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夜鴉の求愛  作者: 神代きい


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13/17

大人のふれあい

 結局キラはレンがメイド兼護衛の再教育を終えて戻ってくるまでの間、ほとんどの時間をディーの傍で過ごすこととなった。

 当然のように寝食は一緒だし、ディーが執務中は隣室のディー専用休憩室に滞在している。

 休憩室では無意識にハミングを口ずさみつつ趣味のビーズ刺繍に勤しんでいるのだが、問題は――。

「キラ!」

 ――問題は、こうして突然ノックもなしにディーが執務室から逃げてくることだ。

 ハミング混じりにご機嫌で作業をしていたのに突然ドアを開けられるのだから肩が跳ねてしまう。

「ディー、びっくりするでしょ! ビーズが飛び散ったらどうするの?! 針も使っているんだから危ないでしょ?!」

「そんなに怒らないでくれよ。ああ、すごく癒される……」

「もう……っ!」

 性懲りもなくキラを大切にふんわりと抱きしめながら何度も甘く求愛の口付けをして頬擦りするディー……。

 この数日で距離感とスキンシップ度が一気に縮まったが、人前では避けてくれているので大目に見ている。

 そうして昼間は休憩室で過ごして、夜は入浴以外の時間をディーと一緒に過ごす……のだが、キラは油断ができない。

 ディーがキラの着替えや身支度を甲斐甲斐しく手伝おうとする上に、一緒に入浴をしたがるのだ。

「お風呂はダメ! 絶対にダメッ!」

 今夜も顔を真っ赤にしながら力いっぱい断固拒否するキラにディーは小さく苦笑していた。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。俺の裸なら前に見ただろ?」

 確かにキラはディーの上半身の裸を見せてもらったことはある。

 傷痕が残されたディーの体。引き締まった張りのある筋肉。逞しく男性らしい肉体……。

「~~~っ! ディーは良くても私はダメなのッ!」

 反芻するかのようにじっくりと思い出してしまって、顔がカァッと熱くなった。

 反射的に視線を逸らして喚くと、ディーはキラとは対照的に自然な顔でフフッと笑った。

「俺はキラの背中しか見たことがないんだぞ? 俺だってキラの裸を正面から見たい」

「こ、この変態ッ!」

「酷い言われようだなぁ。俺はいつでもお前に俺のすべてを見せられるのに」

「やだやだっ! 恥ずかしいからやだぁッ!」

「俺のキラは照れ屋な上に恥ずかしがり屋で本当に可愛いな。ああ、本当に可愛くて愛おしくてたまらない」

「自重してよッ! 理性くん、理性くーんッ!」

 行き場のない混乱と羞恥心から両手を無意味に振り回してしまう。

 そんなキラの子供っぽい仕草さえ愛おしさを覚えているのか、ディーは目を細めてキラを穏やかに見つめている。

「さぁお嬢様、こちらにどうぞ。入浴の支度が整っておりますよ」

 キラが涙目になった頃にタイミング良くやって来たメイドがさりげなく助け船を出した。

 彼女はディー専属のメイドで名前はシシーだ。羊のような巻き角を持つ穏和な雰囲気の魔族で、レンが不在の間はキラの世話もしてくれている。 

「ありがとうシシー! さっ、早く行こっ!」

「……俺だってキラの背中を流したりしたいのに……」 

 未練がましいディーの声を背後に聞き流しつつ、キラはシシーの手を引っ張って逃げるように自室の浴室へと移動した。

 脱衣室と浴室はすでに温められており、タオル類や身支度道具も準備されている。

「後ろ、失礼しますね」

 シシーはキラが着ているワンピースの背面ボタンを手際良く外して入浴支度を整えていく。

 浴室内にフワリと香るのはキラが好きなミルクに似た花の香りの入浴剤。湯温もキラにとって快適なものだ。

「ふぅ……」

 湯船に浸かりながら滑らかなお湯で腕を撫でる。

 レンとシシーがキラの体を丁寧に磨いているおかげで、キラの肌はツルツルたまご肌に生まれ変わっていた。

「ディーは自分で準備をしてお風呂に入っているの?」

 キラは湯船にちゃぽんと浸かりながらシシーに訊ねた。

 ディー専属の使用人にはサイラスという名のヴァレットもいるのだが、ディーが「俺以外の男がいるとキラが寛げない」と難癖をつけて部屋から追い払ってしまった。おかげでシシーがディーとキラの世話を一身に担っているのだ。

