61.バック・グラウンド・ノイズ ~仮説と信頼のあいだ~
その場にいる誰しもが、突然抱き合ったロゼリアとヴィオレッタを見て驚愕していた。
何故なら、二人に親交があったなんて話はどこにもないからだ。会主催のパーティーなどで接触はあったかも知れないが、それだって挨拶を交わす程度。まさかこんな風に抱き合うような関係だとは想像もしてない。
開きっぱなしの玄関から吹き込む冷たい風。微かに舞う雪。
ロゼリアとヴィオレッタは気にならないようだが、二人の姿を遠巻きに見つめる人間にとっては気になる寒さだった。
ハルヒトは置いていかれた気分になりながら、抱き合う二人を静かに見つめる。
その横で口の端を緩ませている存在に気付き、彼にジト目を向けてしまった。
「……ユキヤ。随分とスッキリした顔をしているね?」
名を呼ばれたユキヤはひどく驚いた顔をする。
ハルヒトのセリフを聞いたジェイル、メロ、ユウリ、アリスの四人もユキヤの顔を見て怪訝そうな顔をした。
「え。そう、でしょうか?」
「こっちは全然わけが分からないのに……」
思わず「勝手に始まって勝手に終わってた」とぼやいてしまう。
ハルヒトにとって『後継者教育』の一環として六堂家と交流の末、ロゼリアに偶然会えたのは僥倖だった。
しかし、当のロゼリアは何かに追い立てられているようで――ハルヒトが期待するような展開は一切起きてない。それどころか、他の男を意味ありげに見つめるロゼリアなんてものを見てしまう始末。あの時は言葉にできない感情が心の内を支配した。
様々なモヤモヤが解消されることなく今に至るのだ。
同じ状況にあるはずのユキヤが、何故こんなにもスッキリした顔をしているのか――。
気になって当然だろう。
ロゼリアといつも一緒にいるジェイルたちでさえ状況を把握できてないのだ。余計にユキヤの表情は不可解なものに見えるのだろう。
ユキヤは少し困ったように笑い、小さく肩を竦める。
「わけがわからないのは同じですよ。
ただ……何と言うか、自分の中で落とし所を見つけたんです。俺は」
「落とし所?」
一体これまでの流れのどこに落とし所があったというのか。
オウム返しをしてしまうと、ユキヤが周囲を気にしながら声を潜める。周囲はざわざわとしていたが、救急車が来ることもあって、使用人たちはそれぞれの持ち場に戻りつつある。
ユキヤの声にジェイルたちも彼の言葉を聞こうと近付いてきた。
「まず、ロゼリア様がヴィオレッタ様のことを気にしていたのは間違いないでしょう。
――からくりはわかりませんが、彼女が閉じ込められていることを知っていたロゼリア様はそのために情報を集めていた」
確かに――ヴィオレッタを抱き締めるロゼリアを見る限り、そうとしか考えられない。
「彼女を助けることが目的だったわけですが……その理由を誰にも話す気がなかった」
「……助けるんだから良いことじゃない? それって。話せないのがよくわからないな……」
ハルヒトは思わず腕組みをしてしまった。
気軽に頼ってくれればいいのに。ここにいる誰もがそう考えているはずだ。
そんな気持ちが伝わったのか、ユキヤがそっと視線を伏せる。
「ロゼリア様とヴィオレッタ様が親しいという事実も噂もありません。
精々パーティーで挨拶をした程度の間柄――……なのに、どうして助けようなんて思うのか。当然、不思議に思いますよね?」
「まぁ、確かに……」
他のメンバーも神妙な顔をして小さく頷いていた。
喧騒の続く玄関ホール。六人で話している姿は少々奇異ではあったが、周囲に気にする人間はいない。せいぜいロゼリアのことを待っているのだ、程度の認識にしかならないだろう。
ユキヤが視線を伏せたまま続ける。
「その当然の疑問にロゼリア様は答えられないか、答えたくないのだと思います。
何故なのかとずっと考えていて――……ここからは単なる妄想になるんですけど、」
「き、君が妄想とか言うんだ……」
全員がごくりと喉を鳴らした直後に「妄想になるんですけど」と続いたので、「えっ」という声も聞こえてきた。
ハルヒトもまさかユキヤの口から”妄想”などと言う単語が飛び出すとは思わず、聞き間違いかと思ったほどである。
しかし、当のユキヤは視線を持ち上げてあっけらかんと笑った。
「あはは。妄想としか言えないような話なんですよ。
――ロゼリア様とヴィオレッタ様は、前世で家族か友人、はたまた恋人だった、というオチです。
そう考えると一連のロゼリア様の行動が何となく腑に落ちるんですよ。
どうしても助けたい、でも誰にも言いたくない、という気持ちと行動の結果が」
「家族や友達ならいいけど、恋人だったとかマジで困るんスけど……」
「おや、花嵜さんは私の妄想としか言えない話を信じてくれるんですか?
