてやる!!」
『煽るな! 本当に来るぞ!!』
「来い来い来い! 今日は俺一人で全員返り討ちにしてやる!!」
その挑発に応じるように、一人の刺客が正面から踏み込んで斬りかかってきた。
「遅ぇっつってんだろ!!」
ルクレインがアークを振り下ろす。
ガキンッ!
「…………」
刺客の剣は折れなかった。
ただ、大きく弾かれただけだった。
「……あれ?」
『…………』
「まあいい。次!」
今度は二人が同時に襲いかかってくる。
「まとめて来いやぁ!!」
ガンッ! ギィンッ!
ルクレインが二本の剣を聖剣で受け止める。
先ほどまでなら、相手の腕ごと吹き飛ばしていたはずだった。
だが今度は、ルクレインの方が力負けし、半歩後ろへ押し戻された。
「……んん?」
『…………』
「おい……」
『何だ』
「なんか……急激に弱くなってねえか?」
『気のせいだ』
「いや、絶対弱くなってるだろ! 手応えがスカスカだぞ!」
『気のせいだと言っているだろうが!』
「じゃあもう一回だ!」
刺客が振り下ろした剣を、ルクレインが渾身の力で弾き返す。
ガキンッ!
相手の剣は、わずか二十センチほど横へずれただけだった。
「…………」
『…………』
「おい……アーク」
『何だ』
「……さっきまでの俺のイキった発言、全部取り消させて」
『知らん。恥をかけ』
「知らんじゃねえよ! 俺めちゃくちゃ恥ずかしい厨二病みたいなセリフ言ったぞ! 死にたい!」
『調子に乗った自業自得だ』
「何が起きてんだよ急に! 出力低下してんぞ!」
アークが気まずそうに、僅かに沈黙を置いた。
『……久しぶりに蓄積魔力を大量に急速消費したせいでな』
「うん」
『どうやら長期間まともに稼働していなかったため、魔力を内部に保持・出力する機能が多少劣化しているらしい』
「分かりやすい日本語で言え」
『今言っただろうが!!』
「もっと小学生でも分かるように!」
『…………』
アークが渋々、恥を忍んで答える。
『バッテリーが劣化していた』
「ポンコツの中古家電かよ!!」
『誰が中古家電だ!! 私は国宝だぞ!!』
「古いバッテリーは即刻新品に交換しろよ!!」
【☠ HIT】
『交換できるかぁぁぁ!! 生体魔術回路なのだぞ!!』
「国宝がバッテリー劣化で出力ダウンすんなよ!!」
【☠ HIT】
『やめろ! 今私を罵るな! 余計に魔力が抜けていく気がする!!』
「メンタルまで充電式かよ!」
その瞬間、刺客がルクレインの死角へ完全に入り込んだ。
『後ろだ!!』
「うおっ!?」
ルクレインが慌てて振り向く。
ガキンッ!
どうにか剣を受け止めた。
だが、今度は完全に力で押し込まれた。
「重っ……! 腕が折れる!」
『踏ん張れ不肖の主!』
「お前が頑張れよ!」
『残量がもうレッドゾーンなのだ!』
「残量って言うな! ますます型落ち家電っぽくなるだろ!!」
もう一人が横から容赦なく斬り込んでくる。
「くそっ!」
ルクレインは地面を転がってかわした。
再び、形勢が逆転し始める。
◆
その戦場を、一本の細い路地を挟んだ斜め向かいから見下ろす建物があった。
三階建ての古びた石造建築。
一階部分は長く使われていない倉庫のように窓が分厚い木板で塞がれ、二階と三階には細長い窓が並んでいる。
その三階。
路地全体を一望できる小さな窓の奥で、第一王子リクターが顔を歪めていた。
その隣には筆頭従者デーブ。
背後には、護衛として連れてきた二人の近衛兵が無言で控えている。
「…………」
リクターの手が、窓枠の石を割りそうなほど強く握り締められていた。
眼下では、ルクレインが再び刺客たちに追い詰められ始めている。
「デーブ」
「はい、殿下」
「これは……どういうことだ」
「……と、申されますと?」
デーブが心底困惑したように、小首をかしげた。
リクターが胸ぐらを掴まんばかりの勢いで猛然と振り返る。
「私は『少し痛い目を見せろ』と言っただけだ! 腕の一本か二本を折り、しばらく大人しくさせればそれでいいと!」
「はい。私からもそのように指示を出したはずでございますが……」
「では、あれは何だ! 見ろ!」
