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夜鴉の求愛  作者: 神代きい


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15/17

私は私らしく

 乱入令嬢騒動から約三週間後、メイドと護衛の再教育を終えたレンがようやくキラの元に戻ってきた。

「お嬢さま、今後ともよろしくお願いしますっ!」

 ビーズ刺繍の手を止めたキラを前に、緊張した様子で少しぎこちなくペコッと頭を下げるレン。

 頭を下げた反動で一緒にピョコンと揺れる焦茶色の猫耳と尻尾を久しぶりに見ると改めて可愛らしく見えて、思わず顔が綻んでしまう。

「うん。おかえり、レン。こちらこそよろしくね」

「はいっ、なのですっ!」

 キラの応えにレンは安心したらしく天真爛漫な笑顔だ。心なしか目尻に涙が浮かんでいる。

 キラはレンが戻ってきたら真っ先に謝罪をするつもりだった。

 自分の身勝手な行動がレンに処罰に繋がってしまったと感じてしまうからだ。

 だが。そんなキラの心を事前に見透かしたディーが、それを否と諭したのだ。

『俺はレンに非があったから処分を下した。そのレンにお前が謝罪をすると、レンが混乱してしまう。これまで経験がなかったキラには理解が難しいだろうが、主人と配下はそういうバランスで成り立つものだ』

『じゃあ……、私はどうすればいいの? そんな風に言われても、気持ちがもやもやする……』

『キラがレンにしてやれることは、戻ってきたレンを快く受け入れてやることだ。どうしても何かをしたいと思うのなら、言葉ではなく行動で示してやれ』

『……行動で?』

『以前と変わらずに接してやればいい。キラに気遣わせているとレンに感じとらせると、それもまたレンにとって小さな刺となる。だからこれまで通りに自然体で接して、後はキラがレンにとって良き主人でいようと心掛けていればいい。それだけのことだ』

 ディーにそう諭されたキラはレンが戻ってくるまでの間に考えを整理して、それでこうして落ち着いてレンと再会できた、というわけだ。

 キラはビーズ道具を作業箱にしまうと、レンが淹れてくれたお茶のカップを手に取った。

 芳醇な香りのお茶を、コクン、と大切に飲み込む。

「はぁ~……。やっぱりレンが淹れてくれたお茶が一番落ち着くぅ……」

 誇張ではなく本心からそう思う。

 レンが不在の間は主にシシーがお茶を淹れてくれて、時にはディーが淹れてくれることもあった。それらも美味しいのには間違いないのだが、レンが淹れたお茶とは何かが違ったのだ。

 馴染みのあるお茶にほっと息をつきながらそう言うと、レンは嬉しそうに尻尾を揺らした。

「光栄なのですっ。お嬢さまに誉めていただけるともっと頑張ろうって思えるのですっ」

「張り切りすぎて無理だけはしないでね。レンが無理をして辛い思いをしちゃうと私も辛いからね」

「! は、はいなのですっ」

 レンは胸の前で両手を握ったまま真剣な面持ちでコクコクと頷いた。

 耳がピンと立っていてキラの言葉をしっかりと受け止めたのだと伝わってくる。

「お互いに無理はしないようにしようね」

「はいっ!」

 キラがそう言いながら思わず手を伸ばしてレンの頭を撫でると、レンは今度は気持ち良さそうに耳を倒してはにかんだ。

 そう――……。無理はしない、とキラは心の中で繰り返す。

 レンが離れる前は《歌》が歌えない自分が悔しくて悲しくて、焦りがあった。

 けれどもディーとの仲がますます近くなって、ディーがどれほど自分を大切に想ってくれているのかを改めて実感して……。

 ディーに《歌》を聞かせたいという思いは変わらない。それどころかむしろ強まったと思う。けれども、焦らないようにしようと決めた。

 自分一人が焦って辛い思いをしているようではディーが悲しんでしまうのだとわかるから……。

 そんなことを考えているキラを見て、レンはどこか嬉しそうだ。

「お嬢さまも主さまが大好きなのですねっ!」

「っ! うっ、えっと……」

 キラが言葉を詰まらせると、レンは耳をピクピクと揺らしながら再び嬉しそうに笑った。

「ジルさまにご指導して頂いた時に教えてもらったのです。お嬢さまは主さまと一緒に過ごされていて、主さまもお嬢さまも本当に幸せそうだって。今もお嬢さまの雰囲気が以前と比べてうんと明るくなっているのですっ」

