64.「わかるでしょ?」
あれから二週間――。
六狼会で起きた事件は公にはなってない。
対外的にはあくまでも“ヴィオレッタは入院のため療養中)ということになっており、“コウセイさんがヴィオレッタさんを拉致監禁した”という話は流れてない。けれど、『会』に関わることなので、各会の会長には知れ渡っているらしい。
六狼会を始めとした『会』関係者は色々と揉めているとも聞いたわ、伯父様から。何を揉めているのかは詳しく教えてくれなかったけど……。
……コウセイさんも表向きには『療養中』となり、静かに表舞台から姿を消している。
何らか罰が下されるんだろうけど、結局それは六狼会と関係組織で考えること。世間に与えるインパクトを考えると公表されない可能性は高い。あたしの時とは違って、どう頑張っても美談にはできないからね。
心がささくれだつけど、こればっかりはしょうがない。
――早く忘れなきゃ。
そして、今日。
ヴィオレッタが挨拶をしたいということで九龍会へ訪れることになっていた。
「病み上がりなのにいいの?!」とびっくりしたんだけど、薬が抜けるのも早かったようでもう普段通りの生活が送っているとのことだった。
そんなヴィオレッタが何よりも優先したいと言ったのが、あたしへの挨拶(という名のお礼だと、ザインから連絡があった)。
本人が良いならあたしに拒否する理由はなかったので受け入れている。
あたしもヴィオレッタには会いたいし。
朝から慌ただしい椿邸。
お客様を迎えるにあたり、使用人たちが朝から駆け回ってくれている。屋敷内の掃除からお茶などのメニュー決めまで。あたしは報告を聞いて「いいと思うわ」と答えるだけの簡単な仕事をしていた。
ようやく落ち着いた頃合いを見て、屋敷内を見て回っている。
「お嬢様、本当に食堂でよろしいのですか?」
「だって応接室だと全員入らないじゃない。本邸は伯父様たちが使ってるし……」
迎える準備を終えた食堂を見て肩を竦めた。
そう、今日はとにかく人数が多い……。
九龍会側があたし、ジェイル、メロ、ユウリ、アリスの五人。
六狼会側はヴィオレッタ、ザイン、ディディエ、カミルの四人。今回は護衛もいるらしいけど屋敷外で待機とのこと。
そして、八雲会側のハルヒトとユキヤ。
……なんでハルヒトとユキヤがわざわざ来るかって言うと、どうもヴィオレッタは最初九龍会と八雲会を順番に回る予定で組んでたらしい。けど、ハルヒトが「そういう予定ならオレが九龍会に行くよ。そうすると時短になるでしょ?」と言って、ヴィオレッタが了承してしまったそうな。
その状態でこっちの話が来たため、拒否することもできず……という流れ。
総勢十一人は流石に多い。けど、今回限りだろうから了承をしている。
「お嬢~、ハルくん来たッスよ」
「じゃあ食堂に通して頂戴。ってもう来てるし……」
「いや、ハルくんが待ってくれなくて……」
メロが玄関からハルヒトとユキヤを連れてやってきた。ハルヒトは意気揚々、ユキヤは申し訳なさそうな顔をしている。
食堂の様子を確認していたあたしの横にハルヒトが立ち、にこにことあたしを見つめる。
「やあ、ロゼリア。二週間ぶり」
「そうね、二週間ぶり。ハルヒト、もうちょっと”お客様”って態度を取りなさいよ。我が物顔で出入りしないの」
呆れて言えば、ハルヒトは肩を竦める。
ハルヒトは一時期ここで暮らしてたからか、まるで自宅のような気安さで入ってきた。使用人も本人の性格を知っているからか歓迎ムードなんだけど、やっぱり礼儀的なものってあるじゃない? 引っかかるのよね……。
そんな気持ちが表に出ていたのか、ハルヒトはクスクスと笑う。
「他ではちゃんと行儀よくしてるよ」
「ほんとかしら」
「本当だって。それに、いずれオレだってここに住むかも知れないし――」
「ハルヒトさん」
ハルヒトの軽口を咎めるようにユキヤが名前を呼ぶ。ハルヒトはつまらなさそうな顔をして口を閉ざしてしまった。
傍にいたジェイルとメロもあからさまに嫌そうな顔をしていた。
……周囲に使用人がいなくてよかったわ。今のを聞かれてたら面倒くさいことになってた。
