66.その手はすぐそばに
――えっ。じゃあ、りょーこのお兄さんと結婚したら私はりょーこのお姉ちゃんになるの!?
――そうだよー。あたしが弟のよーくんと結婚したら逆になるし。
――へー。なんかおもしろいね、そういうの!
――なんか、こういうのって良くない? 私たち、家族になれるよ。
前世の記憶がぶわっと蘇る。
確かこれは小学生の時の記憶……当時、りょーことは本当にべったりだった。
……そうだ。それでどっちが誰と結婚するのかで何でか揉めに揉めて大喧嘩したんだった……今思えば本当にくだらないことで喧嘩してたのね。高校で再会した時もくだらなさに気まずくなっちゃったんだ……。
――そして、今ヴィオレッタはあたしと同じく前世の記憶があるから、前世の話を、現実にしようとしてる。
結婚はともかくとして、グラついてしまう。
「姉様にそういう目的があるなら、僕が頑張らせて貰おうかな」
妙な沈黙を破ったのはカミル。
ティーカップを持ち上げたまま、愛想よくにこりと笑顔を作った。
ヴィオレッタ以外がギョッとし、全員の視線がカミルに集中する。ザインとディディエの二人も。
カミルは涼しげな顔をしてお茶をゆっくりと飲み、隣に並んで座っているザインとディディエに楽しそうに笑いかけた。
ザインとディディエの二人は呆気に取られている。
「だから、兄様たちは特に何もしなくていいからね」
「カミル、話がわかる〜。ロゼリアより年下の方がガロ様の受けも良いかも知れないしネ」
「任せてください、姉様。ガロさんにも気に入られるよう努力します」
トントン拍子に進んでいく話についていけない。
呆然としているとさっきユウリに羽交い締めにされていたメロが再度声を張り上げた。
「待て待て待て! ほんとに何言ってんスか!? なんでおま――」
「だから! メロ! 大人しくしてて……!!」
今度はユウリだけじゃなく、アリスも一緒になってメロを止めている。
それを横目で見ながらジェイルが苦虫を噛み潰したような顔をしてヴィオレッタとカミルを見つめた。
「……ヴィオレッタ様、カミル様。そういうデリケートな話題は控えていただけないでしょうか」
「どうして? 君の知らないところで話が進む方が嫌じゃないかな。
僕は父様と姉様の力を借りて、ガロさんの方に近付いて外堀を埋めることだってできるのに。
僕なりに皆さんに誠実であろうとしてますよ」
爽やかな笑顔でとんでもないことを言ってのけるカミル。
ま、まずい。このままだと本当にカミルと結婚させられるかもしれない……! 伯父様は多分、カミルみたいなタイプは嫌いじゃない……!
ヴィオレッタと姉妹になれるからって簡単に結婚できるわけがない!
っていうか、そんなことしたらあたしの『次期会長』の座が揺るぎないものになってしまう!
「ちょっと――」
「カミルおめー本気かよ」
「本気だよ? ザイン兄様は”以前のこと”があるからロゼリアさんとの結婚なんて考えられないでしょ。
ディディエ兄様だって、あんな態度をずっと取ってたんだから論外じゃない?
僕はロゼリアさんのこと好きだから問題ないよね。我ながらいい案だと思うよ」
あたしの抗議の声はザインにかき消されてしまった。
ザインもディディエもものすっごい微妙な顔をしている。ま、まぁ元カノと弟の結婚話が持ち上がってきたらいい気分にはならないわよね……。
ヴィオレッタは非常に満足げな顔をして話の流れを見守っている。
今度こそと思いながらぎゅっと握り拳を作った。
「あのねえっ! 勝手に話を進めないでくれる?!」
怒りをアピールするために、ドンッと机を叩く。
流石に全員が口を閉ざし、あたしに視線が集まった。窓の外で鳥が囀りながら羽ばたいて行くのが聞こえる。
「伯父様を介そうがどうしようが、結婚なんて簡単に決められないわよ!!」
「いやいや、ロゼリア。もちろん選ぶのはキミだヨ? 立候補させるってだけ。
ただし、六狼会は使える手を何でも使うってことを今のうちに知らせたいだけだから」
ヴィオレッタは楽しそうにニコニコしている。こっちも笑顔でとんでもないことを言ってるわ……。
でも、気持ちで負けちゃ駄目よ!
「……ヴィオレッタ。お礼をしたいって聞いてたのに、とんでもない話をするのね?」
「フフフ。ただ弟たちの恋を応援したいだけだヨ、ワタシは。
気に入らないならロゼリアが全てを跳ね除けられるくらいに強くなれば良いだけじゃない」
全てを跳ね除けられるくらいに強く――……って、待って?
”弟たちの恋”?
