84話~よし。なら相談だ~
「こんにちわ…」「こんちわ~」
放課後。
エリカさんの不安を聞いて、私は彼女を連れて冒険者ギルドの扉を開いていた。
と言うのも、ブーちゃんからの〈頼れる大人に相談するべき。教師が信用できないなら、教育機関との関係が薄い人に相談してみたら?〉とアドバイスを貰ったからだ。
教育機関って、学園の事よね?そことの関係が薄くて、頼れそうな大人が居ると言えばここしかない!と思ってここまで来ていた。
以前来た時と同じように、私はピクニック用の装備を身に着け、エリカさんは外着に着替えていた。それでも、周囲からは嫌と言う程注目を浴びてしまっている。特に私に視線が集中しており、「例の子か?」「チームは何処に入っているんだ?」「この前のドラゴン退治も、この子の手柄なんじゃ…?」なんて声が聞こえてきた。
ああ、もう。ベンジャミン先輩には一刻も早く、目立たなくなる魔道具を作って欲しいわ。じゃないと、とうとうドラゴンスレイヤーの異名まで付きまといそうよ。
「よぉ、嬢ちゃん」
根も葉もない噂話に私が疲弊していると、気さくに声を掛けてくる男性が1人。
ランベルトさんだ。
「今日はどうしたんだ?お仲間を連れているってことは、クエスト受注じゃなさそうだな。何か困り事か?」
「ええっと、実は…あっ」
ランベルトさんなら毎回豊富なアドバイスをくれるから、頼れる大人かなっと思って話そうとしたけれど、以前に図書館の依頼を受けていたことを思い出した。
「あの、ランベルトさんはもう、図書館の依頼は終わりましたか?」
「ああ。あの日の内に終わったぜ。どうした?あまり周りに聞かれちゃ不味い話か?」
「ええ、実は」
私が頷くと、ランベルトさんは「なら、個室がいいな」と言って、ギルドの個室を手早く手配してくれた。
うわぁ。出来る大人だわ。
「それで、何があったんだ?2人とも」
ランベルトさんはいつもの飄々とした態度ではなく、真剣な雰囲気で私達に問いかけて来た。
それに、私は安心感を覚え、ケント君のことを相談した。
「彼に直接聞いてみた訳ではないのですが、最近の行動を見ているとどうしても不安になってしまって…」
「なるほどなぁ。行動は見えないが、発言には危うさを感じる。ギャンブルで身を滅ぼす奴ってのは大抵、切羽詰まって思考が短絡的になっている奴らだからな」
なんだか、他人事の様には感じない。私も、再召喚で頭がいっぱいだった時に無茶をしてしまった。もしもあの時、ファミリアがブーちゃんじゃなかったら、私は今頃ここにはいなかったわ。
「何とかなりませんか?ランベルトさん」
「そうだなぁ~。俺らが殴って連れ戻すって事も出来るが、それじゃあ意味がねぇ。ギャンブルにのめり込んじまった奴らってのは、ちょっとやそっとじゃ止めねぇもんだ。悪魔が身も心も支配しちまっているようなもんだから、心にグッとくる何かを叩き込む必要がある」
「あたしが叩き込むよ!」
エリカさんが鼻息を荒くする。
それに、ランベルトさんは微妙な顔をする。
「ああ、俺もそれが効果的だとは思う。だがな、嬢ちゃんには危険だ」
「大丈夫だよ!あたし、魔法も結構得意だし!」
「立場的に危ないって言ってんだ。嬢ちゃんも学園の生徒だろう。賭博場に近付いたりしたら、かなり不味いんじゃないか?」
「ぐっ…そうだけど…」
エリカさんが押し黙る。
そうよね。生徒である私達は近づくことも出来ない。
でも、
「ランベルトさんは、ケントさんの顔が分かります」
「分からねえ。だから、俺も悩んでんだよ。本心では、嬢ちゃん達と一緒に行きてぇ。その方が確実だし、効果的だからな」
ん”~~っと深く唸るランベルトさん。でも直ぐに顔を上げた。
「よし。なら相談だ」
誰に?
私達はランベルトさんに付いて行き、2階へと上がる。
そうして来たのは、
「それで、儂の元へ来た訳か」
冒険者ギルド長のボーウェンさんの部屋だった。
ランベルトさんが両手を合わせる。
「頼むぜギルド長。あんたの権限で、俺達に依頼を飛ばしてくんねえか?」
「ギルド長権限でクエストを発注せよと?衛兵まがいのことを冒険者が行えば、行政と揉めることにもなる。冒険者が手を出す大義名分でもあれば、別なのだがな」
ボーウェンさんの言葉で、私は一つ思いついた。
「あの、ギルド長。その賭博場、かなり多くの冒険者達も利用しているそうですよ?散財する人も結構いるって、ユニオン・ローズのドナさんが言われていました」
「なるほど。健全な冒険者活動に支障をきたしていると。伯爵が折角捻出した補助金がそちらに流れていると言えば、我々が動く道理にもなる…か。よしっ」
ギルド長は立ち上がると、私の目の前まで歩いて来た。
えっ?何ですの?