ハルヒトの軽口を無視したところで、今度はユウリが玄関から駆けてくる。
「ロゼリア様!」
「来たのね?」
「はい! 六堂ヴィオレッタ様、ザイン様、ディディエ様、カミル様の四名がいらっしゃいました」
「――わかったわ。お出迎えするからついてきて。ハルヒトも一緒に行くのよ」
「わかってるよ」
六狼会の四人が到着したという知らせに緊張が走る。
ザインたちはともかく、ヴィオレッタにこうして会うのはあたし含めて全員が初めて。しかも六堂ヴィオレッタという女性は若くして『次期会長』として指名を受けて今に至る。
そういう意味で有名な人物だった。
あたしとハルヒトを先頭に玄関ホールへと向かう。
玄関ホールには既に長身の女性を先頭に、ザイン、ディディエ、カミルの四人がいた。
あたしたちは急がず焦らず、彼女らの元へと向かっていった。
そして、ようやく彼女と対峙する。
――六堂ヴィオレッタ。
女性にしては高い身長。魔女のように黒く長い髪の毛はゆるく三つ編みにして前に流していた。
黒いワンピースに身を包んでおり、金色の目が印象的。……本当に魔女みたいだわ。ザインたち三人が霞むほどに。
「やあ、こんにちは。今日は時間を取ってくれてありがとう。ロゼリア。……ハルヒト君も」
「ようこそ、ヴィオレッタさん。今日はわざわざ来てくださってありがとう、歓迎するわ」
そう言って彼女は親しげな様子で手を差し出してきた。あたしはほんのちょっと緊張しながらその手を握る。
『前世の友人』だってわかってるんだけど……当然ながら印象が全然違う! 六狼会の『次期会長』としての圧みたいなものがあって、彼女がいるだけで場に緊張が走る。
見れば、ハルヒトも少しだけ笑顔が堅い。
握手を交わした後、ヴィオレッタが困った顔をして周囲をぐるりと見回した。
「ンー……そんなに畏まらないで欲しいんだケドなァ。
今日のワタシはただのありふれたお客サンって感じで扱ってくれて欲しいヨ。学校のトモダチみたいな?」
そう言ってヴィオレッタはおどけた様子で肩を竦めて笑う。
が、横にいたザインがぼそっと呟いた。
「……無茶言うなよ」
「ザイン。そこはワタシに賛同するところで突っ込むところじゃないんだヨ?」
釘を刺され、ザインが黙り込む。ディディエとカミルは”我関せず”という表情をしていた。
う、うわー!
ヴィオレッタって完全に理不尽な姉の部類だわ、これ!
ゲームでもそんな描写はあったけど、日常的にこんな感じなのね。ますますりょーこと印象が違う。だって、りょーこは末っ子だったもの。
思わずヴィオレッタとりょーこの違いに感心してしまったけど、あたしは慌てて気を取り直した。
「移動で疲れてるでしょう? こちらへどうぞ」
「うん、ありがとう。ロゼリア」
応接室代わりに使うこととなった食堂へ一同を案内する。
ヴィオレッタはどこかウキウキした様子でついてきた。ザインたちもヴィオレッタの後についてやってくる。
食堂につくと、席を案内して、あたしも腰を落ち着ける。
ゲストであるヴィオレッタ、ザイン、ディディエ、カミルの四人と、あたしとハルヒトが対面する形になった。ジェイルやユキヤたちは後ろに立って待機、という段取りになっている。……まぁ、話をするのは会の人間だけだからね。
お茶とお菓子の類が順に運ばれてくる中、室内には妙な緊張感があった。
庭から聞こえる鳥の囀りが別世界のことだと感じるほどに。
けれど、そんな緊張感など気にしない様子でヴィオレッタはにこにこと笑っていた。あんまりにも見つめてくるものだから、耐えきれずに口を開いてしまう。
「あの、ヴィオレッタさん。あたしの顔に何かついてます……?」
「別に何もついてないヨ? ――でも、”わかる”でしょ?」
最後の一言は、いとも容易く前世の記憶を呼び覚ます。
――他愛ないりょーことのやり取りを思い出すにはあまりに十分すぎる言葉だった。
驚きの後にあたしの顔には自然と笑みが浮かぶ。
「……そうね。”わかる”わ」
静かに頷くと、ヴィオレッタが満足そうに笑った。




