82話~基準値外です~
トライレオンの素材を無事に確保した私達は、森から出て直ぐのところで野営をした。
思ったよりも手こずってしまい、魔力を使い過ぎていたからだ。一晩ゆっくり休んで、翌朝にラッセルへと出立した。
ブーちゃんの肩に揺られて、街道を突き進む。
そうしていると、
「おーい!魔術師様!」
後ろから大型のファミリアが追い付いて来た。 冒険者達のファミリアで、AランクのキマイラとBランクのバヤールだ。
冒険者達も、昨晩は泊ったらしい。1人が大怪我を負ってしまっていたし、リーダーもかなり消耗していたから移動できなかったみたい。でも、今日は4人とも元気そうに手を振っていた。
「昨日はマジで助かったぜ。ありがとうよ」
もう、何度目になるか分からないお礼を、リーダーさんは繰り返す。彼女に続いて他のメンバーも「ありがとう」とか「凄い魔術師さんなんだね」とか、口々に私を褒めちぎって来る。
私はそれに、困惑する。
どうしてこの人達は、こんなにも私を褒めるのかしら?私はただ、Cランクのトライレオンを倒しただけなのに。それも、彼女達が戦闘中の獲物を横取りしたようなものだから、怒られても仕方がないと思っていたのに…。
もしかして、私がEランク冒険者だって知っているのかしら?もしくは、ブーちゃんがDランクのファミリアだから、格上の魔物を倒して凄いって思われているのかも。
考えてみたら、今まで倒した魔物はEランクかDランクばかりだったわ。だから、今回初めてCランクを倒すことが出来た。それは確かに、凄い事だと思う。少しずつだけど、私達のレベルが上がっているって証拠だもの。
でもやっぱり、トライレオンの素材を独り占めにしちゃったのは良くないことだわ。
「ええっと、リーダーさん」
「おう。アタイの名前はドナだぜ。こっちが弓兵のジゼル。そっちの馬を操っているのが、タンクのグレースで、後ろが斥候のガエルだ」
「よろしくね!お姉ちゃん!」
「オークさんも、宜しくね!」
昨日は散々あざけ笑っていた子供達も、今では随分とフレンドリーに手を振って来る。
余程、トライレオンにやられたのが堪えているみたい。昨日は2人とも青い顔で、「ごめんなさい」と言っていたし。
いえ、Bランクパーティーがトライレオンくらいでそんなことにならないわね。きっと、それまでに強力な魔物にやられたのよ。だから、グレースさんもあんな大怪我を負っていたんだわ。
「それで、何かアタイに用事かい?魔術師様」
「あっ、そうでした。昨日のトライレオンの素材ですけど、やはりみんなで分け合いませんか?」
「何を言ってんだい。あんたが倒したんだから、全部あんたの物だろうよ」
「いえ。私は途中から入っただけですし、それまでに皆さんがダメージを与えて下さったから、勝てた面もございますので」
私がそう言うと、リーダーさんは片方の眉毛を上げる。
「あぁ?まぁ、確かに、多少は貢献したかもしれねぇな。広場に誘い出して、フレイムバーストも浴びせはしたからよ」
「そうでしょう?ですからこれを」
私はそう言って、ボイドからトライレオンの角を3本取り出し…取り出そうと思ったら、かなり重かった。落としそうになったところで、ブーちゃんが受け止めてくれた。
ありがとう、ブーちゃん。
「こちらを皆さんに…」
「そんなにもらえねぇよ。精々一本だ」
そう言って、ドナさんは一番小さな角を1本引き抜くだけだった。
たったそれだけで良いんですの?もしかして、Cランクの魔物素材なんて必要ないのかしら?だとしたら、悪いことをしたわ。
そんな風に考えていると、角を受け取ったドナさんはニヤリと笑った。
「今回はかなりの収入になるぜ。なぁ、みんな。ちょっとくらい裏賭博に足を延ばしてみねぇか?」
えっ?裏賭博?
それって、ヨルダンさんが言っていた奴よね?
