81話~ドラゴン級じゃないか…~
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
息を切らしながらも、アタイは獣道を必死に走る。アタイの肩には盾役のグレースがぐったりと体を預けている。無力に垂れ下がる彼女の手先からは、一筋の血が道しるべのように垂れ続けていた。
巨大なトライレオンにやられた怪我だ。あの図体からは考えられない程素早く、そして矢のように速い舌の攻撃がアタイらを苦しめていた。
それに加えて、
「ドナ!」
「ちっ!」
ジゼルの叫び声に合わせて伏せると、直ぐ近くから化け物の長い舌が飛んで来た。その飛んで来た方向には、いつの間にか化け物が大きな口を開けて待っていた。
トライレオン最大の脅威、姿消しだ。これのせいで、アタイらは何度も奇襲攻撃を食らっていた。グレースがやられたのだって、いつの間にか背後にまで迫っていた化け物に気が付かず、背中から角で突き刺されてしまったからだ。
直ぐにハイポーションを2本使ったが、まだ傷が塞がらない。装備を脱がせて傷口に直接ポーションを掛けてやりたいが、そんなことしている隙がない。
「この!」
ジゼルが素早く反撃する。矢を2本同時に放ち、化け物に命中させた。
だが、その矢は化け物の頑丈な表皮に当たると、虚しく弾き飛ばされてしまった。
この防御力も厄介だ。弓矢やナイフじゃ傷一つ付けられやしない。アタイのロングソードなら少しは通るかもしれないけど、奴は器用にも角で受け止めちまう。そして次の瞬間には姿を消して、またアタイらの背後から襲って来る。
「どうすんだよ!ドナ」
ガエルがアタイを見上げながら、焦った様子で聞いて来る。その隣で追走するジゼルの顔も暗い。久しぶりの窮地に、まだCランクのこいつらは浮足立ってい待っていた。
チームリーダーでもあり、Aランクのアタイが受け止めてやらねえと。
「慌てんじゃないよ。この先に開けた場所がある。そこで、迎え撃つよ」
こんな暗くて狭いところじゃ、相手の思う壺だ。ただでさえ擬態されて見えないのに、満足に剣も振るえない。
それに…。
「見えたよ!ドナ!」
ジゼルの声で前を向くと、そこは少しだけ明るくなっていた。
よしっ。
アタイは力を振り絞り、そこまで駆け抜ける。すると、目の前にかなり広い空間が広がった。太陽の光も十分に差し込む明るさ。ここなら、十分だ。
「来な!マイラ!」
アタイが叫ぶと、胸当ての下が赤く光り、その赤い光が大きな形を作り出す。Aランクの従魔、キマイラだ。
「やっちまいな!マイラ。フレイムバースト!」
【ガウゥウアア!】
マイラは一声なくと、ライオンとヤギ両方の口から獄炎の炎を噴き出す。その炎が、丁度森から出てきた巨大トライレオンを呑み込んだ。
「やった!流石はマイラ!流石はドナねぇ!」
「良くもビビらせてくれたな!バカカメレオン!あーしらの恐ろしさ、思い知ったか!」
ちびっ子達がはしゃぐ後ろで、アタイは両足を踏ん張る。危なくグレースを落としそうになったので、慌てて彼女を地面に寝かせる。
召喚した時にもかなりの魔力を持って行かれたけど、今の一撃は比較にならないほど力を吸われちまった。2発目を撃ったら、意識が飛んじまうかもしれない。Aランクの従魔だから仕方ないんだけど、こいつは本当に大喰いだ。
でも、それだけ強力な従魔だ。爆炎が収まるとそこには、真っ黒に焼け焦げた木々だけが寝そべっていた。これではドロップ素材は跡形もなく燃え尽きているだろう。ギリギリだったから仕方がなかったが、惜しいことをした。あれだけの大きさなら、素材も高値で売れただろうに。
まぁ、異常個体討伐の報酬と、魔石の売値を合わせるだけでも十分だな。
「あれ~?無いよ~?」
「魔石が見当たらな~い」
焼け跡に嬉々として飛び込んでいったちびっ子達だが、そんなことを言って周囲を探し始めた。
それを聞いて、アタイは肝が冷えた。
「マイラ!」
【ガル?】
急いで従魔に命令を下そうとした。でも、出来なかった。私の声で振り返ったマイラは、突如横から現れたトライレオンの角によって、わき腹を貫かれてしまった。
【ガァ…】
【シュルルルゥ…】
「マイラァ!」
串刺しにされたマイラを呼ぶも、マイラは答えることなく首を落として、やがて消えてしまった。
「そんな…」
あのマイラが殺られるなんて、考えられない。この化け物は、それ程までに強力なのか。Aランクのキマイラをあっさりと倒す程の脅威。そんなの、もう…。
「ドラゴン級じゃないか…」
アタイの呟きに、幻想龍のギョロっとした目がこちらを向く。何かを考える様に首を傾げ、少しだけ口を開ける。
来る!
