【特別傍聴ルポ】足利・限界団地ミイラ遺棄事件(『実話裏社会ジャーナル』2025年4月号より抜粋)
「蜘蛛が遺体を喰っていた」――法廷で飛び出した被告夫妻の異様な供述
■「生活苦」を盾にする被告夫妻
2025年2月中旬、宇都宮地裁101号法廷。
証言台に立ったファム・ミン被告(29)と、その妻タオ被告(27)は、通訳を介してうつむき加減に問いへ答えていた。
公訴事実はおもに死体遺棄および詐欺。すでに起訴内容自体は認めているものの、量定を巡る尋問の中で、法廷内の空気が凍りつく一幕があった。検察側が突きつけた「遺体の損傷状態」に関する追及の場面である。
司法解剖の結果、自室でミイラ化していた俵崎栄一郎さん(当時89)の遺体には、手指や顔面の一部に著しい食害痕が確認されていた。検察官が「遺体を不衛生な状態で放置し、損傷させたのではないか」と問い正すと、通訳を挟んだミン被告の口から、突拍子もない弁明が飛び出したのだ。
「違います。毎日、遺体に蜘蛛がたかっていたんです。私と妻で何度も払い落としましたが、次の日になると、どこからともなく無数の蜘蛛が湧いてきて……とても気味が悪かった。身体が削れていたのは蜘蛛のせいです。私たちは何もしていません」
■法医学を無視した「蜘蛛」の存在
この供述に対し、検察官は呆れたように検出資料を掲げた。
「司法解剖の鑑定書によれば、遺体には確かに小型昆虫による食害痕が認められます。しかし、人体サイズの遺体を食べるために蜘蛛が群生するなど、生態上あり得ません。あなたがたが見たというのは、ハエの幼虫や甲虫の誤りではないですか?」
検察官の指摘に、ミン被告は激しく首を振った。
「絶対に違います。赤いやつです。小さいのもいれば大きなやつもいる、あそこに前からいる蜘蛛です。何十匹も、遺体に群がるようにして……」
傍聴席から漏れた小さなざわめきを、裁判長が槌音で制する。
死体解剖に当たった法医学者の見解では、現場から蜘蛛の大量発生を示す形跡は確認されていない。夫妻が現実の昆虫を見誤っていたのか、それとも極限状態による精神的失調だったのか。いずれにせよ、意図が不明確な不気味な主張であった。
■「あの井戸に捨てたら極楽に行けない」
さらに不穏な空気は、検察側の被告人質問で「なぜ遺体を自室から移動させ、別の棺へ押し込むという無謀な手段に出たのか」という経緯を質した際にピークに達した。
検察官「発覚を恐れたのであれば、なぜマンション裏手の敷地や、あるいは人目のつかない山林に埋めようと考えなかったのですか? 敷地内には大きな丸井戸(※住民がゴミを投げ込んでいた井戸)もあったはずです」
その質問が通訳されると、それまで淡々と応じていたタオ被告が急に顔を強張らせ、消え入るような声でこう答えたのだ。
「最初は……あの丸井戸に捨てようかという話も出ました。でも、だめです。あそこは駄目なんです」
検察官が「駄目とはどういう意味ですか」と尋ねるとタオ被告は震えながら言葉を続けた。
「あそこに捨てられたものは、極楽浄土に行けなくなってしまうから……。俵崎さんは親切にしてくれた人だから、可哀そうだと思いました。だから、ちゃんと棺桶に入れてあげたかったんです」
通訳がその言葉を拾い上げると、法廷内には何とも言えない不気味な沈黙が広がった。
身勝手な不法占有と詐欺を重ねていた被告らが、土壇場で口にした「極楽浄土」という言葉の不釣り合いさ。そして何より、来日して数年の外国人が、なぜあの「丸井戸」に対してそこまでの強い恐怖と忌避感を抱いていたのか。
ファム夫妻も丸井戸を利用していたことはたびたびあった。ゴミをいくら投げ込んでも構わないが、遺体を遺棄することだけは、たとえリスクを抱えることになっても避けたかったようだ。
裁判は結審し、ミン被告には懲役3年6月の実刑判決が、タオ被告は実行犯ではないことや妊婦であることが考慮され、執行猶予付きの判決が言い渡された。両名は刑期終了後に即座に祖国へと送還される。
だが、彼らが俵崎さんの部屋で目撃したという「無数の蜘蛛」と、丸井戸に対する「異常な恐れ」の真実については、ついに法廷で解明されることはなかった。




