真摯な求愛
自分を優しく包み込むような旋律が聞こえた気がして、キラは自分の意識がふわふわと上昇していく感覚を覚えた。
目の前の温もりが心地良くて顔を擦り寄せると旋律が途切れて、クスッと笑う声がする。
「起きたか?」
「んん……」
瞼を擦りながら目を開けると、自分に添い寝しているディーの姿。彼の柔らかな微笑みにキラの表情も自然と綻んでくる。
「ん、起きた……」
「体はどうだ? 辛くはないか?」
ディーの問い掛けで一気に目が覚めた。
そうだ。ディーと初めて体を重ねて、そのままいつの間にか眠ってしまったのだ。
そう思った途端に体に力が入って、その弾みで股の間に鈍痛と怠さが混ざったような違和感が生じ始めた。
だが……。それ以上に貧血のようなふらつきが増して、体の芯が凍えるような感覚を覚える。
「なんか……、変。貧血みたいで気持ち悪いかも」
そう告げながらシーツをきゅっと握ると、額にひんやりと気持ちいいディーの手が当てられた。
「丸一日近く食べていないしな、無理もない。普通に食事は食えそうか? それとも果物か何かを軽く食べるか?」
ディーはキラを気遣いながら小鳥に触れるような繊細な力加減でキラの体をトントンしている。
そんな優しい番の言葉に安堵感を覚えたのと同時に胃が切なくなって、キラは自分の空腹を認識した。
「ん……。こってりした物は食べたくないけど、ちゃんとご飯が食べたい」
「わかった。あっさりめでも栄養があって腹がしっかり満たせる物がいいか」
「……あ。それなら、シンプルなロールキャベツがいい」
この世でもっとも安心するディーの腕の中で会話を交わしているうちに貧血の症状が和らいで、食欲がどんどん湧いてきた。静かだった血流が巡り始めて体が温かくなってきたような感じだ。
キラのリクエストにディーは安堵の表情で頷いた。
「わかった。用意させよう」
ディーはキラの額に口付けを落として……、魔法で念話を始めたようだ。会話の相手はメイドのシシーだろうか?
……そう思ったキラの中に、チクッと嫉妬の気持ちが湧いた。
「ディー……」
念話を終えたディーにコツンと額を寄せると、ディーは何故か嬉しそうにクスクスと笑っている。
「会話した相手はサイラスだ。大丈夫、お前以外の女と話していないよ」
サイラスとはディー専属のヴァレットだ。キラがディーの自室で気兼ねなく寛げるようにとディーがサイラスを遠ざけてきたせいで、キラからすると少し存在感の薄い人物だった。
……今しがたの嫉妬の正体は自分以外の異性と番が話をしていると思ったせいだと理解して、キラは少し恥ずかしくなる。
今の自分は番の縁を結んだ影響でディーに対する独占欲が凄まじい……。
これまでサイラスを追い払っていたディーを大袈裟だと呆れていたが、今ならディーがサイラスを遠ざけてきた気持ちがわかる。
キラがそんなことを考えながらディーをじっと見つめていると、ディーは嬉しそうに微笑んで再び額に口付けてきた。
「ひとまず水を飲もうか。ほら、起きれるか?」
「っ、うん……」
ディーの手を借りながらゆっくりと体を起こす。ふらつきと下腹部の違和感はあるが耐えられない程ではない。
ディーはキラを自分に寄り掛からせて体を安定させると、ベッドサイドの水差しからコップに水を注いでキラに飲ませた。魔法で保冷された水が美味しい……。
キラがほっと一息ついたのを見届けたディーもまた水を飲んでいる。
……嚥下で上下に動くディーの喉仏に男性としての魅力を感じたキラは密かに赤面してしまう。
「ディー、まさか私が起きるまで水を飲むの我慢していたの?」
キラの問いにディーは苦笑した。
「俺の番には期待外れかもしれないが、俺は一足先に飲んでいたさ。徹夜で《歌》のチカラを行使してからお前を抱いて、色々とカラカラだったからな。お前を残して俺が倒れたら本末転倒だろう?」
空になったコップをベッドサイドテーブルに置いたディーはキラを抱きしめてゴロンと横になる。
「昨夜は凄く良かったよ。とても気持ち良くて、お前と心が通じ合って……。あぁ、幸せだなぁ……」
染み入るような低音の声音で囁きながら頬擦りしてくるディー。
そんな番の服をきゅっと握って――……、今更ながらキラは自分とディーが衣服を身に付けている状態だと気付いた。