感情的にはこれくらい極端な話のほうが腑に落ちるというだけで……我ながら物語の読み過ぎかもしれないと思うレベルです」
それまで黙って聞いていたメロの言葉に、ユキヤがおかしそうに笑う。
メロは少々困った顔をし、腕組みをしながら首を捻った。
「……や、信じたわけじゃないッスけど……確かにそういうことにしといた方が、いいのかもって思っただけッスよ」
「だが、あまりに突拍子もないだろう。今の話は」
「だから、”妄想としか言えない”と前置きをしたんですよ」
ジェイルは信じてなさそうだ。ユウリとアリスの表情からはどちらとも窺い知れない。
とは言え、これまで話をしていたユキヤ本人ですら、自分を納得させるための作り話という体だ。まさか今の話を信じるなんて思ってもないだろう。
ハルヒトは自分の中で今の話を咀嚼してから、その先にある可能性へと行き当たる。
「ユキヤの話を信じるとするなら……オレたちを気軽に頼れない気持ちも、まぁ、わかる、かな。
それに、仮のその話をされたとして――信じたかな、その話」
妙な沈黙が落ちた。
各々ユキヤの言う”妄想としか言えない話”をロゼリアにされた場合のことを考えている。
――信じた、と言い切れないのが悔しいところだった。
「……。……それを打ち明けるのも、きっと勇気がいるでしょうね。
ロゼリア様はあの通りプライドが高く負けず嫌い、しかも他人に弱みを見せるのが大嫌いです。
ご自身の勇気やプライド、打ち明けた時の僕たちの反応を考えれば……言わないという選択肢は当然のように感じます」
困惑気味に、それでいてどこか確信を持って答えたのはユウリだった。
何をどうひっくり返しても、ロゼリアが自分たちを頼る未来はなかったという結論しかないように思う。今、ユウリが言ったように。
玄関から一際強く風吹く。
その風はハルヒトたちの頬を冷たく撫でていった。
そして、遠くの方から聞こえてくる救急車のサイレンがどんどん近付いてくる。
まるで終わりを知らせる音のようだった。
視線の先。
ずっと抱き合っていたロゼリアとヴィオレッタがゆっくりと離れる。
ヴィオレッタのは背後にはザインと使用人たちが控えていて、やってくる救急車にヴィオレッタを乗せる準備をしたいのだろう。
名残惜しげに離れる二人。
その場に残されるロゼリアのどこか淋しげな背中を見つめ――自然と彼女に向かって歩き出していた。
すぐ背後にまで近付く。ロゼリアが気付いてないはずがないのに、彼女はこちらを振り返ろうとしなかった。
声をかけたいのに、何と声をかけたらいいのかわからない。
かける言葉が見つからない。
ひたすら戸惑っていると、不意にロゼリアがハルヒトたちに向かって手を差し出した。
背中を向けたまま、どこか怒ったような雰囲気で。
「ハンカチ! 頂戴!!」
その言葉を理解するまで数秒かかる。
だが、涙を見せたくないがゆえの行動だとわかると――自然と口元が緩むのだった。