リクターが指さした先で、ルクレインのすぐ真横を殺気立った剣が奔った。
ルクレインの肩口から血が飛ぶ。
浅い傷ではあった。だが、弟の血を見たリクターの顔色が瞬時に蒼白へ変わった。
「あいつら……本気でルクレインの命を奪おうとしているではないか!」
「…………」
デーブも窓の外を確認し、初めて事態の深刻さに気づいたかのように目を見開いた。
「こ、これは……」
「お前が集めた裏の刺客たちだろう!」
「確かに手配したのは私でございます。しかし……」
デーブの丸い顔に動揺の色が浮かぶ。
「何か手違いがあったのかもしれません」
「何だと!?」
「あるいは……我々の動きを察知した別の派閥が、この機に乗じて第二王子殿下の抹殺を目論み、刺客を紛れ込ませた可能性もございます」
デーブが深く頭を下げた。
「大変な不覚……申し訳ございません。私の不手際でございます」
「…………」
リクターは再び窓の外を見る。
ルクレインが刺客三人に囲まれ、悲痛な声を上げていた。
リクターの眉間に、深い葛藤の皺が刻まれる。
「私は……あいつを殺したいわけではないのだ」
低い、絞り出すような声だった。
「もちろんでございます」
「気に食わん弟だ。何を考えているのかも分からん。第一王子である私の立場を脅かす存在でもある……!」
リクターの握り拳に爪が食い込む。
「だが……どれほど憎らしくとも、血の繋がった弟だ!」
その時――眼下でルクレインが聖剣ごと弾き飛ばされた。
無様に地面を転がるルクレイン。刺客が容赦なく止めを刺さんと剣を振り上げる。
「……もういい!」
リクターが窓枠から身を引いた。
「計画は中止だ。止めるぞ!」
デーブが即座に頭を下げる。
「かしこまりました」
「下に降りる!」
「私もお供いたします」
「お前たちも来い! ルクレインを助けるぞ!」
リクターが背後の護衛兵二人へ叫ぶ。
「はっ!」
四人は三階の部屋を飛び出し、細い石造りの階段を滑り落ちるように駆け下りた。
一階の裏口を抜ければ、すぐそこが戦場へ続く横路地だった。
◆
「くそっ! 来んな来んな来んな!!」
ルクレインが必死の形相でアークを振り回していた。
『右だ!』
「分かってる!」
『左!』
「忙しいんだよ!」
『正面!』
「三方向同時に指示出すな!!」
刺客の剣を一本どうにか弾く。
だが直後、別の男に強靭な力で肩を掴まれた。
「離せッ!」
ルクレインが肘打ちを男の顎へ叩き込む。
「ぐはっ!?」
「王族の体に気安く触んじゃねえ!!」
そこへ――。
「お前たちッ!!」
路地全体を揺るがすような怒声が響き渡った。
「何をしている! やめろ!!」
刺客たちの動きが、一斉にピタリと止まった。
「……は?」
ルクレインも思わず振り返る。
路地の入口。そこに息を切らせた第一王子リクターが立っていた。
そのすぐ後ろに筆頭従者デーブ。さらに剣を抜いた二人の護衛兵。
「兄貴……!?」
ルクレインの目が大きく見開かれる。
「なんで兄貴がこんなところにいるんだよ!?」
だがリクターはルクレインの問いには答えず、鋭い眼光で刺客たちを睨みつけた。
「もういい。ここまでだ」
刺客たちは無言のまま動かない。
「聞こえなかったのか」
リクターが威風堂々と一歩前へ踏み出す。
「剣を収めろ。今すぐだ」
数秒間の、刺すような沈黙。
リクターは、自分の命令が通ったのだと思った。
だが――。
刺客の一人が、ゆっくりと漆黒の剣先を持ち上げた。
向けられた先は――第二王子ルクレインではなく、第一王子リクターだった。
「……何?」
続いて二人目。三人目。
次々と刺客たちが身体の向きを変えていく。
その身の毛もよだつ殺気は、ルクレイン一人にとどまらない。
リクター。デーブ。そして二人の護衛兵にまで向けられていた。
「な……」
リクターの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「何をしている……! 私だぞ! 貴様ら、私が誰か分かっているのか!?」
返答の代わりに、一人の刺客が地面を蹴った。
「殿下ッ!!」
護衛の一人が前へ躍り出る。
ギィィンッ!!