 とはいえ、基本的にディーは大抵のことを自分で行っている。今頃は自室の風呂に一人で入っているだろう。

「事前にある程度の支度は整えさせていただいておりますよ」

 シシーの手間を省くことを考えれば自分とディーが同時に入浴した方がいいのでは……? いや、やっぱり抵抗感があるし……。

 苦悩をしているキラに、シシーはスッと立てた人差し指を口元に当てて悪戯っぽく微笑んだ。

「これは内緒話ですよ? 主様は最初『俺もキラの風呂に入る。キラが体を洗った洗い場をそのまま使って、キラが入った湯に入るんだ』とごねました」

「え」

 キラは自分の耳を疑った。

 何を言っているんだ、あの夜鴉公(よがらすこう)は。

「さすがに変態すぎるでしょ……」

 思わず遠い目をしたキラにシシーはクスクスと笑っている。

「主様はお嬢様に求愛をなさっている最中ですから、お嬢様に関するすべてを知って感じていたいという衝動が強いのでしょうね」

「……ねぇ、その衝動って番になったら鎮まるの?」

 嫌な予感がしてしまう……。

 案の定というべきか、シシーは意味ありげなニッコリ笑顔で軽く小首を傾げたのだった。

「ご安心くださいな。急速に冷めてしまうことなどあり得ませんからね」

「……そっちの方向での心配じゃないよぅ……」

 羞恥心から逃げるように両手で掬ったお湯をパシャッと顔にかけると、シシーは再び可笑しそうにクスクスと微笑んだ。

 入浴を終えた後は香油を使ったマッサージだ。

 専用マットの上でうつぶせ寝になっての丁寧なマッサージ。うたた寝しそうになってしまうほど気持ちがいい……。

「お嬢様はお肌に張りがあって本当にお綺麗ですね」

「……綺麗って誉められても少し微妙かも……」

「? お嫌でしたか?」

 不思議そうに瞬いたシシーがマッサージの手を少し緩めた。

 キラは顔の向きをそっとずらすと、心のモヤを逃すように小さくため息をつく。

「だって……、ディーはあんなに完璧な美形でしょ? その番が私だなんて似合わないと思わない? あの迷惑おねーさんも私のことを『ちんちくりん』って言っていたし」

「……ご不快な思いをされてお悩みなのですね」

 シシーは言葉を慎重に考えているようだ。

「お嬢様は主様のご寵愛を受けて当然なのですよ。十分に魅力的な女性ですもの」

「それはディーが私を番に選んだから色眼鏡でそう見えているだけでしょ? 番じゃなかったらディーは私に見向きもしなかったはずだよ」

「ふふっ。お嬢様は主様が気になるのですね」

「う……」

 シシーの生温かい視線にキラは顔を隠した。

「私達にお嬢様の魅力と自信を引き立てるお手伝いをさせてくださいな」

「私は背も胸も小さいから、あのおねーさんみたいな美女っぽくはなれないよ……」

 自分の容姿と性格が「大人びた綺麗な女性」という表現から大きく離れている自覚はある。

 少し拗ねた気持ちで呟くと、シシーは「まぁ」と驚きの声をあげた。

「お嬢様はああいった雰囲気の女性になりたいのですか?」

「それは……、ないね。好みじゃないもん」

「ふふっ、お嬢様は天真爛漫で可愛らしい方ですものね。では、気分転換にお嬢様が『着てみたい!』と思える衣装を仕立ててみてはどうでしょう?」

 キラは乱入令嬢のように飾りや形がゴテゴテした衣装よりもシンプルなデザインの方が好きだ。それ以上のこだわりは特にない。

 なので普段はレン達が用意したワンピースなどを着ていたため、わざわざ衣装を作ったことなどなかった。

「城の衣装係達もお嬢様からお声が掛かるのを今か今かとそわそわしているんですよ。いかがでしょう?」

「……うん。やってみたい、かも」

「それではお嬢様のお時間を主様からキッチリと奪取することから始めましょうね。そうでもしないと、主様は執務を放り投げてお嬢様から離れませんものね」

「ん、そうだね」

 シシーのお茶目な言い方にキラもつられてふふっと笑った。


 

