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「またあいつかよ」「空気を読めよ」「面倒くさいな」
嘲笑、忌避、困惑。非論理的な集団心理から発生する、汚いノイズが講義室の壁に反射して私の耳に突き刺さる。
誰も論理の正しさを評価していない。彼らが維持しようとしているのは、厳密な真理ではなく、その場を支配する「波風を立てない」という欺瞞的な均衡に過ぎない。
息が苦しくなる。周囲の視線の強度が、私の肌をナイフのように削り取っていく。
「茅野さん、講義の進行を妨げないで――」
教授の言葉すら、もはや意味を持たない音塊となって脳幹を叩いた。
めまいがして、机を掴もうとした私の右手を、温かく、けれど強い力がそっと包み込んだ。
「先生、すみません。茅野、少し体調が悪いみたいなので失礼します」
千紗だった。
いつの間にか隣に立っていた彼女は、私のノートと筆記用具を素早くバッグに押し込むと、私の手を引いて、凍りついた講義室から連れ出してくれた。
重い扉が閉まり、背後のノイズが遮断される。
私たちはキャンパスの中庭、人通りの少ない古い桜の木のふもとまで歩いた。
「はぁ、はぁ……っ」
私は冷たい風を肺に送り込みながら、両手できつく耳を塞いだ。
まだ脳内が過電流で震えている。
「どうして……どうして皆、あんな嘘や曖昧さを垂れ流しながら、平気で生きていけるの? 定義も通らない不完全な世界で、どうして正しく歩けるの?」
千紗は私の前に立ち、耳を塞ぐ私の両手の上に、自分の手を重ねた。
温かく、少しだけファジーな彼女の感触が、脳の過熱を優しく抑え込んでいく。
「英里菜」
千紗は優しく微笑んだ。
「英里菜はね、画素数が多すぎるだけなんだよ。普通の人には見えない、世界の細かいドットやノイズが全部見えちゃってるの。英里菜がおかしいんじゃない。世界の方のピントが、最初からぼやけてるんだよ」
画素数が、多すぎる。
千紗のそのファジーな「翻訳」は、私の論理的な脳に、不思議な説得力を持って染み込んできた。
千紗という、世界で唯一のバッファに守られながら、私は冷えていく頭で静かに恐怖を噛み締めていた。
大学という守られた領域を出て、やがて社会という剥き出しの巨大なノイズの網に接続されたとき、私はパーツとして機能できるのだろうか。
それとも、過剰な入力に耐えかねて、最初の数秒でシステムごと永久にクラッシュしてしまうのだろうか。
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