「今から伯爵の元へと向かおうと思うのだが、クロエ・バーガンディの名で一筆書いてはくれぬか?その方が、話も早く済むと思うのでな」
「ええっ!?」
「嫌なら、一緒に来てもらうが…門限があるのではないか?」
「ぐっ…」
それなら、手紙を書く方が何倍も良い。良いけど、領主様に向けた手紙なんて直ぐには書けないわ。
私が、ぐぬぬっ…と歯を食いしばっていると、ボイドから1枚の用紙が落ちて来た。そこには、ボーウェンさんが言っていた言葉がきっちりとした文言で書かれており、署名欄だけが空けられていた。
ぶ、ブーちゃん、貴方…ビジネス文章まで書けるようになったの?
「ほぉ、もう出来ているではないか。流石は侯爵令嬢であるな」
ボーウェンさんが覗き込んで来るけど、違いますわよ!私じゃありませんわ!
そう思いながらも、私はちゃちゃっとサインを終わらせ、ボーウェンさんに渡す。
「ではこれで、伯爵と話し合って来よう。直ぐには決まらぬであろうから、諸君らは勉学に励むが良い」
「俺が受注して、嬢ちゃんに声掛けしに行くぜ。放課後は空けといてくれよ」
「分かりましたわ」
「分かったー!」
エリカさんが元気に手を上げると、ランベルトさんは悲しそうに首を振る。
「エリカちゃんはダメだ。冒険者じゃないからな」
「じゃあ、あたしも冒険者になる!」
「かっか!儂の発注する依頼を、Eランク冒険者が受けられる筈なかろう」
えっ?
「あの、私もEランクなのですが?」
「其方は別だ。特別に、高ランクも受けて良いことに儂が手配しておるのでな」
ええっ!?何よそれ!
憤慨しようとしたけれど、ボーウェンさんは逃げるように部屋から出ていってしまった。
もう、なんなのよぉ…。
その日はそのまま、学園へと帰った私達。もしかしてケント君が帰ってきているかと思い、部屋をノックしてみても反応がなかった。もしかしたらと玄関の守衛さんの所へ行ってみると、彼の名前が外出者の欄に書かれていた。しかも、ほぼ毎日だ。
「これじゃあ、会える訳ないわよね」
「ケントの奴、なんでこんなに忙しそうなんだろう…」
不安そうにするエリカさんだが、ボーウェンさんが動いている事を言うと少し安心した様子に戻っていた。
お陰で、翌日の授業は何時もの彼女に戻っていた。
「はい!先生。コカトリスやバジリスクに石化された時に使う石化解除剤は、バロフェン草を使います!」
薬草学の授業で、エリカさんは高々と手を挙げながら答える。
それに、クリントン先生も口元を緩める。
「その通りだ、ミス・エリカ。石化解除剤で知られるストルナーの主成分はバロフェンから抽出される。よく勉強しているな」
「えへへ〜」
先生に褒められて喜ぶエリカさん。その様子を見て、私も安心した。
「良かったわ」
「何が良かったんです?」
隣に座っていたハロード様が首を傾げる。
それに、私はエリカさんへ視線を戻しながら答える。
「彼女、最近元気がありませんでしたから。調子が戻って良かったと思いまして」
「ああ…そうですね。何か落ち込まれる様な事があったのでしょうか?」
「ええっと…ほら、賭博場の件で。先生方が怖かったので、それでですわ」
ケント君の事がバレないよう、少しだけニュアンスを変えて答える。
すると、ハロード様は乾いた笑い声を上げて首を振った。
「ははっ。あれは誰でも不安になります。ちょっと脅し過ぎだと、僕でも思いましたから。賭博場くらい、ラッセルほど大きな街なら1つや2つあるものですよ」
「そうなんですの?」
「ええ」
ハロード様は大きく頷く。
「大きなお金が動きますからね。その街の経済を回す意味でも役に立っています。ですので、街によっては大々的に賭博場を運営管理している所もあるくらいですよ。領外の外貨を稼ぐ手段としてだけでなく、娯楽としての面も大きいので、娯楽の少ない庶民や賭け事を好む人の救いになっているのです。ですので、僕は悪い事とは思いません。やり過ぎて散財するのはどうかと思いますが」
「そ、そうなんですの…」
ギャンブルをやらない私からしたら、賭博=悪と思っちゃっていたから、ハロード様の意見は新鮮だった。
商人としては、賭博も1つの商売なのかしら?
その時はそう思ったけど、時間が空いて考えると、やっぱり賭博は怖いものだという思いが強くなっていった。
この昼食の席に、ケント君が居ないのが何よりの証拠だ。
私達はハンナさんに連れられて、ネメシア寮で昼食を摂っていた。
そこに、
「バーガンディ様!」
クラスメイトが駆け寄ってきた。
名前は…ええっと…。
思い出そうとしていると、その子が焦った様子で寮の入口を指さす。
「バーガンディ様にお客様ですわ。すぐに正門へ来て欲しいと、男性の方が…」
それを聞いて、私はすぐに立ち上がる。門へと駆け出すと、後ろをエリカさんも付いてきた。
そして、正門に着くと、そこにはランベルトさんが立っていた。
「嬢ちゃん。今すぐギルドに来てくれないか?」
「どうしたんですの?」
「…面倒な事になった」
面倒?
ランベルトさんの様子に、私は胸騒ぎがした。