 ふんわりとしたネグリジェに着替えたキラは、ディーが待つ彼の寝室へと戻った。

 ディーは寝間着姿でベッドにごろんと寝転んでいたが、ドアが開いた瞬間に待ちわびたとばかりにパッと顔を上げる。

 優しく細められた真紅の瞳は色気が凄まじい……。

「ああ、風呂上がりのキラはますます可愛いなぁ」

「……ディーは『綺麗』ってあまり言わないよね」

 ディーの甘い視線から逃れたくて、キラはつい天邪鬼な言葉を言ってぷいっと顔を背けてしてしまった。

 そんなキラにディーはキョトンとした様子で何度か瞬きをして、ベッドに頬杖を突きながらフフッと笑う。

「もちろんキラは綺麗だとも。だが可愛いの方が勝るからなぁ」

「……子供っぽい、ってこと?」

 拗ねた気持ちで頬を膨らませながらベッドサイドに座ると、ディーは嬉しそうに微笑みながらベッド上を這って移動してきた。

 そうしてキラの隣までたどり着いたディーは、下からキラの瞳を覗き込んでくる。

「キラは本当に可愛くて庇護欲を駆り立てられる。全力で甘やかしたい」

「それってやっぱり子供扱いでしょ」

「子供扱いなんてしていないさ」

 ディーはうつぶせ寝のまま組んだ腕に顎を乗せると、キラの太股に寄り添うように頭を寄せた。

「俺は守るべき番として、生涯で唯一愛する女性としてお前を見ている。それがお前にきちんと伝わらず不安にさせたのだとしたら、俺の失態だ」

「え? えぇと……?」

 上目遣いでじっと見つめてくるディーの視線が妙に熱い。

 その眼差しにたじろいだキラはベッドに置いていた手を引っ込めようとしたのだが、逃さないとばかりにその手はパッと掴まれてしまった。

「キラ、お前は俺の女だ。それをお前の心と体にじっくりとわからせてやるからな」

「女――えぇっ? ま、待ってっ? 私はそういう意味で子供扱いだって言ったんじゃ――」

「もう遅い」

 キラが動揺している隙にディーはキラの腰を抱き寄せてベッドの上に上げてしまった。

 キラの華奢な体は勢い余ってベッドのマットレスに弾みながら、トサッ、と倒れ込む。

「ちょっと……っ!」

 ディーはキラの抗議を聞き流して抱き枕のようにキラを横抱きで抱き寄せると、丹念に求愛の口付けをし始めた。

 彼の吐息から確かな欲望の気配を感じて思わず呼吸が詰まる。

「ね、ねぇってば! ふざけないでよっ!」

「ふざけてなんていないさ。男の俺がどれだけ我慢しているのかを女のお前にわからせないと」

「もう……っ!」

 吐息と共に囁くような低音のいい声が耳をくすぐる。

 ディーは一生懸命に甘える子犬のようにスンスンと匂いを嗅いで顔を擦り寄せた。

「ああ、キラはいい匂いだなぁ……」

 気持ちが抑えきれないように何度も繰り返される求愛の口付け。

 ただでさえディーは風呂上がりで色気が増しているのに、吐息まで色っぽいのだから困ってしまう。

「もうっ! 本当にこめかみが擦り減りそう……」

「責任を持って何度でも治す」

「擦り減らす前提で言わないでくれる?」

 呆れるキラにディーは耳元でクスクスと笑って、再び求愛の口付けをした。

 ディーはこめかみ以外の場所に口付けをすることがほとんどなく、例外は手の甲くらいだ。

 キラが知らないだけで口付けにも何かルールがあるのだろうか?

