63.帰り道
そう言えば、ザインたちには一言も言わずに帰ろうとしてるけど……どう考えてもあいつらは忙しいし、アオさんには声をかけてるし……まぁ、良いわよね。
誰にも何も言わずに帰ろうとしているわけじゃないからいいと結論づける。
見計らったようにジェイルがあたしを見た。
「お嬢様、出発しますがよろしいですか?」
「ええ、いいわよ」
ジェイルの問いかけに目を閉じながら頷く。
運転はジェイル、助手席にはあたし。後部座席にはメロ、ユウリ、アリスの三人が座っていた。普通ならあたしは後部座席なんだろうけど、ゆとりがあるとは言え後部座席に三人で座るのは嫌だったので行きも帰りも助手席に座っている。
ドアのところに肘をかけて寝る体勢を取ったところで、ジェイルが「うん?」と呟いて眉を寄せた。
バックミラーを覗き込む表情はやや険しい。気付いたメロたちが不思議そうに後部座席の窓から後ろを振り返る。
「……ロゼリアさま。ザインさまたちが――」
「え? ジェイル、ちょっと停めて」
「はい、承知しました」
パチっと目を開けて、助手席の窓を開ける。
冷たい風が吹き込んできたと思ったら、ザインがガシッと窓枠を掴んだ。ぜいぜいと息を切らしている。ザインと一緒に来たディディエもカミルも似た状況。
「おまっ……か、勝手に、帰るなよッ……!」
「アオさんには声をかけたわよ。忙しそうだったから気を遣ったんじゃない」
「だ、としても、オレたちにだって、一言あっても、良かったんじゃないか……!?」
「どこにいるのかわからかったのよ」
「近くにいた使用人に、声を、かけてっ……くだされば……!」
「みんなバタバタしててあんたたちを探すどころじゃなかったでしょうよ」
ザインもディディエもカミルも、三人揃って息を切らしている。全速力で走ってきたらしい。
その様子がやけにおかしくて、ついついクスクスと笑ってしまった。こいつらはずっと人を食ったような態度で飄々としていたから、ちょっとだけど胸がすくわ。
あたしが笑っているのを不審そうに見る三人。空気は冷えているはずなのに三人の額は薄っすらと汗が浮いていた。
「まさかあんたたちがそんなに必死になってあたしを探すとは思わなかったわ。
今生の別れでもあるまいし……」
からかうように言うと、ザインが思いっきり溜息をついた。
「ちゃんと礼も言わずに帰せる訳ねーだろーが」
「あとで手紙でもくれればいいわ。――ディディエ、あたしに対して感謝の気持ちがあるなら貸してもらってた服を正式に譲って頂戴」
「……考えておく」
流石に欲張り過ぎかと思ったけど、ディディエの返答は柔らかさがあった。これは期待できるかもしれないわ。
カミルが兄二人の間を割って、助手席に近付く。窓枠に両手を置いて、微笑みとともにあたしを見つめてきた。
「ロゼリアさん。本当にありがとうございました。
すぐには落ち着きませんが……そのうち、必ず正式にお礼をさせてください」
「期待せずに待っておくわ。――そろそろいい?」
「……はい。名残惜しいですが、ガロさんもお待ちですからね」
そう言ってカミルが車から離れる。ザインとディディエも邪魔にならないように数歩後ろに下がる。
お互いに「じゃあ」と言い合って手を振ると、ジェイルが「では出発します」と言い、アクセルを静かに踏む。車はゆっくりと進み、あっという間に六堂家の敷地を出てしまった。
――あっさりしたものよね、終わる時って。
どんどん遠ざかる白亜の豪邸。
サイドミラーで六堂家の屋敷を見つめていたけど、すぐに見えなくなってしまった。
◇ ◇ ◇
「お嬢様、寒くないですか?」
「ええ、丁度いいわ」
ジェイルは前を見たまま車内の温度を気にする。暖房がしっかり効いていて寒いということはない。
窓から外を見ると道路脇に雪が残っているのが見えた。時折雪だるまもあったりして、行きとは全く違う景色になっている。
眠ろうと思っていたのに流れる景色をついつい見つめてしまっていた。
「お嬢、途中でどっか寄る?」