振り下ろされた凶刃を、身を挺して受け止める。
「なっ……!?」
リクターが愕然と目を見開いた。
「私まで……狙っているというのか……!?」
さらに別の刺客が死角からリクターへ突進する。
「危ない!」
もう一人の護衛が割り込み、相手の剣を弾き飛ばした。
「貴様ら……正気か!? 第一王子殿下であらせられるぞ!」
それでも刺客たちは止まらない。
標的が増えたことなど気にも留めず、機械のように一斉に距離を詰めてくる。
その異様な光景を見ていたルクレインが、深く眉をひそめた。
「兄貴……?」
リクターが蒼白な顔で振り返る。
「何だ!」
「まさか……兄貴がこいつらを雇ったんじゃ――」
「説明は後だ!」
リクターが苦々しげに遮った。
「見れば分かるだろう! 私まで狙われているんだ!」
「……まあ、確かにそれはそうだけどさ!」
「今は逃げるぞ!」
刺客たちがさらに怒涛の勢いで押し寄せてくる。
護衛の二人が、主を庇うように前へ出た。
「殿下!」
一人が叫ぶ。
「ここは我らが死力を尽くして食い止めます!」
「何……!?」
「お早く! お逃げください!」
もう一人も退路を守るように剣を構え直す。
「ここは我々にお任せを!」
「だがお前たち――」
「殿下ぁッ!!」
激しい金属音と殺気が渦巻く。
そこへデーブがリクターの横へ素早く走り寄った。
「殿下、こちらです!」
「デーブ!」
「このすぐ先に身を隠せる場所がございます!」
デーブが路地の角を指さす。
「第二王子殿下もご一緒に! 急いでください!」
リクターが一瞬だけ、背後で命を賭して戦う護衛二人を見つめた。
「……死ぬなよ!」
「はっ!」
「必ず後ほど合流いたします!」
リクターは歯を強く食いしばると、ルクレインの腕を固く掴んだ。
「来い!」
「分かったって!」
リクター、ルクレイン、デーブの三人が夢中で走り出す。
背後からは護衛たちの壮絶な剣戟音が響き続けていた。
「こっちです!」
デーブが先頭を切って疾走する。
路地を一つ曲がる。そこは、先ほどまでリクターたちが潜んでいた三階建ての古い石造建築の側面だった。
表通りからは完全に死角となる位置に、無骨で厚い鉄製の扉が一枚取り付けられている。
「ここです!」
デーブが取っ手を掴み、体重をかけた。
ガチャッ!!
重い鉄扉が開かれた。
内部は窓がなく、不気味なほど薄暗い、四角い小部屋だった。
「ここなら安全です!」
「ここはどこだ?」
「旧時代の倉庫でございます。鉄扉も厚く、しばらくは持ちこたえられます!」
背後から追撃の足音が近づいてくる。
「殿下方、早く中へ!」
「ルクレイン、入れ!」
「はいはい!」
ルクレインが先に滑り込み、リクターも続いて中へ入る。
リクターがデーブを振り返った。
「デーブ、お前はどうするのだ!?」
「私は外で護衛たちを援護いたします」
「無茶を言うな、お前も入れ!」
「ご心配には及びません」
デーブがいつもの柔和な、温厚そのものの笑みを浮かべた。
「殿下方のお命が、何よりも最優先でございます」
「デーブ……」
リクターが胸を打たれたように声をかける。
「無茶はするなよ」
「ありがたきお言葉」
デーブが深々と頭を下げた。
「では――」
鉄扉へと手がかけられる。
「しばし、こちらでお待ちくださいませ」
ガァァンッ!!