「ダメよ、ドナ。貴女また、スッカラカンになって帰って来るのが落ちでしょ?」
「「そうだ!そうだ!」」
「うるせぇ。今回はいつもと違うんだよ。貴族の奴らも参加居ているみたいだし、賭けるのだって魔物同士の戦闘だ。サイコロやカードみたいに、運営側が操れる賭博よりも断然安全で金も増えやすい。ただ観戦するだけでも楽しいぞ?来いよ」
「やだよー!」
「報酬でお肉食べた方が幸せだもん!」
楽し気に会話する冒険者達。
でも、私はそんな風には思えなかった。慣れ親しんだラッセルのどこかで、裏賭博なんて怪しい物が開催されている。しかも、そこでは魔物を戦わせている?そんなの、もしも魔物が逃げ出したりしたら大変なことになるわ。
「あの、ドナさん。その裏賭博って、何処で行われているのでしょう?」
「おっ、何だよ魔術師様。あんた興味あるのか?一緒に行くか?」
「断固拒否しますわ!」
危ない、危ない。危うく、私まで連れて行かれそうだった。もう、この件については触れないようにしておこう。
〈◆〉
「それでは皆さん。私はここで」
ラッセルの街に入ると、魔術師様はそう言って帰っていった。
それを、ちびっ子達は不思議そうな目で見ていた。
「お姉ちゃん、ギルドに報告しないんだね」
「ギルドの依頼じゃないんだってさ。勿体ないよね」
確かに勿体ない。異常個体を報告するだけでも報酬が貰えるのだ。それを狩ったとなったら、依頼を受けていなかったとしても多額の報奨金が出るだろう。加えて、あの巨体のトライレオンの素材だ。きっと目が飛び出るほどの金額になるのは間違いない。それを、知人にただで譲るなんて…。
「きっと、余程の腕なんだろうな、あの魔術師様は。Aランク…いや、もしかしたらSランク冒険者なのかもしれねぇぞ」
それなら、金なんて掃いて捨てる程あるだろう。龍レベルの魔物を狩って平然としているのも、納得だ。
「それより、早く報告に行くぞ」
「そうだ、そうだ!早く換金しよう!」
「幾らになるかなぁ~」
ちびっ子達は目を輝かせて、冒険者ギルドに向って駆け出す。
何時もはアタイかグレースが注意するところだが、今日はしない。アタイらも同じくらい期待していたから。
この角。幾らになるかね。もしかして、金貨になっちまうかも。
そんなアタイの希望は、
「基準値外です」
「はぁ?」
「ですから、査定基準を超えています。換金は出来ません」
ギルドの受付によって崩される。
「なっ…基準だと?お前にはこれの価値が分からないのか?ドラゴンにも匹敵する程の強敵だったんだぞ?」
「ですから、そんな物をここで計ることが出来ない…」
「ああ、もうっ!鑑定士を呼べ!お前じゃ話にならない!」
アタイは感情を抑えられず、怒りのままに受付を怒鳴りつける。すると、彼女の後ろで作業をしていた別の受付が慌てて駆け寄って来た。
「落ち着いてください!ユニオン・ローズの皆さん。即金でのご対応が出来ないと言うだけで、何もこの素材を買い取らないと言う訳ではございません」
「…どういうことだ?」
そっちの受付嬢に聞いたところ、このような素材は持ち込まれたことが無いので、精密な査定をしなければ値段を決められないらしい。下手をすると、街のオークションになるかもとのことだった。
そんな規模のオークションなんて、ケット・シーみたいな希少魔物か、A・Sランクの魔物素材じゃないとエントリー出来ない筈。そこまでの価値が、この角にあったなんて…。
手に持つ角をじっと見ていると、受付嬢達も不思議そうに角を見詰める。
「それで、これは何の角なのでしょう?ボアやディアではないですよね?それでもかなりの大物だったと思いますけど…」
「こいつはトライレオンの角だ。3本の内の、一番小さい奴だな」
「「えっ?」」
受付嬢達は絶句するが、それは当然のことだろう。通常のトライレオンなら、角も手のひらサイズだ。こんな、象牙のような長さは見たことも聞いたことも無いだろう。アタイもそうだったからね。
驚く彼女達に優越感を覚えていると、突然受付嬢がアタイの腕を掴んだ。そして、
「ユニオン・ローズの皆さん。すぐこちらへいらしてください」
「ギルド長に報告を」
「はっ?ギルド長?」
驚くアタイを置いてけぼりに、受付嬢達は力づくでアタイらを連れて2階まで駆け登る。
なんて力をしてるんだい、こいつら。本当は受付嬢じゃなくて、名の知れた冒険者だったりしないだろうな?
