67.同じ空の下で
話を終えたあたしたちは食堂から出た。
廊下では全員が思い思いに待っていて、扉が開くや否や一斉に視線が集まってくる。改めて見ると、やっぱり人数が多いわね……。
「さーて……ザイン、ディディエ、カミル。帰ろっか。
どうせだからどっか寄って行こう。明日からずっと暇だし~、買い物したいナ~」
「姉貴が暇でも俺らは別に暇じゃねーんだよ」
「じゃあ、帰りの車は別にしよう。二台で来てよかったネ」
姉弟の会話に違和感を覚える。
よりにも寄って、ヴィオレッタが暇? 『次期会長』が?
そう思ったのはあたしだけではない。会の情報に詳しいジェイル、ユキヤ、アリスの三人が不思議そう顔をした。
ヴィオレッタはあたしたちの視線を受けて気まずそうに笑う。
「あー……そのうち話が耳に届くと思うケド、ワタシは辞退したんだよね。『次期会長』」
しーーーん。
形容し難い沈黙が落ちた。
――六堂ヴィオレッタと言えば六狼会の『次期会長』として有名だったのだ。
それが……じ、じ、辞退!? 会長を!?!?
ヴィオレッタって弟たちを蹴落としてでも会長になりたかったのに!?
あたしは思わずヴィオレッタの腕をガシッと掴んでいた。
「な、な、なんで!??!」
「いやぁ……色々と思うところがあってネ」
ヴィオレッタがしらーっと顔を背ける。いや、”思うところ”って何?!
「……姉さん。その話をするために二人きりになったんじゃないのか」
「ワタシがしたのは別の話だヨ。……大した話じゃないと思って忘れてたんだ」
ディディエの呆れ声にヴィオレッタがいたずらっぽく笑って肩を竦めた。
『次期会長』の話題は世間的に注目度が高い。連日報道されたっておかしくないくらいに。あたしが『次期会長候補』に指名された時だって相当世間が騒がしかったのに。
ジェイルとユキヤが物凄く渋い顔をしていた。
「それは……かなり大した話なのでは……」
「ええ、大事ですよ。……私たちがそんな話を先に耳に入れてしまってよかったんでしょうか」
「いいのいいの。どうせそのうち耳に入るしネ。
――それに、キミたちは口が堅いでしょ。信じてるヨ、口外にはしない、って」
そう言ってヴィオレッタはすうっと目を細めた。
ジェイルとユキヤは苦笑する。メロはユウリとアリスから「絶対言わないこと」と注意を受けていた。
思わず周囲を見回してしまうけれど、幸運にも使用人たちは声の聞こえる範囲にはいない。あたしも「なんで!?」としか言ってなかったし、他の会話は声のトーン抑えめだったし……良かったわ。
でも……そうすると六狼会の『次期会長』って誰になるの……?
婚約者云々の話題を出すくらいなんだからザインたちは関係なさそう。
他の弟っていうと、アオさん? 今回会うことはなかったジークリードさん……?
あたしのそんな疑問が顔に出ていたらしい。ヴィオレッタが耳元に顔を寄せ、ひそりと囁いた。
「アオだヨ。本人すごく抵抗してるけどネ。
ジークは元々会のこと好きじゃないし、ザインたちには最初からその気がなくて……今更祭り上げるのも可哀想だからって理由でアオに決まりかけてる」
「……そ、そう」
ああああ。また口外できない情報が耳に入ってきてしまった……!
ヴィオレッタはおかしそうに笑い、あたしの肩をぽんぽんと叩きながら離れていく。
「ディディエ、そう言えばお土産は? 渡さないの?」
「……何の話だ」
「もー、キミは本当に……。カミル、後で誰かに持ってこさせて」
「えー? 敵に塩を送るような真似はしたくないんだけど……」
よくわからない会話をしながら歩き出す姉弟たち。
……不思議な関係だわ。ヴィオレッタは間違いなくコウセイさんに憎まれていた。けれど、ザインたちからはそういう気配を感じない。……まぁ、兄ルートと弟ルートで関係性が違うのはわかってるんだけど、それでも違和感。
何かが違えばカミルが黒幕だったなんて……想像がつかない。
もう済んだことだと自分に言い聞かせながら、見送りのために彼らとともに屋敷を出る。
玄関を抜けたところでふわりと風が吹き付けてくる。
風は冷たいけれど、日差しは温かくて――すっかり春の陽気だった。
空を見上げて思わず目を細める。
椿邸の前まで六狼会の車が二台やってくる。護衛のうちの一人がトランクから何やら紙袋を取り出し、ディディエに手渡していた。ディディエは一瞬拒否していたけど、ヴィオレッタに睨まれて渋々受け取っている。
そして、紙袋を手にあたしの前までやってきた。
ずいっと突き出されたのは――アルセンのロゴの入った紙袋。
思わず紙袋とディディエの顔を見比べてしまう。
「え? なにこれ」
「……帰り際に言っていただろう。感謝の気持ちがあるなら服を正式に譲れと……」
「あ、あーー!! あの時の?! 本当にもらっていいの?!
あれ着心地もよくて最高だったのよね。ふふ、じゃあ遠慮なく……」
ラッキー! あたしはホクホクと紙袋を受け取る。
ディディエは気まずそうに顔を背けて、もごもごと口を動かした。
「……お前に、似合いそうなものもいくつか、入れておいた……」
「どういう風の吹き回しよ。でも、あんたのセンスは確かだし、もらっておくわ」
「あ、ああ」
そう言ってディディエはそそくさとあたしから離れていった。なんか様子がおかしいけど……まぁいいか。労せずブランド服が手に入って本当にラッキー。アルセンの新シリーズはあたし好みだし。
ウキウキしながら近くにいたユウリに紙袋を預ける。
……ユウリは珍しくブスッとしていた。……何よ、そのメロみたいな反応は……。
不思議に思って周囲を見回すと、ユウリだけじゃなく、ジェイルやメロ、ハルヒト、ユキヤ、アリスがめちゃくちゃ不満そうな顔をしていた。
お礼に服を貰っただけで……?
