57.終わりに向けて
突然手を打ったあたしに三人が「なんだ?」と言わんばかりの視線を向けてくる。
麻雀勝負や相手に言うことを聞かせられる話なんてすっかり忘れてたけど、こんな形で生きてくるとは思わなかったわ。カミルだけに話をして動いてもらっていいけど……どうせだから、三人まとめて動いてもらう。その方が弟ルートらしいでしょ。
やることは決まった。
けれど、何をどう話そうか……。
あたしは無言のまま腕組みをして、その場をウロウロと歩き始める。
当然、そんな行動は三人の目には不審に映るわけで……。
「……おめー、何してんの?」
「考え事よ。あんたたちに聞いてもらいたいことは決まった。
……けど、どう話そうか悩んでるの。とりあえず、カミルと二人きりにさせてくれない?」
変に言い繕うと詰問を受けそうだったので、あたしの考えていることをそのまま言う。
ディディエとカミルが顔を見合わせる中、ザインだけが微妙な顔をしていた。
「俺様の部屋なのに、俺様に出てけって?」
「まぁ、カミルの部屋とか……どこか二人きりになれる場所へ移動してもいいけど」
そう言うと、今度は三人とも微妙な顔をした。
エアコンの風向きが変わる音が静かに響く。ふわりと風がなびき、あたしの髪の毛を揺らした。風に当たって乾燥するのが嫌で、カミルを風よけにできる位置に移動する。
カミルと見つめ合う形になり、じっと見つめてしまった。視線に耐えかねたのか、カミルはおずおずと口を開く。
「あの、ロゼリアさん。僕に先に話があるのは何故ですか?」
「……。あんたの回答次第で、聞いてもらいたいことの内容が変わるからよ」
少し考えてから答えると、カミルもまた眉を寄せて考え込む。
沈黙ののち、カミルが顔を上げてザインとディディエを見た。
「ごめん、兄様。少しロゼリアさんと話をさせて欲しい。……なんか、真面目な話みたいだし」
ザインとディディエが顔を見合わせ、ほぼ同時に肩を竦めた。
こういう動作を見ると、血の繋がりは多少薄くてもやっぱり兄弟って感じがするのよね。
二人はあたしとカミルを交互に見て、一歩下がった。
「わーったよ。廊下にいるから、終わったらすぐ呼んで」
「……こんなところで間違いが起こるなんて思わないが、誤解されるような行動だけは控えろよ」
そう言って二人は静かに部屋を出ていった。
静かで暖かく――、チャラい雰囲気の部屋に二人。シリアスな話をするには全く不向きな部屋の中、あたしはカミルに改めて向き合った。
「単刀直入に聞くわ。あんたって他の人間には能力のことを隠してるわよね? 家族含めて」
カミルは虚を突かれたように目を丸くする。まさか能力のことを聞かれるとは思わなかったらしい。
けれど、そんな反応も一瞬のこと。
わざわざザインとディディエを追い出した理由を察したのか、少し困ったように笑みを浮かべた。
「……それで兄様に出ていくように言ったんですね。
お察しの通り、僕は能力のことは誰にも言ってません。兄様たちにも」
「言わない理由は?」
「それは――……言っても信じてもらえないだろうと思っているのと、信じてもらえた時の影響が想像できなくて。
それこそ、ヴィオレッタ姉様のように身の危険があるかもしれないと考えたからです」
思いのほかカミルは質問に対してすらすらと答えてくれる。答えはゲームでの話と同じだった。
自分の能力を誇る割には、かなり危機感を持っている。影響力や自分の起きる危険性も考えて、ひた隠しにするほど徹底しているのだ。
「なるほどね」と呟くと、カミルが頷いて更に言葉を繋ぐ。
「とは言え、日常的に結構使ってますけどね。
どんな犬にも好かれる、犬がやけに言うことを聞く、と思われる程度に」
カミルはそう言って少し得意げに、それでいてどこか申し訳なさそうな表情を見せた。
いざと言う時のためにいつでも使えるように、そして何かあった時に能力を使ったとしても周囲から不審に思わないように。この子はやっぱりよく考えている。自分の立ち位置を含めた振る舞いを。
あたしはカミルを見つめ、最後の質問を口にした。
「あんた、能力を使って庭にいる犬たちに警察犬みたいなことはさせられる?