「そ、そうかな……?」

「はい!」

 確かにディーの表情や雰囲気が晴れた感じなのはわかる。

 ディーは自分と一緒に過ごす時間が本当に嬉しいようだし、それでディーはひたすら一途に自分を求めてきて――……。

『ベッドの上では素直になっていい。俺はキラを悦ばせたいんだ』

『興奮したお前をこのままベッドに連れ込んで可愛がってやりたい』

「――っ!」

 ボンッ、と顔から火が噴き出たと本気で思った。

「うぅぅ~……!」

 真っ赤な顔を両手で覆っているキラにレンはクスッと笑って、さりげなく部屋の窓を開けてくれた。

 涼しい風が頬を掠めて気持ちがいい……。心地良い風を吸い込んで深呼吸をしてから冷茶を飲む。

 ああ、爽やかな風味で心が洗われる……。

「はぁ……」

 一服したことで何とか持ち直せた――と思った直後に、ノックもなしにガチャッとドアが開けられた。

 ……こんな風にキラの部屋を出入りができる人物は一人しかいない……。

「キラ」

「よりにもよって今来るとか、なんで……っ?!」

 嬉しそうにドアからひょこっと顔を覗かせたディーに、キラは再び両手で顔を覆い隠した。

 対してディーは軽く首を傾げたものの、キラが隠しきれていない耳の紅潮で色々と察したのかフフッと笑う。

「ん? キラ、俺のことを考えてくれていたのか? 俺の何を考えていたんだ?」

「レンの前で変なこと言わないでくれる?!」

「何が変なことなんだ? キラ、具体的に教えてくれ」

「このっ、馬鹿! 勘弁してよ……っ!」

「おおっと、可愛いなぁ」

 思わずキラが掴んで投げつけたクッションは易々とディーにキャッチされた。

 外套を羽織った姿のディーはクックッと笑いながら自然な足取りで室内へ入ってくると、キラが座るソファの後ろへと回り込む。

「……」

 背後から物凄く視線を感じる……。

 チラッと後ろを振り返って見上げると、飽きることなく自分を見つめるまっすぐな眼差し。

「……」

 自分を一心に見つめる綺麗な深紅の瞳に見惚れていると……、ディーは吸い込まれるような動きでキラに求愛の口付けをして、そのまま優しくキラの唇にも口付けをした。

 温かく柔らかな感触。今日のディーは唇が乾燥気味かも……などと思ったところでハッと我に返り、キラは顔を真っ赤にしながらディーの体を引き剥がす。

「だから、レンの前でやめてってばっ! そもそも執務時間中でしょ?」

「俺の中のキラが足りなくて補充しに来た」

「?!」

 唖然として固まっているキラにディーは微笑むと再び求愛の口付けをする。

 更にはキラのカップをサッと横取りすると、キラの飲みかけのお茶を飲み干してしまった。

「あーあ、このままキラと一緒にいようかなぁ」

「閣下、お戯れを。この後は城下の視察へ向かうご予定です」

 ディーを諌める言葉に目を向けると、ディーと同様に外套を羽織った姿のジルが片眼鏡をクイッとさせて扉口に立っていた。相変わらず無駄のない姿勢だ。

 ディーはそんなジルに見せつけるかのようにキラを後ろからぎゅっと抱き寄せる。

「キラは俺の恋人で将来の番だ。俺にはキラの傍にいる権利がある。だから俺は視察になんぞ行かん」

「何なの、その屁理屈……」

「主様、お嬢様が戸惑っておられます。お嬢様のお気持ちを無視なさるのが主様の権利だと?」

「誰に何と言われようが、俺はキラを補充しない限りは動かんぞ」

 ディーはそう言うとキラを後ろから抱き締めて、キラの髪に埋めた鼻先を擦り寄せて甘え始めた。まるで猫を吸って癒しを求める行動みたいだ。

 いつものディーであれば人前でしない行動だが、気心の知れた側近であるジルとキラの側近とも呼べるレンの前だからこその行動だろう。

 キラが半ば呆れてため息をつくと、ジルも小さくため息をついて目を伏せた。

「申し訳ございません、お嬢様」

「はぁ……、仕方がないよね。こうなったらテコでも動かないでしょ、この夜鴉公(よがらすこう)は」

 キラにしか言えない軽口にジルは少し表情を和らげると、深々と一礼した。

「お嬢様には最大限の感謝を」

「え?」

 よくわからないけれど感謝された……。

 キラが目をぱちくりさせていると、ジルはわざとディーに聞こえるように大きなため息をついた。

「以前の主様はストレスを執務にぶつけて発散させる御方でした。執務に打ち込む力が増すと言えば聞こえはよろしいのですが……、殺気立つ閣下と同じ空間で過ごす時間は寿命が縮む思いでした」

「うわ、それは御愁傷様……」

 想像したらこっちの胃まで痛くなりそうだ。

 キラが表情をひきつらせるとジルはフッと表情を緩めて目を伏せた。

「お嬢様がいらして以降、閣下の気性は穏やかになられました。側近一同、大変安堵しております。お嬢様には最大限の感謝を」

「おい。俺が手に負えない猛獣か何かのような言い方をするな」

「猛獣さん、私の首筋に唇を当てたまま喋らないでくれる? 振動がくすぐったくて微妙に嫌」

「キラが俺に冷たい……」

「ほら、そろそろ離して。出掛けるんでしょ?」

 拗ねたディーがキラをぎゅっと抱き締めて顔をグリグリと押し付けてくる。

 そんなディーの手をトントンと叩いて促すと、ディーはようやく手を緩めてキラから離れた。

 自分の代わりとばかりにさっきのクッションをキラの膝に乗せると、左右のこめかみに求愛の口付けをする。

「なぁ、キラ……。日中は自分の部屋で過ごすとしても、夜は俺の部屋に来て一緒にいてくれるよな? 俺はキラが隣にいないと眠れない」

 キラには少し不安そうに見えるディーの表情。……もしやそれを確認することが来訪目的だったのでは?