自分が身に付けているのは着心地のいい清潔なネグリジェだ。様々な体液でベタベタしていた体もさっぱりとしているし、ベッドのシーツも清潔な物に変わっている。
「ねぇ、ディー。私っていつ着替えたの?」
「キラが寝ている間に風呂に入れて着替えさせたよ。俺が」
「……え? ディーが?」
ディーの言葉にキラはキョトンとしたが、そんなキラの反応が不本意だったらしいディーが拗ねたように唇を尖らせた。
「疑うなって。初夜を終えて無防備に眠っている番に俺以外の誰かが触れるだなんて冗談じゃない。メイドのレンやシシーでも嫌だね」
「疑ってないよ。大変だったでしょ?」
拗ねた表情で鼻を鳴らしているディーにキラは小さく苦笑する。
眠っている相手を起こさずに入浴と着替えをするだなんて難しいだろうに……、よくやったものだ。
「蜜月の間は絶対にキラと二人だけでいたいからな、キラに必要な世話は全部俺がやる。俺は器用なんだ」
「そうは言っても早速二人だけじゃないでしょ? これからサイラスが来るんだから。私のロールキャベツはどうなるの?」
「その言い方はやめてくれ。俺がロールキャベツに嫉妬する」
ロールキャベツに嫉妬する魔界序列第三位の夜鴉公……。
その字面が可笑しくて、キラは思わず笑ってしまった。
「俺達と鉢合わせないように食事は隣の居室に用意させるから問題ない。俺の自室は部屋数が多いのが利点だな。俺達が別室にいる間にサイラス達に支度をさせることができるからな。ベッドメイクも俺がキラと風呂に行っている間にさせたんだ。さっぱりしたキラが気持ち良く眠れるようにな」
「だからベッドも綺麗になっていたんだね」
納得しながらサラサラと触り心地の良いシーツを撫でていると、ディーはますます不貞腐れた顔をした。
……まさかとは思うが、今度はシーツに嫉妬しているのだろうか?
拗ねているディーが可愛く思えてきたキラがクスクスと笑いながらその頭を撫でると、ディーは愛おしそうに頬擦りしてきた。
「他の奴が触れた物や作った物に抵抗あるなら言ってくれ。何もかも俺がやる」
「それを言い出したらきりがないでしょ……。料理や洗濯までするつもり?」
「酒のコレクション部屋に簡易キッチンがあるから料理は問題ない。フリューゲルの城主としてやらないだけであって、俺は自炊だってできるんだからな」
「材料はどうするの? 野菜一つだって他の誰かが収穫した物でしょ?」
少し意地悪だと思いながら発したキラの質問に、ディーは少し沈黙して考えている。
「そう、だな。俺が種から育てないとダメだな。……いや、待てよ? 他者の手を完全に排除するなら無から種を得ないと――」
ディーは冗談抜きの本気の目だ。本気でキラに関する全ての物から徹底的に他者を排除する方向に思考を巡らせている。これが独占欲が過ぎた番の考えか。
キラは暴走し始めた自分の番の気を引くために彼の胸板をポスッと叩いた。
「もうっ、大丈夫だからっ! 二人でいられればそれで十分っ!」
「……あぁッ、俺のキラが俺と二人でいたいと言ってくれた……ッ!」
ディーがキラを大切に抱き寄せて幸せそうに頬擦りしてきたが、キラはディーの髪を撫でつつ苦笑してしまう。
「私の番がヤンデレ気味でちょっと心配なんだけど」
「お前を守るためなら俺は何でもする」
「まったくもう……」
キラはディーに背中を回してよしよしと撫でる。これでは大きな甘えん坊だ。
そうしてしばらく互いの存在を感じて睦み合っていると隣の居室から、チリン、と呼び鈴を鳴らす音がした。サイラスが食事の支度を整えて退室したという合図だ。
「キラ、どうする? 体が辛いなら食事をベッドまで運んでくるが」
ディーはそう問い掛けながらベッドに右肘をついて上体を起こしている。いつでもキラのために動こうという気持ちの現れだろう。
そんなディーにキラはクスッと笑う。今日のディーは妙に可愛く思えてしまう。
「大丈夫だよ。あっちで食べる」
「わかった。それなら俺がキラを運ぶ」
「へっ?」
断固とした口調のディーにキラがキョトンとした僅かな間に、ディーはキラをふわっと姫抱きでベッドから抱き上げた。
唐突な浮遊感にキラは思わず身構えた――が、ディーの抜群な安定感と動きで貧血の眩暈が悪化することもなかった。なんだこの完璧な男は。
ディーに運ばれながらその顔をまじまじと見つめていると、そんなキラの視線すら嬉しいのかディーは終始にやけ顔だ。