わけがわからずにいると今度はザインが近付いてきた。
「また連絡する」
「は? 連絡? 何でよ」
「何でって……おめーはいつからそんなに鈍くなったんだよ……」
ザインは思いっきり溜息をついて離れていく。
……いや、なんであんたがあたしに連絡してくるのよ、本当に。
益々わけがわからないわ。
ひたすら困惑するあたしをよそに、ヴィオレッタだけはおかしそうにくすくすと笑っていた。
「あー、面白いものも見れたし満足だヨ。じゃあ――ロゼリア、またネ」
「ええ、病み上がりなんだからくれぐれも体には気をつけてね」
「わかってるヨ~」
ヴィオレッタは軽い調子でひらひらと手を振りながら車に乗り込む。ザイン、ディディエ、カミルの三人もそれぞれ車に乗り込んでいた。
窓を開けて笑顔で手を振ってくるヴィオレッタ。あたしも彼女に向かって手を振る。
ゆっくりと車が発進し――敷地を出ていってしまう。
爽やかささえ感じる別れ。
会おうと思えばいつでも会える。
今度はあたしから会いに行こうと、堅く心に誓うのだった。
◇ ◇ ◇
ヴィオレッタとの再会を果たしたあたしはスッキリした気持ちでいた。
さて、これでこれからも頑張れそうと晴れやかな気持ちで振り返る――。
しかし。
後ろにはあたしのスッキリ感と真逆の顔をした彼らがいた。
「……何よ、その顔は」
「お嬢! あいつの言葉じゃないけど、なんでそんな鈍いんスか!?」
「鈍い? 何の話?」
「いやもうこの際鈍くてもいいんでザインの野郎の連絡は拒否って欲しいッス!!」
メロが近付いてきてあたしの肩を掴んでくる。……ザインと言い、何なのよ。
ひたすら「?」を頭上に浮かべていると、今度はユウリが紙袋を持ち上げて首を傾げる。
「……ロゼリア様、こちら処分してもいいですか?」
「はあ!? 何でよ! 着るわよ!」
「……承知しました」
ユウリは珍しく心底不服そうだった。いつも聞き分けがいいのに急に何?!
「全く。二人とも何なのよ……!」
「……お嬢様。ヴィオレッタ様は本気だったと思うのですが……」
「うん、カミルくんもかなり乗り気だったしね……」
「別にすぐどうこうなる話じゃないでしょ。あんたたちは心配し過ぎなのよ」
ジェイルとハルヒトの二人が渋い顔をする。婚約者の話云々を心配しているらしい。
あたしはずかずかと大股で歩き、屋敷に戻ろうとした。
が、何故かユキヤとアリスが立ち塞がる。
「今度は何?!」
「ロゼリアさま、もう少し危機感を持たれた方がいいのではないでしょうか」
「ええ。六堂会長とヴィオレッタ様が本気で根回しをしたら……本当に外堀から埋められてしまいますよ」
ユキヤとアリス。二人の顔は真剣そのものだった。
会の事情に詳しい二人が言うとちょっと不安になってくる……!
けど、何でこんなに晴れやかな気持ちでいるところに水を差されなきゃいけないのよ?!
「っていうか、あんたたちはあたしがスッキリした顔してたらそれだけで十分みたいなこと言ってたでしょうが!」
小言の連続に声を荒らげてしまう。気分の良さがパァだわ!
しかし、全員キョトンとして――顔を見合わせたかと思うと、一斉に溜息をつく始末。本当に何よ?!
メロが「もー」と言いながらあたしに横に並び、呆れたように笑う。
「いや、それとこれとは話が違うんスよ。鈍いお嬢にはわかんないかもしれないッスけど」
「さっきから鈍い鈍いってうるさいわよ」
「……でも、最近のロゼリア様……更に鈍くなってる気が……」
「は?」
ぼやくユウリを思いっきり睨んだ。ユウリは慌てて口を閉ざす。
他の四人は何か言いたそうな顔をしていたけれど、あたしの機嫌が悪くなりつつあるのを察したのか何も言おうとしなかった。
全く、本当に……。
こっちはヴィオレッタと会えてすごくいい気分だったのに……!
溜息をついてから空を見上げる。
雲一つない青空が広がっていて、気分が少し上向いた。
屋敷へ入る前に、再度彼らを振り返る。
子供の拗ねたような顔がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「……あんたたちの言うことを別に全部無視してるわけじゃないのよ。
でも、今くらいはいい気分のままでいさせて頂戴。――お茶もお菓子も残ってるし、もう少しゆっくりしましょ」
そう言って踵を返す。彼らがどんな顔をしたのかはわからないけれど、多分もう拗ねた顔はしてないはず。
今回のこと、本当に感謝している。
もう一度くらいちゃんとお礼を言おう。
……この気分が続けばと、自分に言い訳をした。
あたしはずっと一人だと思っていた。
でも、振り返れば彼らがいる。
……あたしのことを見て、”理解”してくれようとする人たちが。
また同じことがあれば、きっと今回と同じように動いてしまうと思う。
……それでも。
今度は、少しくらい頼ってやってもいいかもしれない。
――なんて、思ってしまった。
これにて完結です。ここまでお読みくださってありがとうございます!
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