 これがキラにだけ許された夜鴉公(よがらすこう)の素顔だ。思わずふふっと笑いながらディーの頭を軽く撫でる。

「はいはい。夜は一緒にいるから、気を付けていってらっしゃい」

「! ああ、行ってくる。愛しているよ、俺の愛しいキラ」

 優しく目を和ませたディーは求愛の口付けをすると、外套の裾を翻してドアへと向かう。

 その自信に満ちた堂々たる後ろ姿は夜鴉公(よがらすこう)……なのだが、キラの目には浮き足立っているように見えてしまった。

 キラに深く礼をしたジルが主人に続いて退室していき、ようやく室内が平和になった。

 キラは苦笑混じりのため息をついてレンと顔を見合わせる。

「そういうわけだから。レン、夜はディーの部屋に行くね」

「はいっ」

 レンは嬉しそうに耳を立てて尻尾を揺らしている。キラが以前よりも素直にディーと接しているから安心したのかもしれない。

 熱くなってきた顔を手でパタパタと扇いだキラは、テーブルに置いていた作業箱を手に取った。

 そうして箱から取り出したのは、ビーズ刺繍で作った花のブローチ。ディーの休憩室で過ごしていた間にコツコツと作業を進めて完成させた物だ。

「はい、レン。不格好な出来かもしれないけど、どうぞ。これからもよろしくね」

「えっ……」

 レンはキラに差し出されたブローチを前に固まっている。

「もしかして、こういうブローチは苦手? それとも手作りの物なんて迷惑だった?」

「いっ、いいえっ! 違うのですっ! まさかお嬢さまが私なんかに手作りのプレゼントをくださるだなんてッ!」

 申し訳なさそうに様子を窺うキラにレンは慌てて首をブンブンと横に振った。

「よかった。つけてもいい?」

「はいっ!」

 キラはその言葉にほっとして、嬉しさのあまりに目に涙を溜めて笑っているレンの胸元にブローチを着けた。

 ビーズ刺繍で作ったブローチは元気いっぱいなレンのイメージに合わせた向日葵のモチーフだ。うん、良く似合っている。

「光栄なのですっ! お嬢さま、本当にありがとうございますっ!」

「喜んでくれて良かったぁ。実は自分が作った物を人にあげるの初めてなんだよね」

「えっ……?! あ、主さまにもまだなのですかっ?!」

 レンは驚いて涙が引っ込んだようだ。こぼれんばかりに目を見開いている。

「うん、まだだよ。ディーの分は今作っているんだ」

 キラはふふっと笑って作業箱の蓋に手を置く。

 箱の中にあるのは作りかけのブローチ。モチーフはフリューゲルの紋章である立派な翼と鍵爪を持つ深紅の瞳の鴉だ。

 素人の手作りだから夜鴉公(よがらすこう)が身に付けるのに相応しい出来とは呼べない代物だが、一つひとつ心を込めてビーズを刺繍している。

「受け取ったのがディーより先だからって変な遠慮をしないでね。レンに対する感謝の気持ちなんだから、ね?」

「は、はいなのですっ!」

「うん」