「わっ、いい匂い」
ドアを開けるとブイヨンの芳醇な香りが鼻腔と空腹の胃を掴んできた。
ソファの上に丁寧に下ろされたキラの前には、黄金色のブイヨンで優しく煮込まれたロールキャベツと柔らかなパン、そしてキラが大好きな桃入りのヨーグルトが二人分ずつ並んでいる。
もちろんディーの定位置はキラの隣だ。キラが楽な姿勢で食事ができるようにとクッションを準備したり、キラが食事を摂りやすいようにと食器の位置を微調整している。
キラはディーの優しさと気配りを素直に嬉しいと思いつつ、口角を緩ませながら食事を口に運んだ。
「んーっ、美味しいっ!」
ロールキャベツを一口頬張ると体が栄養と旨味を求めて、そこから手と口が止まらなくなる。
「……」
隣のディーが上機嫌でパクパクと食事をしているキラの姿を蕩けるような眼差しで優しく見つめている。番の一挙手一投足の全てが愛おしくて仕方がないらしい。
「ほ、ほらっ。ディーも私ばかり見ていないで食べなよっ」
ディーの視線に気付いたキラが肘で小突いて促すと、ディーは可笑しそうに嬉しそうに微笑んだ。
「多分自分では気付いていないと思うが、そう言うお前も俺をチラチラ見ているんだぞ? 一口食べてはこっちを見て、また食べて……。俺の番は忙しない小動物みたいで可愛いなぁ」
「っ?!」
予想外な指摘に驚いたキラがディーを見ると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あぁ、俺を見たキラが自然と目を合わせてくれる。こんな細やかな幸せすら嬉しいなぁ」
「からかわないでよっ。ほら、食べようよっ!」
「うんうん、しっかり食おうな。お互いに精力をつけないといけないもんな」
「?! ば、馬鹿ぁぁッ!」
「あははっ!」
ディーにいつもの調子でからかわれて、それをいつもの調子で返す。今ではすっかり慣れたこんなやりとりにも幸せを感じてしまう。
じゃれ合いながら食事を進めて、デザートの桃入りヨーグルトを食べる。甘味と酸味のバランスが素晴らしい……。
「キラは桃もヨーグルトも好きだもんな。ほら、もっと食うか?」
相変わらずディーはキラをニコニコと眺めてご満悦だ。自分の分の桃を渡そうとしてきたが、それは「ディーもちゃんと食べなきゃダメだよ」と断った。
――……こうしていると、フリューゲル城で初めて食べた桃を思い出す。あの時も寝込んでいたキラをディーが甲斐甲斐しく看病してくれたっけ。
そうして思いながら桃を飲み込んで……、ふっと思い出した。
ああ、そうだ……。あの時も目を覚ます前に旋律が聞こえた気がしたのだ。
微睡みの中で認識した優しい旋律。
あれは――……。
「ねぇ、ディー……。もしかして、さっき歌ってた?」
ディーに問いながらキラの中で確信が高まる。
そう――、間違いない。あれはディーの声。ディーの《歌》だったのだ。
キラに瞳をじっと見つめながら問われて、ディーがクスッと自嘲した。
「なんだ、聞こえていたのか……。起こしたのならすまなかった」
「それは違うよ!」
申し訳なさそうに眉尻を下げたディーにキラは慌てて否定する。
「自然に目が覚めたんだよっ。私は無理矢理起こされると頭が痛くなるんだけれど、そういうのも全然なかったんだからねっ。むしろスッキリ起きれたんだから」
「そうか。それなら良かった」
「ねぇ。もしかしなくても、私が初めてフリューゲル城で目が覚めた時も歌ってたよね?」
番から上目遣いに問われて、ディーは照れ臭そうに鼻を掻いている。
「それも聞かれていたのか? 聞かせるつもりはなかったんだが……、下手な《歌》だったな」
「そんなことないよ」
歌声に合わせてチカラを乗せる大天使の《歌》は普通の歌とは別物だ。音として聴覚で認識する以上に魂や心で認識する存在なのだ。
そう――、ディーの《歌》はキラの眠りに優しく寄り添ってくれていた。つまりディーはキラが眠っていた間にずっと傍で歌ってくれていたのだ。
「そっか……。私、あの時にディーの《歌》を聞いていたんだね」
「恥ずかしいからあまり言わないでくれよ」
嬉しい気持ちでふふっと笑うキラに、ディーは困り顔で苦笑した。
「俺が《歌》を覚えたのは天界から追放されて魔界に来てからだ。俺が人前で歌うのは戦場でチカラを振るうためだけだったから、自分以外の存在を慈しむための《歌》なんてこれまで歌ったことがなかった。