「くっ!」
高速で打ち出される舌を、アタイは間一髪で避け、
「がっ!」
避けきれなかった。直進の動きから急に曲がり出したその舌で、アタイの体は縛られてしまう。そして、物凄い力で引っ張られ、アタイの体が宙を舞う。大きな口を開ける龍の口へと吸い込まれていく。
食われる。いいや、
「やられるかよ!」
食われる寸前、アタイは龍の唇を掴んでそれを阻止した。
だが、そんなのは些細な抵抗。龍の舌は物凄い力で、アタイの体は引き千切られそうになる。
「ドナねぇ!」
「リーダー!」
ジゼル達が必死で龍を攻撃するが、あいつらの攻撃力じゃ龍の外皮は傷一つ付かない。
くそっ、くそぉ…。アタイは、こんな所で死ぬのか?折角、Aランクの従魔を引き当てて、何もかも順当に言っていたのに、こんな…。
「助けて…誰か助けてくれ!!」
もう、なりふり構っていられなかった。アタイは、神にも縋る想いで叫んでいた。
そこに、
「ブーちゃん!」
【ブッハー!】
少女と魔獣声が響き、次の瞬間には龍の頭上にオークが現れた。そいつの両拳が、龍の脳天へと思いっきり振り下ろされる。
ドンッ!
【ギュエッ!】
龍の目が飛び出て、吐き出されるようにしてアタイの体は吹き飛ぶ。地面を何度か転がり立ち上がると、そこでは龍とオークの戦闘が始まっていた。
【ブハッ!ブハッ!】
龍がオークを食べようと、その長い舌を何度も発射する。でも、オークはそれを軽やかなステップで避けて、空振りしたその舌を捕まえてしまった。
なんて俊敏な動きをするオークなんだ。まるで、ベテラン冒険者を見ている様だ。
私が目を張る先で、オークは更に攻勢に出る。捕まえた舌を脇の下に挟んで、ブンブンと大きく振り回し始めた。そうすると、龍の体もそれにつられて振り回され、ジャイアントスイングが完成した。
オークはそれを、
【ブッハー!】
思いっきり投げ飛ばした。
弧を描いて投げ飛ばされた龍は、近くの木に激突する。
【ギョェッ!】
苦しそうな声を上げる龍。でも直ぐに立ち上がり、ギョロギョロと目玉を怪しく動かす。そして、徐々に体が透明になっていく。
また、消えてしまった。
「気を付けろ!背後から来るぞ!」
「お任せ下さいまし!」
少女はそう言うと、何処からか杖を取り出す。そして、何か呪文を唱えて杖を振ると、杖先から光の粒が噴出した。その光の粒が、龍の周りに纏わりついて、奴の姿を浮かび上がらせた。
凄い。こいつ、魔術師だったのか。
「あそこよ!ブーちゃん!」
【ブッハハー!】
魔術師は魔法で小さな盾を作り出し、それをオークに与える。オークはそれを掴んで、まるで手甲のように振り回す。露わになった光の龍に向って、両拳を叩きつけた。
【ギョェッ!】
堪らず、龍が再び姿を現す。オークを脅威と認識したのか、頻りに角を振り回して攻撃する。
だが、オークも負けていない。盾で角を弾き飛ばし、上がった龍の顎目掛けて的確に拳を叩き込んでいた。
その姿はまるで、グラディエーターそのもの。闘技場の中で、凶悪な魔獣と1対1で戦う猛き戦士のようであった。
「すげぇ…」
「あのバケモンと、正面から戦ってるよ…」
ちびっ子達も口をあんぐりと開けて、ただ激闘に見入っていた。
確かに凄すぎる激闘で、アタイらが入る余地はない。だけど、決定打は決められずにいた。龍の外皮が堅過ぎるのか、幾ら殴っても龍にダメージが通っている様には見えない。
加勢するか?アタイのロングソードなら、もしかしたら傷付けられるかもしれない。でも、あの巨大生物達に割って入るのは危険だ。簡単に押しつぶされちまう。
そう思って、足が前に出なかった。
そんな時、
「チェーンバインド!」
魔術師が前に出た。半透明の鎖を作り出して、それを龍に向って投げた。鎖は途中で勢いを失うけど、それをオークが受け取って、龍の首に巻き付けた。
途端に、龍の動きが鈍くなった。オークの放つ一撃に、より苦しそうな声を上げるようになった。
これは、ダメージが通っている。あの鎖は、龍の力を吸い取る魔法なんだ。
【シュルルゥ…】
もう少しと思ったところで、再び龍が姿を消す。首に掛かっていた鎖も、虚しく地面に落ちてしまった。
「サーチ!チェーンバインド!」
それでも、魔術師は諦めない。再び光の粒子で行方を掴んだ龍に向けて、魔法の鎖を放つ。今度は直接、龍の首へと巻き付いた。
チャンスだ!
「今よ!ブーちゃん!」
【ブフー!】
魔術師の合図で、オークが高く飛び上がる。両拳を高々と掲げ、龍の頭へと躍りかかる。
そして、
【ブッハハー!】
強烈な一撃を、龍の脳天へと叩き込んだ。
【シュゥ…】
龍が沈む。長い舌を出しっぱなしで、地面へと体を横たえた。そして、外皮を残して萎んでいった。
討伐成功だ。
「うぉおおお!」
余りの事に、アタイは叫んでいた。ちびっ子達と一緒に跳び上がり、魔術師の元へと駆け寄っていた。
「すげぇな!あんた!すげぇ魔術師だったんだな」
「えっ?ええっと、凄いかどうかは分かりませんが、魔術師であることは確かですわ。卵ですけど」
マジか。これでまだ卵なのか?Aランクのキマイラですら倒せなかったドラゴン級を、殆ど無傷で倒しちまったってのに。
やっぱり、しっかりと魔術を勉強した奴ってのは凄いんだなと感心すると同時に、従魔ってのはランクだけじゃ強さが分からないものだと痛感した。
【ブフ?ブフフ】
そう思い知らされたオークは、勝利の余韻も程ほどに、早速ドロップした素材の状態を確認している様だった。
…こいつ、本当にオークなのか?