 ニコッと微笑むキラにレンもまた喜びに表情を綻ばせる。

 レンははにかみながら嬉しそうにビーズの向日葵を触っていたが……、その途中で不思議そうに小首を傾げた。

「あの……、お嬢さま。翼のお加減はいかがなのですか?」

「え?」

 レンの唐突な問い掛けにキラもまた小首を傾げた。

「ちょっとずつ良くなっているみたいだけれど……。でも、どうして?」

「ええと……」

 キラの問い返しにレンは再び首元の向日葵へと視線を向ける。

 しばらく向日葵の表面を撫でて――……。やがて何かを確信したように力強く頷いてから顔を上げた。

「この向日葵からポカポカするチカラを感じるのです。これはたぶん――ううん、間違いなくお嬢さまのチカラなのですっ!」

「ええっ?!」

 思いがけない言葉にキラはあんぐりと口を開けた。

 対してレンは真剣な眼差しでまっすぐとキラを見つめて、胸の前でグッと拳を握りしめている。

「お嬢さまの気配とそっくりなあったかいチカラなのですっ。間違いないのですっ!」

「私はチカラが使えないんだよ?」

「きっとお嬢さまに変化があったのです! お嬢さまっ、この向日葵を作られていた間に何か変わったことをしませんでしたか?」

「何か変わったことって訊かれても……」

 レンの期待を込めた眼差しに困惑しながらキラは思案する。

 特に変わったことをしたわけではないのだが……。強いて言えば感謝の気持ちを込めていつもより丁寧に作った、という点か。

 その他はレンが喜んでくれるといいなぁと思ったり、レンが自分に仕えてくれている姿に思いを馳せたりして――……。

 そこまで考えたキラは小さく、あっ、と小さく呟く。

「……作りながら鼻歌というかハミングを口ずさんでいた、かも……」

 鼻歌交じりに働くレンの姿を頭に思い浮かべて……、ディーが自分に弾いてくれたピアノのメロディーが頭の中で流れて……。

 それでいつの間にかハミングを口ずさむ自分に気付いて恥ずかしくなって、あぁ誰にも聞かれなくて良かった、とちょっと苦笑したりもして……。

 それを聞いたレンが耳をピコンと立てた。

「きっとそれなのです! お嬢さまの《歌》のチカラが働いたのです!」

「えっ……。本当にただのハミングだよ?」

「私には大天使の《歌》がどういったものなのかはわかりませんが、最初から《歌》のカタチになっているわけじゃないと思うのですっ。どんなに楽器の演奏が上手な人も、一番最初は音を鳴らすことから始まるのです。きっとそれと同じで、大天使の《歌》も最初はメロディーを出すことから始まると思うのですッ!」

 前のめりになったレンは自分のことのように喜んで興奮している。

 そんなレンの言葉にキラは少し困惑しつつ考えてみた。

 大天使の《歌》は決まった歌詞や曲が存在するものではなく、その大天使がその時に抱いた《歌》をチカラに乗せて紡ぐのだと聞いたことがある。その発露があのハミングだった……?