だから……、その、あれが初めてだったんだ。バドから連れ帰ったお前が熱を出して寝込んで、そんなお前が少しでも楽になってゆっくり休めるようにな。その《歌》を聞かれていたなんて知らなかったから、求愛でお前に歌った時は本ッ当に緊張したんだからなッ!」
キラが嬉しそうにニヤニヤしている事に気付いたディーは、半ば自棄になりながら真相を白状した。
普段ならばディーは言葉責めと愛撫でキラを追い詰めている側だ。そんなディーがこうも恥ずかしがって耳まで真っ赤になっているのは珍しい。
そもそもディーはこれまで絶大な支配者である夜鴉公としてフリューゲルに君臨してきた。その名声は魔界という垣根を越えて、天界と魔界との境界の地であるエグシスにまで轟いていた程だ。
ディーは魔界序列第三位の夜鴉公だ。そのディーが失敗や敗北をして格下の魔族に弱い姿を晒すと、夜鴉公としての権威の失墜に繋がってしまう。
だからこそディーは常に絶対的な支配者であろうと邁進し、強い在り方を維持してきた。
――そんなディーが、キラと出会ったことで変わったのだ。
キラに求愛するディーは繊細で臆病な側面をも晒して、時には呆れる程にべったりと甘えてきた。
そんなディーだが、初夜では余裕なフリをしてキラをリードしようとしていた。これはただの男の見栄ではなく、頼りになる姿を番に見せて安心させたかったのだろう。
常にキラを労ろうとしてきたこれまでのディーの言動からそう思えた。
「ディーはどんな時でも素敵な私の番だよ。……大好きだよ、私のディー」
気恥ずかしそうなキラの言葉にディーは目を白黒させると、嬉しそうに微笑んで求愛の口付けをした。
「キラが素直に大好きと言ってくれるようになって嬉しいなぁ。もちろん素直じゃないキラもとても可愛いけどな」
「もーっ! 恥ずかしいのを我慢して頑張って言ったのにっ!」
「ふふっ、さっきの俺と同じだな。ま、俺はいつだってキラに甘い言葉もいやらしい言葉も言えるけどな?」
「~~~ッ! そういうことを耳元で囁かないでッ!」
ただでさえディーのいい声は魅力的なのに、番の縁を結んだ今では堪らなく魅力的に感じてしまう。男性特有の低音の響きが鼓膜を震わせて――……、下腹部が疼いてしまう。
情欲に潤んだ番の瞳をディーは見逃さない。
「さぁ、俺の可愛いキラ。ベッドに戻ろうな」
ディーは綺麗に口元を歪めてキラを抱き上げ、寝室へと戻っていく。
元々の体調に加えて食後の胃も気遣ってそっとベッドに下ろされて、キラはディーの優しさにますますときめいてしまった。心の壁を易々と貫通してしまう番の縁、恐るべし。
だが……。
「あの、ディー……、その……。ごめん。体が辛いから、その……、今夜は無理……」
すぐさま自分の隣に寝転んできたディーに伝えると、ディーは落胆することも不機嫌になることもなく当然とばかりに頷いた。
「ああ、わかっているさ。今夜は抱かないよ。添い寝して抱きしめるだけだ。ゆっくりと過ごそうな」
苦笑しながらそう話すディーからは、確かに昨夜のような激しい情欲の気配は感じられない。
ディーは有言実行とばかりにそっとキラを抱き寄せると、キラの心を落ち着かせるためにそっと背中を擦り始めた。
月夜の湖畔のように穏やかな番の温もりと匂い。その穏やかさに誘われてキラの情欲も落ち着いていく……。
「……ねぇ、ディー……。私、自分が恥ずかしい。その……、こんなにすぐに、その、欲情するなんて……」
キラがディーの腕の中に隠れながら戸惑いを吐き出すと、ディーはトントンと優しくキラの頭を撫でた。
「何も恥ずかしがらなくていい。番の縁を結んだ後は蜜月の期間だからな、ちょっとした刺激で体が勝手にそうなりやすいんだよ。これは自然なことなんだ。
だから、な? 俺は逆に安心したんだ。初夜で俺の精から魔力を受けたキラが正常な反応をしてくれているんだから」
「え……」
キラはディーの言葉の意味がわからずに瞬きを繰り返してキョトンとしている。
自分の腕の中で可愛いらしい反応をしている番にディーはクスッと微笑むと、キラの髪を優しく掻き分けて求愛の口付けをした。
「大天使のお前が初めて俺の濃厚な魔力を受け入れたんだ。急激なものではないとはいえ、これはキラにとって大きな変化だ。だから心身に不調をきたすのは当然なんだよ。実際に今も体が辛いんだろう?」