具体的に言えば、匂いを元に何かを探させたりとか……」
思いもよらぬ質問だったのか、カミルはまたもや目を丸くした。すぐ傍の窓で、雪が落ちるのが視界の端に入る。
瞬きをしてあたしを見つめていたかと思えは、「うーん」と少し考え込んでしまった。
「本格的にやってもらったことはないので、どこまでできるかは分かりませんけど……余程広い範囲じゃなければできる、んじゃないかなぁ……」
返答は少し曖昧だった。けど、恐らく上手く行く、はず……。
必要な情報を聞き終えたところで、あたしは「ふー」と息を吐き出して天井を見上げた。……天井にもよくわかんないポスターが貼ってあってげんなりするわ、この部屋。
右手を腰に当て、もう一度カミルを見る。カミルはキョトンとしていた。
「ありがとう。聞きたいことは以上よ」
「……ロゼリアさんは、僕に能力を使って何か探させたいんですか?」
「察しが良いわね、その通りよ。でも、あんた一人が勝手に動くと怪しまれるんじゃない?
だから、ザインとディディエと一緒に動いて欲しいのよ」
あたしの言葉にカミルは苦々しく笑った。怪しまれるというのは当たりだったみたい。
「……まぁ、僕だけで何かしようとするといい顔はされないです。
ザイン兄様とディディエ兄様と一緒に、というのは……妥当な判断ですね」
カミルの言葉には棘があった。
漏れ出るのは不満や鬱憤、反発心。カミルだけでは心許ないと言われることへの鬱屈した感情だった。
自分が兄たちに負けてないと思うがゆえの憤り。
……別にそういうつもりじゃないのよ。勘違いしているカミルを見て、思わず溜息が漏れた。
「あたしはあんたのことを疑ってるわけじゃないのよ。
能力のこと、隠したいんでしょ? なら、一人で行動なんてさせられるわけないじゃない。
あんたに動いてもらうための目隠し代わりにザインとディディエが必要だと思っただけよ、あたしは」
肩を落とし、呆れながら言うとカミルの動きが一瞬止まった。
しばしの沈黙ののち、カミルが目をまんまるにする。何を言われたのかわからないとでも言いたげな表情と、目。
「え?」
「一回しか言わないわ」
「……えっと、はい。あの、ありがとう、ございま、す……?」
カミルにしては珍しくしどろもどろだった。しかもちょっと頬が赤い。
――コウセイさんと違ってカミルは比較されてこなかった。本人は姉や兄たちと比べて欲しくてしょうがなかったのに、十歳近い年齢差と七番目であることから、舞台にすら上がることすらできなかった。
そういう不満が、カミルにはある。
それが、カミルが黒幕だった場合の理由だった。
だからそれっぽいことを言えば良いと考えていたけど……効くのね。”兄じゃなくて、あんたが必要”って感じの言い回し。
カミルの反応に満足して、あたしは距離を詰めた。
「あたしの言うこと、聞いてくれるわね?」
ニヤリと笑って、カミルの顔を下から覗き込む。
カミルの表情は驚きに彩られ――そして、気恥ずかしそうにはにかんだ。
「……はい」
「よし! じゃあ、ザインとディディエを呼び戻すわ」
話がついたことに満足し、くるりと踵を返して扉へと向かう。
カミルの反応がないことを不思議に思って途中で振り返ると、何故かカミルは手を伸ばしかけた変な格好で固まっていた。……何してんのかしら、あれ。
不審に思って眉を寄せているとカミルが慌ててついてきた。
「どうかしたの?」
「い、いえ、何でもないです。……誤解とか間違いとか、ああもう……!」
カミルがぐしゃりと髪の毛をかき混ぜる。
意味不明な言動だったけど、そんなことを気にしている余裕はない。
あたしはカミルを無視して扉を開け、ザインとディディエを呼び戻すのだった。
――これで、いよいよヴィオレッタ救出に入れる。