 確かにしっくりとくる考えではあるが……、そうだとしたらどうしても腑に落ちない点がある。

「で……、でも、だよ? 私はディーがピアノを弾いている隣でもこっそり口ずさんでいたりしたんだよ? もし私のそれが《歌》の発露なら、間違いなくディーが気付くと思うんだけれど……」

 戸惑うキラにレンは嬉しそうに首を横に振る。

「きっと主さまは気付いておられます。だって主さまが『そのハミングは《歌》の始まりだ!』って指摘したら、お嬢さまは嬉しさよりも先に『ハミングをこっそり聞かれていたの?!』って恥ずかしさが出て縮んでしまうでしょう?」

「そ、それは、そうかもしれないけど……っ」

 容易に想像がつく光景だ。キラとディーに対するレンの解像度が高い。

「で、でも。本当にディーが気付いていたのなら、ちゃんと言って欲しかったなぁ。私が歌えないことに悩んでいるって知っているのに」 

「お嬢さまが肩筋を張らないようにとお考えなのではないでしょうか? 主さまがご指摘なさることでお嬢さまが自覚したら、お嬢さまは口ずさむ楽しさよりも『ちゃんと歌えるように頑張らなきゃ!』って無理をしちゃうと思いま――……ああぁッ! 私が指摘してしまったのですッ!」

 レンは耳と尻尾をペタリと下げると、大慌てで自分の口を押さえた。

 そんなレンを見て……、キラはクスッと苦笑した。

「ううん、大丈夫だよ。むしろレンが指摘してくれたから良かったのかも。ディーだったらレンが言ったようになっちゃってたかもしれないからね」

「お嬢さまぁ……」

「大丈夫、大丈夫」

 キラは怯えているレンを安心させようと優しく声を掛けてレンの頭を撫でた。

 しばらくそうしていると落ち着いてきたのか、レンの耳が少しずつ立ってきた。

「レンの前でならこの先も自然と口ずさんじゃうんじゃないかな? 私がこんな風にリラックスしてフリューゲル城で過ごせるようになったのだって、これまでレンが傍で支えてくれていたおかげなんだよ」

「うぅぅ、いけませんお嬢さまぁっ。今日の私は涙腺が緩いのですぅ……っ」

「よしよし」

 再び無意識にレンの頭を撫でて、キラは思わずクスッと笑ってしまう。こうしてスキンシップをしてしまうのはディーの影響だと思ったからだ。

 けれども自分はディーとは違う。ディーのようにキッパリとメリハリをつけた姿勢でレンと関わるのは絶対に無理だ。

 ならば、私は私らしくレンと関わろう。

 もちろん甘やかしてばかりではいられないし、お友達感覚でただ楽しく過ごすわけにはいかない。レンが生き生きと仕事ができるように、自分に仕えて良かったと思えるように振る舞おう。そう決めたのだ。

 そうして――、ふと思う。

 レンと離れた日々の中で自分の考えが成長したことも、あえてキラが一人で過ごす時間を作って《歌》の発露を誘ったことも、すべてがディーの思惑だったのだろう。それを悔しいとはあまり思わない。