「他の場所には口付けしないの?」

「していいのか? して欲しいのか?」

 ディーが嬉しそうにパッと目を輝かせた。

 そんな彼に抱きしめられた状態で、期待を込めた眼差しで瞳を覗き込まれて……。

 キラはわざとらしく、コホン、と咳払いをする。

「その、許可をとる理由があるの? 決められた場所への口付けは番以外にはしちゃいけない、とか?」

 恥を承知で訊ねてみると、ディーは夢見るように目を細めた。

「口同士での深い口付けは『番の口付け』又は『対の口付け』と呼ばれる。もし番や婚姻相手ではない奴が強引にしてきたら、相手の舌を噛みちぎって八つ裂きで殺しても罪には問われない」

「えっ、物騒だね」

「それほど大事な口付けなんだよ」

 微笑んだディーがキラの唇を指先で優しくなぞる。

 そのくすぐったい感触に思わず身じろぎしてしまうが、キラはこのままディーに流されないようにと頭を働かせた。

「あ、えっと、質問があるんだけれどっ?」

「ん? なんだ?」

 ディーは言葉を紡ぐキラの唇から頬へと指を滑らせるように移動させて優しく目を細めている。

 頬を撫でるディーの指先がくすぐったい。

「あの、ええと……。ディーと一緒に生きていくためには、私も魔族化しないといけないんだよね? それって番にならないとできないの?」

「……番は嫌なのか?」

「そうじゃなくてッ、方法を知っておきたいの!」

 悲しげな瞳のディーに慌てて首を横に振ると、ディーの顔色がサッと青くなった。

「そうだよな、説明不足だったのは不味かった。不安にさせてすまない。悪気も騙すつもりもなかったんだ」

「……ディーが私に害を加えないことはわかっているから、大丈夫だよ」

 ディーの謝罪にキラがコクンと頷くと、彼はほっと安堵したように微笑んだ。

「キラを魔族化させるには俺の魔力をキラに注げばいい。だが俺がされたみたいに大量の魔力を一気に無理矢理ぶち込まれると、負担が凄まじくて苦しむなんて程度じゃ済まないし、歪んだ存在に変質してしまう。そんな真似はしたくないから、キラには俺の魔力をゆっくり馴染ませたい。ここまではいいか?」

「う、うん……」

 さらっと説明されたが……、魔王はディーを蘇生するために大量の魔力を無理矢理流し込んだわけだ。

 おかげでディーは生き長らえたが、蘇生直後は生き地獄以上の苦痛で悶え苦しんだに違いない。

 満身創痍で地面にのたうち回る幼いディーを想像して胸が痛み、キラはきゅっと拳を握った。

「具体的に言うと、キラは俺の体液から俺の魔力を接種する」

「体液……」

 何となく予想していた方法であったし嫌悪感もないが、それでも身構えずにはいられない。

「単純に俺の血を飲むという手はおすすめしない。必要な魔力を得るための血液は一舐め一口で済む量じゃないからな。何回かに分けつつ、結果的に湯船の量くらいは飲む必要があるだろう」

「う……。それは確かに、嫌だね……」

 ただでさえ血液をゴクゴク飲むだなんて気持ち悪そうなのにその量はえげつない。

 そもそも血液を提供するディー本人の負担が大きすぎる。

「他の手段は前に話したように、何回も体を繋いで俺の子種を注いでいく方法だ。これが一番現実的だろう」

 いやらしさを感じさせない真剣なディーの言葉。

 キラは少し恥ずかさを感じつつも真面目な心境で受け止めた。

「あの、その……。そ、そんなに何回もしたら、その、子供ができちゃうんじゃ……」

「……それについてなんだが、俺の子種は碌に機能していないと思う。俺は本当に歪んだ存在だからな」

 キラの質問にディーは苦々しく自嘲している。

「もちろん営みの時は魔法で避妊をする。いずれキラが俺との子供を望む時が来たら、俺の子種がちゃんと働いて子供ができるように手を尽くす。俺もキラとの子供が欲しいし、キラと一緒に温かい家庭を築きたい」

