83話~考え事ですの?~
週が明けて、今日からまた勉強の日々が始まる。
私は早めに目が覚めたので、余裕をもって朝食会場へと着くことが出来た。
会場では相変わらず、激しい小競り合いが勃発しているが、私は何も気にせずに席へと座り、ブーちゃんが闇魔法で取って来てくれた朝食にナイフを入れる。
とても優雅な朝食だ。それは、時間的に余裕があるだけじゃなく、心にも余裕があるからだ。
昨日。冒険から帰ってきた私は、そのままベンジャミン先輩の元へと向かった。日曜日だったけど、彼は特別に開けてもらった実験室で何かの作業をしていた。そして、私の取り出したトライレオンの素材を見て大層喜んでいた。
「うわっ!予想よりも遥かに大きな皮だね!書物では子犬くらいの大きさだって聞いてたから、10体くらいの皮を繋ぎ合わせようかと思っていたけど…これなら君のオークだって使えるローブを作れそうだ。この魔石も凄く鮮やかだし、これなら数年単位で使える魔道具を作れそう」
先輩はあまりに驚いたからか、「本当にCランク?Aランクの亜龍でも狩ったんじゃない?」なんて言われていた。
先輩ったら、そんなことある訳ないじゃない。もしも私達がドラゴンとなんて遭遇しちゃったら、一瞬で黒焦げにされちゃうわ。
先輩は角で剣を作ることも出来ると言っていたけれど、それはお断りしておいた。立派な剣を作ってもらっても、私じゃ扱えないもの。ブーちゃんも全力で首を振っていたわ。
なので、角はボイドに仕舞い直した。いつか、装飾品でも作ってもらいにお爺さんの工房へ行ってみようかしら?
角の使い道は追い追い考えるとして、当初の目的だった目立たなくする魔道具は問題なく製作に取り掛かってもらえることになった。先輩が言うには、今週の末には間に合うと言われていた。
そうしたらもう、冒険者ギルドに行っても変な噂を立てられることも無くなる。魔道具を使えば、色々な姿に変身できるって聞いているし、ローブは存在感を消してくれるらしい。本当に楽しみだわ。
「おはよ~」
私が心を躍らせていると、眠そうなエリカさんが私の前の席に座る。そして、ブーちゃんが彼女の前にも料理のお皿を並べると、「ありがと~」と覇気のないお礼を言いながらソーセージを頬張った。
なんだかもう、ブーちゃんが配膳することに驚かなくなったわね、この子。
「週の始まりと言うのに、随分と眠そうね。夜更かしでもしましたの?」
「うん。ちょっと、ケントがなかなか帰ってこなかったから、心配で起きてたんだ」
休日の夜遅くに、何をしていたのかしら?何か、危険なことをしていなければいいのだけれど。
…私が言えた話ではありませんけど。
「そのケントさんはどうされたの?まさか、まだ寝ているとか?」
「ううん。私が起きた時はもう、居ないみたいだったよ?」
そう言えば、前もそんな感じだったわね。
一体彼は、何をしているのかしら?
私は妙に胸騒ぎがした。
それが、当たった。
「皆さんに連絡事項があります」
魔法学の授業が始まる前に、カステル先生がそう言って厳しい目を私達に向けて来た。
何かしら?私達、何か悪いことをしたのかしら?
そう思ったのは、私だけじゃなかった。Cクラスのみんなはそわそわして、慌てて身なりを整える子も何人かいた。
そんな生徒達の前で、先生は重々しく口を開く。
「最近、ラッセルの下町で非常に危険な賭け事が横行していると、衛兵所から通達が来ています。そこでは違法な売買がされており、少しでも関われば大きな罪に問われるものです」
先生の発言に、みんなは顔を見合わせる。中には何か知ってそうな顔で、先生から視線を逸らせる人もいた。
先生は続ける。
「加えて、このような情報も入ってきています。その賭博場付近で、我が校の制服を着た人物を見かけたと」
「えっ!?」「うそっ…」「誰?」
先生の爆弾発言に、みんなは堪らず声を漏らす。近くの人とヒソヒソ内緒話を始める。
それを断つ様に、先生は声を大きくした。
「良いですか?皆さん。これがただの噂であり、我が校の生徒が付近を彷徨くなど、ありはしないデマだと私は信じています。ですが、もしも心当たりがある人がいれば、すぐに止めなさい。もしもそれが何かの誤解や、やむを得ない事情があったとしても、先ずは我々教師に相談なさい。
この件に関わっていない人達も同じです。何か困り事や不安を抱えていたら、遠慮なく我々に相談なさい。どんな些細な事でも、我々に教えて貰いたいのです」
そこまで言って、先生は「では授業を始めます」と素早く切り替える。
でも、みんなはまだ動揺したまま。そんな早くは切り替えられなかった。
それは私も同じ。ヨルダンさんと歩いていた時に見かけたあの影は、やっぱり見間違えなんかじゃなかった。そう思うと、あれが誰だったのか凄く気になった。名門ロゼリアの学生でありながら、フリーカンパニーなんて怪しい人達と行動を共にしていたあの人に、一体どんな事情があるのか。
「それでは、今日から反射の魔法に入ります。相手の攻撃を跳ね返すだけでなく、自分の魔法の軌道を変えるなども出来ますので、とても便利で使い勝手の良い魔法です」
おっと、いけない。授業に集中しないと。
新しい呪文に、みんなは嫌でも意識を戻される。私もノートを広げて、発音の注意点やコツを書き込み、先生と一緒に発音練習を行う。そして、教卓の方へと移動して実際にやってみる。
かなり発音が難しいけど…出来るかしら?