「え? ……まぁ、そうね。ジェイルは長時間の運転になるし、休憩も必要ね」
後ろからひょこっとメロが顔を出す。ジェイルに「そこにいると邪魔だ」と言われたので、すぐに身を屈めていた。
気まずいから寝ようと思ってたのに……メロからも、他の三人からもそういう雰囲気は一切感じない。バックミラーとサイドミラー越しにユウリとアリスの様子を窺ってみたけど、やっぱり普通の顔をしている。
どうやら気まずさを感じているのは本当にあたしだけらしい……。
「ロゼリア様、休憩場所などで何か希望はありますか?」
ユウリが地図を見ながら聞いてくる。
この世界にはまだナビがないから全部地図を確認しながら道を行かないといけない。だから、ユウリがナビ役を買って出ていた。
「……別にないけど。運転で疲れるのはジェイルだし、ジェイルの希望を聞いてあげて」
「かしこまりました」
本当に、”普通に”聞いてくるから内心すごく驚いている。
まるで、これまでのことなんかなかったみたいに――ごくごく当たり前の会話として。しかも、以前はおどおどしっぱなしだったユウリが”普通”にしているから、驚きもひとしおだった。
メロ、アリスと一緒になって地図を覗き込み、ルートの途中を指している。
「ジェイルさんのご希望は?」
「自分もないが……昼食がてら休憩を取ることになるだろうから、店もついで探して欲しい」
「そうですね、わかりました。
……そうすると行きと同じくらいの場所がいいのかな、丁度レストランもたくさんあるし……」
そう言ってユウリはメロ、アリスと相談をはじめた。休憩場所は任せて良さそうね。
――車に乗る前の会話を蒸し返すつもりはない。
あたしの知らないところで、知らない内に、四人とも何故か納得していた。
あたしは何も言えないし、言わないのに。
気まずさとは違うむず痒さのようなものがあった。
「昼食のご希望は――……」
「チャーハンが食いたい!」
「え~、わたしはオムライスがいいですっ。あっ、ハンバーガーでもいいかも!」
「ロゼリア様に聞いたんだよ!? メロとアリスには聞いてないんだけど?!」
メロとアリスの返事に、ユウリが珍しく声を荒げる。
まるでコントのようなテンポに思わず笑ってしまう。見れば、ジェイルもちょっとだけ口元を緩めていた。
ユウリが申し訳なさそうな顔をして、バックミラー越しにあたしを見る。
「す、すみません。ロゼリア様は何か食べたいものはありますか?」
「そうねぇ……堅苦しい食事が続いたし、チャーハンでもオムライスでもいいわ。
もちろんハンバーガーでも構わないわよ」
「え゛ッ……こ、この二人のリクエストを採用するんですか……?」
メロとアリスのリクエストをそのまま口にするとユウリが微妙な反応をしていた。当の二人は当然「やったー」と喜んでいる。
六堂家で出た食事は間違いなく美味しかったけど、ぶっちゃけ『接待用』だったのよね。付き合わされたメロたちがジャンクフード的なものを求めてもしょうがないと思う。
実際、あたしも気楽な食事がしたいしね。
「いいわよ、あんたたちで決めて。ジェイルもいいわよね?」
そう言って横目でジェイルを見る。ジェイルは前を向いたまま、しょうがないと言いたげに笑っていた。
「お嬢様がそう仰るなら反対する理由はありません」
「だそうよ、ユウリ」
「……わかりました。こちらで決めさせていただきます」
ユウリは小さく溜息を零して頷いた。意見を聞く先がメロとアリスというのが微妙なのが伝わってくる。
はしゃぐ二人とユウリの対比がおかしくて口元が緩んでしまう。
声に出さずに笑っていると、ユウリが拗ねたような顔をしていた。
――今回のことは、今後も絶対に話せないと思う。
けど、そんなあたしの我儘を受け入れてくれている。
申し訳なくて気まずくて、気恥ずかしくて……嬉しい、と思ってしまう。
この嬉しさと感謝の気持ちだけは――。
いつか、ちゃんと伝えよう。
今はまだ、言えないけれど。