 ディーはあくまでもキラを主体に考えてくれている。

 肉欲目的でキラを求めているわけではないし、目先ではない将来も真剣に見据えてくれているのだ。

 彼の誠実な気持ちが伝わってくる……。

「番の口付けで唾液から魔力を取り込む方法もあるが、一回に取り込める魔力は微々たる量だ。口付けだけだと魔族化する前にキラの寿命がきてしまう……」

「それはダメだね」

 ディーの瞳から色が失せる様子を見てキッパリと言うと、ディーは嬉しそうに微笑んだ。

「だから普段は番の口付けをして、夜はキラの負担にならない範囲で体を繋いでいくのがいいと思う。俺が下心だけじゃないってわかってくれたか? もちろんキラと気持ちいいことをしたい欲望もしっかりとあるけどな」

「っ! 真面目だと思った途端にそういうことを言うんだから……っ」

 ディーの胸板をポスポスと叩いて抗議すると、ディーは楽しそうにクスクスと笑った。

「なぁ、キラ。番の口付けはしないから、唇に軽く口付けをしてもいいか?」

「……っ」

「ダメか?」

「き、緊張する……っ」

「ふふっ、可愛い。俺だって初めてなんだからな」

 ディーはキラを横向きに抱きしめたまま、額と額を、コツン、とつけた。

 無意識に閉じていた目を開けると、綺麗な深紅の瞳が至近距離で見えてドキッとする。

「心から愛してるよ、キラ」

 ディーは愛おしくキラの名前を囁いて頬に手を添えた。

 緊張から再び目を閉じてしまうとディーがふふっと笑って……、唇に熱く柔らかな感触が優しく触れた。

 不快感はまったくない。感触と心がくすぐったくて、体の芯が熱くなって……、体が勝手にモゾモゾしてしまう……。

 唇を離したディーが優しくふふっと笑う気配がする。

「嬉しいなぁ。キラの唇に口付けがしたくてずっと我慢していたんだ」

「……っ」

 顔がどんどん熱くなっていく。目の前のディーがとても見ていられなくて、両目はギュッと閉じたままだ。

 ディーが再び唇に口付けをする。

 二回目。三回目……。

「キラ、目を開けて。キラの瞳が見たい」

「……ぅう……」

 おそるおそると目を開けると、心なしか頬が紅潮したディーの微笑み。い、色気が凄まじい……。

 ディーはキラの目尻に滲んでいた涙を優しく拭うと、夢うつつといった表情で目を細めてもう一度唇に口付けをする。

「はぁ、柔らかい……。初々しいなぁ」

「っ、ディーも初めてだって……!」

「初めてだとも。だがここまで初々しい反応をするキラを前にすると、不思議な余裕が出てくる」

「もぅ……っ」

 ディーは悪戯っぽくクスクスと笑いながら、指の腹でキラの唇を優しくなぞる。くすぐったい……っ。

「体をモゾモゾさせて可愛いなぁ。キラ、気持ちいいか?」

「ぅ……っ」

 顔も耳も体も全部が熱い。

 じっとしていられなくて勝手に体が身じろぎしてしまう。

「俺の腕の中でモゾモゾしているキラが可愛い。キラ、気持ちいいんだな?」

「調子に乗らないでよ……っ」

「否定はしないんだな。キラは素直に答えられない時はそうやって誤魔化すんだもんな? 俺にはわかっているとも。そんなところも可愛いな」

「っ……」

 背中に回されたディーの腕に力が入る。

「俺に感じているキラが可愛い」

「~~~っ! そ、それ以上からかわないでよっ。心臓に悪いっ……」

「ああ、可愛い。本当に可愛い。絶対に離さない。キラは最高に可愛い俺の番だ」

「馬鹿ぁっ。まだ違うもん……っ」

「まだ、な?」

 揚げ足をとられたキラはディーの腕の中でもがいて、ぐるんと後ろ向きになった。

 これでディーと顔を合わせなくて大丈夫……、かと思いきや。

「おっと、俺に背中を向けたな?」

