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だが、私には納得がいかなかった。
「教授」
千紗の制止を無視して、私は座ったまま少し身を乗り出した。
「協調性という言葉で、論理の欠損を隠蔽することは学問の態度として不適切です。前提となる定義域を省略した数式は、ただの『それっぽい文字列』であり、真理ではありません。曖昧さを許容するシステムは、いずれ予期せぬ例外処理によって致命的なクラッシュを引き起こします。私はただ、そのエラーを事前に指摘しただけです」
教授の眉が、不快そうにピクリと跳ねた。
彼が説いているのは学問の正しさではない。教授としてのメンツであり、講義という予定調和なプログラムを、波風を立てずに完遂するための「保身」に過ぎないのだ。
「茅野さん、君は――」
「しかし、定義が不完全なまま進めるのであれば、それは――」
私がさらに論理のナイフを突き立てようとした、その瞬間。
――つ、と。
机の下で、千紗の手が私の太ももをきつくつねった。
安物のスーツの生地越しに、強い物理的な痛みが、私の太ももの感覚受容体を直撃する。
「っ……」
言葉が喉の奥で物理的にロックされた。
千紗は正面を向いて申し訳なさそうな笑顔を浮かべたままだが、私の衣服を掴むその指先には、明確で強固な「これ以上は喋るな」という割り込み信号が込められていた。
その鋭い痛みが、私の暴走しかけていた脳幹に冷水を浴びせ、演算処理を強制的に中断させる。
「はぁ……」
教授は深くため息をつき、手元のペンをデスクに放り投げた。
冷めきったコーヒーの表面の膜が、そのかすかな振動でわずかに揺れた。
「茅野さんは優秀なんだから、少しは大人になりなさい。社会は君の頭の中のように、すべてが数式通りに割り切れるわけではないんだからね」
教授はそう言って、それ以上の対話を拒絶するように、デスクの上の講義用レジュメをガサガサと乱暴に片付け始めた。
大人になる。
それは、世界のバグを見て見ぬふりをし、不完全な妥協を「仕様」として受け入れることなのだろうか。
千紗に再び手を引かれながら、私は何も言わずに教授室を後にした。
背後でドアが閉まる音を聞きながら、私は太ももに残る痛みの余韻と、胸の奥を侵食する泥のような不快感を、静かに噛み締めていた。
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