「我に向くあらゆる敵意の向きを変え、理を変え、あらゆるものを跳ね除けよ!リフレクション!」
また一発で魔法が発動した。
…けれど、思っていたのとは違う方向に飛んで行ってしまった。やっぱり、私の魔法センスは変わっていないわね。
そう思ったんだけど、
「はい。ちゃんと発動しましたね、バーガンディさん。席に戻って自習をしていてください」
先生に褒められてしまった。
よく見ると、魔法が発動しないで居残りとなる生徒が沢山いた。みんな、発音の難しさと長さに疲弊している様だった。魔力量が足りないから?
「ぎゃっ!」
そんなことを考えていると、聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。見ると、教卓の上でエリカさんが倒れていた。
ええっ!?
「エリカさん!」
私はエリカさんに駆け寄り、慌てて抱き起した。彼女はぐったりと目を閉じていた。
「一体、何が?」
集まって来たみんなを見上げると、近くにいたハンナさんが答えてくれる。
「あの、魔法が上手く発動しなかったみたいで…それで、自分の方に反射して…」
そんな。クラスで一番魔法の上手なエリカさんが、そんなミスをするなんて。
驚愕していると、先生も近寄ってきてエリカさんの様子を見てくれる。
「魔法で解析しましたが、外傷はないようです。ショックで気絶しているみたいですね。医務室に運びましょう」
「私が運びますわ」
「俺も行く」
私がエリカさんを担ぐと、ケント君も暗い顔で付いて来ようとする。でも、彼はまだ魔法を成功していなかったので、先生に呼び止められてしまった。
大丈夫ですわ。私一人で医務室まで行けますから。
そう思っていたのだが、教室を出て階段を降りている内に後悔し始めた。足がプルプルし始めて、息が上がって来た。
人間って、とっても重いのね。体が直ぐに流れそうになるし、バランスを取るだけで大変だわ。
【ブフー】
私が四苦八苦していると、ブーちゃんの腕がエリカさんを抱えてくれた。
ありがとう、ブーちゃん。
私達は医務室まで向かう。
部屋の中ではペニントン先生が足早にベッドの間を歩いており、私達が入ると何も言わずにエリカさんの様子を窺った。そして、棚から小さな入れ物を取ってきて、その中身をエリカさんに嗅がせた。
途端に、
「くっさぁー!」
エリカさんが目を覚ました。
ブーちゃんにベッドへ下ろしてもらい、彼女の顔色を確認する。良さそうに見えるけど…。
「体調は如何ですの?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていたら、ミスしちゃった。えへへ」
「考え事ですの?」
「うっ、うん」
作り笑いで誤魔化そうとしていたエリカさんは、ぐっと言葉に詰まり、手元に視線を落とした。そして、顔を上げると、周囲の様子を確認してから声を落とした。
「カステル先生が言ってたことを考えちゃって。もしかしたら、ケントがその目撃された生徒なんじゃないかって、そう思っちゃって」
「ケントさんが…あっ」
思い出した。そう言えば先週、ケントさんの部屋を訪ねた時に彼は言っていた。最近は物入りだから忙しいって。エリカさんと行動を共にしないのも、お金の心配をして奔走しているからと聞いていた。
それらを組み合わせると、私でも彼が怪しいと思えてしまう。お金を得るために、ギャンブルは手っ取り早い手段だと思えてしまうから。
…それで幸せになった人を見たことが無いから、私は疑問に思うけど。
「ケントがそんなことしないって分かっているけど、けどもしかしたらって思っちゃったら、何だか居ても立っても居られないんだ。あいつって結構無茶もするし、効率ばかり考えるところもあるから」
「そうよね…」
エリカさんの心情は良く分かるわ。もしも親友がそんなところに出入りしていたとしたら、どうしていいか分からないもの。
直接ケント君に問いただせたら一番早いけれど、最近の彼は授業以外は何処かに行ってしまっていて、殆ど会話も出来ないのよね。
そうなると…カステル先生が言っていたみたいに、先生達に相談する?いいえ、それは不味いわ。本当にケント君が賭博行為に手を染めていたとしたら、退学になる可能性が高いもの。
どうするべきかしら…。
【ブフーフ】
迷っていると、ブーちゃんの声が聞こえた。そして、ボイドから羊皮紙の切れ端が出てくる。
そこには…。