 ディーにギュッと抱き締められて体がますます密着してしまった。

 背中にディーの逞しい胸板を感じて、心臓が激しくバクバクと脈打つ。

「無防備なうなじが綺麗だな。耳も可愛い」

 低い声で呟くように甘く囁いたディーがキラのうなじに口付けをして、うなじと耳たぶを軽く甘噛みしてきた。

「ディー、それくすぐったい……っ」

「ん? くすぐったくて気持ちいいって? そんなに体をくねらせても逃がさないぞ」

「もぅ……!」

 どうやらディーの悪戯スイッチが入ってしまったようだ。

 わざと耳元に吐息がかかるようにククッと笑って、甘噛みを混ぜながら何度も口付けをしてくる。

「んんっ……。ちょっと、ディーっ!」

「キラはうなじと耳が弱いんだな? いいことを知った」

「これ以上はダメだってばぁっ……!」

 逃れようとモゾモゾと身じろぎするが、ディーの腕は解けそうにない。

 うなじにディーの吐息がかかってこそばゆい……っ。変な声が出そうになってしまう。

「キラは本当にいい匂いだな。癖になる」

 ディーはキラの存在を慈しんで堪能しているようだ。後ろから抱き締めたキラの頭に何度も鼻を擦り寄せている。

 ディーの体が熱い。密着した体勢で早い鼓動が伝わってきて……、ディーの匂いがする……。

「……わ、私も……」

「キラも?」

「…………その……。ディーの匂い……、落ち着いて好き……」

 恥ずかしさで小声になるキラにディーは嬉しそうだ。

「ふふっ、俺達は揃って匂いフェチだな。それに番は相手の匂いに敏感なんだ」

「まだ番じゃないのに……」

「すでに惹かれ合っているんだよ」

 ディーはククッと笑ってキラの頭に頬擦りをする。

 ……話を聞いたせいか、ディーが自身の匂いを擦りつけて「キラは自分の番なのだ」とマーキングをしているようにも思えてきた。

 ディーの行為に不快感はまったくないが、羞恥心が限界突破しそうで思考と感覚がボーッとする。

「そろそろ限界……っ」

「ん? それは俺が欲しいという意味か?」

「そうじゃなくて、熱いし恥ずかしいしで具合悪い……っ」

「っ、すまない」

 キラの「具合悪い」という発言を聞いたディーは、すぐさま謝罪と共に拘束を緩めて体を離した。起き上がった彼はベッドから降りて室内を移動していく。

 ……ディーの体温が離れてほっとした反面、少し寂しさを感じてしまった。

 はぁ、と小さくため息をついてから深呼吸をして脳に酸素を送り込む。

「ほら、水だ。ゆっくり飲みな」

 ディーの声に視線を向けると、ディーは心配そうな表情で冷水のコップを片手に小首を傾げていた。

 キラは、うん、と頷くと軽く上体を起こして手を伸ばす。

 ちょうど良い冷たさの水だ。コクンと飲み込んだ水が優しく喉を通って胃に落ちていく。

 ディーは水を飲むキラを見つめながらベッドサイドに腰掛けた。

「悪かった。キラが可愛すぎてつい調子に乗った。今夜はもう手を出さないから安心してくれ」

 眉尻を下げてそう話すディーは心底キラの心身を案じているようだ。

 ……ディーは本当に自分を大切にしてくれているし、自分が本気で嫌がることは絶対にしない。

 そう思うと、先ほどとは違った熱が胸に宿った。

「…………その、ごめんね」

「? 何がだ?」

 キョトンとするディー。

 キラは恥ずかしさを堪えるためにキュッと手を握って……。

 いつも自分を想ってくれているディーの心に近付きたくて、口を開く。

「……え、えっと。雰囲気、壊しちゃった……」

 呟くようなキラの言葉に再びディーはキョトンとして……、やがて小さくクックッと笑い始めた。

 とても嬉しそうに。楽しそうに。