「そ、それは……。その……、初めて体を繋いだから……」
もじもじと話すキラが愛おしくて、ディーはその髪に何度も頬擦りする。
「もちろんそれもあるさ。痛みや重苦しさといった肉体の辛さは行為によるもので、倦怠感のような不調は行為と魔力吸収の半々って感じじゃないかと俺は思う。いきなり大量の魔力を注ぎ込まないようにと調整はしたが、それでもキラがどんな反応をするか心配だったんだ。
だから、な? さっきキラが欲情してくれて俺は安心したし、とても嬉しいんだよ。キラが番として正常な反応をしてくれているってわかってな」
そう言ってディーは再びキラに心を込めた求愛の口付けをした。
「……私の中にディーの魔力があるんだ……」
ディーの温もりを感じながら声に出してポツリと呟くと、喜びの気持ちが水滴を受けた水面の波紋のように柔らかく広がっていった。
ディーの番として生きていくということは、ディーの魔力を受けて魔族側の存在になるということ。その第一歩が進んだのだと理解できて、嬉しさが込み上げてくる。
「私、ディーだけのものになれるんだね……」
ふにゃりと口元を緩めているキラに、ディーは喜びと困惑が混ざった微笑みを浮かべている。
「なぁ――、キラ。これは真面目な話だ」
穏やかでいながら真剣な声音で切り出したディーを腕の中から見上げると、ディーはキラが映る深紅の瞳を愛おしげに細めた。
「俺はお前に対する独占欲と所有欲が強い上に、魔族として嗜虐的で意地悪な側面もある。だから『お前が俺だけのものになる』と言われるのは素直に嬉しいし、心がとても満たされるよ。
だが……、キラの心と体はあくまでもキラだけのものだ。俺はキラを壊したくない。だから、自分を大切にしてくれ。俺が調子に乗って度が過ぎたからかいをしたら、これまでみたいにちゃんと拒絶してくれ。さっき行為を断った時みたいにな」
「……っ、うん」
ディーはこれまでもわざとキラの羞恥心を煽ってからかう言動をすることもあったが、実際はこうしてキラのことを第一に考えてくれている。
「『俺はキラが本心で嫌がることは絶対にしない』。そう約束してくれたもんね」
キラがディーの声真似をしながら微笑むと、ディーは再び嬉しそうに目を細めた。
「ああ――……、そうだ。改めて約束するよ。俺はキラが本心から嫌なことは絶対にしないとも。未来永劫の約束だ。
まっ、本気で嫌じゃないとわかれば話は別だがな? 俺はお前とベッドで色んなことを試したくて仕方がない。淫らなことをたくさんして楽しもうな」
「っ! 早速そういうことを言うんだから……っ!」
「んん? そういうことってどういうことだ? キラ、具体的に教えてくれ。お前は何を想像したんだ?」
「もうっ! 馬鹿ぁっ……!」
「いてっ。あはははっ!」
キラに額をペチッと叩かれたディーは痛がりながらも嬉しそうだ。
屈託なく笑っているディーを見つめたキラは、軽く息を吐きながらディーの胸に顔を埋めた。
「ねぇ。ディーは私にして欲しい約束はある?」
その言葉にディーはふふっと微笑み、愛おしい番に頬を寄せた。
「俺がキラに望むことは求愛していた時から変わらないさ。
――キラ、俺の傍にいてくれ。俺と一緒に生きてくれ。俺はお前とずっと一緒にいたいんだ」
それはディーがこれまで幾度となく口にしてきた言葉。ただひたすらにキラと添い遂げることを求めてきた夜鴉の真摯な求愛の言葉。
心をくすぐるディーにキラはうんと頷いて抱きつく。
「ずっと一緒だよ、私のディー。私の方こそディーを絶対に離さないからね」
「ふふっ……、嬉しいなぁ。本当に幸せだ。キラ、俺だけの番……。俺はお前を心の底から愛してる。これは約束じゃない、決定事項だ」
迷いのない言葉にキラは、うん、と頷く。
「私もだよ。ディー、大好きだよ。私の気持ちも絶対に変わらないからね。ディーは私の素敵な番なんだから。ずっと、ずっと、一緒だよ」
お互いの心を優しくくすぐりながら見つめ合い、やがて自然と唇を重ねる。
たとえこれから先に何があったとしても、自分達はずっと一緒だ。同じ時間と空間を一緒に生きて、寄り添いながら同じ歩調で歩んでいく。
そうして幸せを分かち合いながら、番となったばかりの二人は互いの存在を抱き寄せた。