重厚な鉄扉が勢いよく閉じられた。
その瞬間だった。
――カチン。
暗闇の室内で、乾いた金属音が冷たく響いた。
「……ん?」
ルクレインが眉をひそめる。
次の瞬間――床が爆発的に発光した。
「は?」
古びた石板の隙間から、青白い光線が走る。
一本、十本、百本――。
複雑極まりない魔導ラインが一瞬にして繋がり、床一面へ巨大な魔法陣が浮かび上がった。
『ルクレイン!!』
アークが脳内で叫んだ。
「何だよ!」
『足元を見ろ! 転移魔術だ!!』
「見りゃ分かるわ眩しい!!」
リクターも驚愕に目を剥いた。
「何だ……!? これは……!?」
「転移魔術だってよ! 床に仕込まれてやがった!」
「転移!?」
ルクレインが鉄扉へ飛びつき、がむしゃらに取っ手を引っ張った。
ガチャガチャガチャッ!!
「開かねえ!」
外から鎖と錠で完全に施錠されている。
「デーブ!!」
リクターが顔を引きつらせ、鉄扉を猛烈に叩いた。
「デーブ! 開けろ! 騙したのかデーブ!!」
返事は一切ない。
「おい! 何をしている! デーブ!!」
青白い光の筋がさらに密度を増し、狂乱の輝きで視界を埋め尽くしていく。
ルクレインが顔を歪めてリクターを見た。
「兄貴……」
「何だ!」
「これ、めちゃくちゃヤバいやつじゃね?」
「見れば分かる!!」
『ルクレイン、陣の外へ出ろ! 早く脱出するのだ!』
「どこに出るんだよ! 床全体が光ってんだぞ!」
『くそっ……大型転移陣か!』
「大型とか今一番聞きたくなかった!!」
リクターが剣を抜き、鉄扉へ叩きつける。
ガァンッ!
だが分厚い鉄扉はビクともしない。
「デーブゥゥゥッ!!」
もう一度咆哮するが、返事はなかった。
転移陣の膨大な光が視界のすべてを塗り潰し、二人の存在を飲み込んでゆく――。
◆
その頃。
路地の奥でゾランと死闘を繰り広げていたマクシミリアンの動きが、ピタリと止まった。
「…………」
ゾランの刺突を《焔》の刀身で受け止めたまま、マクシミリアンがふと顔を上げた。
絶大な魔力の奔流。
それも、すぐ目と鼻の先の建物から。
「何だ……?」
ゾランもまた、その尋常ではない魔力の渦に気づき目を見開く。
マクシミリアンがゆっくりと視線を建物へと向けた。
三階建ての古びた石造建築。
その一階側面――鉄扉の隙間から、狂おしいほどの青白い光が漏れ出していた。
「……殿下……?」
マクシミリアンの顔から、すべての血の気が引いた。
次の瞬間――。
「どけ」
「何……?」
「どけぇぇぇぇぇッ!!!!」
マクシミリアンが怒号とともに妖刀《焔》を振るった。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、ゾランのレイピアが砕け散る。
「うっ!」
しかしマクシミリアンはもうゾランのことなど視界に入っていなかった。
一頭の野獣と化し、一直線に建物へ向けて爆走する。
「殿下ぁぁぁぁぁッ!!」
◆
倉庫の室内。
光が極限まで膨れ上がり、弾けた。
音もなかった。衝撃すらなかった。
ただ一瞬にして、ルクレインの身体から「地面」という感触が消滅した。
「――っ!?」
次の瞬間。
室内から、ルクレインとリクターの姿が完全に消失した。
青白い光が急速に収束し、消えていく。
何事もなかったかのように、部屋は再び暗闇の中へと静まり返った。
数秒後――。
ドォォォォンッ!!
爆発音とともに、頑丈な鉄扉が外側から粉々に吹き飛んだ。
疾風のごとき黒い影が室内に飛び込む。
「殿下ッ!!」
マクシミリアンだった。
だが――そこには誰もいなかった。
ルクレインも、リクターも。
古びた石板の床に残されているのは、焦げついた巨大な魔法陣の残痕だけ。
「…………」
マクシミリアンは無言のまま、その中心をじっと見つめた。
手にした妖刀《焔》が、激しい怒りと共鳴するように低く震える。
――チィィィン……。
マクシミリアンの表情から、一切の人間的な感情が消失した。
瞳の奥の光すら消え去り、ただ底なしの絶望と虚無だけが広がっていく。
「……殿下」