「それは『もう少し大人のふれあいを続けたい』ってことか? ()()()()()()()()だと認識していいのか?」

「……っ」

 ディーの声で言葉にされると恥ずかしさが倍増されて、自分が()()を求める浅ましい存在に思えてしまう。

 狼狽えているキラにディーは優しく微笑むと、キラの華奢な手を覆うように自身の手を重ねた。

 いつもは冷たい彼の手が今夜はとても熱い……。

 ディーは怪しげにゆっくりと首を傾げた。

「一緒に楽しもうな、俺の可愛いキラ。愛してるよ」

 綺麗に目を細めるディーの色気が半端ない。

 じわっと汗ばんできた手でシーツを握ると、その上に重ねられたままのディーの大きな手が包み込むように握ってきた。

「ま、待って。続きってどこまで――」

「さぁて? お前はどこまでやっていいんだ?」

「まだ番になっていないのに!」

「前に言っただろう? 初夜は番になる前の恋人同士でもやってもいいんだよ」

「っ!」

 ディーは狼狽えるキラの体を、トン、と軽くベッドに押し倒すと、ベッドのマットレスを弾ませながらキラの上に覆い被さった。

 キラの顔を挟むようにベッドについたディーの両手。自分を見下ろしている深紅の瞳は優しく、どこか妖艶な光を宿していた。

「いい眺めだな……。とても可愛いよ、キラ。困惑しながら期待している表情がたまらない」

「期待なんて……っ」

「上目遣いの潤んだ目で言われても、俺を煽っているようにしか思えないなぁ。誘った上に煽るだなんて」

「ど、どこまでする気っ?」

「その発言自体が俺を煽っているってわからないのか?」

 ディーは悪戯っぽく微笑んだ。

「大丈夫、最後まではしない。キラは番になってからしたいんだろう? お前を強引に抱くほど俺はケダモノじゃないし、俺も初めては大切にしたい」

「…………」

「ん? ガッカリしたのか?」

「違うもんッ!」

 真っ赤な顔を背けたキラにディーはふふっと笑うと、ベッドに肘をついて身を落とした。

 キラは迫ってきたディーの圧に息を飲む。

「こうしてお前を組み敷くのが夢だったんだ……」

 湿度の高い吐息と共に低音の囁き声が耳をくすぐる。

「ちょっ……」

 キラは軽く彼の胸元を押し返そうとしたが、ディーの体はその程度ではビクともしない。

 そんなキラのささやかな抵抗すら愛おしいのか、彼はククッと微笑を漏らした。

 少し荒い吐息と共にキラの滑らかな肌をチュッチュッと啄みながら首元へと唇を滑らせていく。

「っ! ちょっ……!」

 どさくさ紛れにネグリジェの胸元にあるリボンがスルリとほどかれた。

 恭しくキラの襟元を軽く開けたディーが嬉しそうに微笑む。

「綺麗な鎖骨だ。美味そう……」

 熱い呟きと同時にディーはキラの鎖骨の下に吸いついた。

 静かな室内に艶かしいリップ音とディーの荒い息づかいがこだまする。

 鎖骨からそっと唇を退くと、そこにはディーが吸い付いた鬱血の痕が残されていた。

「ククッ、やった。キラに俺の痕をつけてやったぞ」

「悪ふざけはよしてよぉっ……」

「悪ふざけじゃない。俺のお前に対する独占欲を甘く見るなよ? そんな俺を煽ったんだから、この程度の愛撫は甘んじて受け入れろ」

「煽ってなんかいないからぁ……っ!」

 襟元をゆっくりと開けられて、ついには胸の膨らみが露になった。

 羞恥心にぎゅっと目を瞑ったキラの耳にディーの嬉しそうな声が滑り込む。

「ああ、可愛い。想像していた以上に凄く綺麗で可愛いな。……ダメだな、語彙力が下がって上手く言葉が出てこない。それなら行動で示すしかないよな?」

「やんっ……」

 ディーの大きな手が胸を包み込んで優しくやわやわと揉まれていく。