妙な言い回しに思わず眉を寄せ、ザインとディディエを睨むように見つめてしまった。二人は不自然にあたしの視線から逃れている。
い、いや、まさかね? ヴィオレッタの勘違いでしょ。
脳裏に浮かんだ考えをすぐに打ち消した。
「……兄様たちも早く認めちゃえばいいのに」
「あーもう、うるせぇな! 姉貴、そろそろ帰ろうぜ。帰り道もまた混むし」
カミルのぼやきをかき消すようにザインが大声をあげ、ガタっと椅子を押して立ち上がった。ディディエも渋い顔をしながら立ち上がる。
ヴィオレッタは不満そうだ。カミルは苦笑して肩を竦めていた。
ジェイルたちはようやく終わるとでも思っているのか、どこかホッとした雰囲気。
渋々立ち上がるヴィオレッタ。何か意味ありげにあたしを見るものだから、思わず首を傾げてしまった。
けれど――視線だけで、何が言いたいのかわかってしまう。
あたしは立ち上がりながらゆっくりと周囲を見回した。
「少しの間……ヴィオレッタと二人きりにしてくれる?」
あたしの言葉に、誰も異を唱えなかった。
◇ ◇ ◇
広い食堂に二人きり。
ヴィオレッタがゆっくりと近づいてきて――ぎゅっとあたしの体を抱き締めた。
あたしもヴィオレッタの体を抱き締め返す。
「……久しぶり。って言っていいのかわかんないけど」
「あはは、ほんとだね」
そこにいるのは九条ロゼリアと六堂ヴィオレッタではない。
『私』とりょーこだ。
お互いを解放し、窓に凭れ掛かるような格好になった。前世、放課後にそうしていたみたいに。
「どうして『私』だってわかったの?」
「んー……なんでだろ。見た瞬間に、なんか、わかっちゃったんだよね」
「へえ、なんかすごい。……見た目はこんなに違うのに」
「ねー! 前世の面影なんてちっともないよね。そっちこそなんで私だってわかったの?」
『私』は以前見た不思議な夢のことをりょーこに話した。
厳密には”わかった”のではなく、”知っていた”のだ。りょーこは夢の話にひどく驚いて、それでいて混乱していた。本当にどうしてこんなことが起きたのか、きっと誰にもわからない。
話を終えた後、少しの間沈黙が落ちた。
りょーこが『私』の顔を不安げに覗き込む。
「……あの、さ。私……ほんと、ずっと後悔してたんだよ……。
あ、あの時……手が、届かなかったこと……」
くしゃりと顔が歪む。今にも泣きそうな顔に胸が締め付けられた。
だって、『私』は一回だって気にしたことなかった。
なのに、りょーこは……。
貰い泣きしそうになったところで、彼女の手をぎゅっと握った。そして軽く揺らす。
「……気に病ませちゃって、本当にごめんね」
「ううん……私の方こそ、ごめんね……」
りょーこが謝ることじゃないのに。
『私』はなんて返したら良いか分からず、ただ彼女の手を握りしめることしかできなかった。
今度は泣きそうな顔をしている彼女の顔をあたしが覗き込む。目が合うと、りょーこは驚いていた。
「ねえ。今度さ、クレープ食べに行こうよ。ほら、あの日食べに行く予定だったでしょ?」
「……うん、そうだね。行こう、クレープ食べに」
りょーこがほっとしたように微笑む。その笑みを見たら、『私』も自然と笑っていた。
繋いでいた手をそっと離す。
互いに隣にいる相手の顔を見て、困ったように笑ってしまった。
「――でも、もう『九条ロゼリア』と『六堂ヴィオレッタ』だもんね」
「うん、こんな話をするのは今日だけだね。
これからは、ヴィオレッタとしてよろしく。……ロゼリア」
そう言って彼女が体ごとあたしに向けて、手を差し出す。ヴィオレッタに向き合い、その手を握り返した。
ヴィオレッタの顔にはもうりょーこの面影はない。きっと、あたしの顔にも。
前世の話は、これっきり。
「ええ、よろしく。ヴィオレッタ。
……あ゛ッ。今更だけど、呼び捨てでいいわよね!?
あと婚約者とか結婚とかの話は絶対そっちの好きにはさせないわよ!?」
いい雰囲気での挨拶のはずだったけど――気になることを矢継ぎ早にぶつけてしまった。
ヴィオレッタは一瞬きょとんとしてから、ふっと吹き出す。
「呼び捨てでいいヨ。婚約者とか結婚の話は~……まァ、弟たち次第かな?
それに――ロゼリアが三人のうちの誰かを好きになるかも知れないでしょ」
「か、勘弁して頂戴……」
げんなりと肩を落としてしまった。
あたしを取り巻く現状だって釈然としないのに、これ以上のイレギュラーは本当に困るわよ。
困るあたしを見るヴィオレッタは他人事だと割り切っているのか、楽しそうに笑っていた。