「これが、トライレオンの角だと?」
通された部屋には、威圧感が凄いギルド長が座っていた。殺し屋のように鋭い目が、アタイらを貫く。
「どれ程の大きさであった?強さは?」
「象とか、グレートボアくらいの大きさがあったぜ。皮膚が堅すぎて、アタイのキマイラが爆炎魔法を放っても無傷だったんだ」
「ほぉ。トライレオンは風の魔法を得意とするからな。風のバリアで表皮を守っておったのだろう。魔法を消さねばまともなダメージは与えられん。よく、魔術師でもないお前達が倒せたな」
見透かそうとするギルド長の目に、アタイは大きく首を振る。
「アタイらじゃないって、そいつを倒したのはな」
「めっちゃ強い魔術師様が、あーしらを助けてくれたんだ!」
「龍の首に、透明な鎖みたいの巻き付けてたよ!」
「ほぉ、拘束魔法で魔力を抑えたか。なるほどのぉ。それであれば、多少のダメージは通る。余程強力な魔法を使う術師であったのだろう?」
ギルド長の目が少しだけ鋭さを失う。
アタイは大きく頷いた。
「ああ、魔法も強かったし、従魔もヤバかった。3本のチャージランスを、ちっこい盾だけで防いじまったからな」
「強かったよね、あのオーク」
「お姉ちゃんとの連携も凄かったもんね」
「なにっ?」
ちびっ子達がはしゃいでいると、ギルド長の目がまた鋭くなった。
「オークで異常個体に打ち勝っただと?どういうことだ?魔術師の名は?」
「あ~…聞いてなかったな。アタイらは魔術師様って呼んでたし。このギルド所属じゃないのか?」
アタイの疑問に、ギルド長はドアの横に立っていた受付嬢に視線を向ける。
彼女も首を振った。
「現在ギルドに所属している冒険者で、オークを従魔にしている方はいらっしゃいません」
「あの者はどうなのだ?」
「クロアさんですか?彼女の従魔はEランクだと聞いています。オークは最低でもDランクですし…」
そのクロアってのは絶対に違う。あの強さでEランクな訳がない。絶対に、伝説の魔物に違いないんだ。
…見た目はどう見てもオークだったけどな。
「と、なれば、外から来た冒険者か。あまりに多くの者が呼びかけに応じてくれたからな。我々でも把握しきれなくなっている。その様に強力な魔法と従魔を従えているのなら、高難易度のクエストを処理して欲しいものだが…」
ギルド長が嘆くと、受付嬢が嬉しそうな声を上げる。
「それでしたら、素材を売った時に分かるのではないですか?ドロップしたのは角だけではないのですよね?皮や魔石を売ったら、その情報がギルドにも…」
「ああ、そりゃ無理だぜ」
アタイは片手を振る。
「そいつ、素材を知人に譲るって言ってたぜ」
「なんとっ!?」「何ですって!?」
ギルド長と受付嬢が、同時に驚愕する。そして、2人で顔を見合わせた。
「この常識外れな行動は、まさしく…」
「クロアさん…のように思えるんですけど…でも従魔が…」
おいおい、あの従魔がEランクな訳ねえだろ?
迷走する2人を、アタイは鼻で笑った。
ブーちゃんの判定は、何度やってもEランクです。
「あ奴もバグっているからな」