 いつもは冷えているはずの指先が熱いほどに温かいのは魔術によるものなのか、彼が興奮しているからなのかはわからない。

 素肌に直接触れる彼の手が熱くて、くすぐったくて、甘い疼きを感じてしまって……。

「なんだ、おとなしくなってどうしたんだ? 気持ちいいのか?」

「んっ……」

 耳元でいい声を囁かれて、堪らずキラはぎゅっと目と唇閉ざしたまま微かな甘く息を漏らした。

 恥ずかしくてディーの顔が見られないけれど、目を瞑ったままだと感覚が研ぎ澄まされてディーの手に意識が向けられてしまう……。

 返事ができないキラに気を良くしたのか、ディーは優しく胸を揉みながら唇でチュッチュッと啄んで胸の頂きを目指していく。

「んぁ……っ!」

 乳首を乳輪ごと軽く咥えて吸われた瞬間に、今まで感じたことのない快感が走った。

 思わずビクンと背中を反らせたキラを抱き寄せて、ディーは唾液で濡れた乳首の側面に向けてフッと吐息を吹き掛ける。

 その感覚にまた体がピクンと反応してしまう。

「やぁっ……」

「ふふっ、可愛いな。そんなに感じるなら、ここをかじったらキラはどうなってしまうんだろうな?」

「んぁあッ!」 

 ほんの僅かに、優しく、くすぐる程度。それでも確かに乳首を舐めてかじられて。

 その途端に先ほど以上の快感と疼きが込み上げて、キラは思わず目を開けた大きく身をよじらせた。

 室内には衣擦れとリップ音、そして互いの息づかいが支配して、そこに時折キラの小さな嬌声が漏れ聞こえてしまう。

「あっ、ぁあっ……」

「はぁ……っ、可愛い。俺におとなしく愛撫されているキラが可愛い……」

 左の胸を揉み上げながら右の胸を吸われていく……。

「なぁキラ、俺にどうして欲しい? 何をされたい?」

 興奮の気配が隠せないままディーが魔性の上目遣いで訊ねてくる。

 ど、どうして欲しいって? そんなの、もっと触ってほ――……。

「っ! それはダメっ!」

 顔を真っ赤にしながら自問自答した挙げ句の大きな独り言。

 ディーはクスクスと笑っている。

「まったく、何を想像して慌てているんだか。キラの頭の中の俺が楽しそうで何よりだよ」

「馬鹿ぁ――……んぁあっ!」

 少し気を緩めた途端に一際大きな嬌声が出てしまった。キラは羞恥心のあまりにフルフルと首を小刻みに振って唇を噛む。

 ディーはキラの太股を優しくまさぐりながらうっとりと目を細めた。

「ああ、凄く可愛い……。俺はキラの声もすべて好きだ。キラ、我慢しなくていい。キラの鳴き声が聞きたい」

「やっ、恥ずかしぃ……っ」

「恥ずかしがらなくていい。大事な場所は触らないから怖がらないでくれ。素直に心を緩めて気持ち良くなってくれ。ベッドの上では素直になってくれ。俺はキラを悦ばせたいんだ」

 優しく囁くように誘惑されて――……。

 途端。小さく揺らめいていたキラの理性の火が、フッ……、と吹き消えた。

 シーツを必死に握って堪えていた手を彼の背中に回してすがりつく。

「ぅんっ、ディー……っ」

「あぁ、俺のキラ……。乳首がぷっくり立っていてとても可愛いよ。ふふっ、太股を撫でる度に腰を揺らして……」

「っぅん。ディー、ディー……っ」

「ん、俺を健気に呼んでたまらないなぁ……。さぁキラ、いっぱい気持ち良くなろうな……」

 ディーは本当に優しく甘やかして愛撫する。ゆるゆると。ゆるゆると。

 ふんわりとした魅惑の囁き声も、優しくて逞しい指先も、熱く柔らかな唇と舌も、まるでふわふわと蕩ける夢のようで――……。

 キラが甘い快楽に溺れ疲れて眠りにつくまで、ディーは己の欲望を抑えたままキラの体と心を甘く溶かしていった――。

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