 むしろ、彼のそんな面も格好いいとさえ思ってしまう――……。

「……ううん! やっぱり悔しいから、今夜ディーに文句を言ってやるんだから……っ!」

 そうすると彼は悪びれもなく「バレたか」と笑うに違いない。嬉しそうに笑って、頭と頬を撫でてきて、求愛の口付けをしてくる。

 そんな彼に自分はまた絆されてしまうのだろう。

「もう……っ」

 キラが赤くなった頬を膨らませている様子を、レンはニコニコと笑って見守っている。

 そこに、コンコン、と綺麗なノックの音が響いた。

「シシーでございます。入室してもよろしいでしょうか?」

「シシー? どうぞ」

 きょとんとしながら入室許可を出すと、柔和な微笑みを浮かべたシシーが「失礼いたします」と洗練された動きで入室してきた。

 一体何の用だろう? とキラが首を傾げると、何故かレンがふふっと嬉しそうに笑って猫耳をパタパタさせた。ますます不思議だ。

「お嬢様、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「? いいけど、何をするの?」

 キラの問いにシシーがにっこりと微笑んだ。

「衣装作りの打ち合わせをなさいませんか? 主様がご不在の今がチャンスですよ。レンも戻ったことですしね」

「実はシシー様と内緒で計画していたのですっ。楽しみなのですっ!」

 メイド二人が楽しそうだ。

 なるほど……。これまでも衣装作りの時間を作る機会はあるにはあったが、シシーはレンも関われるようにと考えてくれたわけだ。

 メイド達に釣られて楽しい気分になってきたキラは、クスッと笑って頷いた。

「わかった。私はどうすればいいの? 別の部屋に移動する?」

「今から衣装に携わる者達をこのお部屋に招き入れてもよろしいでしょうか? 全員女性なのでご安心くださいな」

「うん、入ってもらって大丈夫だよ」

 キラの返事にシシーはニコッと笑って「さぁ皆さん、お嬢様から許可が下りましたよ」とドアの向こうに声を掛けた。

 その途端――、布やら裁縫道具やらを抱えた五人ほどの女性達が嬉々として一気に雪崩れ込んできた。

「お嬢様、お会いできて光栄です。デザイナーのミザと申します。よろしくお願いいたしますね」

「まぁまぁ! 遠目で拝見したことはありましたが、近くで見ると本当にお可愛らしい!」

「あぁどうしましょうっ。私わくわくが止まりませんっ!」

「え、ええと……?」

 彼女達の熱量に若干押され気味のキラに、シシーがクスッと笑って耳打ちをする。

「これまで当城では高貴な女性の衣装作りだなんて機会がございませんでしたからね。皆喜んで張り切っているのですよ」

「な、なるほど……?」

 確かにこの城にいる女性はメイドなどの使用人だけだ。女性の衣装作りに飢えていた上に、相手は主人の大切な女性(ひと)……。それではこの熱量も無理はない、のか?

「素敵な衣装をたくさん作りましょうね、お嬢様っ!」

「? 作るのって一着だけなんじゃ……?」

「いいえっ、どうかそんな寂しいことはおっしゃらずに! せっかくの機会なのですから、普段のご衣装から華やかなご衣装まで作りましょうっ」

「えっ」

 自分と彼女達とのモチベーションの差に困惑しているキラに、興奮状態の衣装係達がグワッと一斉に詰め寄ってきた。

「さぁさぁお嬢様、こちらで採寸をしましょうねっ」

「まぁ、なんてキメ細かなお肌なのでしょう! まるで真珠のようだわっ!」

「絹のように艶やかな黒髪! 主様の御髪とはまた違った光沢が実にお美しい……!」

「見本の衣装をいくつかお持ちしておりますので、是非ご試着を」

「次はこちらのドレスを着てみましょうね!」

「お嬢様、こちらの型はいかがですか?」

「こちらの布地はどうでしょう?」

「あっ、この布地だとお嬢さまのお肌にはチクチクするのでダメなのですっ!」

「……えっ、レンも参戦?! シシー、助け――」

「お嬢様、お飾りも是非ご覧になってくださいな。ほら、こちらの首飾りなんて素敵でしょう?」 

「シシーまでノリノリなの?! ひ、ひえぇぇ~……っ!」

 採寸、見本の試着、デザインの打ち合わせ、仮縫い、再びの試着、布地選び、装飾品選び、その他エトセトラ……。

 興奮冷めやらぬ衣装係軍団とレン達の圧倒的な熱量にもみくちゃにされるキラ……。

 ようやく彼女達から解放された頃には、フリューゲル城に来てから一番の疲労感に襲われていたのであった。

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